第25話 お別れに

 禁忌の術をしろどらに?


『それってどういう……』

「禁忌の術がどんなものかは知っているだろ? かけられれば存在が丸ごと消える。……それを使って、しろどらをみんなの記憶から消しておきたいんだ」


 ハクロさんがいう「みんな」……きっと、視聴者たちのことだ。


「消えたことで生まれる空白は、別の誰かに置き換わる。コトハちゃんの友達の時もそうだったろ?」

『それってたっちゃんの……あ、鶴崎さん!』


 たっちゃんが禁忌の術でいなくなった時、私の次の出席番号は鶴崎さんになっていた。

 確かにそうなんだけど……。


「しろどらが消えれば、配信で相談したことはほかの手段で解決したことになりますわね。しろどらがいなくなっても過程が変わるだけで、悩みが解決したこと自体に変化は起きない、と」

『でも、なんでしろどらを消しちゃうんですか? 相談者もコメント欄の人たちも、みんなしろどらを頼ってたのに……』

「頼ってた、ね」


 夏のぬるい風に吹かれ、銀髪が揺れる。


「誰かの心のよりどころになれたのは、神として誇るべきことだ。けど、俺はこれからカクリヨに連行されて、二度とウツシヨに戻れなくなる。配信なんてできないし、SNSに顔を出すこともできないだろうな。そうなったら……俺を頼ってくれたみんなはどうなる?」

『……悲しませないために、なんですか』

「そう。信者を守るのは、神として当然のことだからな」


 「力が封印されれば、人間同然になる」……明日乃様はそう言っていたけれど、今のハクロさんは戦っていた時よりも、神様らしく思える。

 人々を見守る、優しい星――それが今の彼。


「――というわけで、頼まれてくれる?」

「……え、わたくし?」


 突然の指名にオトはきょとんとする。


「見ての通り、俺は術が使えない。妖怪たちも全員連れていかれたみたいだし、千谷明日乃は糸と使い魔以外は道具頼りで、コトハちゃんはそれ以前の問題。鬼は……後が怖いからナシ。な? 適任は1人だけなんだ」


 それ以前って……まぁ、妖力が回復しても強力な術は使える気がしないし、そうだよね……。


「禁忌の術を使ってやっと、借りを返しきる。そしておつりはなし……よろしくて?」

「いいよ、とっとと終わらせるか。君たちの師匠が爆発する前に」


 振り向くと、明日乃様が眉をぴくぴくさせて立っていた。

 妖怪たちとの戦いで服がボロボロなせいで、ちょっと怖いかも……。


「……何かな? そいつの言う通り早く終わらせてくれないか。鬼たちとは仕事で付き合いは長いが、別に対等な立場ではないんだ。彼らがしびれを切らせば雷を落とされるし今後の関係にも響く。それに連行した奴らに処罰を与えるのも、たくさんの手続きがいるんだ。スムーズに行わないと後が詰まるし、厄介なことは起こしたくない。カクリヨの上層部はおかしな奴らばかりなんだぞ? 今は何とかなっているが一度でもイラつかせたら、どう対応してくるかわからない。『千夜』は店の売上だけで成り立っているわけではない。カクリヨからの報酬があって経営できている。この間だってうっかり敵を逃しただけでえらい目に遭ったんだ。なんなら監督役まで送られてきて、そりゃもう頭が痛かった。今回は相手が相手なだけあって迅速な処理が求められる。わかったら早く――」

「ふふ、明日乃様妬いていますわね。コトハがハクロになついているのが気に食わないのでしょう」


 まくしたてる師匠を眺め、袖で口元を隠しいたずらっぽくオトがからかう。

 いつもの明日乃様そっくりの笑い方で。


『え、そうなの?』


 それに対して、明日乃様は珍しく慌てて否定する。


「ち、違う!」

「長く一緒にいると似るもんだな。コトハちゃんもああなるのかー、なんかやだな」

『うーん、どうだろう……?』


 私はどちらかと言えば、からかわれる方だと思うんだけどなぁ。


「…………オト、さっき言ったとおりだ。頼んだ」


 調子を狂わされるのが嫌みたい。

 明日乃様は離れようと踵を返す。


「あ、忘れていた。コトハ、あーん」


 思い出して立ち止まり、この前と同じドーナツを出される。

 口を開けて一口もらうと、妖力が回復するときのぽかぽかとした感覚が。

 地面に降りて術を使い、また人型に変化!


