番外 節分 (2024)
「鬼は外っ!」
「ふ、ふはは!その程度でこのアタシ、いや…この世界を統括する鬼である吾輩を倒せると思うなよ、はっはっはー!!」
改造制服を着こなしながら鬼の仮面をつけた花形がそう言って笑いながら子供達を追い回す。それを遠くから山崎と谷口が見ていた。
「で、どうして俺達はこんな事してるんだ?」
「忘れたのかい…今日は節分だよ?」
「それはお前如きに言われるまでもなく知ってるが…」
「言い方が酷いなあ。」
そう言って谷口は肩をすくませた。
「そういえば、山崎君は昨日あの場に居なかったんだっけ?」
「…そうだ。昨日は寝ぼけて学校に行こうとして気づいたら、なんか大阪にいたからな。」
「いやぁ、間違いのスケールが段違いだね。」
「うるせえさっさと話を続けろ。」
「はいはい…」
以下、回想ーー
昨日の大講堂にて。今日の練習を終えた演劇部一同(山崎聖亜は除く)が集結している時だった。
舞台上で花形がマイクを手に取りこう言った。
「ーー諸君、明日は節分だ…故に明日は部活動の代わりとして皆で公民館に行き、日頃の感謝として職員達の手伝いをしようじゃないか。」
周囲の反応は以下の通りだった。
「すまない。俺達は昨日部長が壊した道具の修理で忙しいんだ…助けにもなれず申し訳ない。」
「……子供はちょっと…ごめんなさい。」
「衣装の…締切が……あぎゃあああ!!!!」
「お、落ちついて下さい先輩。まずは被服部と手芸部に説得をしてですね……」
「少女かー。範囲外なんで、却下ござるな。」
「よし、お前今日命日な…覚悟しやがれぇぇ!!」
「いやおれ行きた…」
「黙れ井上。これは広報担当全員の総意で前もって決めていた事だ。大体な、明日は『佐藤やまねの隠し撮りコレクション4』の編集作業があるから…詫錆も今回だけは我慢してくれ。鞭餅をサンドバッグにしてもいいから。」
「あああああああああ!?!??!?」
「…帰って今期の作品を仕上げねば。」
「ごめん羅佳奈。その日は私と愛梨で次の公演の為に市役所の人達と色々と話をしなくちゃいけないから。」
「全く…頭の固い連中を相手取るのは、本当に面倒です…悪いとは思ってます。」
「まあ私は別に構わないよ。どんな事でもたまには息抜きも大事だしさ。」
「っ、ごめんなさい花形先輩。僕も行きたいんですけど、バレンタインの準備が…皆の期待にはちゃんと応えたいんです…なのでそのぅ、すいません。」
「…俺っちも不参加で。それで時間を無駄に浪費したくはないな。」
「わたくしも…お断りいたしますわ。」
以上。回想終了ーーー
「…つまり、いつもの4人なのか?」
「聞いてなかったのかい?やまねちゃんは休みだよ。」
「でもよ、知らない奴がいるんだが…」
山崎が見つめた先に子供達と一緒に見た目15歳くらいの少女が混じっていた。
「くそ、どうすれば…」
「何度も豆を投げても倒せないわ!ずるいっ!!」
「…これを使いなよ。」
そう言った少女は背負ったリュックから複数のエアガンを子供達の前に並べた。
「これって…」
「私が今日のために改造して作った福豆を撃てるエアガンだ。人数分作ってあるから各々好きな銃を選んで…ってもう選んだのか。入れ方はわかるかな?」
「…こうするんでしょ?」
「スゲ〜マジもんみたい!!」
「飲み込みが早いね。流石だ。ではあの鬼に向けて撃ってみようか。」
「でも、人に向けて撃ったら……」
男の子の頭を優しく撫でた。
「…大丈夫だよ。相手は人じゃなくて…鬼だからね。さっきもそう言ってたじゃないか。ねえ鬼さん。」
花形…鬼は不敵に笑った。
「ふっふっふ。我を侮るなよ子供達。さあ全力で来い!!!どんな小細工をしようが、その全てが無駄であると自覚させてやろう。」
「…ね?そう言ってるでしょ?」
「うん、分かった!」
それを聞いた無邪気な子供達がエアガンを鬼に向けて撃ちまくったが…鬼は余裕の笑みを浮かべていた。
「……どうした。その程度か?子供達。」
「くっ、まだまだぁ!!」
「負けないんだから!」
「……じゃあこういうのはどうかな?」
鬼…花形はそれを見て思わず驚愕して、素に戻った。
「それって…その、あの…なにかな?」
いつの間にか少女の周辺に6台の兵器らしきものが設置されていた。
「名付けるなら…そうだね…『対鬼専用自動標準搭載確実必中ファランクス』かな。みんな、一旦私の方に来てね。これがこの兵器の起動スイッチだよー。誰か押したい人はいるかな?」
「僕が押したい!」
「あたしも!!」
「押したい、押したい!!」
子供達は皆少女の方に集まった。
「…じゃあ、間を取って皆でせーので押そうか。抜け駆けは無しだよ?」
『はーーい!』
「せーのっ!!」
(やばい。)
