番外 バレンタイン(2024)

ーー今年もこの日がやってきた。


放課後…夕暮れの教室。意中の少女に呼び出され、緊張しながらも中に入る。


「…ごめん、こんな時間に呼び出して。」

「大丈夫だよ…それで、何か用かな?」


心なしか少女の頬が紅潮していた。ぼくもきっと、彼女と同じような表情なのだろう。


「…相澤くん、こ、これっ。受け取って欲しいなっ…て。」

「…これって…そうか、今日はバレンタインだから……」


赤いリボンで結ばれた長方形の箱を受け取り、それをまじまじと見る。


「…昨日頑張って……作ってみたんだ……あ、相澤くんの為に。美味しくできてるといいけど……。」

「そうか、君が作ったんだ。だったら、たとえ不味くても…意地でも食べ切るよ。」

「相澤くん……」


少女の目に涙が浮かんでいた。ぼくは自然に彼女を抱きしめていた。体温を直に感じる。


「ぇ…?」

「今日までずっと言えなくて、ごめん…ぼくは君の事が好きだ。だからそんな顔をしないでほしい。」

「……っ。私も、相澤くんの事…大好きなんだからね?」


少女は目を瞑った。そしてぼくはその期待に応えるべく、彼女にキスをしようとしてーー


「はい、カットぉぉお!!!これ以上はいけないっ、やっちまえ!山崎君っ!!」


外からそんな声が聞こえた瞬間、教室のロッカーが開き、何者かがぼくの体にドロップキックをかました。


「っ…ぐはぁぁぁあーーー!?!?」


そのまま机に激突しながら黒板の方まで転がった。床で蹲っていると教室の扉が開く音がした。


「…全く、何やってるんだい?相澤君。気持ちは分かるけどさ、あの行為は流石にルール違反だよ?」

「やまね、何度言うが別に谷口の奴の企みに付き合わなくてもよかったんだぞ。」

「……ごめん、聖亜くん。でも、どうしてもって頼まれたから…その期待には応えなくっちゃ。」


山崎はため息をついて、元々手に持っていたチョコを一口齧った。


「…次が控えてるからさ、相澤君はこのチョコ持って、さっさと帰りなよ。」

「ぐっ…分かったよ。」


そう言って相澤は名残惜しそうに立ち上がり、去って行ったのを見てから谷口が手を叩いた。


「じゃあ、仕切り直しだ…山崎君はまたああいうのが出てきた時の為にロッカーの中に待機しててね。ぶっちゃけた話、やまねちゃんの貞操は山崎君の活躍にかかってるんだからさ。」

「チッ…お前の指示に従うのは癪だが…了解した。」


山崎はすごすごとロッカーの中に入っていった。谷口はトランシーバーを取り出し、次々と指示を出す。


「1班はカツラの準備をしてくれ、3分以内だ。金髪ロング…ストレートの奴。やまねちゃんに渡しといてね。2班は見張りを続行。先生方や生徒会連中への警戒を頼むよ…何かあったら逐一連絡を入れてくれ。3班はもう少ししたらでいいから、次の人をここに呼んできてくれ。4班はーー」


そうして全てに指示を出し終え谷口からため息がこぼれた。


「…谷口くん、大丈夫?」

「…これにまた巻き込んだ私に対して、心配をしてくれるのか。ありがとね…やまねちゃん。何、恵まれない男子生徒達のために私が一肌脱いであげてるのさ。その過程での苦労はあって当然だよ。」

