第6章⑪
私達はそのまま、ジャスティスメイカー総本部に移送された。
ボロボロ極まりないマスター・ディアマンもといしろくんと、レッドもとい朱堂さんは、そのまま即医務室送りだ。
高出力のカオスエナジーで強化していた朱堂さんの方が回復が早かったらしく、朱堂さんの医務室の方で、他のジャスオダメンツは、黒崎さんからカオジュラの本質と実態について説明されることになった。そっちにドクター・ベルンシュタインもとい曙原橙也くんと、アキンド・アメティストゥもとい藤紫野さんも同席している。
そして私は、いまだに目覚めないしろくんの側に付き添うことを許された。
綺麗に手当てされたしろくんの寝顔は、まるで眠れる森の美女のようだった。キスしたら目覚めるかな、なんてつまらないことを思い付いて、なんとなくベッドサイドに上半身を預けて、より間近でその美貌を拝む。
は〰〰〰〰お美しいお顔でいらっしゃる。知ってたけど。キスはしないけどちょっと触るくらいなら許されるかな、と、手を伸ばす。
けれど私の手がしろくんの頬に触れる寸前で、彼はぱちりと目を覚ました。
「……ここは?」
「ジャスティスメイカー総本部の医務室。おはよう、しろくん」
「おはよう、みどり子ちゃん」
私の答えにあっさりと納得して、しろくんは上半身を起こす。あちこち怪我しているのだから無理をしないでほしいのに、それでも彼はちゃんと背筋を伸ばしてベッドに座り、そうしてようやく私を見た。
その淡い色の瞳が、今まで見たこともない光を宿して、私のことをじいと見つめている。
「かっこ悪いね、僕」
「しろくんはかっこいいとかかっこ悪いって言うよりも綺麗って感じだと思うけど?」
「そういう意味じゃなくて……ああもう、それでいいか」
らしくもなく投げやりな口調になってしろくんは苦笑する。
その笑顔を見ていたら、やっぱり黙っていたくなったけれど、でも、今この機会を逃したら、私は一生後悔する。二度とこんな機会はやってこない。
そんな確信があったから、私も姿勢を正して、しろくんを見つめ返した。
「しろくん、ごめんね」
「……何が?」
「全部が」
すぅっとしろくんの瞳がすがめられる。とびぬけた美貌にそんな顔をされるとくじけそうになるけれど、ここが正念場だ。
私は、私の間違いを、正さなくてはならない。
「私、しろくんのこと、ずっとヒーローだと思ってたの。だからこそそばにいたくて、そばにいなくちゃって勝手に思ってた。しろくんがさびしいのなら、私がちょっとくらい力になれたらいいなって」
「……うん」
「でも、それがいけなかったんだね。私がしろくんをヒーローにすることで、しろくんはもっとひとりぼっちになっちゃんだね。私はしろくんっていうヒーローがいてくれたから、ひとりぼっちじゃなかったけど、しろくんを一番ひとりぼっちにさせてたのは、私だった」
英雄は孤独だ、とは、誰が言った言葉だったか。
私はしろくんをヒーローに仕立て上げることで心の置き場所を見つけたけれど、しろくんはどうだったのだろう。馬鹿みたいにしろくんを妄信する私が、しろくんの力になんてなれるはずがなかった。支えになんてなれるはずがなかった。
しろくんにさびしい思いをさせてきたのは、ほかならぬ私だ。
「ごめんね。ごめんなさい、しろくん」
「……謝らないでよ」
「謝っても、無駄?」
「そうじゃなくて。みどり子ちゃんのヒーローになったのは僕の意思だよ。僕だけがみどり子ちゃんの特別になりたかったんだ。僕のことをヒーローって呼んで、いつだって僕のことを信じてくれるみどり子ちゃんの特別は、僕だけであってほしかった。だから、僕が周りもそういう風になるように仕向けてきたこと、みどり子ちゃんは知らないでしょ」
「えっそうなの?」
「うん。実は」
「……私が今まで友達一人できなかったのは……」
「僕がいろんな方法で各方面に圧力をかけたから?」
「…………今ちょっとしろくんに幻滅した」
「ふふ、それは重畳だね」
さらっと割と聞き逃がせない所業を話されてしまったけれど、くつくつと喉を鳴らして笑うしろくんの笑顔を見ていたら、なんだかまあいいか、という気持ちになってしまった。
結局、お互い様なのだ。
「私達、お互い、間違えちゃってたんだね」
「そうだね。だから終わりにしていいんだよ」
もういいんだよ、と、しろくんは笑う。その笑顔があんまりにも綺麗なものだからごまかされそうになるけれど、でも、もう大丈夫だ。
私はもう、大丈夫。
「ねえしろくん」
「うん?」
「間違えてたことに気付けたなら、やり直せると思うの」
そう、人間は日々幾度となく間違えながら生きていくいきものだ。私だって間違いばかりの恥の多い人生である。主にレディ・エスメラルダのアホなセクシー衣装とかな!
