傭兵への奇妙な依頼

羽春 銀騎

傭兵への奇妙な依頼

 生き残ってきた。運が良かっただけ。あとは多少の努力。


「これで終わりか?」


 確実に脳天を打ち抜いて、アサルトライフルを構え直す。


「ミッションコンプリート」

「なら、戻るか」

「引き上げよう」


 闇に紛れて移動する。傭兵としての依頼自体はいつもの感じだった。国からゲリラを叩いてくれ。成功報酬はそれなり。指定のポイントに到着し、迎えのヘリに乗り込むとその場を素早く離れる。


 休暇を取ってから、上から降ろされる依頼をこなすか。


 基地で依頼の完了をパネルにタッチして全部終了だ。汗と返り血、切り傷程度は処置の必要もない。軍隊の標準的な装備を降ろして、シャワーを浴びると着替える。



 ここは海の上に浮かぶ島。人口は千人いるかどうかだろう。地上に住んでいるのは基本、対外的に問題のない人物か住人が住んでいる。傭兵達は地下にすんでいる。あとは島にある学校に留学している人達だろう。


 町並みはヨーロッパ風で移動手段は徒歩か、電車である。電車は浮いていて、リニアモーターカーと同じ原理で動いているらしい。電気がどうやって作られているかなど知らない。


 別に生きるのに必要ない。なくても生きられないと、ここの傭兵として失格だ。生き残ることを最優先にする。依頼が失敗しようが、依頼者が裏切ろうと生きていればいいというふざけた傭兵団。ついでに世界のどの国からも独立した組織だ。


 学生共が町へ来る前に缶詰にパン、ウインナーやチーズ、肉や野菜、食べたいものを買い物袋に詰め込んでいく。酒は部屋に送ってもらう。よし帰るか。


「ゲーリー、買い物?1人で食べきれる?」

「食べきれるさ、1日で食べるわけじゃねえ。それよりお使いかキール?」

「帰ってきたら当番が一気に回ってくるんだ。今日は食事当番と掃除当番」

「忙しいこった。休みぐらいは悠々自適にやりたいもんだ」

「それでもいいけど、依頼が終わった後は気が張るから、何かして誤魔化した方がいいんだ」


 ならしょうがねえと吐き捨ててマンションの入り口に入って行く。ここは地下へ行くためのマンションで、地上がいいやつらがここのマンションにいる。さっきのキールは別の家に住んでいるけどな。


 マンションの中には関係者しかいない。2つのエレベーターの真ん中に立つと、透明な壁に囲まれて壁が開く。その中に乗り込むと地下の居住区域へと連れて行ってくれる。


 自分の部屋番号に入ると2LDKの空間が広がる。普通の家だ。買い物袋ごと冷蔵庫へ入れて冷やす。ソファの上で転がってしばしの余暇を堪能するか。


 食べて寝て、トレーニング。飯も洗濯も金さえ出せば、やってくれる。酒を瓶から直接飲みながら、ウインナーを口に入れる。今日はいい具合に酔えている。BGM代わりの映画が何かをしゃべっているが、酒に酔うとふわりとして心地がいい。



 酒が切れたのでそろそろ仕事でも探すか。依頼のリストをタブレットに表示させる。傭兵部隊だ、前みたいなゲリラの殲滅。要人の殺人依頼。そんな感じか。どこの国かによって需要の差はあるが、人を殺して生きている。生業なのだ。


 その中で意味のわからない依頼があった。


 医者の世話がいるようにする。


 表題から詳細を開くとターゲットを何らかの形で第一線から引かせること。出来るなら何かの病気にする。数年は生かし、病気によって第一線からフェードアウトさせること。なお、見える場所の欠損等なく、誰かが引き起こしたことはわかっても証拠を残さないこと。これ以上は書いていない。


「・・・・・・」


 意味がわからん。殺したんじゃダメなのか?生かしながらフェードアウトするがわからん。財閥のトップか。警備も厳しそうだが、病気にするにはどうすればいいんだ?依頼を確認するだけで頭がパンクしそうだ。


 こういう時は誰かに聞くのが1番だ。トレーニング室には何人かいた。


「誰かこの医者の世話の依頼がわかるか?意味がわからん」

「なんだそれは?」


 新しい依頼のようでトレーニングを切り上げてよってくる。タブレットでは全員に共有出来ないから、大きなディスプレイにミラーリングさせる。


「俺たちのする仕事か?どっちかというと暗殺の得意なヤツがやる仕事だろう」

「欠損が1番楽だろう。なんで禁止なんだ」

「殺すのがダメっていうのは難しすぎないか?」

「撃ち合いの任務が性に合っている。面倒だ」


 メンバーも戦闘のプロフェッショナルが揃っているため、殺すのは得意なんだが、暗殺でもなく警告のための1撃離脱のような欠損してもいいようなことでもない。ますます、謎の膨らむ依頼だ。


