第2夜 『親友の私』

 よっちゃんへの恋心に気付いた瞬間、私は真っ先に自分を呪った。

 言えるわけないじゃん。いくら心が『私』でも、同性相手に「好き」だなんて。


 しかも、よりによって、よっちゃんだなんて。


 彼は普通に女の子に興味を持って、普通に女の子との付き合いを夢見る、至って普通の男子高校生だ。そんな彼が、同性からの告白を喜ぶとはとても思えない。


 お人好しな彼のことだ。できる限り私を傷つけないよう、申し訳なさそうに断るだろう。そんなの、かえって嫌だ。


 私はこれ以上、よっちゃんを困らせたくない。


 大体『私』を受け入れてくれただけで、私は恵まれているんだ。これ以上を望んで、せっかく手にした大切な関係を壊したくない。


 だから私は、このはた迷惑な恋心を墓場まで持っていくことにした。

 いつまでも『親友の私』として、よっちゃんのそばにいられるように。



 よっちゃんに彼女ができたのは、ようやく『親友の私』に慣れ始めた頃だった。



 彼女は十歳年上で、梅雨頃に演劇部に来たOGの一人だった。よっちゃんと同じゲーム好きで、そこから意気投合して付き合い始めたらしい。


 彼女、佐藤さんとは一度会っただけなので、正直あまりよく知らない。

 それを踏まえた上での第一印象としては、背伸びをして、一生懸命大人になろうと空回りしている少女だった。


 有り体に言えば、年上っぽくない。


 まぁそれはさておき、この時もいつものように『僕』として、他のOGと分け隔てなく笑顔を振りまいた……はずだった。


 佐藤さんが、よっちゃんと話しているのを見ている内に、胸に違和感を覚えた。後から振り返れば「胸騒ぎ」というやつだったのかもしれない。


 ゲームの話で盛り上がる二人は、はたから見ても楽しそうだった。


 この盛り上がりは、ゲームという共通の繋がりだけではない。

 不器用だけど人の良いよっちゃんと、どこか大人になりきれていない佐藤さん。この二人だからこそ成せる、二人だけの空間がそこにあった。




 そんな二人を見て、思ってしまった。


 あぁ、お似合いだなと。




 その瞬間、『僕の笑顔』ではなく『私の顔』をしてしまった。

 しかも最悪なことに、それを佐藤さんに見られてしまった。


 佐藤さんはすぐに目を逸らして、何事もなかったかのように過ごしていたけど、私は気が気で仕方なかった。


 ごく一瞬だったけど、人はその一瞬を見逃さない生き物だ。特に――女は。


(どうしよう)


 彼女の口から、よっちゃんに伝わったら……想像する度に身震いしそうになるのを、お得意の『僕の笑顔』で必死に誤魔化した。


 だけど、そんな心配は杞憂だった。

 佐藤さんは、常識的な優しさを備えた人だった。あの一瞬なんて忘れたかのように、私にも終始普通に接してきた。


 いや、あれは本当に忘れていた。

 おそらく、気のせいだと流したのだ。


 女の本能はあっても、大人の女としてはいささか警戒心が薄いようだった。


 だからこそ、その数か月後に二人が付き合い始めたと聞いた時、安心もした。

 佐藤さんなら、よっちゃんを純粋に大切にしてくれると思ったから。


(……忘れよう)


 最初はこの恋心を墓場に持っていくつもりだったけど、捨てることにした。持っていたって、どうしようもないのだ。


 私は親友として、よっちゃんを応援した。


 よっちゃんの土産話にも、恋のお悩み相談にも、プレゼント選びにも付き合った。女心や女の子受けするアイテムに詳しかったので、誰よりも力になれた。



 だからこそ、あの日もよっちゃんの頼み事を引き受けた。



「誕生日デートの予行練習、ねぇ」

「頼む! 山ちゃんにしか頼めないんだ」


 両手を合わせるよっちゃんを前に、最初は悩んだ。デートプランの場所を聞いたところ、佐藤さんに目撃される可能性があったからだ。


 佐藤さんは普段使わない通りだと言うけど、女の気まぐれを甘くみてはいけない。特に誕生日デートの前なんて、浮足立っている時は。


 当然、佐藤さんは『私』のことなんて知らないし、演劇部で『僕』が女装する姿を見たこともない。知っているのは、よく女の子の役を演じることくらいだろう。


 寄り添う男女(男同士だけど)と、男の恋人。

 あっという間に浮気現場の出来上がりだ。


(これだから高校生男子は……)


 よっちゃんは、私を同性として見ている。年相応に幼い彼は、まさか自分が浮気現場の当事者になるとは考えてもいないらしい。


(……まぁ、いっか)


 口であれこれ言うより、本人に身をもって痛感してもらった方が早い。

 それに、慌てふためくよっちゃんを笑ってやるのも面白そうだ。



 そんな軽いノリで、よっちゃんとデートの予行練習に乗り出した。



 それが思いのほか、楽しかった。

 可愛い服を着て、恋人みたいにくっついて、照れるよっちゃんを散々からかって、一緒に笑って……本当のデートみたいだった。


 私の身体がちゃんと『私』だったら、こんな風にデートできたのかな。

 バカみたいな妄想だと自虐しそうになったけど、強引に頭から払い落とした。




 今は――今だけは、この時間を楽しみたい。




 そうして楽しい時間があっという間に過ぎ去り、デートプランの終盤であるファミレスで夕飯を食べていた時に「それ」は訪れた。


 どこからともなく、水がぶちまけられる音。

 迅速に対応する店員と、おろおろと謝る女性。


 半年ぶりに見る、佐藤さんその人だった。

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