答えを出す時
『そう、菜月ちゃんも咲夜ちゃんも楽しくしているようなら安心ね』
「楽しく……はしてくれてるね」
『声が疲れてるわね。もしかして……あら、そういうこと?』
「そういうこととかないから」
不意に掛かってきた母さんの電話に対応中なわけだが、あまりにもストレートな指摘に内心ひやりとする。
そういうこととはつまりアレを意味するんだとは思うけど、流石にそれがあったらマズいだろと思いつつも……それをどうでも良いとさえ考えてしまいそうになる魅力が二人にはあるので困ったものだ。
(……今朝のあれが随分と響いてやがる)
俺が居なくなるかもしれないと、そんな嫌な何かを感じ取った二人が泣いた……あの泣き顔を見た時、傲慢な考えだろうけど絶対の離れてはならないと考えてしまった。
俺たちの関係性がどうなろうとも……離れてしまったら、彼女たちの前から消えてしまったらどうなるんだろうと思ったから。
「……はぁ」
考えすぎか? 考えすぎだろうと誰もが笑うと思う。
けど……やっぱりあんな二人の姿を見てしまうと、どうしてもそれを想像してしまうんだ。
事実、もうすぐ昼になろうかというのに菜月と咲夜も元気がない。
『何かあったの? でも心配はないかしらね理人が居るから』
「いやはや、随分と信頼が厚いようで」
『信頼しているわよ。それじゃあそろそろ切るわね――二人と仲良くするのよ~』
「あいよ~」
そうして通話は終わり、電話を一旦ポケットに仕舞った。
母さんから電話が掛かってきたから二人の元を離れたので、今はどうしているのか確認するために二人の元へ戻ると……俺は足を止めざる得なかった。
何故なら二人が少しばかり真剣な様子で会話をしていたから。
「私たち……困ったものだよね。二人してあんな風にさ」
「あぁ……ってこの話何度目だ?」
「あはは……そうだよね。でも何度もしちゃうかも……落ち着かないし」
「落ち着かない……気持ちは分かる。なんつうか、理人が居なくなるって思ったら気が狂いそうだったもんな」
「うん……不思議な感覚だったね。あれ……何なんだろう」
話題はやはり起きた時のことか……今すぐ二人の元に向かい、もうあのことは気にするなと声を掛けたくなったけれど、俺は耳を澄ませるように壁に背中を付けた。
「私たち……本当に理人が好きなんだね」
「そうだな……正直、あいつが居なくなったらあたしは死んでも良いって思ってる」
「そ、そんなになんだ?」
「おい、お前がそんな驚くのもおかしいだろ? むしろお前だってそうじゃないのか?」
「……いえす」
……もう完全に病んでますやん。
これは俗に言うヤンデレ……なんて冗談はさておき、声のトーンがマジだったので背中に嫌な汗が流れた気がする。
二人は俺が聞き耳を立てているとは思っていないようで、まだまだ話は終わりそうにない。
「あたしは理人に人生を救ってもらったようなもんだぞ? 個人的には問題は山積みだけど、そんなものは些細なもの……あたしの人生を理人は変えてくれたと言っても良いんだから」
「……そんなの言ったら私なんて理人に私そのものを変えられた気分なんだからね? ずっとこれが私なのかなって思い続けて……最近の理人と触れ合って、これが私なんだって思えたの。今の私が一番こうして居たいって思う私……理人はこんな風に私を変えたんだよ」
重たい……重たい会話に重たい想いが交差しまくってるぅ!
けど男としてこれは嬉しいのか……? 嬉しいと思う気持ちはもちろんあるけど、それ以上に若干の怖さがあるのは間違ってないと思う。
というかこれもまた俺が居るせいで起きた変化なんだろうなぁ……だって菜月がこんな風に俺を求めてくれるのなら……ここまで好きで居たのだとしたら他人が入り込む隙なんてないだろうしな。
「……ったく、どうすりゃ良いんだろうな……俺も二人から離れたくないって気持ちがあるのは確かだけど、俺は本当にどうすりゃ……」
こんなの、二度と俺の人生に訪れないであろう最強最悪の選択だ。
しばらくそのまま俺は考え続け……その間も菜月と咲夜は言葉を交わし続けていたのだが、そんな風に会話を繰り広げたおかげもあってか彼女たち二人に暗さはほぼなくなっておりその点は安心した。
「うい~ただいま」
話なんて何も聞いてないよ、そう言わんばかりに俺は平常を装いながらリビングへ入る。
瞬間、二人は話を止めてジッと俺を見つめ……だから怖いんだって!
黙り込んだ菜月と咲夜は二人揃って腰を上げ、間に人間一人が入れるスペースを作りまた腰を下ろす。
「……座れってことかな?」
「うん」
「そう」
短くも分かりやすい返事をありがとうございます。
二人の間に座るとすぐさま二人が身を寄せてくる……柔らかさ以上に圧がある感覚に肩が竦んじまうぜ……っ!
「私たちの話……聞いてたんじゃない?」
「え?」
「だろうな。お前の気配分かってたし」
「気配ってなんやねん」
そうツッコミを入れたが、二人の様子から確信めいたものを感じたので俺は観念したように頷いた。
「とっくに母さんとの話は終わっててさ……戻ってきたらその……結構重めな話を聞いたというか」
「そうだったんだ……ふふっ」
「カマかけただけなんだけど見事に引っ掛かったな」
って、実は分からなかったパターンかよ……まあでも、こんなやり取りを経て二人が笑っているのなら悪くはない。
その笑顔を見た時、やはり泣き顔よりもこっちが良いと確信する。
(……そうか、こういうことなのかな?)
菜月と咲夜の笑顔を見ると何かが噛み合ったような、カチッと綺麗にはまったような音がした。
やはり俺はどんな形でも二人の笑顔を見たい……こうして知り合い仲良くなったからこそ、俺に出来ることでそれが実現出来るのであれば……そうしたいんだろうな俺は。
(俺は……俺のしたいことは――)
したいこと、してあげたいこと……それが形になろうとしている。
けれどそれを邪魔するのは理性と固定観念……守らなければならないと感じている決まり。
そして何より、そんな俺の心を知った時に二人はどんな反応を見せるのか……ある意味で、それで離れてくれた方が悲しみはあっても心は楽かもしれないが想像はしたくないな流石に。
「……二人とも、ちょい夜に話をしようか」
今はまだ時間が欲しい……でも夜にはちゃんと言葉を纏めるから。
この時、俺はずっと気付かないようにしていたことがある――それは心の中でずっと俺に対し、消えろと叫び続ける何かが居たこと……特に菜月に対して気持ちを向ければ向けるほど、それは強くなっていることも感じていたんだ。
ヒロインを奪われる主人公に転生したのに逆に迫られている件 みょん @tsukasa1992
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