「ありがとうございます!」

「別れの挨拶くらい、笑顔を見せてやらないと。……私はそれができなかったからね」


 「相手がハクロなのが癪だけど」と付け加え、妖怪を運んでいく鬼たちの方に行ってしまった。

 ……里で私たちのご先祖様とお別れするときは、笑顔でできなかったみたい。

 

「――と、手順は以上だ。覚えられた?」

「ええ、忘れないうちに終えてしまいましょう」


 どうやら、術を使う準備が終わったみたい。


「始めますわ。……目を閉じて、力を抜いてくださいまし」


 ハクロさんと向かい合ったオトは、ぶつぶつと何かをつぶやく。

 歌術みたいに特別な術だから、呪文みたいなものがいるみたい。

 距離のせいで内容までは聞き取れないけれど、時々「忘れる」のようなことを言っているのがわかる。

 一通り唱え、次に手をかざすと……黒い火柱がハクロさんを覆った。


「きゃあ!?」


 突然のことに驚いて悲鳴を出してしまう。

 黒い炎は草木には移らず、ハクロさんだけを燃やしていく。


「こ、これ大丈夫なの!?」


 オトを信じてないわけじゃないけど、事故だったりしないよね!?

 心配で動こうとしたけれど……炎はすぐに収まった。


「……よし、これで終わりだ」


 ハクロさんは無傷。

 び、びっくりした……。


「これで配信者しろどらはいなくなった。その証拠に……あ、ほら」


 指した先は、明日乃様。

 慌ててこっちに向かっているみたいだけど……。


「肝心なことを聞いていない。ハクロ、お前は何をするつもりなんだ!? オトに流されて拘束を解いたけれど、妙な事なら承知しないからな!」


 あれっ、さっき話していたはずだけど、ちゃんと伝わっていなかったのかな?


「明日乃様、ハクロさんはしろどらを……」


 事情を説明しようとすると、明日乃様はこう言った。


「『しろどら』……キャラクターか何かかい? どうして今それが出てくるんだ?」 

「ねぇオト、これって」

「禁忌の術がちゃんと効きましたわね」

 

 縁のある妖怪には効かない場合がある――ホワイトボードにはそう書いてあった。

 私たちが覚えているのは妖怪だからで、明日乃様が覚えていないのは……人間だから。

 しろどらは、人々の記憶から消えたんだ。




 やりたいことを終えたハクロさんは再び縛られ、今度こそカクリヨに送られることになった。


「まさか2回も別れを言うことになるなんてな。……じゃあな、コトハちゃん。元気にしてろよ?」

「ハクロさんもお元気で……ええと、てっ、手紙って送っていいですか?」


 ハクロさんはきっと長い間、罪を償うことになる。

 もしかすると、一生会えなくなるかもしれない。

 せめて連絡が取れたら……とダメもとで聞いてみた。


「どうなんだろ? な、大丈夫か?」

「……あ、儂か?」


 急に話を振られたのは、さっきのガタイのいい鬼。

 引っ張って連れていくために、ハクロさんを縛る糸の端を探していた。

 

「手紙くらいなら問題ねーだろ。検閲で中身を調べられるかもだけど」

「中身見られちゃうんだ……」


 しょんぼりする私に、オトがひそひそと話す。


「機密情報とか脱走についてでなければ、大丈夫と思いますわよ……恋文でも送って差し上げたら?」

「ちょっと!?」


 急に何言うの!

 またにやにやしてる……この~!


「……っと、あったあった。ほら行くぞ」


 そうこうしているうちに、鬼は糸の端を見つけたみたい。

 引っ張って鳥居へと連れていく。


「ほら、早くしないと行ってしまいますわよ」

「う、うん!」


 ……別れの挨拶は、笑顔で。

 頑張って作った飛び切りの笑顔を、ハクロさんに見せる。


「どうか、お元気で! 絶対に手紙送りますね!」

「ああ、待ってるよ」


 彼もまた笑顔で、最後にこう告げた。

 それは誰よりも、ハクロさんが口にすることが信じられないもの。

 そして、再会を強く願って詠まれたもの。


「〈瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ〉――またな、コトハちゃん!」


 

 

 

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