第24話 落ちていく

 ハクロさんの力が封印され、結界は崩壊へと進んでいく。

 空街はボロボロと崩れ落ちて、ところどころ空いた穴から見えるのは、夏の青空と入道雲。

 不可思議な光景の中、狸に戻った私は……いや、私とハクロさんは――空街と共に落ちている。

 人の姿のハクロさんの胸に抱かれて、頭から絶賛墜落中。


「あーあ、どうしよう。俺も君も何もできないし……このまま、心中しちゃう?」

『し、心中!? じゃ、じゃなくて! 死にたくないです!!!』


 念話が使える程度には妖力が残っていたけれど……ワタグモはオトと一緒だし、今のハクロさんは人間同然で何もできない。

 このままじゃ、本当に死んじゃう。

 せっかく封印できたのにー!


「もしかして、俺のことに集中してて後のこと考えてなかった?」

『……はい……』

「そっかー。大した度胸だと思ったけど、やっぱりまだ子供だな」


 さっきとは違い、その声は笑い交じりの優しい雰囲気。

 歌術が無事効いて、ハクロさんの優しさが表面に出てきたんだ。

 今の態勢も、私を守ろうとしているみたい……こんな状況じゃなかったらなぁ。

 ただ、それでも心は浮ついている。

 きれいな顔に見とれていると――


『あれっ?』


 覆いかぶさる大きな影……空街から崩れ落ちた瓦礫だ。


「……まずいな」


 ハクロさんが苦い顔をする。

 トラックよりも一回り大きい、こんなのに押しつぶされたらひとたまりもない!

 瓦礫はずんずんと迫ってくる。

 時間はない、どうしよう!

 2人とも術が使えない、こんな状況でできることなんて……。


「俺もここまで、か……コトハちゃん」

『はい?』


 反射的に返事をすると、ハクロさんは大胆に体制を変え――


「歯ぁ食いしばれよ」

『え?』


私をぶん投げた。


『えっ、えっ!?』


 突然のことでわけがわからなかった。

 その間に私の軌道は大きく変わり、影から出る。

 瓦礫がハクロさんに近づいていく。

 まさか……犠牲に!?


「君はまだ、これからがある。けど俺は生きすぎた、罪も山ほど……精算にはぴったりだよな」

『待って!』

 

 手を伸ばしても、体は遠ざかっていくばかり。

 彼は目を細め、笑顔で。


「じゃあな、コトハちゃん! 肉じゃが、最っ高においしかったよ!!」


 ダメ、そんなのダメだよ!

 ハクロさんが犠牲になったうえで、これから生きるなんて――。

 

『ハクロさん!』


 あと数センチでぶつかる、その時。

 黄色い何かが横切り、ハクロさんの姿を消した。


『……え?』


 どこかでトンッと軽快な音が聞こえ、風を切って何かが近づいてくる。

 首元を咥えられて、次に私を迎えたのはモフっとしたふわふわの毛。


『――揃いも揃って、世話が焼けますわね』

『オト!』


 大人が乗れるくらいに巨大化したオトが、私とハクロさんを乗せて瓦礫から瓦礫へと渡っている。


『何か降っていると思ったら、なんとあなたたちで。これでも急いで来ましたのよ?』

『うう、ありがと~!』


 涙目で抱き着くように手を回すと、オトは小さく「ふふ」と笑みを洩らした。


「なんで俺も?」

『あなたを見捨てればコトハがうるさいと思ったので』

「……かっこよく決めようとしたのになぁ」


 残念がるハクロさん。

 なにがかっこよくだー!

 すっごく心配したんだから!


「ちょ、ぽかぽか叩くなよ。落ちるって!」

『コトハ、鬱憤があるのならもう少しお待ちなさいな』


 そ、そうだね。

 さっきよりも地面に近づいたけれど、まだ落ちると危ないし……。

 手を止め下を見ると、地街も徐々に消え古社町が広がっている。

 神社には、簀巻きにされた妖怪たちと明日乃様。


『明日乃様、無事だったんだ!』

『わたくしが地街に着いたときには、ピンピンしてましたわよ』

「……呪いの内容、もうちょい考えとけばよかったな」




 しばらくして地上に着き、真っ先に迎えたのは明日乃様。


「コトハ、オト! ……よかった」


 私たちの無事を確認すると、安心した顔を見せたけれど……オトから降りたハクロさんを見ると表情は変わり、厳しくなる。


「おいおい、怖い顔するなよ? 全部終わったんだ」

「ああ、確かに終わった。……けれどお前のしたことが、すべて消えたわけではない」


 そう言って、糸でハクロさんを縛りつけた。


『明日乃様……』

「なぁ、もうちょっと緩めてくれない? 結構痛いんだけど」


 文句を言うけれど、明日乃様は構わず続ける。


「……お前をカクリヨに送る。来るんだ」


 気づけば鳥居の先が、トンネルのように暗くなっていた。


「あの鳥居、カクリヨに繋げられているみたいですわ」


 オトは変化の術で人の姿に狐耳を生やした姿になっている。

 ぞろぞろと現れたのは、天狗の時に駆け付けた鬼たち。

 簀巻きにされた妖怪たちを次々に連れていく。

 特にガタイのある鬼が、こちらにやって来た。


「よっ! そいつが例の?」

「邪神です。お願いしますよ」

「ちょっ、待て。カクリヨに行く前に、俺――」


 引き渡されようとするその時、何かを訴えようとハクロさんは抵抗する。


『明日乃様、ハクロさんが何か――』


 私の言葉に明日乃様は首を振る。

 ハクロさんに対する怒りは相当のもので、許したくない気持ちは私にさえ理解できる。

 けれど彼の様子は切実で……。


「明日乃様。わたくしから1つよろしいでしょうか?」


 待ったをかけたのは、以外にもオトだった。


「……何かな」

「結界が崩壊しているときにわたくし、見ましたの。ハクロが身を挺して、コトハを守ろうとしたのです」


 明日乃様が息をのんだ。

 信じられない、と言うようにオトを見る。


「本当かい?」

「ええ。彼には借りができた、そう言えるのではないでしょうか?」


 その申し出に、戸惑いの表情を見せる。


「む…………わかった。コトハの恩人ということなら……」


 思いっきり悩んだ末、「少しの間だからな」と渋々拘束を解いてくれた。

 その様子に鬼は慌てる。


「おいおい、いいのかよ!? あんた、こいつのこと恨んでるんだろ?」

「気は乗りませんが、弟子を助けてくれたみたいなので。少しお待ちください」


 そう言いつつも、明日乃様はやっぱり不機嫌そうだった。


「悪いな」

「あら、わたくしは事実を言っただけですわよ。……それで、あなたは何を?」


 オトに聞かれ、ハクロさんが目を向けたのは――神社の外。

 長い階段の先にあるこの場所は、町を一望できる。

 寂しげを帯びた眼差しを向けながら、こう言った。


「禁忌の術を使いたい。『配信者しろどら』に」

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