「そう…なのかな?」


やまねが首を傾げていると、扉が開いて教室に1班と呼ばれた人達が入ってくる。


「ナハハッ、持ってきたでありまぁすよ!馨殿。」

「…うんそれだ……渡しといてね。」

「了解でありまぁす!やまね殿これを!!」

「ありがとう、長野原くん。」


快活に笑いながら、長野原は教室から出て行こうとして、足を止め谷口の方を向いた。


「あっ!3班から、そろそろ来ると言ってまぁした。馨殿もそろそろ戻った方が…」

「分かった……じゃあまた後でね、やまねちゃん。私とか山崎君とかも一応見てるけどさ、何かあったらちゃんとそれに応じた行動をするだよ?」

「…ん、分かりました。」


やまねの頭を軽く撫でてから、谷口は出て行った。


「…よし!」


1人になって(山崎もいるが)改めて、手鏡を見ながら最終確認をしつつ、役をトレースして次の人が来るのを待つ。


数分後扉が開き、次の人が入ってくる。


「…やっと来たのね。ずっと待ってたんだから!」

「ご、ごめん。」


そしてまた、恋愛劇が再開した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


時は一度、昼休みまで遡る。


大講堂にて。


「さあ皆。ついにこの時は来たぞ!」

『うおおおおおおおおおお!!!!』


舞台上にマイクを持った谷口が座っている男達にそう言った。


「…女子からチョコを貰えない時代はもうここで終わりだ。去年好評だった、『君達にとっての理想の女子を演じるやまねちゃんからバレンタインチョコを貰う企画』を放課後…2-3教室で開催する事をここに宣言する!!」

『ひゃっははははははははぁあ!!!!!!!!!!!!』


一瞬で大講堂は熱気に包まれた。男達は口々に言う。


「終わり…なんだな。」

「俺達の……夢がやっと、叶うのか。」

「母ちゃんからじゃない……チョコ…っ。」

「っ、泣くなよな……馬鹿野郎。」

「長かったなぁ、マジで……もう。」

「飯抜いてきて…よかったぁ。今日はもうそのチョコしか食わないんだ。」

「明日死んでも悔いは…ない!」

「mgjatetjdwmd!?!?」

「はいはい、気持ちはよく分かるけど静粛に…去年はゲリラ開催だったから、色々と酷かった事を私は反省し、今年はちゃんとルールを設ける…だからちゃんと聞いて欲しい。」


男達が全員黙ったなと判断してから、谷口は話を続けた。


「…ルールは3つ。まず、この企画に参加する人達はそれを他人に口外することを禁じる…だ。去年参加した事ある人達は知っての通りだけどさ……前回の敗因は、先生方や生徒会連中に何者かがこの企画を密告した事なんだよ…故に、これが1つ目のルールさ。」


「2つ目のルールは…担当の人に呼ばれるまで、絶対に2-3教室へは行かない事。皆は分かっているだろうけど……これはプライバシーの問題だ。もしも来たら企画への参加権を剥奪するから……そのつもりで。」


「3つ目のルールは…やまねちゃんに対して過度な接触はしない事。勢いで抱きつくとかまではいいけど、キスとか…言ってしまえば、性行為に該当する事は一切禁止だよ。やまねちゃんは迫られたら絶対断れないんだからさ。そこをちゃんと理解しておいてほしい…でも万が一の為にこっちで色々と対策するから、そんな事はさせないけどね。」


「…説明は以上だよ。何か質問はあるかい?」


谷口は客席を見渡して……手を叩いた。


「ないならこれで以上っ、解散!」


その掛け声で男達は立ち上がって大講堂から少しずつ出ていき、誰も居なくなったのを確認してから谷口も舞台から降りて大講堂の外へと出ると、入り口の前で見覚えのある人物が腕を組みながら壁に寄りかかっていた。


「このアタシに隠し事が通用すると思ったら大間違いだぞ…馨よ。」

「………。えっと、聞いてた?」

「ああ聞いていたとも。ここで盗み聞きを…いや、教室にいた時にアタシの…千里まで聞こえる地獄耳が偶然臣下の声をキャッチしてな。よってここに来たという訳だ。」

「さいですか…うーん。」


この場をどう切り抜けるかを考えていると…


「…生徒会はこのアタシに任せたまえよ。」

「あーどうすっかなぁ〜…え、今なんて?」


花形は不敵に笑う。


「正確に言えば…生徒会長だけだがね。今日はあの男に用があるんだ。いくら我が勢力に匹敵するあの生徒会でも、頭脳がない状態では他の委員会も満足に動けない筈だ…後は我が臣下諸君達だけで、それくらいは凌げるだろう?」

