第3夜 だって私は、男だから

 二人きりでいたところを佐藤さんに目撃され、予想通りの修羅場が始まった。


 ただ、佐藤さんがコップの水を零して全員固まるという、修羅場にしてはなんともシュールな幕開けだったけど。


「あ、えっと……これは……」

「ほらほら、なーに固まってんの」


 もちろん、このまま黙っていたら私も仲良く修羅場行きだ。


 わざとらしいくらい大げさに、よっちゃんの背中をバシッと叩いた。

 そんな私の言動を見て、佐藤さんはますます困惑した様子だった。とりあえず、最初の仕込みは成功かな。


「まぁ、あれだ。お姉さん、こっちおいでよ」

「はっ?」


 舞台に立ち、状況を作り、登場人物と成る。演劇と同じだ。

 私は困惑する佐藤さんを舞台に引き込み、登場人物に仕立て上げた。


 当然、一目で見て分かるくらいに怒っていた。


 佐藤さんは必死に隠しているつもりかもしれないけど、動揺する瞳の奥にはよっちゃんへの怒りが、私への敵意がしっかり息を潜めていた。


 だから何も言わず、佐藤さんの言葉を待つ。

 まずは、彼女から毒気を出すために。



「それで、これはどういうこと?」



(あ、女だ)


 思いのほか低い声に、寒気を感じた。


 どんなに未成熟でも、女の本能は必ずある。

 自覚はないのかもしれないけど、この人もちゃんと『女』だ。


 散々『女』に焦がれた私だから分かる。こういう人は、絶対に敵に回してはいけない。いつ女に目覚めて、牙を向けてくるか分からないから。


 そんな怖い『女』の敵から脱却するべく、種明かしをする。

 種を明かしつつ『僕』を適度に出して、場の緊張も解していく。



 結果的に、誤解はすぐ解けた。



 佐藤さんは誤解だと分かるや否や、目に見えて分かるほどに安堵していた。単純な人で本当によかったと、私も安堵する。


(でも、よっちゃんは……)


 佐藤さんはまだ気付いてないみたいだけど、慌てふためくよっちゃんの様子は、浮気現場を目撃された男のそれではない。せっかく誤解を解くために『僕』を演じているのに、なぜかいっそう顔を青くしている。


(……ははぁ。さてはよっちゃん、友達に女装させて喜ぶ変態だと思われたらどうしよう――とか思ってるな?)


 よっちゃんは未だに、彼女から浮気の疑惑をかけられていることに気付いていないらしい。ある意味幸せというか、なんというか。


(まぁ、後で嫌でも分かるだろうけど)



 そろそろ潮時だ。


 脇役は、さっさと舞台を降りないといけない。



「じゃあ、僕そろそろ帰るね」

「あ、おい山ちゃん!」

「頑張ってね~」


 これでもかというほど軽い口調で、軽やかにその場を後にした。


 万が一のことがあってはいけない。ファミレスを離れて、街からも離れて、誰も来ていないことを確信したところで、ようやく『僕』を止める。


(……これで、よかったんだ)


 心からそう思っているはずなのに、体はどうしようもないほど重かった。


 初めてだった。本物の『女』から、女として敵意を向けられるなんて。

 だけど、私は逃げた。敵ではないと主張して、逃げるしかなかった。




 だって私は、男だから。




 本物の女と同じ『女』として、あの舞台に立ち続けるわけにはいかなかった。そうしないと、よっちゃんとの関係まで終わってしまうから。


(……もし私が『女』だったら、チャンスはあったのかな)


 『女』として振舞う技術も心構えも、あの人よりある。ボロクソに負かして、よっちゃんの心を奪うことだってできるはずだ。


(まぁ、そこまで性悪じゃないと思いたいけど)


 『私』では、舞台に立つことすらできない。

 『女』として、よっちゃんの心に存在を刻むことは……けして叶わない。


(……考えたって、どうしようもないことだ)



 気持ちを切り替えるために、顔を上げた。



 満天の星空という言葉を具現化したように、無数の輝きが散りばめられている。街から離れれば容易に星空を拝めるのは、数少ない田舎の良いところだろう。


 恋人たちを祝福するような、綺麗な星空。

 今の二人には、おあつらえ向きだ。


 ふと、スマートフォンの時計を見る。なんの偶然か、その瞬間に0時になった。


「……ハッピーバースデー」


 ぽつりと呟いた声が、微かな白い息と共に溶けて消えた。




   ***




 数日後、よっちゃんが興奮気味にデートの報告をしてきた。


 話が長かったので端折はしょるけど、予行練習の甲斐あって大成功だったらしい。

 ちなみにあの日、どうも後をつけられていたそうだ。サプライズとしては大失敗だったけど、まぁ結果オーライだろう。


 尾行されていたという事実を知って、やっぱり彼女を敵に回さなくて正解だったと胸を撫で下ろしたのはここだけの話。



 それから、数年の月日が流れた。



 高校卒業後は私が上京したので、年に一度会えるかどうかという関係になった。社会人になっても、それは変わらなかった。


 だけど、運命の悪戯というやつだろうか。

 よっちゃんから、クリスマスイブに会いたいと連絡があった。

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