第5話 『Celestite』の地縛霊?

セレスタイトの地縛霊…もとい、泉水の身近に常にいるらしい目の前の男を、蓮は探るように眺めた。

後ろ髪は束ねているが前髪はボサボサで、プラス不精ヒゲ。

よく見ると顔は案外悪くないのだが、着古したアロハと使い込んだサンダルというファッションが、いかにも自由業という風体で堅気じゃない感満載だ。


見た目で差別する訳ではないが――気配りの細かい仕事を常として、店を隅々まで磨きあげるあの泉水さんの近親者とは到底思えない雰囲気である。

どこか適当に話せる所をと思い、目に付いたこのファミレスに二人で入ったのだが、男は至ってマイペースだ。

4人がけのボックス席の向かいに座り、店のメニューを穴があくほど真剣に眺めている。


「よし、俺はこれだ!季節のデザート、無花果のフロマージュタルトにするわ。お前さんはどうする?」

「……いや、俺はコーヒーだけで。この後、またお茶しなきゃいけない予定があるんで、長居もできないんですよね」


さりげなく急いでいる事を匂わせる。

突然呼び止められ泉水の事で話しがあると言われ、うっかりついて来てしまったが。

見た目も態度も、どうしても胡散くさい感じが拭えない。


「あの、時間もないんで単刀直入にお願いします」

「せっかちだなぁ、お前。余裕のない男はモテないぞ」


ニヤニヤしながらそんな事を言われ、注文した商品がくるまで肝心な話はしてもらえなかった。美味そうにタルトにかぶりつく中年男を眺める時間が続き、蓮は正直少しだけイライラしてきた。


(……ワザと焦らしてんのかな、この人)


こっちは相手のことを何も知らないが、向こうはこちらの職業だとか色々把握済みらしい。店での泉水さんとのやり取りをしょっちゅう聞いてたとか。


(俺からするとたまにしか見かけた記憶がなくて、一体店のどこに居たんだよって感じなんだけど)


泉水の関係者じゃなかったら、ついてきたりしないと思う。

すっかり食べ終えて満足げな男に、蓮は待ちかねたように切り出した。


「――で、そろそろ本題に入りましょうよ。泉水さんの事で話って、何ですか?」


蓮はやや引き攣った笑みを浮かべながら、気持ちを落ち着けようとひと口水を飲んだ。


「お前、泉水のことが好きなのか?」

「ぶはっ!」


思い切り吹き出した。


「……なっ、いきなり何言って……」

「まぁ隠すなよ。お前が朝イチであんなに頻繁に店に通うのは、いくらコーヒー好きって言ったって度が過ぎてるよなぁ。それに――」


思わせぶりに言葉を切り、テーブル越しに顔を近付けてくる。


「声に滲んでんだよな。“好き”だってさ」

「げほげほげほっ!」

「女の子相手に色恋仕掛けんのを商売にしてるクセに、どういうつもりだ?真面目を絵に描いたようなアイツを面白半分で揶揄ってんなら――俺も放っておけないんだが」

「ち、違うって!面白半分とか、そんなことは絶対にない!」

「じゃあ本気だって、俺の目を見て言えんのか」


チャラついた雰囲気が一瞬で消えて、瞳の中に真剣さと鋭さが閃いた。

ドスの効いた声が蓮を怯ませる。

ふざけた人間のように見えていたが、泉水を思う気持ちは本物らしい。

その圧を感じながら、ゆっくりと口元の水を拭う。ぐっと息を飲み込んで、自分の正直な気持ちを改めて言葉にしてみる。


「………言えるよ。俺は確かにホストだし、男も女も好きになれるような奴だけど。泉水さんのことは本気で……好きだ。人としての尊敬だと思ってたけど、しっかり恋愛感情があるって、気付いた」


今、自分にできる限りの真剣さで、男に向き合った。相手の目から視線を逸らさず、お互いを見つめ合う沈黙の時間が落ちる。


「……ふん。それはついさっきのあの男のせいで、か?」

「うぇいっ!そこまでお見通し!?」


突然の切返しに蓮は動揺する。

あのやり取りも全部見てた訳!?


「お前、自分で思ってる以上に感情ダダ漏れって気付いてるか」

「えっ!そっ、そうっすかね……!?まぁ、女の子にはよくそれで揶揄われますけど」

「……ふぅん。まぁ随分とバカ正直なホストもいたもんだな」

「ひどっ」

「褒め言葉だ」


ふはっと気の抜けた笑い声が男の口から漏れた。


「挨拶が遅れたな。俺は橘彬史あきふみ。泉水の両親の幼馴染で、物書きを生業にしてる。泉水のことは子供の頃から面倒みてて、もう我が子同然だ。まぁ向こうにはそう思われてないけどな」


パンツの尻ポケットからくたびれた札入れを取り出し、そこから名刺を出して蓮に渡す。


「まぁ、お前のそういう雰囲気を見込んで声を掛けてみた訳だから――

 アタリっちゃアタリだな」

「はぁ……」


名刺の肩書きにはライター兼小説家とある。

出版社のURLも並んでいて、自分の作品を載せているページもあるらしい。

警戒して張り詰めていた空気が解け、蓮は少々気が抜けてしまった。


「……で、その橘さんが俺にどういったご用件で?大事な泉水さんに、俺みたいなおかしな虫がつくのを防ぎたい……とか?」

「逆だよ、逆」

「?」

「アイツ、恋愛出来ない体質になっちまったんだとか言うからさ。それを何とかしてやりたい」

「んん??!」


(………一体、どういうこと??)

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