まああれはやり直せと言われても遠慮したいものがあるが、それはともかく、私としろくんはきっと同じ間違いを犯していて、今やっとその事実に気付けたのだ。だから。
「しろくん。改めまして、お友達から、始めてくれませんか?」
ああ、顔が熱い。赤くなっているのが鏡を見なくたって解る。
瞳の奥が熱くて、最近すっかり壊れっぱなしの涙腺がまた決壊しそうになる。でもここで泣きたくない。笑って、また、始めたい。
そんな祈りと願いを込めて、おずおずと右手を差し出す。
「…………みどり子ちゃんってさぁ、本当に……ああもう、本当、僕を困らせるのはきみだけだよ」
「え、ごめ……」
「謝らないで。うん、友達になろう。とても素敵だ。……よろしく、みどり子ちゃん」
今にも泣き出しそうに笑ったしろくんの右手が、私の右手に重なる。
きゅ、と握り合った手はあたたかくて、鼻の奥がツンとしたけれど、私はそれをこらえて笑い返した。
「うん。よろしくね、しろく……っ⁉」
――――ガタガタガタガタッ!
ちょっと今いいところだったんですけど⁉ 何今の音⁉
驚きでバクバクと跳ね上がる鼓動を感じながら振り返ると、ドアが開け放たれていて、そこに怪我人であるはずの朱堂さんを含めたジャスオダメンツと、一応敵地であるはずなのに余裕たっぷりにすごしていたドクターとアキンド、それからどっちつかずの黒崎さんが、こうサンドイッチのように折り重なって倒れ込んできていた。
……もしかして、もしかしなくても。
「盗み聞きしてました?」
思わず問いかけると、全員が揃ってぎくりと身体を強張らせた。私も大概解りやすい方だと言われるけれど、今のこの人達も相当である。
しろくんが「まあ聞かれて困る話でもないしね」と肩を竦めたのを皮切りに、ドドドドドッとジャスオダメンツが私に詰め寄ってくる。
その先頭の朱堂さんが、がしりと私の両手を取った。優しく無理のない力なのに抵抗するのは難しいという絶妙な力加減。
なんとな~~くしろくんの周りの空気の温度が下がった気がするけれど、それに気付かず、いやむしろ構うことなく、朱堂さんは顔を赤くして私に迫る。
「柳さん! いや、み、みどり子さん。俺も、その、顔見知りではなくて、柳さんと友達から始めたい。俺とも友達になってもらえないだろうか。ジャスティスオーダーズも、カオティックジュエラーも関係なく、ただの俺と、そのままのあなたで」
いやジャスオダとカオジュラを関係なくしちゃ駄目なところじゃないかそれ。
黒崎さんからちゃんと説明を受けているはずなのにこの発言ができるその図太さはいっそ尊敬に値する。友達、という言葉は、とてもとても、それはもうあまりにも魅力的ではあるけれども。
朱堂さんが友達になりたいと言ってくれたとしても、他のジャスオダメンツはそれを流石に許してはくれないんじゃないかな〰〰と朱堂さんの両隣の蒼樹山さんと山吹さんを見比べると、なぜかこの二人まで顔を赤くして、「まあ僕も、友人から始めるのはやぶさかではありませんね」「そもそもオレはもう友達だよな!」と笑ってくれた。いいのかそれで。
「俺達だって、これから始められると、そう思うんだ」
朱堂さんの力説は芯が通っていて、うっかりあっさり頷きそうになってしまう。
ええええ、ほんといいのかそれで。蒼樹山さんと山吹さんはともかく、この人元気だなぁ。結構どころでなくかなりボロボロじゃなかったっけこの人。流石レッド、身体の出来から違うと言うことか。
ええと、それでなに? 友達から始めましょう? この人達とも?
