第4夜 『私』に恋なんていらない
高校卒業後、よっちゃんとは疎遠になった。
東京の大学に進学して、地元に残るよっちゃんとあえて距離を置いたのだ。よっちゃんのことを、きっぱり諦めるために。
地元を出れば、自分に相応な恋がどこかにあるはず。夢物語のような淡い希望を抱いて、東京に足を踏み入れた。
結論、そんな都合の良い恋なんてなかった。
むしろ同類と作る関係ほど、難しくてしんどいものは無かった。同類だからこそ、互いに完璧な相互理解を求めてしまうから。
そもそも、その恋は『恋』じゃない。
彼の代わりを求めるだけの、生贄探しだ。
それを痛感して以来、私は恋をすることを止めた。枠から外れても幸せな恋ができるのは、幸運の女神に目をかけられた一握りだけだ。
そんなある日、よっちゃんから連絡が来た。
『ごめん、急に電話したりして』
「私は大丈夫。それで、どうしたの?」
『……ちょっと、山ちゃんに会いたいなって』
「わぉ。ホントに急だね」
『うん』
(歯切れ悪いな)
絶対なんかあるに決まっているけど、理由なんてなんでもよかった。
よっちゃんと会える。高校の時みたいに、また二人で笑い合える。想像するだけで、瞬く間に胸が高鳴った。
この高鳴りを悟られないよう、できる限り軽い口調で「いいよ」と答えた。
『え、マジで!?』
「12月は仕事以外で特に予定入れてないしねー。まぁ、そっちに行けるのは年末年始辺りになるだろうけど」
『あ、俺がそっち行くよ。仕事で東京に行かないといけないから』
「よっちゃんが?」
『うん。翌日には東京を離れるから、会えるのは24日だけなんだ。それも夜』
(クリスマスイブじゃん)
しかも夜とかイブ真っただ中だ。一体なんの冗談だろう。
『日曜日の夜だから、山ちゃんの仕事に響くかもしれないけど……』
「大丈夫。その辺は適当に調整できるよ。サラリーマンじゃないし」
『まぁ、そうだけど……』
「ていうか24日ってイブでしょ。よっちゃんこそ、彼女と一緒にいなくて大丈夫なの? あ、もしかして……とうとう捨てられた?」
『縁起でもないこと言うなよ!!』
「ごめんごめん、冗談だって」
予想通りな反応に笑いつつ、本当にそうなったらいいのにと願ってしまう自分に嫌気が差した。どっちも本心だから、なおさらキツイ。
「じゃあ、そろそろ」
『うん。悪いな、こんな夜遅くに』
「いいって。久々に慌てるよっちゃんを笑えて、むしろ楽しかったし」
『久々に話す友達に向ける言葉がそれ!?』
「よっちゃんは特別なんだよ。じゃねー」
通話を切り、胸元でスマホを抱きしめる。
口元が自然に緩むのは、いつ以来だろう。にんまりが止まらない。きっと今の私は、絶対に人様に見せられない顔をしている。
私にとって、よっちゃんは特別だ。
そうだ。『私』に恋なんていらない。
よっちゃんという親友がいれば充分だ。
そうして、よっちゃんとの時間を夢想しながら日々を送ること二週間。待ちに待ったクリスマスイブを迎えた。
キラキラと輝くイルミネーション。
クリスマスカラーの商品にオーナメント。
定番と流行りのクリスマスソング。
そして、甘い雰囲気に酔いしれる恋人たち。
街中は、これでもかというほどクリスマスで彩られていた。昨夜には初雪も降って、ホワイトクリスマスの完成だ。
(実際には、雪なんて邪魔でしかないけど)
今年は珍しく、東京も大雪に見舞われた。
車の排気ガスや人の靴で汚れ切って、無造作に積まれた雪の山。
故郷が雪国だから、こういう光景を腐るほど見てきた。おかげで子供の頃は夢の光景だったのが、今では鬱陶しい塊へと変わってしまった。
鬱陶しい雪に、吐き気しかしない恋人の群れ。
嫌いなものに囲まれているのに、待ち合わせ場所に近づくほど、胸の高鳴りが大きくなっていく。体中に血が巡って、体があったまっていく。
そして、待ち合わせ場所の広場に着いた。
うじゃうじゃと恋人たちが群れていたけど、一目でよっちゃんを見つけた。
よっちゃんも私に気付いて、パッと顔を明るくした。彼女持ちとはいえ、あの中で男一人で立っているのはさぞかし居心地悪かっただろう。
「よっちゃん久しぶり!」
「山ちゃん、変わってないな!」
「それを言うならよっちゃんもでしょー?」
最後に会ったのは一年以上前だ。変わっていないと言いつつ、よっちゃんの顔つきはまた一つ大人になっていた。言動だけは昔のままだけど。
(いや、ひょっとするとあれかな)
私たちが変わらないのではなく、二人揃ったことで昔に戻っているのかもしれない。そう思うと、なんだか少し嬉しかった。
「あ、もしかしてそれ……」
よっちゃんの左指を差すと、案の定分かりやすく頬を赤くした。
「うん。結婚するんだ。
「そっか。おめでとう」
「ありがとう。山ちゃんにはいろいろ助けられたから、本当に感謝してる」
「大したことしてないって」
そういや、佐藤さんってそんな名前だったな。
いや、もう佐藤さんじゃないのか?
(……会ってよかった)
怖いという気持ちはなかった。よっちゃんは『親友の私』を拒絶しないから。
親友であり続ける限り、よっちゃんを失うことはないから。
だけど結局、それすらも都合の良い夢物語でしかなかった。
ファミレスに入ろうとしたけど、うんざりするほど人だらけだったので、適当に近くの居酒屋に入ることにした。
こじんまりとした居酒屋で、日曜の夜ということもあって店内は閑散としていたけど、それがかえってよかった。クリスマス独特の喧騒の中では、落ち着いて話すこともままならないから。
よっちゃんと話す時間は、やっぱり楽しい。
私たちの仲は変化もなく、刺激もない。
だからこそ、穏やかな時間が心地よく流れていく。この時間がずっと続いたらいいのになんて……子供みたいなことを夢見てしまう。
しばらく他愛ない話で笑い合って、程よくお酒が回って心身共に温まってきたところで、私の方から本題に入ることにした。
「そういや、なんかあったの?」
「え?」
「なんか、切羽詰まった感じだったからさ」
「切羽詰まったっていうか……」
赤くなっていた顔に、陰が差した。
なぜか、胸がざわついた。
聞いてはいけない。直感でそう思った時には、もう遅かった。
「……俺、アメリカに転勤することになった」
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