第26話 コトハの新しい日々

 今日から夏休み。

 私はいつものように、おじいちゃんに挨拶していた。


「この前のこと、ちゃんと話してなかったよね。本当にいろいろあったんだから」


 まだ、予定まで時間がある。

 おかげでここ数日何が起きたのか、ゆっくりと教えることができそう。

 買い物帰りに座敷童たちと会ってから、怒涛の連続。

 オトがいなくなって、ハクロさんは邪神で明日乃様の敵、そして結界に飛ばされて……。

 そして最終的には、オトに会えたしハクロさんを無事に封印できた。


「……こうして振り返ってみると、驚きだらけだったなぁ」


 我ながらびっくりしちゃう。

 だって少し前までの私は、狸ってこと以外は普通の中学生だったから。


「そういえば、たっちゃん……やっぱり『しろどら』のこと覚えていなかったよ。検索しても出てこなかったし、配信を覚えているの私だけになっちゃった」


 オトは閉じ込められていた建物で、紙がたくさんのあの部屋を私に見せるまで、しろどらのことは知らなかった。

 当然配信を見たこともないわけで……つまりしろどらの配信の記憶があるのは私だけということになる。

 私だけ、私だけかぁ……特別な感じがして、なんだかくすぐったくなる。

 あ、ハクロさんといえば――


「ハクロさん、最後の最後に〈瀬をはやみ〉を詠んでいたんだよね。『障壁を越えて、また会おう』って意味の。……和歌をあんな風に言っていたのに、本当に矛盾だらけ」


 人間の感情なんて、泡のように儚い一時のもの――彼はそう言っていたけれど、そんなことないと思う。

 だって、今回の騒動はいろんな人や妖怪の感情が入り混じって起きたから。

 邪神を敬う妖怪たち、しろどらを心の拠り所にした人々、人々がいなくなって悲しむ座敷童、ハクロさんに怒る明日乃様に……私の運命に怒ったハクロさんと、彼の優しさ。

 そして、私とオトがお互いを信じたこと。

 思いや感情は影響し合う。

 たとえ一瞬のものだったとしても、それは誰かに伝わる。

 和歌だって、現代に残ったものが誰かの心を揺らすんだ。

 ……そうなると、儚いなんて言えないよね?


 ハクロさんのお別れの言葉について、明日乃様は「神の類は『なんとなく』で動くものがほとんどだ。そこに理由や理屈があるほうが珍しい」って言っていたけど……彼についてもっと知れば、何か見えてくるかもしれない。


「実は今、手紙を送っているんだ。ハクロさんのこともっと知りたいし、私のことも知ってほしいから。こういうの、文通っていうんだよね? ……ってこのままだとハクロさんの話だけで終わっちゃう」


 報告したいことは、まだまだたくさんある。

 例えば……。


「結界で見つけた人たち、みんな家に戻れたよ。人数が多くて『千夜』のお客さんにも手伝ってもらったんだ」


 あれは本当に大変だったなぁ……。

 まず、1人1人の住所を調べなくちゃいけなかった。

 人数が多いせいか、たっちゃんの時よりも術が解けるのが遅くて、本人から直接聞きだすことなんてできない。

 だからワタグモを総動員させたり、町中の妖怪から情報を集めたり……。

 全部終わるころにはへとへとだったけれど、座敷童の喜ぶ顔を見れたから、よかったと思えた。


「あ、時間は……」


 報告を切り上げて、時計を見る。

 そろそろ約束の時間だ。


「明日乃様、お菓子作りすぎですわ。そんな量、3人で食べきれますの?」

「余ってもいいように、保存しやすいものをチョイスしたから、心配はいらないよ。力作でね、感想を聞くのが楽しみだ!」


 外からは賑やかな話し声が。

 2人とも来てる!

 そう、今日はお客さんを家に呼んでいるんだ。

 着いたんだし、鍵を開けなくちゃ。

 立ち上がり、廊下に出ようとしたけれど……その前に。


「おじいちゃん、紹介するね。――私の大切な、相棒と師匠!」


 玄関に向かって、我が家を訪れた2人を嬉々として招き入れた。


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和歌ヂカラ~狸と狐が参ります!~ 久物いと @o0wata4

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