「…えっと、本当にいいのかい?」


花形は壁から寄りかかるのを止めて、谷口に背を向けた。


「アタシは臣下を…皆を信じているからな。特に、馨…『◾️◾️◾️』がこの日の為にずっと緻密に計画してきたのだろう?なら心配はいらないな。よってアタシは馨を止める事はしない!だから……存分に楽しむといい。」

「……っ。感謝します、我らが部長閣下…必ずや成功させてみせます!」

「我が同志や精鋭にもよろしく伝えておいてくれ。今日は部活動は休みだからな。また明日…大講堂で会おうぞ。」


そう言い残して花形は去って行く。


「あっ、そうだ。山崎君へのサプライズの件もやらなくちゃ。」


谷口は一人そう呟いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


放課後…生徒会室にて。


執務用の席で今日も業務に勤しんでいた。そこに紅茶が入った上品なカップを持ってくる。


「…生徒会長、紅茶をここに置いときますね。」

「…うむ。飲むか。」

「花形さんも、これをどうぞ。」

「ほう。これは気が効くなぁ…感謝する。」


紅茶をひと啜りしてこの高校に入学した時からもう何度目かも分からない位に繰り返したやり取りをまた行う。


「花形。ここは何処だか…知っているか?」

「ハハッ、何だ?またその質問か……ん。悪くない茶葉を使っているようだ。実に香りがいい。褒めてつかわすぞ、幸町よ。」

「あっ、ありがとう…ございます。」


ーー環境美化委員長。幸町霞さちまちかすみは少しはにかみながらもいくつかの書類を持って二人に礼をした。


「この書類を職員室に持って行ったら、次の区画の清掃に行って来ます。」

「…無理はするなよ。」

「また暇な時間があれば、色々と話をしようではないか。」

「はい。では失礼しました。」


そう言って生徒会室を後にした。生徒会室で二人っきりになった。ため息をついて花形にまた問いかける。


「もう一度聞く。ここを何処だと思って…」


その質問に対して花形は淡々と答えた。


「生徒会室だろう?相変わらず、アタシがここに来ると何度も聞いてくるな。とっくに理解しているとも……っ!まさかもう認知症か??」


ブチィッ!!と脳の血管がちぎれた気がした。机を強く叩く。


「そうだ生徒会室だ。じゃあ聞くが…何で来賓用のソファーで我が者顔でふんぞり返って紅茶啜ってるんだ!?そこはお前の席じゃないだろ!!!!」


花形はそれに全く怯える事なく、また紅茶を啜った。


「ふぅ…またそんな事を言うのか。だがアタシの事をよく分かっているだろう?何せ幼稚園からの幼馴染なのだからな。」

「…はぁ。ただの腐れ縁だろ。」

「前から聞きたかったのだが、生徒会室にいる時は毎回そんな感じなのか?もしそうなら、それはやめた方がいいぞ。世界を統括するべき存在であるこのアタシが忠告してやろう。」

「誤解するなよ…断じてそんな事はない。普段はちゃんとしてるんだ……だがな。」


こいつが側にいると、いつもの調子が狂う。その理由は分かる…むしろ、分かっているからこそタチが悪い。


「はぁ…もういい。」

「そう拗ねるな…フフ、仕方ないな。アタシも手伝ってやる。」


花形が紅茶を飲み終わるとソファーから立ち上がり、私の側に来て机の資料の一部を手に取る。


「ほほう…これは今月の部費の予算案か。演劇部はどれかなっと……なっ、これ他の部よりも明らかに低くないか!?!?」

「…日頃の行いを振り返れ、バカ。」

「ククク知らんな。アタシや他の皆が楽しければそんなのは些細な事に過ぎないのだよ…分かるかね?」

「は?理解したくねえよ……それはもう既に決定事項だから、他の資料をやっててくれ。」

「っ…これは最早横暴ではないか。こうなったら我が部活動メンバー達の力で生徒会を打倒するしかっ……!」

「横暴?……あー前にも言ったけど、生徒会の権限でお前の部活を即廃部させる事も可能だからな?他の委員会の代表からも承認を得ている事を忘れるなよ。」

「……。」


それを聞いた花形は、黙々と資料を整理し始めた。普段なら数時間は余裕でかかる作業が、50分程で終わった。


「これで終わりか?」

「…まあな。」


(……忌々しいが、こいつのお陰か。)