待ってだからカオジュラについてどう説明したの黒崎さん……うわめちゃくちゃ楽しそうに笑ってる絶対ろくでもないこと吹き込んだな。
ドクターは何やら不機嫌そうにこちらを睨んでいるし、アキンドは、はい、いつもと同じ、黒崎さんとはまた違う方向性でろくでもないこと企んでそうな顔してますね‼
なにこれどうしろと……と、私が視線をさまよわせると、不意に強い視線とぶつかった。桃香ちゃんだ。あ、でも、もう桃香ちゃんとは呼ばせてもらえないかも。うわそれ本気で凹む。
つい恐る恐る彼女を見つめ返すと、桃香ちゃんはツカツカとこちらに歩み寄ってきて、朱堂さんをどかっと遠慮なく蹴りつけて私から引き剥がし、その代わりにこれまたがしりと私の両手を包み込んだ。……へ?
「みどり子!」
「は、はい!」
「あなたは桃香の親友! リピートアフターミー!」
「えっあっはい⁉ 私は桃香ちゃんの親友です!」
「よろしい! これからもよろしくね」
にっこりと笑顔で駄目押しされ、その笑顔に見惚れてしまう。し、しんゆう。べすとふれんど。はじめてのひびき。どうしよう胸のときめきが止まらない。
「桃香、それは抜け駆けだぞ」
「たらたらしてる男どもにみどり子を任せられるわけないでしょ!」
「だからって今のはないでしょう!」
「ずりーぞ桃香!」
やいのやいのと言い争いを始めるジャスオダ。ええと、これはどうしたらいいのか。
助けを求めてこの場で一番年下なのに一番冷静と思われるドクターに視線を向けると、彼は不機嫌な表情のままこちらに近付いてきて、「あのさぁ」と口を開いた。
「ボクのことだって、その、頼りにしていいんだからな、み、みどり子!」
「あ、名前……」
「なんか文句ある⁉」
「いや、別にないけど……」
今までもわりと頼りにさせてもらってたのに、この上さらに頼りにさせてもらえるなんて、ドクター……っていうか橙也くん、やっぱりあまりにも将来有望すぎるなぁ。
オバサン呼びも卒業させてもらえたみたいだし、素直に嬉しい。うーん、これで女性への接し方をもう少し甘くしたら、将来有望というよりも末恐ろしいという方がふさわしくなるのだろう。はー、怖い怖い。
「ま、今後については改めて“上”と相談しまひょ。レッド……朱堂さんも、ウチのマスターも、当分動けそうにないでござんすからねぇ。今回のイミテーションズの処遇についてはアタシが手を打っておくでござんす」
にこにことアキンドもとい藤さんがそう続け、にんまりと口角をつり上げた。シュッとしたイケメンの妖艶な笑みはなんともかんとも寒気がする空恐ろしいものだ。
この悪徳商人の様子から察するに、今回のイミテーションズの幸先は……やめよう、考えるのも恐ろしい。
何はともあれとにもかくにも、長かった今日が終わろうとしている。いやそもそももう午前零時を回っていたんだけども。
ああ、よかった。しろくんも朱堂さんも生きていて、友達、も、できて。
こんなろくでもない日を悪くない一日だったと思える自分が不思議で、そこまで考えたら、ずっと強張っていた身体から力が抜けた。
「っみどり子ちゃん!」
「……あ、ごめ、しろくん」
身体の力と一緒に気も抜けて、ふらぁっと傾いた身体を、ベッドから身を乗り出したしろくんが支えてくれる。怪我人に助けられるなんて申し訳ないと思えども、いきなり鉛のように重くなった身体はうまく動かせない。
「お疲れ、柳くん。今日はここまでだな」
黒崎さんのその台詞がどこか遠かった。まぶたまで重くて仕方がない。
だめ、これは落ちる。この状況で寝ていいとは到底思えないのに、結局なんやかんやで誰もが気遣わしげに、穏やかに私を見つめていてくれるものだから、私はもう何もかもに抗うことができなくなって、そのままくったりとしろくんに身体を預けて、意識を手放した。
――――そう、こうして、私は、私のヒーローとさよならする代わりに、新たな友人を手に入れることになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます