part.4 再開

 再び、光が僕らにふりそそいだとき、自分たちが元の場所にいないことに気づいた。確かに同じ部屋にはいるようだ。しかし、壁材はピカピカしていて、板材の床も無数の人に踏まれた形跡が消えていた。時をさかのぼったのだ、と僕はおもった。


「何が起きたの? 怖いわ」


 マーサが僕の体に抱きつく。僕はその背中にふれた。温かな感触が手に残った。


 泣き声が聞こえた。ひきつるような悲しい泣き声が。


「リタの声だ。見ろ、そこにいる」


 ベッドの上にリタがいた。顔色は蒼白、やせ細って、眼窩がんかは落ちくぼんでいた。リタはあえぎながら涙を流していた。


『ラルフ。どうして。どうして、会いにきてくれないの? 私のことを忘れたの?』


「あの人がリタ――」


 マーサは目を見開いた。


『ラルフ、会いたいわ、会いたいわ。ああ、ラルフ』


「伝えましょう。おじいちゃんは漁が長引いて戻って来れなかったのだって。あなたのことを忘れていないのだって」


 マーサが動き出した時、ドアの向こうから大きな音がした。何かを打ちつけるような大きな音だ。


「なんだ⁉︎」


 僕はマーサを押しとどめた。


 それが靴底が木の床を叩きつける音だと気がついた。音が近づいてくる。誰かがこの部屋に来ようとしている。ドアが開いた。僕たちは息をのんだ。


 若い男がひとり入ってきた。リタと同じく体は半透明で、同じく幽霊だということが分かった。


「おじいちゃんだ。外見は若いけど、分かる。あの人は私のひいおじいちゃんだ」


 マーサが僕にささやいた。


『マーサ!』


『ああ、信じられない。会いに来てくれるなんて。夢じゃないわよね』


『夢じゃないさ。あの日記が導いてくれたんだ』


 ラルフは日記帳を指さした。それも僕たちと同じく時を超えてきてベッドの横に置かれていたのだ。


『ラルフ、抱きしめて』


 恋人たちは抱きしめあった。お互いの目には涙がにじんだ。


『ラルフ、私と結婚してくれる?』


『すまない、リタ。僕には妻がいる。孫もいる。ひ孫だっているんだ。君が亡くなってからの人生寄り添ってきた相手だ。彼女たちをさし置いて君とは結婚できない』


『ラルフ、ああ、ラルフ』


 リタはまた泣きはじめたけれど、すぐに面をあげた。


『でも、またあってくれるわよね?』


『ああ、会いに来るよ。クリスマスの夜に』


 リタとラルフは抱擁を交わした。


 闇が裂け、僕とマーサは古びた床の上に立っている自分たちに気がついた。カーテンの外は朝の光で満ちあふれていた。鳥のさえずりが聞こえた。現代に帰ってきたのだ。


 僕たちはお互いを抱きしめあったまま、しばらくそこに立ち尽くしていた。


「――ふたりは再開できた。でもこれで良かったのかしら? 結局リタは恋人であるおじいちゃんを永遠に失ってしまったのだから」


「よかったのだと思う。少なくともリタは泣くのをやめたのだから」


「確かにそうね」


 マーサはほほえんだ。


「そういえば、まだ理由について聞いてなかったな」


「なんの?」


「君が面倒を買ってでも、幽霊のリタを助けたかった理由だよ」


「おじいちゃんの誤解を解きたかったのと……もうひとつ。アメリカに行った恋人が帰ってきていないの。飛行機事故だった。永遠に会えない。リタの気持ちがわかるわ」


 マーサの手を握ると、彼女は握りかえしてきた。


 その後、下宿先の幽霊譚ゆうれいたんは様変わりした。風に聞いた話によると、クリスマスの夜、逢瀬おうせする恋人たちの霊が現れるのだと下宿人が噂しているのだとか。。これは僕たちのした偉業であると誇っていい。


 その後、僕とマーサは交際することになり、それは僕の留学が終わるまで続いた。その後は文通を続け、インターネットが発達してからはメールでやり取りするようになった。


 何十年か経って仙台で奇跡的な再会を果たしたのち、僕たちは結婚していっしょに暮らすことになる。それにもクリスマスの奇跡が関係しているんだけれど、幽霊は登場しないからこれとはまた別の話だ。



FIN

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クリスマス・ゴースト・ストーリー 馬村 ありん @arinning

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