そう思って何かしら行動しようとしたが、その時にはスイッチは押されていた。だが、逃げる訳にはいかない。何故なら、
(子供達が見ているし、何より…アタシの臣下達…後輩達がここにいるんだ。)
撃たれる覚悟を決めて、せめて顔は守ろうと両手を顔の前へと動かした。ファランクスが回転を始め、発射音とともに無数の福豆が花形に向けて飛んでくる。
「……ん?」
いつまで経っても体に当たった感触がない。両手をどけると、そこには………
「っ、我が精鋭ではないか、助けてくれたのか!?」
「…チッ、集中してるんだ少し黙ってろ!!」
玩具の棍棒で5台から連射された福豆を花形の前で器用に弾く山崎の姿があった。何発かは喰らいながらも、苦痛一つ漏らす事はなかった。
「いいか、絶対にその場から動くな!!!当たると割と痛いからな!!!!」
「…分かった、その言葉に従おう。我が精鋭、聖亜!!」
山崎が助けに向かった丁度その頃。谷口は遠くで、その光景ずっと観察しながら呟いた。
「…いやぁ、本当凄いね山崎君は。おもちゃとはいえ棍棒を持ってあの距離を一瞬で詰めて尚且つ、我らが部長様を庇うんだからさ…そうは思わないかい?」
「成程。あれが山崎聖亜か…うん。とても興味深いね。私の用意した道具をこうも容易く対処されるのだから。」
さっきまで子供達と一緒にいた少女が、谷口の方に歩いて来ていた。
「…子供達はもういいのかい?」
「問題ないよ。今はおもちゃに夢中だ。やはり気分転換というのは良いものだね。」
少女ははしゃぐ子供達の方を一瞥して、谷口がいる近くまで来て足を止める。
「無意味かもしれないけどさ、一応質問しようか……何でここに来たんだい?」
考え込み悩む仕草をし始めた。その姿につい、谷口はツッコミを入れた。
「いやいや、それ絶対嘘だって!君はさ、考えなしで動くタイプじゃないでしょ!?今度は何を企んでるのさ!?!?」
「…あははっ。」
年相応の女の子の様に笑った。
「…アメリカでやってた研究にちょっと飽きてね。だからつい最近からかな。日本でとある『人工知能』を開発してるんだ。でここに来たのは…しいて言えば、会いたかったから…かな?」
「へぇ…人工知能か。」
「フル無視…?まあいいか。でもあくまでそれはサブで、メインはまた別の物を制作してるんだけどね。」
「何だそれ。嫌な予感しかしないな。」
「おっと、言いすぎた…兄様の前だからかな。つい、口が軽くなってしまうよ。」
「…君みたいな妹を持った覚えはないぜ?」
辛辣だなぁ。と少女はまた笑った。ふと左手につけていた時計を見る。
「…時間かな。じゃあね兄様。次会う時は…そうだね、ゆっくりと互いに色々と思い出話でもしようじゃないか。」
「へいへい、どうせ君の研究についての自慢話をエンドレスで聞かされるんだろう?…はぁ。でもまあコーヒーくらいは、準備はしておいてあげるさ……ブラックでいいかい?」
「あはっ…それいいね。だったら、私は兄様になまこソーダを振る舞ってあげるよ。」
互いに悪態をついてから、少女はゆるゆると手を振りながら去って行った。
「はぁ……疲れる。」
改めて山崎や花形がどうなったのか見ようとして、ふと気づいた。
「…ん、何でこっち向いて……っ!?」
二人を狙って撃っていたのは5台だけ…つまり、残りの1台は……
「ああ、くそったれぇええーー!!!!!」
その仕組みを作ったあの性悪を内心呪いながら、谷口は襲いかかる福豆を回避するために、必死になって駆け出した。
……
…
「ーーいやぁ、今日はありがとうね。お陰で色々と助かったよ!」
「…こちらこそだ。もしまた困った事があったらいつでも連絡してくれたまえ。」
子供達が帰って後片付けを終わらせた後、見知った職員の代表の人とアタシは固い握手を交わした。
「では帰るぞ、諸君。」
「了解ですぜ…我らが部長様。」
「おう。」
3人は公民館の外に出た。辺りはすっかり暗くなっている。
「…今更なんだがあの少女…どこ行ったんだ?片付けの時にもいなかったが。」
「……先に帰ったよ。全く…無責任な奴さ。」
「…?お前にしては珍しいな。人に対してそんな風に言うのは。」
「それは、この世界を統括するアタシですら思ったが、どんな人間にも相性の良し悪しというものはあると思うぞ。」
「まあ、それもそうだな。」
無言で夜道を歩く。ふと花形は声をあげた。
「…これから寿司屋にでもいかないか?」
「「マジで!?」」
期待や驚きを宿した眼差しで見つめる二人を見ながら、アタシは笑った。
「公民館の職員から報酬を受け取ってな。しかも今日は節分だ。恵方巻きを食べずして、今日は終われないだろう?」
「…ぶ、部長。少しだけだが見直したぜ。」
