第5夜 メリークリスマス

 一瞬、思考が固まった。

 よっちゃんが……アメリカに?


「明日中には、日本をたないといけなくて」

「……会えるのが今夜だけなのは、それで?」

「うん。しばらく山ちゃんと会えなくなるから、日本を出る前に会いたくて」

「佐藤さ――綾香さんは?」

「一緒に来てくれるって」

「そっか……」




 ………………


 …………


 ……はは。




(なんだよ、それ)


 よっちゃんがいれば恋なんて別にいいやって思った矢先に――これか。


 確かに、よっちゃんは『私』を拒絶しない。

 だけどそれは、いつでも会えることとイコールではなかった。


「……寂しくなるね」

「うん。でもまぁ、五年もすれば帰れるから」

「そうだね」


 五年も、よっちゃんに会えない。


 疎遠になった時だって、数年に一回はこうやって顔を合わせていたのに。会いたい時には、会うことができたのに。



 アメリカなんて――――遠すぎるよ。



「ねぇ、よっちゃん」

「ん?」

「私たち、ずっと友達でいられるかな」

「え? そりゃもちろ――」

「私がそうじゃなくても?」


 ふと思い出した。悲劇のヒロインを演じて、涙が止まらなくなったあの日を。生から解放されたヒロインを、羨ましいと心から思ったことを。


「私は友達じゃなかったよ。よっちゃんのこと――好きだから」


 永遠なんてないんだ。どんなに大切でも。

 一喜一憂するのは、もうたくさんだ。


「よっちゃんのこと、異性として好きなんだよ。こんな『私』を受け入れてくれた日から、ずっと、ずっと……」


 だから、もう終わらせる。

 たとえそれが、彼から『山ちゃん』という親友を奪うことになるのだとしても。


「これ、私の分だから」


 席を立ち、自分の支払い分をテーブルに置く。


「…………ごめんね」


 それだけ言い放って、私は店を後にした。早足で街中を歩き、駅へと急ぐ。

 相手の話も聞かず、一方的にスッキリする。我ながら身勝手なやつだ。


 だけど、もう疲れた。


 これだけ勝手な別れ方をすれば、さすがのよっちゃんも愛想を尽か――――



「山ちゃん!!」



 考えるより先に、足が止まった。

 聞き間違えるはずがない。何よりも好きな、よっちゃんの声だ。


「山ちゃん、待って」


 いくらなんでも幻聴だろと思いたかったけど、息を切らしながら走ってくるよっちゃんの姿を見てしまった。


 よっちゃんが私の前まで駆け寄って、必死に息を整えている。


「…………なんで」

「ごめん」

「え?」

「俺、山ちゃんの気持ちに応えられない」

「でしょうね」

「それだけじゃなくて……綾香ちゃんのこととか、いろいろ頼っちゃって」


(そこ、彼女の名前を出すところじゃないよー)


 心の中で軽く突っ込んでみたけど、特に効果はなかった。


「それは、私が好きでやってきたことだから。よっちゃんが気にすることじゃないよ。応援してるのは一応、本当のことだし」

「でも、全然気付かなかったし……ごめん」

「それも謝ることじゃないって。気付かれたら私が困ったんだから」

「それは、そうだけど……」


 お人好しなところも、相変わらずだ。

 親友面してきた身勝手なやつのことなんか、ほっとけばいいのに。


「いいよ。気なんか遣わなくても」

「気ぃ遣うよ。だって俺、山ちゃんと友達で居続けたいんだ」


 唐突な言葉に、またもや思考が固まった。いや、唐突なのはお互い様か。


「……だから、無理だって。そうしようとしたけど、できなかったんだから」

「山ちゃんはそれでいいんだ。俺が、友達でいたいってだけだから」

「――――――」

「駄目……かな?」


(……馬鹿じゃないの)


 必死な顔で、走って追いかけてきてさ。

 そんなの、よっちゃんが面倒くさいだけじゃん。なんで、わざわざこんな面倒くさい奴に関わろうとするかな。



 なんで、そんな一生懸命に『私』と向き合ってくれるかな。



「……ついてきて」

「え?」


 よっちゃんに背を向け、歩き出す。


「美味しい店、いっぱい知ってるんだ。案内するから、今から飲み直そう」

「えっと、山ちゃん?」

「友達で居続けてくれるんでしょう、『私』と」


 振り返って、思い切り笑いかけた。


「聞いてほしいこと、いっぱいあるからさ」

「――うん!」


 いつものように笑顔が作れているか分からないけど、よっちゃんにはちゃんと伝わったと思う。今の私の気持ち。


 私の大好きな、よっちゃんの笑顔。

 それを向けられただけで、ほら……もうこんなに心が軽くなる。私もたいがい単純だ。全然人のこと言えない。


「ちょっと待ってね。今、マップ出すから」


 アプリを起動するべく、スマホを取り出す。

 待ち受けを開いた瞬間に、0時を迎えた。


(……そういや、あの時も冬だったっけ)


 誕生日デートの予行練習に付き合った日。

 ハッピーバースデーと、全然心のこもってない祝いの言葉を口にした日。


 私が、よっちゃんへの恋心を捨てた日。


 だけど、実際は捨てられずにいた。捨てなきゃいけないって思い続けて、ずっと苦しかった。ずっと孤独だった。


 でも、捨てなくていいんだ。




 よっちゃんを好きでいて、いいんだ。




「メリークリスマス。よっちゃん」

「え……あ、そっか。メリークリスマス」


 二つの白い息が、クリスマスの街に溶けていく。私たちをずっと繋いでいた、これまでの関係もろとも。


 なんだか照れくさくて、二人して笑い合った。

 新しい関係を祝福するように、白い息が絶えまなく広がっていく。


「そういや、綾香さんって今どこ?」

「一足先に空港近くのホテルにいるけど……」

「そっか」


 しめしめ。今の私の気持ちに効果音を付けたら、まさにこれだろう。

 私はニヤニヤしながら、思いっきりよっちゃんの腕に絡みついた。


「ちょ、山ちゃん!?」

「『私』はこのままでいいんでしょ?」

「いいけど、でも」

「ホテルにいるなら大丈夫でしょ。万が一見られたら、私も一緒に謝ってあげる」

「そういう問題じゃないって!!」




 世の恋人たちが肩を寄せ合うクリスマスイブに、こうして私は盛大に失恋した。




 Merry Christmas.

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メリークリスマスイブ 片隅シズカ @katasumi-novel

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