もう少しだけ
青樹空良
もう少しだけ
「……おばあちゃん! 大丈夫!?」
「間に合ってよかった」
「おばあちゃん、くるしくないの?」
病室の中が慌ただしい。
目はもうほとんど見えないけれど、家族が駆けつけてくれているのだとわかる。
誰かが手をさすってくれている。
あたたかい。
「おばあちゃん、逝かないで!」
「俺、もっと親孝行してればよかった……」
口々に言っているのが聞こえる。
大丈夫、お前は充分親孝行してくれたよ。
もう口を動かそうとしてもしても上手く動かない。
伝えてやれないのが悔しいけれど。
子どもたちや孫たちに囲まれて逝けるんだ。
私はとても幸せだよ。
もう、思い残すことなんて何も。
何も無いんだよ。
だけど、せめて、もう少しだけ。
もう少しだけ、この世界に……。
そう。思い残すことがないなんて嘘だった。
生きてれば、アレがやりたいこれがやりたいなんて、たくさんあるに決まっているじゃない。
やり残しなんて、生きていれば生きているほど増えていくものなの。
思い残すことがない人間なんて、いるのなら見てみたいわ。
だから、私は。
ぶつりと、一度意識が途切れる。
この人生の終わりだ。
そして。
再始動。
◇ ◇ ◇
「おめでとうございます! 男の子ですよ~」
さっきまでとは打って変わって、賑やかな病室。
今度は男に生まれたらしい。
身体中に響く赤ん坊の泣く声。
私の声だ。
私は再び、生まれた。
それが私の能力。
寿命が来たら、自分の意思で生まれ変わりをすることが出来る。
しかも、自分の意思で終わりたいと思う時までずっと。
もちろん、私という意識を持ったまま。
私はそれを数え切れないほど繰り返してきた。
寿命を迎えようとする度、今度こそやり残しなんて無いと、そう思うのだけれど。
直前になって、いつも再始動を選んでしまう。
だって、まだこの世界に飽きていないから。
今度の人生こそ終わってもいいと思うものかしら。
いつか生きていることにすら飽きてしまうものなのかしら。
だから、それまで。
もう少しだけ。
もう少しだけ 青樹空良 @aoki-akira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます