初めての涙
青樹空良
初めて泣いた日
泣いたことなど、一度も無い。
『男は泣いてはいけない』
物心ついた頃から、そう言われて育った。
女はいい。どれだけ泣いてもいい。
◇ ◇ ◇
欲しいものを買ってもらえなくて妹が泣いていた。
軟弱だ。そんなことで泣くなんて。
妹は泣いてはいけないとは言われない。
あまりにしつこすぎると怒られるが、泣くこと自体は咎められない。
女だからだ。
私は泣かない。ただ我慢する。
◇ ◇ ◇
道端で転んだ女の子が泣いていた。煩いと思った。
そんなものは我慢すればいい。
泣いても泣かなくても、痛みなんて同じだ。
◇ ◇ ◇
仕事で上手くいかなかった若い新入社員が、トイレでこっそり泣いていた。
男のくせに、影でこそこそ泣くなんてみっともない。人前で泣くのは言語道断だが、一人で泣くのも女々しい。
最近の若いやつになると、男でも泣くらしい。
情けないと思わないのか。
親から、男は泣いてはいけないと教わらないのか。
私が新入社員だった頃は、仕事で上手くいかなかったときにもぐっと耐えた。
泣いても何も始まらない。
◇ ◇ ◇
母が死んだ。
妹は泣いていた。子どものように号泣していた。
私は男だからしっかりしなければならない。泣いている暇なんか無い。
「お兄ちゃんは冷たいね」
妹が言った。
泣かないことは冷たいことなのか。
男が泣くことはいけないことなのに、何を言っているんだ。
大体、私はどうやったら泣けるのかわからない。
悲しくても、悲しくても、わからない。
◇ ◇ ◇
そして、私は死んだ。
目の前に神様のような人がいた。
「あなたは物心ついた頃から、泣いたことが無かったのですね」
神様が言った。
「はい。だからもう、私には泣き方もわからないのです」
神様の前で、私は正直に言った。神様の前では嘘をつけない。
「がんばりましたね。でも、もう我慢しなくてもいいのですよ」
神様が私の頭を撫でた。
優しく優しく撫でた。
それはとても心地が良くて、とても悲しかった。
いつの間にか、その顔はとても優しそうな若い女性の顔になっていた。
私は小さな赤ん坊になっていた。
私は泣いていた。
もう言葉を発することも無く、ただ泣いていた。
柔らかく暖かな腕に抱かれながら、ただ泣いていた。
全てを洗い流すように、ただ泣いていた。
初めての涙 青樹空良 @aoki-akira
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