クリスマスイブの日に

真朱マロ

クリスマスイブの日に

「しょっぱいものが食べたい!」


 突然叫んだ浩太に、私はビックリした。

 それは小学三年生、二学期の終業式が終わった下校時の事である。


「家中甘ったるい匂いでいっぱいだし、一年で一番のかき入れ時だからってご飯も作る暇ないって三食コンビニだし、もうクリスマスなんて大嫌いだー!」

 浩太の家は町内唯一のケーキ屋さんだから、この一週間は注文されたケーキを焼いて焼いて焼き続けているらしい。


 家族総出でケーキのためだけに生活を回していて、両親だけでは手が足りないから浩太も一歳年下の弟もイチゴのヘタを取ったり使用済みの道具を洗ったり、洗濯や掃除などできる手伝いはしているそうだ。

 終業式である本日はクリスマスイブなので、ケーキの販売もラストスパートだが閉店時間は深夜になってしまう。


 当然ながら食事を作る時間もなく今日も家族のお弁当代を預かっているから、両親と弟のお弁当を買って帰らなくてはいけないとブツブツ言っている浩太に、私は「わかった!」と両手にぐっと力を入れて拳をにぎる。


「私がしょっぱいご飯、持っていく。待ってて!」

 え? とか なに? とか浩太は何か言ってたけど、私は走り出した。

 急げ急げと私の気持ちそのままに、背中でランドセルがカタカタ歌っていた。


 幼稚園から一緒に遊んでいる浩太のピンチである。

 私のママと浩太のママは学生時代からのお友達で、その縁もあって家族ぐるみでバーベキューだってする仲だから、浩太の家の困りごとは他人事ではない。

 それに、うちで買うケーキはすべて浩太の家で作られているから、誕生日ケーキもクリスマスケーキも浩太の家族が倒れたら食べられなくなるのだ。

 友達のピンチを助けるのは当たり前のことだった。


 だから、急いで家に帰ってママに頼んだ。

 浩太の家にしょっぱいご飯を届けたいって。

 ママの答えは簡潔だった。

 自分で決めたことなら、自分でどうにかしなさい。だった。


 作り方は教えてくれたので、私は頑張った。

 大きな海苔の上に炊き立てご飯をのせて、鮭フレークやカニかまやいろいろ包んで、お握らずを作った。

 玉子焼はチャレンジしたけどへちゃげた炒り卵みたいになったので、それもご飯で包んでお握らずにして失敗を隠滅した。

 おかずは卵焼きの失敗から練習もせずに作るのは無理だと判断して、ゆで卵をゴロゴロ茹でて、ついでにブロッコリーも茹でた。

 大きなお握らずを半分に切って並べて、ゆで卵やブロッコリーを御重に詰めると、それなりにお弁当らしくなったので、私は浩太の家に走って届けた。

 浩太はちょっと困ったようなおかしな表情をしたけど、弟の佑介と浩太の両親は喜んでくれた。


 しょっぱいご飯かどうかはわからないけれど、その時の私はとても誇らしい気持ちだった。

 自分で作った初めてのお弁当を、喜んで食べてくれる人がいるって、とても嬉しい。

 後からその話を聞いた私のパパが、なぜか「俺のがないのはなぜだ?」と泣くので、次の日に作ってあげたけれど。

 その日からずっと、クリスマスイブの日にはお弁当を作って、浩太の家に届けていた。


 喜んでもらえるから。

 私も嬉しい気持ちになるから。

 それだけで何年も続けていたことなんだけど、中学に入ってからの浩太は私から距離をとるようになった。


 同級生の男の子たちにからかわれて、それからだったと思う。

 私たちはただの幼馴染で、仲良くしていても親友みたいなものだと思っていたけれど、周りはそうは思ってくれなかった。

 浩太の忘れものを預かって届けたり、部活の応援や差し入れを欠かさなかったり、名前で呼び捨てにしたり、そういう積み重ねは中学生にもなると目立っていたらしい。

 彼氏彼女として交際しているとか言われて、熟年夫婦みたいじゃんって、常に誰かにいじられるのが浩太には耐えがたかったのだろう。


「おまえとだけは付き合うことは絶対にないから。もう話しかけないでくれ」


 そう言って私とは違う高校を選んで、知り合いの少ない進学先で新しい人間関係を築いて、あっというまに彼女もできたらしい。


 私はといえば、自宅から一番近い高校に入って、知り合いもたっぷりいる中で、ほのぼのと暮らしている。

 だけど、ちょっとだけ不便だ。

 それまでの経緯を知っている友達には、私が浩太にふられたことになっているから。

 浩太に尽くしたのに捨てられたかわいそうな子として扱われているので、彼氏を作る以前に他人の恋話すら聞かせてもらえない。


 確かに助けたいと思うぐらいには好意を持っていたけれど、あくまで友情だったし浩太も同じように思ってくれていると勘違いしていた。

 直接喧嘩をしたわけでもなんでもないのに、周りにからかわれたぐらいで家ぐるみの付き合いすら無になるって、私たちは友達ですらなかったんだなぁとしみじみ悲しかった。

 まぁ、ケーキは浩太の家で買うけどそれだけだ。


 浩太に避けられて悲しかったけれど、浩太の事を特別に好きだった事実もないのに、かわいそうって思われている私ってなんなんだろう。


 理不尽だなぁ~と思っていても、クリスマスはやってくる。

 高校の終業式もクリスマスイブの日なので、今年はお弁当を作らなくてもいいと思うと、なんだか気が抜けてしまいそうだ。


 友達はデートだと言って早く帰ってしまったし、日直として最後のお勤めを済ませてポテポテと私は歩く。

 去年は受験生なのにお弁当を作って浩太の家に届けたなぁ~なんて懐かしんでいたら、不意に腕を掴まれた。


「美樹ちゃん、浩にぃと別れたって本当?」


 佑介、おまえもか。

 しかも情報が古すぎる。

 浩太の弟なのに。縁切り宣言されたの、四月だよ?


