出迎え―1

「……忘れ物はなし、と」


 翌日の学生寮自室。

 私は独白し、小さな鞄を手に取った。

 丸机の中心には親友達への手紙が置いてある。

 ……二人はきっと凄く怒るだろうけど。

 最後に、二年以上を過ごした部屋を見渡す。

 並んだ清潔なベッド。二人と一緒に選んだたくさんの小物やちょっとした家具類。

 もう二度と……二度と見ることはない。


「…………」


 黒の前髪とネックレスに触れ、私は目を瞑った。

 賽は私自身の意思に関係ない場所で投げ終えられて久しい。

 後悔すらもう無駄だ。


『ま、人生色々あるからね。今、思い悩むことがあっても、時間が経てば大したことじゃないかもしれないよ?』


 ――……どうして、貴方が出て来るのっ。

 昨晩、出会った赤茶髪の男性を思い出し、私は顔を顰め、制帽を深く被り直した。



「エリナさん!」


 学生寮を出ると、クレアさんが駆け寄って来た。どうやら、私を待ってくれていたらしい。前方へ回り込むと、抱きしめられる。


「待って――待ってくださいっ! やっぱり、昨日の今日でなんて、駄目ですっ!! 御事情があるのは分かっていますが……それでも退学なんてっ!!!」

「……クレアさん」


 私はそっと抱きしめ返す。

 本当は頼りたいし、子供のように泣いてしまいたい。

 ――けど。


「有難うございます。でも、もう決めたので。パメラとマリアが戻ったら、私が謝っていた、と伝えてください」

「…………エリナさん」


 クレアさんの涙をハンカチで拭い、微笑む。

 これは私の家の問題だ。巻き込めない。

 手を放し――


「えーっと……お邪魔だった、かな?」

「「!」」


 振り返ると、そこにいたのは赤茶髪の長身男性だった。昨晩と異なり、執事服を身に纏っている。

 私は目を見開き、次いで顔を顰める。


「……どうして、貴方が此処に? 何か御用ですか??」

「うん、用事だね。厳密に言うと、出迎えかな。――そちらの女性は、学院の職員さんで合ってるかな?」

「! え、は、はい。そうですけど……」


 男性はあっさり私をあしらうと、クレアさんへ向き直った。

 そのまま近づいて来ると、微笑む。……所謂、美青年なのが妙に苛立たしい。 


「おそらく連絡が入れ違いになったのでしょう。学生を出迎えに来ました。名前は、エリナ・スレイド伯爵令嬢です。御取次願いますか?」

「……貴方はいったい」

「僕はこういう者です」


 警戒心も露わなクレアさんへ、男性は懐から名刺を取り出した。

 背が足りず……見えない。

 いや、わざと私が見えない高さで渡してるのだ。嫌な人っ!

 クレアさんの宝石のような双眸が見開かれ、身体が震え始めた。


「! ま、まさか……あ、貴方が……………アニエス商会の?」

「電話で確認してもらってもいいですよ。それまでは、この子とお喋りして待ってるいるので」  

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また会いましたね、旦那さま 七野りく @yukinagi

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