「ありが…」

「流石はこの世界を統括すべきアタシだ。我が才能に戦慄を禁じ得ないな。フフ…いつもは1人でやっている分、早く終わった事に強く感謝するといいぞ。さあ、さあっ!!!」

「えい。」


花形のおでこ目掛けてデコピンを放った。


「…っ。暴力反対だぁ!!!」

「これは言葉の暴力を受けた報復行為だ。」


そう言ってスクールバックを背負い、生徒会室の扉を開けてから振り返る。


「…どうせ、一緒に帰るとか言うんだろ?さっさと支度しろ。」

「ハハ……分かってるじゃないか。少し待ってくれ。」


それをあえて無視して歩き始めた。階段を降りて下駄箱で靴を履きかえていると、息を切らしながらスクールバックを肩に掛けた花形が走ってきた。


「ぜえぜえ………確かにアタシは待てと言った筈なんだが?」

「お前の命令に素直に従う訳ないだろ。どうせまた何かを企んでるんだよな?」

「…クク、そんな訳ないだろう?」

「目が一瞬泳いだの…見逃さないからな。」

「……。」


花形は無言で靴を履きかえた。


「…さあ、帰ろうぞ!」

「話を逸らすな…おい、今度は何をしようと…っ、」


手を掴まれて、校門に向かって走り出した。振り解く事も出来たが…そのまま学校を出て少しした所で花形は手を離し、その場で片膝をついて咳き込み始めた。


「…体力ない癖して、お前何やってんだよ。」


仕方なく背中をさすってやっているとしばらくして、落ち着いたのか花形が立ち上がった。


「すまないな。助かったぞ…フ。運動はやはり加減が分からんな。」

「…加減もへったくれもなく、ただお前が運動音痴なだけだろ…。」

「そうとも捉えられるな。まあそれはいいのだ。」


花形がスクールバックから、板チョコを取り出した。


「今日はバレンタインだ…どうせ今回も一つも貰ってないのだろう?アタシの慈悲でこれをくれてやろう。今年は時間がなかった故、コンビニで買ったやつだが……」

「あっ…今日ってバレンタインか。」

「その反応。もしや忘れていたな?」


チョコを受け取り、花形のジト目からそっと視線を逸らした。


「大学入試の勉強で忙しかったんだよ!……察してくれ。ていうかお前もそうだろうが。」

「ハハッ。アタシは何よりもアタシが楽しいと思える事を第一に考え行動するのだよ。」

「…そういえばお前、昨日の模擬試験の成績…かなり悪かったよな?」


調子に乗っていた花形がそっと目を逸らした。


「…フ。まだまだ時間はあるさ。」

「一般入試は三月からだぞ!?…ああもう、仕方ねえなぁ!!!これから俺の家でみっちり勉強だ!!!!」


その言葉を聞き、あからさまに花形は焦り始める。


「なあ!?……り、両親に許可を取らねば…」

「大丈夫だ、後でちゃんと説明するから。今日は特別に泊まってもいいぞ…着替えもちゃんとあるから問題ない。」

「っ、何故アタシの着替えが!?」

「お前が休日とかに連絡もせずに勝手に俺の家に泊まりに来るからだろ!?」

「……。」


花形は黙り込んだが、唐突に笑い出した。


「…ハ、ハハハハッ!!!だがアタシの事よりも、学校の事を考えたらどうだ?」

「…?どういう事だ??」


(すまない……馨。)


「今頃、我が臣下達が去年やっていたアレをしている頃合いだろう。いいのかな?…生徒会長殿?すぐに向かって止めなければ、生徒会の権威は地に堕ちる事になるが?」


勝ちを確信した様に花形は不敵に笑う。


「さあ早く行くがいい。アタシはもう用事を済ませた故…帰らせてもらおう。」


そそくさと歩き去ろうとする花形の肩を掴みながら、生徒会用の携帯を取り出し連絡する。


「っ離したまえ!」

「私だ…風紀委員会は地域のボランティア活動を一時中断して即学校に向かってくれ…去年の例のアレだ…ああ…武装の使用を許可する……確実に制圧しろ…私は別件で現在は校外だ…処遇は後日話そう…では頼む。」


そして電話を切った。


「これで問題はなくなった。じゃあ行こうか?」

「ぐっ…ぐぬぬ……」


躊躇う花形に深く頭を下げた。


「頼む。私…いや、俺はお前の事が心配なんだよ…もし無事に三月の入試が終わったら一度だけ、俺が出来る範囲でお前に従ってやるから…それでどうだ?」

「…それは……本当か?」

「……………本当と書いて大マジだ。」


一瞬で花形の表情が明るくなった。


「そうかそうか!ついにアタシに従うと言ったな……フハハハ!!!!ならば久方ぶりに本気を出すとしよう。何、勉強なぞ世界を統括できてしまう様なこのアタシにかかれば秒殺だ。」

「期待は……しないでおくよ。」

「構わん。そっちの方が燃えるからな!!」


花形は笑いながら走り出した。その後ろ姿を見てぼそりと呟く。


「…何で俺はこんな奴の事を好きになったんだろうな。」


だが、今は恋愛に入れ込んでいる場合ではない…やるべき事を果たそうと思考を切り替える。


「早くっ、来たまえよ…はぁ、はあっ。」

「…すぐ行くからそこで待ってろ。」


案の定、息切れを起こして倒れそうな花形の方へと俺は呆れながらも向かうのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


谷口のゴミみてえな企画は結果的にいえば無事に終わった。裏方達が各地の後片付けをしている中、3人で2-3教室の掃除をやっていると、やまねと谷口に話しかけられた。


「山崎君はこの区画やったらもう帰っていいよ。後は私とやまねちゃん任せなって。」

「…うんそうだよ。聖亜くんは今日たくさん頑張ったもんね。」

「……。」


何となく違和感を感じながらチョコをまた齧る。


「…おい、お前…何か企んでるな?」

「そんな事ないよ。ね?やまねちゃん??」

「そ、そうだよ。企んでるなんて…そんな事ないよね、谷口くん?」


俺は谷口ではなくやまねを見つめた。


「な、なに…聖亜くん?そんなに見つめないで欲しいな…」

「そうだぜ〜いくら君がイケメンだからって、やまねちゃんみたいな美少女相手には歴としたセクハラで犯罪だと私はそう思うなぁ。」

「谷口くん…僕は男だよ。」

「あー…そう言う事か…お前の企みは完全に理解したぜ。」


谷口を強く睨む…唾を飲み込んだ音が聞こえた気がした。


「俺を先に帰らせてから、お前がやまねに何かしら悪戯しようって魂胆なんだろ?」

「……ふぇ?」

「…え。そうだったの?谷口くん??」

「いやいや、私はやまねちゃんに悪戯なんてした事ないって!!」

「してるだろほぼ毎日。」


じっと見つめてくるやまねと山崎から顔を背けて、掃除をしながら何とか話題を変えようと手を打った。


「そういえば山崎君の貰ったのチョコさ、食べるの手伝おうか?」

「…昼休みからずっと食べてるもんね。」

「話変えるなよ…いや、これは俺が責任を持って食べるから大丈夫だ…その為に今年も断食してたからな。」


最後に食べたのは恵方巻きだったな。そう呟きながらチョコを齧る。


「…食べ飽きないのかい?」

「飽きた。が、それとは関係なくせっかく俺の為にわざわざ作ってくれたんだ。それを蔑ろには出来ねえよ。」

「本当に律儀だねぇ……山崎君は。」

「まあな。机とか元の位置に戻すぞ…さっきから、やまねがずっとやってる。」

「ラジャ!」


山崎と谷口はやまねの手伝いをして、ようやく教室が元の状態に戻った。


「やっと終わったぁ!……疲れたよぉ。」

「こんなんで疲れるなよ。」

「谷口くん。ここは終わったから、次は他の人達を助けに行こう?」

「えっ…ああ…ぐっ……そうだった。」


谷口は露骨にがっくりと肩を落とした。


「…そういう事だから、聖亜くんは先に帰ってていいよ……今日中に全部食べるんでしょ?」


やまねが指差した方向には、スクールバックや手提げにパンパンに詰められたチョコがちらりと見えていた。


「それはそうなんだが…しかし…」

「大丈夫だから……ね?」

「………分かった。もし何かやらかそうとしたら、躊躇なくぶん殴れよ?」

「…うん。でも大丈夫だと思うよ。」


やまねは頷くのを見て山崎は手提げとスクールバックを持ち谷口にだけ聞こえる声で言う。


「…流石に…分かってるよな?」

「…っ分かってるから安心して行ってくれ。」

「お前が言うと不安でしかないが…今回だけは信じてやるよ。」


そう言い残して山崎は教室から出て行った。谷口は教室の壁に耳を当てて…少し経った頃、耳を離し、ため息をついた。


「一時はどうなる事かと思ったけど…何とかなったかな。」

「…これでいいんだよね?谷口くん。」

「ありがとやまねちゃん。君がいなかったら山崎君の説得は出来なかっただろうからさ。ナイスアシスト!」

「え、僕はそこまでの貢献してないよ。」

「私1人で説得しようものなら、確実に拳骨を喰らう事になるから本当、助かったよ。」

「……そう、なんだ。」


あからさまに照れているのを微笑ましく見ていると、すぐにハッとした表情になる。


「谷口くんって、まだ僕のチョコ貰ってなかったよね?」

「あーー!!そういえばそうだったわ。今日の朝からずっと引っかかってたんだよね。忙しくてつい今まで忘れてたなぁ……。」

「……しよっか?」

「え……。」


やまねははにかみながらも、改めて言う。


「即興だから下手かもだけど…どうかな?谷口くんずっとこの日の為に頑張ってたの知ってるから、その…嫌なら別に普通に渡…」

「やまねちゃんの『演劇部のプリンセス』の名は伊達じゃないんだぜ?…エヘヘ。じゃあ、折角だしお願いしちゃおっかなぁ〜。数分待って…すぐ考えるからさ。」

「あ、うん……分かったよ。」


ぶつぶつと谷口は呟くのを聞きながら、やまねは教室の時計を見る。


(今頃、サプライズが……聖亜くん、喜んでくれるといいな。)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「は?」


山崎はただ驚愕していた。学校から家に帰り、クソ親父と悪態をつきあい妹と軽く会話してから2階の自室に戻るとそこには……


「ようやく来ましたか。あまりに暇でしたので、勝手ではありますが部屋の掃除させて頂きました。」

「……。」


佐藤楓が俺の部屋の座布団に座りボロいちゃぶ台の上には大きめの箱が置いてあった。


(これは…ああ、そういう事かよ。)


「谷口の野郎……明日五体満足で生きていられると思うなよ……!」

「…何を言ってるのかよく分かりませんが…まあいいです…とにかく座って下さい。」

「お、おう…そうだな。」


いつもの自分の部屋の筈なのに、何でか少し緊張しながら、荷物を置いてから胡座で座った。


「……どうかしましたか?」

「っ何でもねえよ………それで楓さん。今日は一体何の用で…いや何となく分かるけど、ここに来たんだ?」

「誕生日を祝いに来ました…最初は皆で行くことになってましたがゴ…いえ、谷口くんが『楓ちゃん1人で行った方がきっと山崎君も喜ぶよ♪』と言っていましたので…ビックリしましたか?」

「ああ…驚いたよ。今月入って1番な。」

「ふふっ…そうですか。」


楓が薄く微笑んだ。


「…それ、何が入ってるんだ?」

「開けてみて下さい。」

「あー…えと、どら焼き?…にしては大きくないかこれ。後なんか崩れてる気が……。」

「チョコを食べ飽きてるだろうと思い、趣向を変えて私1人で作ってみました。崩れているのは…道中、やまねと同じ学校の生徒の四人組が武器を持って学校の方へと走っていくのを見て、何となく…害になりそうだと判断して鎮圧した結果です……すいません。味の方は問題ない筈なので気にしない方向でお願いします。」

「…別に見た目は気にしないから問題ないぜ、楓さん。その前に…残り全部食べてからでいいか?」

「いいですよ。」


手提げやスクールバックからチョコを取り出しひたすら食べる。数十分後、ようやく食べ切った。


「じゃあ、いただくぜ。」

「ええ…どうぞ。」


両手でどら焼きを持ってかぶりつく。チョコではない味が口一杯に広がった。


「…美味い。美味い!…凄え……美味え!!」

「そうですか…それは良かったです。」


そう言って楓は立ち上がった。


「ん?…もう帰るのか??」

「はい。もうすぐやまねが帰ってくる時間帯ですから。晩御飯の下準備をしませんと。」

「そうか…やまねとかにありがとうって伝えてくれないか?」

「それは明日、自分の口で言った方がいいですよ。では、おやすみなさい。」


山崎に礼をしてから、ドアを開けて下に降りて行った。


「…っ、家まで送るから待ってくれ!」


その後、家の外に出ていた楓に追いつきやまねの家の前まで送った。家に帰ってから、巨大どら焼きの残りを平らげ一息つきながら整理整頓がしっかりとされて綺麗になった部屋に寝転がる。


(…はぁ。来る事が分かってたら掃除くらいしてたんだがな……掃除…っあ。)


そうしていると、一階から声が聞こえた。


「馬鹿息子!晩飯だ、さっさと来やがれ!!」

「はぁ……黙れクソ親父!!!すぐ行くから俺の分は残しておけよ!!!!」


嫌々体を起こして、ドアを開けて下へと降りながら考える。


(明日、アイツらに何て言おうかな。)


……



翌日の朝。学校にて俺は首謀者の三人を2-3教室に呼び出した。


「…山崎君、こんな朝早くに何の用かな??」

「何かあったの?」

「…ぐう……っは!?アタシは寝ていないぞ!!!」


谷口は気だるげに、やまねは心配そうに、花形は眠そうに山崎を見てくる。


「……既にいた残雪には一旦席を外してもらった。それで、昨日の件で言いたい事がある。」

「「「……。」」」

「一度しか言わないからな。」


深呼吸をしてから、言う。


「………昨日は…ありがとう。」

「…フフフ。我が精鋭、聖亜が喜んでくれて何よりだ……ぐう。」

「やってよかったね、谷口くん。」

「あの山崎君が素直な感謝を伝えるなんて、もう今日で世界は終わりだな。」

「ああそうだ……思い出した。」


山崎は谷口に対して構えた。


「ん?どうして私に拳を向けるのかな??」

「それはそれとしてだ…お前が楓さんに俺の部屋に行かせるように唆したんだろ?」

「そうだよ。私のお陰でいい思いしたんじゃないかな?」

「…確かにそうだな。でもお前をボコすよ。部屋の掃除が出来てない状態で呼びやがって!!…見られたんだぞ!!!お前が勝手に、置いていくあれだ…指南書をなぁ!!!!」

「「…指南書?」」


花形とやまねは揃って首を傾げるが、谷口は違った。この場の最善手を取る。


「あー……散っ!!!」


谷口は教室の扉を乱暴に開けて、全力で教室の外へと逃げ出すのを山崎は全力で追いかける。


「っ、待ちやがれ!!!…ぶっ殺してやる!!!!!」

「ヘヘッ、やーだね♪殺されたくないもん☆」


しばらく外で大声が聞こえていたが、離れて行ったのか、静かになった。


「あの先輩、これからどうすれば……立ったまま寝てる…ん、とりあえず保健室に連れて行こう。」

「Zzzz…」


やまねは花形を抱え上げて、保健室へと向かっている時に、何処かで谷口の悲痛な叫びが聞こえた気がした。






























































































































































































































































































































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花形羅佳奈の世界統括遂行日記 蠱毒 暦 @yamayama18

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