「別れるもなにも、付き合ってた事実すらないから」


 呪いのこもった目になってしまったのは仕方ないと思うけど、佑介はぽかんと目を見開いた後で「付き合ってた事実すらない」とオウム返ししていた。

 表情が抜け落ちている様子に、なんだかかわいそうになった。

 それほど驚かれるとは、もうちょっと優しく伝えてあげればよかった。


「わたしたちはただの幼馴染で、友達の好き嫌いはあっても、彼氏彼女とかそういうのって、ほんとにないから」


 嘘だろーと佑介は何度もつぶやいた。

 何故信じてもらえないのかはわからないけれど、嘘ではない。

 友達というか、友達よりも近しい家族というか、手のかかる同年齢の弟というかそういう感じで、キャッキャうふふのトキメキがある関係ではなかった。

 まぁ、さすがに思春期になると異性だという認識は強くなったが、当たり前に側にいすぎて「特別」な感情の抱き方がわからないのだ。

 そんなポヤポヤした私を周囲は許してくれなかった。

 ただそれだけなのだ。

 告白したこともないのに、浩太からいきなり絶縁宣言されたのは確かだけれど、なにがどうしてそうなったのか今でもわからない。


「ならさ、美樹ちゃん。浩太の事なんとも思ってないの?」

 何かを確かめるようにのぞきこまれて、顔が近い! と思いながら私はうなずいた。

「勝手に親友だと思ってたよ。違ったみたいだけど」


 佑介はなんども「そっかーそうなんだ」とひとりでうなずいていた。

 ぱぁぁぁぁっと表情が明るくなってくる。

 いつもは大人びて見えるのに、珍しく中学生らしい無邪気な表情だ。

 佑介はお店の手伝いも良くしているので、落ち着いた行動やお客向けの営業スマイルが多いけれど、こうやって見ると年相応に見える。


「ならさ、僕と付き合ってよ」


 爆弾発言に「は?」と返した私は悪くない。

 なにを言いだすの、この子は。


「浩にぃの彼女だって勘違いしてたから、今まで我慢してたけど、僕、美樹ちゃんのこと好きだから」

「いやいや……え?」

「来年、この学校に入学するからさ。待ってて、美樹ちゃん」


 今さら思いだしたけれど、佑介って受験生だ。

 頭も悪くないし、うちの学校は余裕で受かるだろうけれど、変なスイッチが入ったのかグイグイ迫ってくる。

 初めてお弁当をクリスマスイブに差し入れした日から、私の事が好きだったと佑介はのたまった。

 家族ぐるみでバーベキューをしてもカラオケをしても、美樹ちゃん美樹ちゃんと後ろを突いてくる可愛い弟としか思っていなかったのに、私の手を握ってニコニコ笑う佑介は妙に色気のある眼差しをしていた。


 私は佑介の豹変について行けなくて、それと兄弟だからやっぱりちょっと顔立ちも似ているから浩太の拒絶の言葉を思い出して、気弱な声が漏れてしまう。


「浩太には絶縁宣言されてるし、きっと、佑介もご両親も嫌な思いするよ? それでも、いいのかな?」

「浩太の馬鹿なんてどうでもいい。というか、むしろ怒れ。美樹ちゃんには怒る権利がある」

「怒るエネルギーが無駄だよ」


 私が笑うと、お人好しめ、と佑介は口をとがらせた。

 それがなんだか可愛くて、まぁいっか、と思った。


「私、佑介のことは弟みたいに思ってる」


 申し訳ないなぁと思いながらも正直に告げると、佑介は「わかってる」と笑った。

 今まで弟ポジションで、それを超えないように努力して気持ちを色々押さえていたから、解放感がものすごいとごきげんで笑いだす。


「言っておくけど、彼氏彼女のお付き合い希望だからね」

 義務教育が終わるまでは色々我慢するけど春が楽しみだ、と不穏な発言をしながら佑介は、甘えるように私に囁いた。


「美樹ちゃん、クリスマス・イブだからお弁当つくってよ。今日は僕のために」


 いいよね? と手を握られて、うんいいよ、と私は答えた。

 今年は前もって準備していないから簡単な物になるけど、お弁当づくりは毎年恒例だから苦ではない。


「雪、降るかな?」

「降ると良いね」


 楽しみだな~って軽やかに笑う佑介が嬉しそうで、私も嬉しい気持ちがわいてくる。

 ちょっぴり不安はあるけれど、こうやって穏やかに話せる佑介が側にいてくれるなら、これからも笑っていられる気がした。


 雪が降ってもふらなくても。

 きっと、良いクリスマスになる。

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