<下> 私は線を描く

 あれから一年が経った。

 私たちは四人とも脱落せずに頑張っている。ケンカすることもあるけど、同じ目標に向かっているから最後は仲直りして終わる。そんなとても良い関係。


 私は絵を描くのが好きだったので、アクセサリーのデザイン全般を任されている。私が大まかなデザインを作り、みんなの意見を取り入れながら、細部を詰めていく流れだ。今は3DCAD(スリーディーキャド、立体物の設計・デザインをするアプリケーション)の勉強中。装飾部分だけでなく、ヘアピンの本体とかもこれでオリジナリティ溢れるデザインにしようという魂胆。さらに、子ども向けのリングとかも、子どもたちの要望を聞きながらこれで設計して、そのまま3Dプリンターで作っちゃおうと思っている。ある種のオーダーメイドシステムだね。子どもたち、喜んでくれるかな?


 ミー子とアヤっちは、ショップの方を任されることになっている。今は色々なショップを訪れて、人気商品のマーケティングや店内レイアウト、商品の陳列方法について、ほぼ毎日実地調査を行っている。どうせ外で遊んでいるんじゃないの? なんて思っていたけど、びっしり書き込まれたふたりのメモと、熱く意見をぶつけ合わせるふたりの姿には本当に驚かされた。


 リクは地頭が良いので、デスクワーク全般を任されている。地味ではあるけど、私たちの縁の下の力持ちであり、無くてはならない存在だ。最近は、本社の経理へ手伝いに行くこともあり、向こうでも可愛がられている様子。そして、今は簿記の資格を取るべく、仕事が終わった後に猛勉強中。頑張れ!


 ショップの方は、近隣のニュータウンの駅前ショッピングセンターに出店できそうだとシゲルさんから聞いている。

 ショップとブランドの名前は『ダ・カーポ』。もう一度最初に戻って演奏するという意味の音楽記号のことらしい。私たちにぴったりの名前だとみんなで笑った。


 シゲルさんに一度聞いたことがある。

 なぜ私たちを選んだのか。

 シゲルさんは私を知っていた。

 小学生の頃の絵画コンクールでの入賞。あの時描いたひまわりの絵と、市長さんから賞状を授与された時の写真がニュースサイトに掲載されて、何とそれを覚えていたらしい。

 顔を見て『あの子だ!』と気がついた。生命力に溢れたひまわりの絵が素晴らしかった。あの時の生命力をアクセサリーからも感じさせてほしくて声をかけた、と言っていた。

 笑顔を浮かべて嬉しそうに語るシゲルさんに、私は抱きついていた。そんな私の頭を優しく撫でてくれるシゲルさん。胸の奥から湧き上がってくる暖かな彼への想い。きっとこれが恋なのだろう。


 さぁ、商品も現物が徐々に出来上がってきている。

 いよいよだ。これからが本番。気は抜けない。


『生きてる意味、あるのかな?』


 心の奥底でくすぶっていた穢れた闇が、私に問いかけてくる。

 私は笑顔で、そして大声で言ってやった。


「あるに決まってんだろ!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 私は線を描く。

 右手に握った3Dマウス。

 目の前の液晶ディスプレイに、輝くデジタルラインが描かれていく。

 ディスプレイの中で踊るラインとそれを彩る鮮やかな色彩。

 やがてそれは優美に咲き誇る花々の3Dグラフィックへと変わっていった。


 左腕に刻んだリストカットの傷跡は消えていない。

 心に深く刻まれた黒い傷も癒えていない。

 過去の記憶と、このどうしようもない気持ちは、きっと墓場に入るまでずっと心に抱えていかなきゃいけないのだろう。


 忘れることなんてできない。

 乗り越えることなんてできない。

 受け入れることなんてできない。


 だから私は、新しい思い出で塗りつぶしたい。


 私は線を描く。

 自分の思いをアクセサリーに込めるために。


 私は線を描く。

 買ってくれたひとが喜ぶ姿を想像して。


 私は線を描く。

 仲間たちの笑顔を胸に。


 私は線を描く。

 大好きなあのひとのために。


 私は線を描く。

 私が生きていることを証明するために。


 私は線を描く。

 私の生きている意味を求めて。


 私は線を描く。

 私は線を描く。

 私は線を描く。

 私は線を描く。

 私は線を描く。

 私は線を描く。

 私は線を描く。

 私は線を描く。

 私は線を描く。

 私は線を描く。




 私は、生きている。



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【if】線を描く After Story 下東 良雄 @Helianthus

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