「ゲーリー、興味があるの?この後、依頼の詳細を聞きに行くつもりだから一緒に行こう」

「やるつもりはないんだが、どうやるのかは気になる」

「聞いてから無理そうならやめればいいんだよ」


 キールと一緒に司令部のミーティングルームに向かう。風景が金属系に変化する。


「誰もいない。来てない。部屋に直接行くしかないか」

「まさか総司令のところに行くのか?」

「そうだよ。いないんだから行った方が速い」

「許可があるのか?」

「あるよ。腕を付け直しているからね」


 16なのに苦労してんだな。表では出せない地下のテクノロジーは、人体欠損を修復して更に臓器の入れ替えすら可能にしている。どんなことをすれば出来るのかっていうのは、こう、難しい、こうしてこうみたいなのがあるらしい。生きるってことに対して、異常な執着を持っている。ここの総司令官は。そのための技術開発から実戦投入まで熱心にやっている。俺は五体満足で入ってきたがな。


「いつ来ても慣れねえ」

「滅多に来ないからだよ」


 許可があっても近づかないがな。


 廊下の先、尻尾を生やした獣の耳を持った人が通る。こいつは表には出られない。ここからも出ることはないだろう。


「コウルさんはどこ?」

「コウルは自分の部屋の机で寝てた」

「わかった、ありがと」


 迷いなく進むと部屋の中に入る。狭い。小さな部屋には仕事用の大きな机、シングルベッド、あとは扉がついている。キールは机で寝ているシルバーブロンドの男を起こす。この男が総司令なんだが。


「キールか、ゲーリーも一緒?」

「この依頼の詳細を知りたいんだけど」

「待て待てキール、ゲーリーが受けるかどうか聞いていない。機密義務が発生する。知っている人間は限定したい。どうするんだ?」


 タブレットを一瞬で見て、話を合わせる頭の良さを持っている。


「いや、気になって詳細を聞きに来ただけだ。内容によっては受けない。殺さず、欠損不可の依頼を受けている時点で、俺たちには向かない依頼のはずだ」

「そうだな、それに気がつくならこの任務に向いているんじゃないのか?」

「面倒くさそうなら、殺した方が楽だ」

「キールとゲーリーで行こうか。サポートは自由に使って構わない」

「だから、詳細を聞きたいだけなんだ」

「この先は機密事項への同意が必要だ」


 笑みを浮かべた顔からスッと無表情になる。目つきも変わる。


「しゃあねえ、乗りかかったならドンと乗ってやる。任務の説明をしてくれ」


 こうなったらノリだ、機密事項への同意ボタンを押す。


「それでは依頼の説明を開始する。依頼者はある財閥の後継者の1人。こちらの情報はいらないだろう。狙うのは会長をその地位から降ろすこと。出来るだけ穏便に、そして出来れば病気がもっともいい。殺されたのでは財閥からの追求を等しく受ける。その時は財閥の調査によって、後継者から外れるそうだ。こっちはそんな事情はどうでもいいが、生かした上で病気にする。病気を理由に後進に譲る形が、もっとも理想と依頼者は要望してきた。面倒だから断ろうとしたら、依頼料を積んできた。受ける者がいれば、受理するがどうする?」

「その生かしたまま病気にするってのはどうするんだ?」

「それはそうだな、そういう風になる物質を飲んでもらえばいい」

「待ってくれ、コウル。そんな物質は存在しているのか?」

「会長はいい年だ。加齢性の病気発症なら、後進も引退を進言しやすいだろう?」


 ここならそういう毒みたいな物を開発しているのか?


「とりあえず、アルツハイマーにしよう。会長を攫って飲ませれば完了だ。あとは飲んだ物質が勝手にやってくれる。間違っても飲むなよ。脳の取り替えは出来ない」

「脳に障害を与えるってことなのか」

「そういう物質だからな」


 依頼を受けるのに数日かかるらしい。その間に行動パターンと予定の情報収集だ。こういうことは、依頼の受理と共に収集が終わっていることが多い。相当優秀な情報収集チームがどこかにいるんだろう。会ったことはないが。情報収集なんで、世界中に散っている可能性が高いか?


 受領が終わった日に、依頼の詳細と予定と行動予測が追記されていた。どれだけの速度で調べているのか、元々調べていたのか?元々なら受領して情報公開でいいのか。しかし、ゲリラの情報も調べるのが早い、凄腕の情報収集チームなんだろう。とても恐ろしい。


 情報も出たところで、キールに電話をかけるが出ない。まあいい、1番面倒じゃないのは寝込みを襲うことだな。自宅の図面からセキュリティまで揃っている。部屋に1人で寝ているところを襲撃して薬を飲ませる。あとは強盗に見せかけるかどうか。多少の金をいただいていくか?



 キールからの電話を取ると打ち合わせをするために、ミーティングルームに集合することになった。こっちは普通の区画にある。司令部のミーティングルームは許可がある者と一緒か、自身が許可のある者しか入れない。一緒に入るのも出来る出来ないがあるから、誰でも自由に出入りは出来ない。


 ミーティングルームにはキールが待っていた。学園の服を着ている。


「お前、学校に行ってんのか?」

「ワークス組だけど、在学しているよ」

「教育は必要ないって聞いたことが、あるがデマだったのか?」

「医者になる勉強をしてる。外に出てそういう学校に行くつもり」

「外に出れらるのか?」

「どっかの国の資格を取らないと行けないから、しょうがないよね。コウルさんも護衛付きで許してくれた」


 護衛付きっていうのが気になるが、外に出る許可がもらえたんならいいのか?


「護衛なんているのか?」

「機密が詰まってるから。もしもの時は、死ぬかもしれない。行く国も僕たちをこんなに風にしてくれたところだし、逃げ出せるようにしておきたいんだと思うよ?」

「そりゃあ、行かせたくはないだろうに。しかし、よく許しをもらったな」

「コウルさんだって大学の卒業証を持ってるの知ってるんだから。いいなって、お願いした」


 よく説得したな。キール達には甘いところがあるから、行かせるんだろう。


 本題の任務の打ち合わせに入る。


「自宅襲撃が1番確実だと思うがどうだ?」

「そうだね、他の場所よりはやりやすいように見える、邪魔は入りづらそう」

「皆殺しならどこでもいいんだが」

「それなら狙う場所も変わるね。誘拐でもいい気はするけど。移動はヘリ、飛行機、自動車。自宅のセキュリティは高そうだよ?」


 セキュリティ会社と契約しており、最新のシステムを構築している。


「うちだとこっちの方がやりやすいだろう?」

「警備の人が少ないから、やりやすいけどね。時間はそんなにかけられないよ?」

「薬を飲ませるだけだろう?どっちが飲ませて、もう1人はカモフラージュに動いてもいいんだぜ?」

「それいいね。それでどっちが飲ませるの?」

「俺は金目の物を獲るようにする」

「わかった、それなら注射タイプにしよう。睡眠薬も混ぜておけばいいね」


 作戦としては夜に侵入、ターゲットに投与が最優先。あとは金を取れればもっとよし。ただし、情報によると金庫があり、厚さ1mの扉。扉を壊そうとすればいいか。強盗と思ってくれれば十分。


 警備システムの突破は専門家にアドバイスを求める。外部からの電力を切って、内部電源に切り替わったらシステムのクラックを行う。クラックはウルトラブックを持っていってつなげる。端子が合えばOKだ。


 このウルトラブック、手のひらサイズなんだがコンシューマ向けハイエンドPCの性能よりも高性能。ここの技術はおかしいぜ。


 持っていく装備と方法、最寄りのヘリポートから車で近くの道路に止める。そこから作戦開始。外部からの電力遮断はサポートに任せて、送電の制御をジャックするらしい。俺らはそれを合図に警備室に突入。殺害後、システムのクラック。そこから内部に侵入。別れてキールはターゲットへ。俺は偽装工作に金庫の破壊を試みる。



「装備のチェックはいいな?」


 用意された隠れ家で装備リストをお互いにチェックする。強盗ではなく、どこかの軍隊にしか見えん。


「緊急事態の時は脱出最優先。ターゲットへの投与を優先。金庫の破壊はおまけだ」

「投与を優先。脱出の期限は?」

「建物内部を把握済みのため20分以内に脱出。破壊工作は10分程度にする」

「投与後は?」

「脱出経路の確保優先」


 ブリーフィングを行い車に乗り込む。運転は俺。ナビに沿って降車位置まで移動する。


 降車位置まで来る。サポートチームについたことを連絡。


「着いたぞ」

「わかった、それじゃあ開始する。カウントダウン」


 10


 2人とも降車し、屋敷に向かい走り出す。


 7


 重い装備を背負っている。


 5


 遠目に警備室が見え始める。


 3


 とにかく全力で走っていく。暗闇に紛れて屋敷に近づいていく。


 1


 まだ距離があるが、それも想定のうち。


 0


 カウント通りに一瞬、警備室と門を照らすライトが暗くなる。警備室の中が慌てている様子が見える。このまま近づいて、ドアノブにぶっ放しドアを開けると、銃弾をまき散らす。


