サンタクロースの挨拶

白神天稀

サンタクロースの挨拶

「こんばんはー……さ、サンタクロースでーす」


チープな赤い衣装に身を包み、家のチャイムを鳴らす。

バイトの俺がクリスマスイブ最後にこなすべき大仕事、それはこの家に訪問することだ。家の庭や壁面には日本離れしたクリスマスの飾りが施されていて、商業施設顔負けの外装。来た時ちょっと戸惑ったレベルの飾りようだった。

配達の仕事は慣れているが、今回はいつもと事情が違う。冬だというのに汗ばんでいると、軽快な足音と共に扉が開く。

出迎えてくれたのはエプロン姿の若々しいロングヘアの奥様だった。


「いらっしゃい、待ってたわ!」


「は、初めまして! えっと、この度はお招きいただきありがとうございます」


「うふふ、堅くならなくて良いのよ。今日はクリスマスなんだから」


「す、すいません緊張しちゃって。あ! これ、つまらないものですが……」


リボンをつけて包装したプレゼントボックスを震えながら奥様へ手渡した。サンタがプレゼントをつまらないものというのはどうかとも思ったが。


「まあ! わざわざ用意してくれたのね、ありがとう。ささ、どうぞ入って入って」


にこやかな奥さんの反応に一息の安堵が訪れる。

お邪魔します、とおそるおそる入った家は、そこらの家とは比べ物にならないクリスマス仕様だった。玄関先はキャンディーステッキとノーム人形、棚にはスノードームやクリスマスツリー、壁一面はイルミネーションランプやリースまで飾ってある。本場さながらの凝った装飾はどれもテーマパーク級の代物だ。


「ウチは私も主人もお祝い好きだから、いつも張り切っちゃって」


「素敵ですね。僕の家は飾り付けをする習慣のない家でしたから、なんだか日本じゃないみたいでワクワクします」


「あらあら、嬉しいわねぇ」


丸の内イルミネーションのような廊下を抜けると、その先は更に豪華に装飾されたリビングだった。入口のものより一回り大きなツリーに壁の赤い靴下。しかもテレビは暖炉風の飾りが取り付けられていて、炎がぱちぱちと燃える動画が流されていた。

メルヘンチックな部屋に驚かされていると、暖炉際のソファに腰かける男性の姿が目に映った。


「お父さーん、サンタさん来たわよ~」


「お、ついに来てくれたか! どうもどうもこんばんは、お越しくださりありがとうサンタさん」


「こんばんは! いつもお世話になって……」


「お噂はかねがね! 今日は我が家のクリスマスディナーに来てくれて嬉しいよ」


旦那さんは俺の手をガシッと包むように握手する。その喜び方はまるでプレゼントを開封するときの子供のようだった。

髪は白髪がところどころ混じっているのに、顔は三十代半ばに見える。夫婦揃ってこんなに若々しいのは、ここまでクリスマスを楽しめる心の豊かさから来るものなのか。と勝手に考察していた。


「いやあ寒い中来てくれて嬉しいよ。もしかしてさっきまでお仕事でしたか?」


「はい、何軒か配達に行ってきました。すいません、着替えもしないままで」


「お気になさらず。むしろお忙しい中で申し訳なかった」


旦那さんに促され、トナカイのぬいぐるみが置かれたソファへ腰かける。


「普段も配達のお仕事を?」


「ええ、宅急便のバイトをしています。あ、でも大学を卒業して来年からは同じ会社の本社勤務になります! ご縁あって所長からの推薦で入社が決まりまして……なので今よりかは安定した暮らしになると、思います」


「推薦! すごいですね、日頃から勤勉に働かれている何よりの証拠です」


「きょ、恐縮ですっ」


「おっとすいません、お仕事のお話をいきなりするのは無粋でしたね。サンタさん、ウェルカムドリンクは何になさいますか? お酒もジュースも色々ありますよ」


「うぇっ、ウェルカムドリンク!? あっ、頂戴します!」


テーブルに置かれた数種類のペットボトルから、とりあえず無難なオレンジジュースを頂くことにした。旦那さんは高級ワインでも注ぐかのようにシャンメリーを空ける。


「それにしても驚いたでしょう? 自分達でも変わり者だとは分かっているんですが、家の中だとどうもはっちゃけてしまいましてね」


「楽しくて笑顔の絶えない素敵な家庭ですよ。じ、自分もこんな素晴らしい家庭を築いていきたいです」


「サンタさんにそんなことを言ってもらえるなんて、光栄だなぁ」


シャンメリーにアルコールでも混ざっていたのか、旦那さんは上機嫌に口を大きく開けて笑っていた。


「ただウチは一人娘で、男の子がいなかったものですから。一緒にはしゃぐ男仲間がいなくて、それだけが少し寂しかったんですよ」


「っ……自分でよろしければ、これからのクリスマスは! ご一緒させていただきたい、です」


「さ、サンタさん!」


勢い任せに出過ぎたことを言ってしまったと思い肝を冷やした。焦ってもごもご話そうとしていると、旦那さんの瞳が僅かに潤んでいることに気が付いた。


「キミのような優しい人が我が家に来てくれて良かった。こんな家族ではあるけども、どうかこれから、む――」


「あっ!」


旦那さんの声を遮って奥さんの叫び声が響いた。驚いたのも束の間、俺は旦那さんと慌ててキッチンの奥を覗いた。


「母さんどうした!?」


「お父さんごめんなさい、ピザ買ってくるの忘れちゃってたわ。急いでピザ屋さんに取りに行ってくれないかしら?」


「そうか、分かった任せろ! あ、サンタさんはゆっくりくつろいでいて下さい。テレビも飲み物もご自由に」


そう言って旦那さんはすっとんで玄関から飛び出していった。ピザの件を任せると奥様はキッチンで次々と豪勢なクリスマス料理を作る。今チラッと見えたのは七面鳥だったような……。


コップのオレンジジュースも底が見え始めた頃、玄関から軽い足音が近付いてきた。


「ただいまー。あ、りっくんいた。ちゃんとサンタさんになってるね」


「お、おかえり、でいいのかな? ていうか衣装はみやちゃんが指定したんじゃないか」


「えっへっへ」


そうだ、今の俺はサンタの格好をした二十二歳だ。普通に考えればこの状況は異常だということが、この家ではそれ以上の情報で掻き消されてしまう。

まあそんなおかしさも慣れてしまえば楽しく思えるが。


「どうだった? パパとママは」


「明るくて優しくて、素敵な人達だね。本当、羨ましいぐらい素敵な家族だ」


「うんうん。りっくんは上手くできそ?」


「ああ。この先ずっとお二人とも仲良くさせていただきたいよ」


その答えに満足げな様子でみやちゃんは無邪気な笑みを浮かべている。


「でも本当にこんな感じで良かったの? お義父さんとお義母さんへのご挨拶」


「いいと思うよー。パパとママいっつもこんな感じだし」


「そうなのか……まあ何はともあれ、受け入れてもらえてほんっとうに安心したよ」


「りっくんの性格で嫌われることないよー。それにさ、二人ともをずっと楽しみに待ってたんだよ?」


そう言うと彼女は不意に頬へキスしてきた。


「ね、アタシのお婿さん?」


いつの間にかトナカイの鼻の色が俺の顔にも移っていた。

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サンタクロースの挨拶 白神天稀 @Amaki666

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