「そうと決まれば、行動あるのみだ…さあ、この近くの寿司屋を調べよ。」
「4件発見しました…こちらっす!!」
「仕事が早いな…よし、この店に決めた!」
「見せろ…少し遠いが……いいぜ、やってやるよ。」
「確かあの寿司屋の恵方巻きは限定品…つまりは、」
「おいまさか、品切れになるかもしんねえのかよ…っ!だったら俺が先に先行して並んで買っておくから、お前らは後からでもいいからついて来い!!」
そう言い残して、花形からお金を取った山崎が全速力で駆け出していくのを二人はポカンとしながら見ていた。
「…限定品とはいえ何故、聖亜はあそこまで必死に……。」
「山崎君、行事とかの参加経験がほぼないから…もしかして恵方巻きを食べた事がないのかもね。」
「…はっ……そうだったのか…!」
「寿司屋で話を逸らしてたけどさ、山崎君みたく我らが部長様も、あの少女について何か聞きたい事があるんじゃないのかい?」
(正直すごく聞きたい…けど。)
「…はは。アタシを誰だと思っている?この世界を統括するべき存在だぞ。そんな些事に一々つっこむ愚か者では断じてないのだ。それに言いたくないのだろう?なら、言える様になるその時まで待つさ。」
胸を張ってアタシはそう言った。谷口は少し俯く。
「…ありがとう…いつか必ず、教えるからさ。」
「フフ、ではその日を楽しみにするとしよう。さあ、顔をあげよ…これから我が精鋭に追いつくべく走るのだからな。」
「え。」
「『え』ではない。さあ、我が速さについて来れなければ、恵方巻きはなしだ。」
「我らが部長閣下…私よりも運動音痴じゃなかったでしたっけ?」
「ええい、知らんな…今のアタシは過去のアタシを凌駕するのだよ……では、参る!!」
そう言ってアタシは走り出した…その後、案の定と言うべきか、予定調和と言うべきか途中でくたびれて、追ってきた馨に寿司屋に到着するまで背負ってもらった。その後、
「…っしゃあああ、恵方巻きゲットぉおおお!!!」
と、喜びのあまり店内にも関わらず、周りを気にせずに叫ぶ聖亜と合流した。
「フッ、よくやったな我が精鋭よ…」
「なぁ、これなんだよな…こんな感じなんだな!?」
「そうだけど…山崎君、一旦落ち着こうか。」
「あ、ああ……悪い。初めてなんだよ。恵方巻きを直に見るのは…しかも魚の、しかも刺身を食べるのは…おそらく人生初だ。」
「マジか。」
二人の会話を聞きながら、アタシは袋の中身を確認してある事に気がついた。
「ん?一本しか買わなかったのか?」
「………っ!?待て、見せろ!」
アタシは袋を渡した。
「…嘘…だろ。」
「あらら本当だ。ドジったね山崎君。」
「っ、まだ追加で買えば…」
「……恵方巻き、完売でーす!」
タイミング悪く店員のアナウンスが聞こえ、その案は頓挫した。仕方なく3人は外に出て近くにある公園に行った。そこに着くまでずっと、山崎は二人に謝り続けていた。
(……ひとまずこれからの方針を考えるとしようか。)
ここには恵方巻きが一本のみ。無難に三等分するのがベストだろうが……山崎が
「俺はいらん……これを食べる資格がねえ。」
の一点張りときた。
「…いや、別に恵方巻きを食べる資格とかないからね!?」
「とにかくいらん…お前たちで食べろ。」
アタシは馨に小声で話しかけた。
「…こうなったらやるべき事は一つだ。」
「え、何か策でもあるの?」
「ーーすれば、何とかなるのではないか?」
「あーなるほど了解。とりあえずやってみるよ。」
谷口がスマホを取り出して、誰かに電話をかけた。
「もしもし、やまねちゃん?夜に電話かけちゃってごめんね。あのさ、楓ちゃんは起きてるかな、うん分かった……山崎君、楓ちゃんからだよ。」
「…はぁ!?」
驚きつつも山崎は谷口のスマホを手に取った。
「代わりました、山崎だが…え、好き嫌いは駄目?何を言ってんだ…俺が恵方巻きが嫌い?はぁ!?マジで何言ってんだ!?!?大好きに決まってるだろうが!!…証明する為に……今から家に来て…?ハッ、上等だこの野郎。すぐにでも行って証明してやるから待ってろよ。」
電話を切った。僅かな沈黙が流れた後、山崎は谷口にスマホを返し、袋を持った。
「悪いが、ちょっと野暮用が出来た。この恵方巻きは俺が持っていく……それでいいな?」
「征け、聖亜。己が道を貫き通してこい。」
「早く行ってきなよ、楓ちゃん寝ちゃうよ?」
「……っ、恩に切る。」
そう言って、やまねの家へと走って行った。
公園に二人が残された。
「…残りのお金でお寿司でも食べるか、馨?」
「……賛成。」
そうして二人は別の寿司屋に行き思う存分、寿司を堪能したのでした。
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