第23話 人はいさ
「あー、そういうこと……だましたんだ?」
「……はい」
ハクロさんの背中に乗って、上下が反対になるポイントで、オトがわざと落ちる。
歌術使いが片方だけになると、油断すると考えたから。
オトはワタグモの力を借りて着地し、その間私はハクロさんと話をする……それが、私たちの作戦。
「ひどいなぁ、約束を破るだけじゃなく、ウソつかれるなんて。千谷明日乃もひどい教え方をするな」
「だましてしまったことは謝ります……けれど、ハクロさんだって変わらないじゃないですか」
……実を言うと、作戦の内容はほかにもある。
けれど今は目の前のことに集中しよう。
「そうだったかな、まあいいや。で、話すって何を? 命乞い?」
圧のある声。
私を黙らせようとしているみたいだけど、引くもんか!
「お昼の配信、見ましたよ」
「配信? ……ああ、しろどらのこと気づいたんだ。せっかく警告したのに無視されて悲しいよ」
約束を破ったことを責めて、精神的にこちらを追い詰めるつもりらしい。
……でも、そこなんだ。
ハクロさんの警告と約束。
最後には、わざわざ「配信者しろどら」を通してまでしてきた。
歌術使いが狙いなら、そんな回りくどいことする必要はないのに、ハクロさんはそうした。
その理由は――
「ハクロさんは私を、危険から遠ざけようとしたんですよね?」
「――――は?」
「身のためだ」……まさにその通り。
龍の姿だから表情はわからないけれど、予想はつく。
目を真ん丸に見開いて、口をあんぐりとさせていると思う。
私だって、この答えにたどり着いたときはそうなったよ。
「さっき話したこと覚えて言ってんの? 歌術を目障りに思う俺が、歌術使いの君を助ける? 行動が破綻してるだろ」
「確かに破綻しています。でも、私の命を奪うチャンスなんていくらでもありました。……それなのに何もしないどころか、あなたは忠告をくれた。守ろうとしていたとしか、言いようがないんです!」
ひるんじゃダメだ。
声を張って、圧なんか振り切っちゃえ!
「それと、もう1つ。……しろどらのことです。あなたは人々の悩みに真剣に向きあ――わ!」
空を漂っていたはずが、急激にスピードが上がり話をさえぎられる。
ここで落ちたらすべてが水の泡。
落とされちゃダメ、しっかりしないと!
「あなたにとって! あの配信は! はじめは封印を解くためだけの……ものだったかもっ! しれません! でも……っ」
いやでも聞こえるように、声を大にする。
もはや叫びだ。
それでもいい、もう少しだから。
「回を重ねて! 相談者に本気で向き合うようにっ……なったんじゃ、ないですか! そうじゃなきゃ、1つ1つの……相談に! あんなに悩んだりしませーん!!!」
オトに連れられた部屋で見つけた、文字でいっぱいの紙。
あれには、相談に返す答えを考え悩んだ跡……余白がないくらいにぎっしりと、字で埋め尽くされていた。
たっちゃんと見たゲリラ配信だってそう。
「人の感情なんて」と言っていたくせに、1人1人の悩みについてあそこまで時間をかけていた。
彼はお人よしで、どうしようもなく――――
「優しいんですね」
「――――」
空を駆ける勢いが、わずかに落ちた。
動揺してるんだ、このまま押し続ければいける!
「昔のハクロさんは確かにひどいです。里を滅ぼして、明日乃様に呪いをかけた……けど、今のあなたには優しい心が」
「ふざけるな!!!」
「わっ」
怒鳴り声に驚いたせいで、バランスを崩してしまった。
体は龍の頭部に転がっていき……鼻の上で止まる。
あっぶない、落ちるとこだった……!
「優しい? ……ははっ、俺が?」
ハクロさんの声の調子が明らかに違う。
そろそろ隙を見せるはず……!
「……ハクロさん、生贄の人たちに手を出してないでしょ。本当は、危害を加えたくないんじゃないですか?」
「さっきから何度も……もう何も言うんじゃねぇ!」
……否定しないってことは、的中らしい。
もしかしたら私が見た以外にも、信者の人たちがいる部屋があるのかもしれない。
その人たちがもう捧げられていたら、私の考えは間違っていることになる。
けれどハクロさんは否定しなかった。
連れてこられた人たちは、まだだれも捧げられていないんだ!
ホワイトボードには、ハクロさんが妖怪たちに姿を現したのは最近だと書いてあった。
きっと妖怪たちが彼の意志を聞かずに人々を攫い、それを知ってせめて傷つけないように場所を貸したんだろう。
「ハクロさんの優しい心……それを自分で否定しないでください!」
「…………知った口を……」
次の瞬間、龍の咆哮が響き渡る。
「うっ……!」
顔に張り付いているせいで、かなりの音量。
次はない、と言っているようだ。
ここまで動揺している今がチャンス!
隠し持っていた歌札を取り出す。
「は?」
そりゃ驚くよね。
オトがいない今、歌術を使ってくるなんて思うはずないから。
でも、手にある歌札は白紙ではない。
達筆で読めないけれど、書かれてあるのが何かはわかる。
チョイスしたの、私だから。
〈人はいさ 心も知らず ふるさとは〉
私が好きな紀貫之の和歌。
オトと2人で作戦を立てたあの時、上の句だけ詠んでもらったのをずっと隠し持っていたんだ。
歌札を掲げ、高らかに下の句を詠む。
「〈花ぞ昔の 香ににほひける〉! ――貫之は、宿のことを忘れていないと伝えるために、これを詠みました。……ハクロさん、あなたはどうなんですか。優しさ、忘れてしまったんですか?」
梅の香りが辺りを包む。
どうか届いて、私の想い。
ハクロさんが隠そうとしている優しさを、掘り起こして。
「俺は、俺は――!!」
ハクロさんは再び雄叫びをあげ、歌術に抗うように暴れる。
視界がぼやけていく。
妖力が切れたんだ、もう少しで変化の術が解けちゃう。
まだ戻っちゃだめ……!
そんな中聞こえる、心からの叫び。
「放っておけなかった。歌術に触れて危険に足を踏み入れようとする君を、そのままに出来なかった!」
「どうして――」
「君の生き方が、あまりにも人間に近すぎたからだ! あのまま人として生きれば幸せな日々を送れたのに! 1歩踏み外せば失ってしまう……そんなの、あんまりだろっ!!」
私ではなく、私の運命に対しての怒り。
……ハクロさんは、今までの人間に限りなく近い日常に戻そうとしてくれたんだ。
でも私は拒んだ。
1度目はたっちゃんのため、2度目は座敷童子たちのため、そして3度目は……オトのため。
「……私のこと、気にかけてくれてありがとうございます」
顔を上げ、大きな瞳に向き合う。
ぼやけた視界でも、星の輝きは見失わなかった。
「でも私、誰かが欠けたままの日常で幸せになんてなれません!」
風が髪をなぶる。
「それは――!」
龍の眼が大きく見開く。
晒された私のおでこにあるのは……封印札だ。
明日乃様が改良した、神様の力を封じるもの。
オトの幻術で今まで隠していた。
この時のために。
「封印されてください、ハクロさん!」
思いっきり勢いをつけて、飛びっきりの頭突きをお見舞いした。
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