番外 年末 (2023)
「ーー悪いなぁ、楓さん。うちのボンクラは今、山籠りしててなぁ。」
「…大丈夫ですよ、栄介さん。今日は体の調子がいいので。」
「じゃあ早速向かってくれ…電車代は渡そう。」
「助かります…では行きますね。」
「任せたぜ。」
楓は家を出て、会場へと向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
やまねが居間に行くと、零士がテレビを見ていた。
「お茶ですよ、おじいちゃん。」
「……。」
いつもならすぐに返事をするのに、ただ無言で茫然とテレビを見ていた。
「…やまね、テレビを見てくれ。」
やまねはコタツに入ってお茶を飲みながら、テレビを見る。
『ーー次のEISUKEの挑戦者はあの栄介自らが選んだ、ダークホース。その名は、佐藤楓だぁ!!』
「はい、よろしくお願いします。」
赤いハチマキを付けて体操着にブルマを着用した楓の姿が映った。
…やまねはお茶を吹き出した。
番組は続いていく。
『改めて、このEISUKEのステージについて解説しましょう。』
『ステージはたった一つ。ですが、今まで31回と続けてきましたが、成功者はこのステージを作った、山崎栄介ただ一人です。関門は4つ。』
『一つ目は、細い鉄筋の上を歩きながら、迫りくる大斧が挑戦者に襲いかかる、その名は「デスロード」です。事実その名の通り、数多の挑戦者を血祭りに上げて来ました。』
『二つ目は、金属の大釘が刺さった25mの壁をよじ登るその名も「針山地獄」だぁ!あの難所を乗り越えた少数の挑戦者の手元を狂わせ、何度もその手を貫いてきました。』
『三つ目は、その場所からもう少し登り、30mから落下して、1mのトランポリンに落下し着地するその名も、「フリーフォール」だ。ここまで生き残った挑戦者が失敗して全てのお茶の間を凍らせる恐ろしいステージだ。』
『最後のステージは、遮蔽物なしの25mの一本道を現代最強の狙撃手から逃れながら、ゴールへ向かう、その名も「スナイプオブキル」だ。
だが、ここまで来れた挑戦者は佐藤栄介以外、誰もいない。今回も出番無しかぁ?』
『制限時間は無制限です。では………スタートです!』
スタートの合図が鳴り響いた。
「…?もう始まったんですか。」
『え、ええ。始まりましたよ。』
「分かりました!」
楓は駆け出し、鉄筋の前で止まる。
「……。」
ひたすら斧の動きを見る……ピッタリ、1分後。
「…っ」
楓は鉄筋の上をバランス一つ崩さず、斧にかすりもせずに、走り切った。
『な、何ていう事だぁ!一つ目の関門をあっさりと、クリアしたぁ!!』
「ケホッ……はぁ。」
軽く咳をしながら次の関門の壁を見る。
『さあ、次の関門をどうやって突破っ!?』
司会の声が引き攣った……当然だ。何故なら、
「…これって、別に手を使わなくても行けますよね?」
そう一人呟きながら少し息を整えると、露出した釘の上を足を付けて壁を登っていったからだ。
『と、とんでもない挑戦者だ!一体何者なんだあの女性は!?』
「これで二つ目、ですね……ゲボッ、ゲボッ。」
無傷で登りきったが、楓は苦しそうに咳き込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ゲボッ。ええ、落ち着きました。」
スタッフに心配されながらも、楓は下を見下ろした。
『さあ、次の関門は厳しいぞ!単純な分、果たしてどう突破する!?』
楓は、目を閉じて何も考えずに頭から落下する。
『お、おっと!?血迷ったかぁ!?!?』
ーーおよそ15m程で体を回転させながら、見事、1mのトランポリンに足から着地した。
『最早、クレイジーとしか言いようがない挑戦者だぁ!目を閉じながらも、見事に着地を成功させた!?』
(ただ高い所が苦手なだけだったんですが…。)
そう思いながら、楓は目を開けて最後の関門へと歩いて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「出番ですよ、長谷川さん。」
「…え、マジ?」
「いいから、早く行って下さい!!」
「はぁ、分かったよ。」
スタッフに急かされながら、狙撃位置につく。
スコープを覗いた。
(あんな女が、ここまでこれたのか?冗談だろ。)
仕事は仕事だし、長谷川は右足を狙って撃った。
「…は、避けたのか?」
つい、言葉が漏れる…そんな訳がない。ただ、歩いている標的を外すなんて、28年間この仕事をしてきて、初めての事だった。
驚きながらも冷静に、銃弾を装填する。
(残りの残弾は…3か。)
普段でも、長谷川家蔵は弾丸を多くは携帯しない。何故なら…今まで必ず、一発で終わらせてきたからだ。
もう一度、足を狙って撃った。が、また外した。
再度、スコープで確認する。相変わらず、白髪の女は歩いていた。ゴールまで後半分くらいまで来ていた。
(今度は…頭をぶち抜いてやるよ。)
もう手段は選ばない。これはもはや、プライドの問題だ。しっかりと狙おうとスコープを覗く。
ーーーー女と目があった。
「…ひ。」
ここからは868m離れている筈だ。女は微笑みながら、何かを言っている様だった。長谷川はそれを見て、理解して………ゾッとした。
ーーー『こんにちは、狙撃手さん』と。
「あ…う、うわあああああああああああぁぁあ!!!!!!!!!!!!!」
恐怖のあまり、長谷川はスナイパーライフルを投げ捨てて、その場から逃げ出した。
「ちょっと、長谷川さん!?」
「……あんな化物と戦えるか!…ギャラは要らん、帰らせてもらう。」
スタッフを押しのけて、車に乗る。
「ん、何だよ兄貴、もう終わっちまったのか?」
「違えよ、さっさと車を出せ無骨、逃げるぞ!」
「兄貴が焦るなんて珍しいな。よし、ちょっくらそのツラ見に行ってくるわ。」
「待て、」
無骨は家蔵の言葉を無視して、車から出た。
「ちょっと借りるぜ。」
「えっ、」
スタッフからスナイパーライフルを取り上げて、スコープで覗く。
「へぇ……中々可愛いじゃねえか。」
そう言いながら、無骨は楓に向かって発砲した。が、弾は有らぬ所に飛んでいった。撃った後、大笑いしながらスタッフに銃を返した。
「…やっぱり俺様にはこういうのは似合わねえや…ヒャハッ。今度会ったら、この手でぶっ殺してやるよ………それまで待ってろよ。」
困惑しているスタッフを見ずに、車に乗った。
「…もういいのか?さっさと車を出してくれ。」
「いいぜ、兄貴。見たいもんは見れたしなぁ。」
二人は車で何処かへと向かって行った。
それと同時刻、楓はゴールに辿り着いていた。
『とうとう、このEISUKE始まって以来二人目の成功者が現れました!楓さん、壇上にどうぞ…』
「はい。」
楓は壇上に登った。
『では、感想を聞かせて、』
「……あっ、この時間からお蕎麦が安くなるので買いに帰ります。」
ふと、楓は時計を見て言った。
『はっ?あの、楓さん?』
「報酬は要りませんので…ではごきげんよう。」
そう言って楓は立ち去って行った。
司会は躊躇いながらも進行を続ける。
『えー…さ、さあ気を取り直しまして、次の挑戦者はーー』
零士はテレビを切る。居間が沈黙に満ち時計の針が19時を指していた。
「……やまね、そろそろお湯を沸かしておけ。」
「…はい。」
やまねは吹いたお茶を片付けながら、これから帰ってくるであろう姉の為に、台所へと向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます