第6話 蓮、地縛霊を味方につける

「泉水の奴だが……アイツがゲイだってのは、そもそも分かってるか?」

「あ、ファンっぽい女性客に囲まれたのを一度見たことがあって……その時の反応で何となくそうかなとは思ってましたけど」


そうか、と橘が一旦話を区切る。


「……それもあって、とにかく恋愛経験が少ないんだ。高校時代の初恋の失恋を未だに引きずっててな。その時以来、誰かを好きになっても身体が反応しなくなったんだと。SEXに拒絶反応を示してるから誰かと付き合いたいとも思えなくて、誰ともまともに付き合ってないから、いつまで経ってもそのトラウマが治らない……っていう悪循環に陥ってるらしい」


橘が溜息と共に語ったのは――泉水のそんな隠された過去と秘密。


「えっ、ちょっ、泉水さんのそんなめちゃくちゃプライベートでセンシティブな情報をあっさりと……っ!」


慌てたのは蓮の方だ。


「本人の知らない所で、俺なんかに話したら傷つくじゃないですか!」

「……お前は誰かに話したりする気なのか?」

「しませんよ!!する訳ないでしょう!」

「――お前は俺が見込んだ男だ。そう言ってくれると思ったよ」

「は、はい??」


橘が、我が意を得たり、とばかりにうんうんと力強く頷く。


「つまり、だ。泉水のトラウマ解消に協力してやって欲しい。それがお前に言いたいことって訳だ」

「……………えっ…?」


トラウマ解消に協力……?

それって……

蓮はぐっと眉根を寄せ、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「つまり、肉体的な手解きを俺に任せたいと……?」


その瞬間、振り下ろされたファミレスのメニューの角が蓮の頭に食い込んだ。


「いってえええ!!!」

「殺すぞ、この馬鹿」

「暴力反対っ……!!いや、だって!話の流れがそんな感じでしたよね!?」


ジンジンしている頭を押さえつつ、激しく抗議する。


「だから!アイツとちゃんと恋愛してくれってことだよ!俺の許可も無いうちにそんな先走ったことしたら、社会的に抹殺するからな……?」


言葉より先に手が出るタイプなのか、ツッコミに容赦がなかった。ニッコリとめちゃくちゃ不穏な笑顔を浮かべながら牽制してくる。“俺が見込んだ男”などと言いながら、蓮に対する信頼度は案外低そうだ。

殴られた頭をさすりながら、蓮はぶつぶつと文句を言った。


「は、はあ……まあ、言いたいことは分かりましたけど……痛ってぇな……だけど、何でわざわざそんな秘密を、俺に話すんです?俺が泉水さんを口説く気満々なのは、見てて分かってたんですよね??なら、ただ見守ってくれてても良かったんじゃないですか」

「……それで、上手くいくならな……」


はあぁ~と、かなり大きな溜息を吐く。


「お前の感情ダダ漏れ、ってさっき言っただろ?でも今の所、泉水の方は恋愛的な感じでは全く無反応、だよな」

「あぁっ!それ言われるとツラいっ………やっぱり、そう思います……?」


救いを求める信者のように、額を押さえて天を仰ぐ。


「まぁ……誰が見てもそう思うんじゃないか」


そうなのだ。

こんなにほぼ毎日会いに行って、笑顔全開で大好きオーラ出しまくりで、構って構ってと纏わりついているにも関わらず、だ。


「すっげーやんわりとした対応、なんすよね……」


蓮は遠くの空を見つめるような目をして、薄く微笑んだ。

泉水がノーマルかもと思っていた時ならいざ知らず、今はゲイだとハッキリ分かっただけにその現実がツラい。


「まぁ……そうだな。今の所、な」


ゴホンゴホンと橘が咳払いをし、少しは気を遣っているのか空気を変えようとする。


「多分、アイツは無意識にそういう感情をスルーするようになっちまってるんだと思う。誰かと付き合っても――相手を失望させるだけだからってな。で、そんな状況を打破するために、俺がお前に協力してやろうと」

「ん?協力?」

「あの歯科医のこととか、気になるだろ?」

「!なりますねっ…」


思わず身を乗り出す。


「泉水に関すること、歯科医のこと、何か欲しい情報があれば教えてやる。泉水の方も少しせっついて、お前の後押しをしてやるから――アイツの腰が引けてても、すぐに諦めないで気長に付き合ってやってくれないか?……まぁその、お前の気持ちがその位本気なら、って話しだが」

「……橘、さん……?」


視線を逸らし、気恥ずかしそうに頭を掻く姿には泉水への親心(?)が滲んでいた。心なしか顔も赤い。


(……正直びっくり、だ)


まさかこんな話をされるとは思わなかった。

泉水のトラウマのこともそうだが、自分が泉水と付き合うのを応援したいだなんて――

この男は見かけによらず心配症でお節介で……こちらが思う以上に、泉水を大事にしている、ってことなのか、と。


(地縛霊、とか言っちゃってるけど……愛されてんなぁ泉水さん)


無意識に、頬がゆるんだ。

橘への共感と信頼が、少しずつ蓮の中に芽生え始めていた。


「ありがとうございます……俺にそんな大事な話をしてくれて。……上手く言えないですけど、橘さんの泉水さんを心配する気持ちは伝わってきました。だから……俺も焦らずゆっくり、泉水さんに気持ちをぶつけられたらなって思います!」


テーブルにぶつかりそうな勢いで、思い切り頭を下げた。


「…お、おぅ。ま、とにかくその、アイツが本気で嫌がらない程度に、頑張ってくれ。……あと、このことは泉水には絶対内緒な?アイツに知られたら、俺が殺されること間違いなしだから」

「うっ、そしたら俺も同罪なのでは?」

「はは、かもな。バレたら一緒に殺されるか」

「簡単に言わないでくださいよ!もう。あと――因みにこれって所謂EDってことなんですかね?……だとしたら、心療内科とかに行くのが、本当は良いのでは、ってちょっと思ったり」

「俺もそう言ったんだけどなぁ。アイツ、潔癖症っぽいとこあるから、全然知らない他人に自分のそういうプライベートな話をしたくないってさ。そこまですることじゃないとか言って」


成程と思うと同時に、まだまだ自分の知らない泉水さんがいるんだろうな、と感じた。

そしてひとつ、モヤっとした不安も生まれた。

潔癖な泉水さんが俺に秘密を知られた、って分かったら……?


「お前のその、他人に物怖じしないところとか?空気読まないでグイグイ行けそうな鈍感さに期待してるわ」

「……橘さん~、褒めるならもう少しストレートに分かりやすく褒めてくれません?」

「今のは褒めてない」

「ちょっと!いきなりやる気削がないで!俺は褒められて伸びるタイプですからね?」

「いやそんなの知らねぇから……だけどまぁ、水商売で色々苦労もしてそうだが、そういうのを感じさせない明るさは貴重だと思うぜ」

「えっ、急に褒められると逆に怖い」

「褒められたいのかそうじゃないのか、どっちなんだよ」


不意を突かれて顔を赤くした蓮にツッコミを入れてくる。

さっきは自分の方が赤かったクセに、とやり返すとまた言い合いになった。


――蓮は自分の恋心を自覚すると同時に、ちょっとおかしな味方を得ることになったのだった。

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カフェと雪の女王と、多分恋の話 草陰の射手 @sagitarius

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