「ゲーリー、あまり機械に当てるな。クラックが出来ななくなる」

「ああ」


 狙いを定めて、中に入って行く。死角を潰すように動く。大きめの警備室で、何人かすでに床に転がっている。本当に死んでいるのか確かめるために、1人ずつ撃っていく。


「クリア」

「クリア」


 持ってきたウルトラブックを同じ端子っぽいのに差し込む。見ていてもよくわからんので、とにかく待つしかない。この時間は長く感じる。何をどうしてやっているのか。早くやって欲しいが、そんなスキルは持っていない。人を殺せるだけだ。


「コンプリート。それじゃあでかい屋敷に突っ込むか」

「警備員はまだいるから気をつけて」

「お前こそ、1番大事なんだぞ」

「確実に遂行する」


 屋敷の中は真っ暗闇で、完全に電力を切られた状態だ。暗視ゴーグルをかけると覚えた家の廊下に沿って、金庫への道をひた走る。地下に作られている金庫に向かい、まずは階段を見つける。廊下の分岐もそれなりにある。


 上の階段とは別のところにある。


 地下へと降りていくと暗闇の中に金庫が浮かび上がる。隠れられるところはない。電気が来ていないおかげで、セキュリティは機能していない。とりあえず、ダイアル式の部分をナイフで叩いていく。傷はつくが壊れる気配はない。大きなハンドルがあるから、それを回すだけ回して、ナイフで傷をつける。


「ゲーリー」

「どうした?」

「外に応援が来た。脱出経路の確保を頼む」

「速すぎないか?常駐もいたんぞ」

「屋敷の通常では最少で警備本体が別にいたのかもしれない」


 急いで上がるとすでに屋敷の中には、警備の連中が入ってきている。呑気にライトを照らしているぜ。


 廊下の影に隠れるとライトに向かって射撃。ちらっと顔を出すと、銃弾が飛んでくる。向こうもやり合う気だ。銃撃戦の開始だ。電気が来ない状態で、向こうの暗視の性能はどうかな?むしろ持ってるのか?


 閃光の手榴弾のピンを抜いて、投げつける。周りが明るくなって、壁沿いに進みながらよく見える敵を打ち抜いていく。こいつらなんで上に行かないんだ?ふとした疑問が頭をよぎる。


「キール、何かおかしい」

「何がおかしい?」

「警備のヤツらそっちの階段じゃなく、こっちの金庫の方向へきた。ターゲットを守るなら寝室に行くんじゃないのか?」

「寝室に到着、いない」

「すぐに戻ってこい。脱出優先に切り替える」


 出口の方へと進んでいき、キールが合流するのを待つ。その間は周囲の警戒を行う。追加の警備が来ていないか?警察や軍の介入ならキールを置いてでも逃げ出さないとな。


「サポート、警察に通報はいっているか?」

「通報、今連絡したようだ。20分以内に警察署からの増援。巡回の警察が10分以内に到着する」

「了解」


 時間がない、タイムリミットは5分以内。見つかると面倒だ。回収先まで行くのが難しくなる。


「オペレーターモード起動」


 暗視装置に家と周辺のマップ。味方の位置が表示される。キールは急いで降りてきているようだ。警察の到着予測時間はパトカーが550秒。


「待たせた、脱出しよう」


 ガシャン


 金属の音がした。こすれるような、そんな音だ。地下の方向か?


「確認するか?金庫の中を確認しても遅くないだろう」

「時間がそんなにないけど?」

「確認だけだ。金さえ取れば強盗と思ってくれる」


 納得していないようだが、地下への道へと歩いて行く。手を上げて止まる。誰か歩く音がする。まだ階段に到着していないんだが、階段の方向から足音が上がってくる。あの金庫に人はいなかったはずだが?


 廊下に出てきた人物が視認出来る状態になったとき、赤くターゲットと表示される。


 反射的に動いて、パジャマ姿のターゲットを組み伏せる。暗闇の中で、ターゲットは視界が効いていないはず。


「はやく、眠らせろ」


 キールも状況を理解したのか、押さえつけるだけで注射出来るタイプの注入器を使う。確実な首に押し当てて、即効性の睡眠薬はターゲットの力を奪う。


「金庫周辺には人が隠れられそうな場所はなかったぞ。どこに隠れていた?」

「近い所にいただけかもしれないよ?」

「懐中電灯は持っているのに、何でつけないんだ?もう、耄碌しているだろう、このじじいは。わざわざ来る必要なんてなかったな」

「それよりも逃げよう。車は使えないよね?」

「逃げられるだろうが、まくのが大変そうだ」


 カウントがゼロになってやがる。もう到着したのかよ。思ったよりも速かった。仕事熱心なことだな。


 近くに車が落ちている訳じゃない。脱出ルートは家の裏へ続く道を使って森を突っ切るのが決まった。フル装備で大変だが、突っ切るしかない。とにかく森へ窓を蹴破って道を走る。


 森は見えているが、高い壁と壁の上には有刺鉄線が巡らしてある。カメラもあるが、システム自体が壊れているので気にする必要ない。鉄線をライフルで撃って切ることも出来るが、わざわざ駆けつけた警察に居場所を知らせる必要はない。


「キール、先に行け」


 壁に背を向けて手で足場を作り、キールは躊躇なく手に足をかけ肩に足を移動して登っていく。上で鉄線を切る音が聞こえる。


 マップの赤い点が近づいてくるのが心拍数を上げてくる。


 ふっと肩が軽くなるとロープが垂れてきて掴む。細くて掴めねえ。手に巻き付け、たぐりよせながら無理矢理に登る。


 バンッ


 後ろにいるのはわかるが、相手には出来ない。銃弾の飛ぶ中、待てと叫びながら撃ちやがるヤツらから逃げるためにロープをたぐり寄せる。


 うぐっ


 いってえ、当たった。なんとか壁に手をかけると力を出して、よじ登ると向こうに飛び降りる。着地してぐるんと回ってなんとかロープに絡まりながら立ち上がる。


 ロープを切って、自由に動けるようになると走り始める。


「サポート聞こえるか?回収ポイントの再設定を」

「もうやってもらった、ポイントまでのマップを表示」


 結構遠いな。


「止血をする、少し時間をくれ」

「当たったの?」

「狙い目だからな」


 止血帯を出すとキールが取り上げて、任せることにした。俺は俺でコンバット・ピルパックを飲んでおく。鎮痛剤とかのセットだ。


「拳銃だから骨にヒビはあるかも知れないけど、逃げ切るだけなら大丈夫」


 痛いぐらいに締め付けられた腕を見る。ガーゼが血に染まっている。その上に止血帯がしてある。


「被弾左腕上腕部。帰ったらゲーリーをメディカルチームに搬送準備」

「大げさにしなくてもいいんだぜ?」

「冗談はいい、急ごう」


 強がりも通じないのかよ。これだからキールは。


 山の中をマップに表示されたポイントに向けて進む。森の中を進んでいるが、回収出来なそうな場所があるのか?ここからどうやって戻れる?


 先は目視出来ないがマップに、詳細な地理がわかるから気楽だ。目的地がよくわからんまま、進むとかきついのよ。初めての場所で、地理感覚はない。



 歩いたり走ったり。ポイントには近づいているはずだ。



 開けたところ、斜面だから着地は出来ない。ドンピシャでヘリの音が近づいてくる。素早く降下してくると片側を地面につけたままのホバリング。開けられたドアに駆け込んで回収される。


 同乗していたメディックが、ヘリの中で治療をはじめようとする。何でメスを持ってんだ?


「麻酔は?」

「弾の摘出は早い方がいい。我慢しろ」

「痛いのは嫌いなんだー!」


 無言で拘束具をつけられ固定される。キールも一緒になって、手伝っている。裏切り者!


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、叫んでも誰1人として助けはいなかった。ふざけんな。麻酔ぐらいしろ!



 基地に帰り着くと精密検査に。報告はキールがする。当分酒は禁止された。薬も飲まされるし、ああ、酒が飲みてえ。



 後日談として、会長はパーキンソン病と診断されて後進に任せたそうだ。依頼主は選ばれなかったとキールに聞いた。成功して終わったら、どうでもいい。1つ依頼をこなしただけだからな。


 それより酒を飲ましてくれ!


「治るまでダメだよ。メディカルチームに拘束と3食昼寝付きで、何もない部屋に入れられるのとどっちがいい?」

「くそう」


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読んでくれてありがとうございます。

☆や♡を恵んでください。お願います。

作品ごとにコメント禁止に出来ないので(カクヨムに責任転嫁)、パーキンソン病にする物質はコメント内に書き込まないようにお願いします。

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