life.60 侵食者
その冒険者の青年は、少し前から村のギルドに顔を出すようになった。
顔立ちから察するに年若く、初々しい雰囲気からも察せられるように、業界に踏み込んでまだ日の浅い新米だ。魔王に憧れたクチだろう、とは常連のマキュリスの推測である。
事実、″IPO″の活躍が報道されてからというもの、各地で捜査官や冒険者への志願が増加したという。
宣伝効果という意味でも、魔王や勇者の参加は充分に効力を発揮していた。
「精が出ますねー♡」
この日、朝から支部を訪ねてきた件の青年に対して、ウルケルは得意の営業スマイルを向けた。
「……ええ」
青年は影のある笑みを浮かべて、いつものようにタブレットで依頼をチェックする。朝早い時間帯とあって彼以外に人はおらず、静けさの中でパネルを触れる音だけが定期的に鳴った。
とはいえ、下位の階級が受注できる依頼は限られている。
最終的に普段通りの薬草採集を選択し、彼は踵を返そうとした。その背に、ウルケルが声を投げる。
「依頼ですかー? 頑張ってくださいねー!」
「……また、終わったら来ますから」
そう言って青年が支部を後にすると、途端にウルケルは唇を尖らせた。
「ちょっとぐらい反応してくれてもいいじゃないですかー。自信なくしますよー」
営業の一環ではあるものの、スマイルは彼女の十八番であり、マオ以外の誰にも負けない愛らしさだと自負している。
それがあの青年には通用しないのだから、ウルケルとしては自分のプライドが木っ端微塵に粉砕されたようでたまらなく悔しいのだ。
「どうしはったんです、先輩」
ウルケルの心中を察したのか、横から黒髪の女性が声をかけた。極東の巫女装束に似た衣装を纏った狐耳の美女だ。
彼女の名は
東の皇国から出稼ぎに来たという彼女は、採用されるや否や、持ち前の器用さと美貌で瞬く間に村の冒険者達に受け入れられ、今やちょっとしたアイドルのような立場を確立しているのだった。
「何でもないですー」
頼もしいが気に入らない後輩に、元祖アイドルのウルケルは少しぶっきらぼうに答えた。
「ただ、さっきの新人さんに私の愛想が通じないのがムカッとするだけですー」
「ウチは初々しうて可愛いらしい思いますけど」
膳所は彼が出ていったギルドの出入口を見つめながら、値踏みするように頷いた。
「今はどこもかしこも荒れてますし、ああいう子には頑張って欲しいわ」
見たところ膳所の年齢は二十代後半のように思えるが、口振りから察するに実際はもっと高齢らしい。果たして実年齢は幾つなのだろう。
聞いてみたいが、好奇心は猫をも殺す、という言葉もある。
ウルケルは喉元まで出かかった質問をぐっと抑え込むと、誤魔化しも兼ねて話題を逸らした。
「でもー、イケメン度合いならユーマさんの方が上だと思いますけどー」
「噂の勇者さんですか。確かに精悍な顔つきやと思いますけど。狙ってはるんですか?」
「そんなことしたら埋められちゃいますよ!」
ユーマが魔王マオのお手付きであることは冒険者界隈では有名な話だ。彼に言い寄ろうとしているなどと噂を立てられてはたまらない、とウルケルは全力で否定した。
しかし驚くべきことに、どうやらユーマはチームの他の女性達とも関係を持っているらしい。
レベーリアとライバードの二人である。
後者は別として、村にやって来た当初のレベーリアはマオとの間に難しい空気を漂わせていて、恋のライバル出現か、と噂になったのは記憶に新しい。それだけにウルケル達が不思議がるのも無理はなかった。
まさか複雑な利害関係の果てに育まれた交友とは彼女に知る由もなく、実際に肉体関係を結んだのかどうかもウルケルに確かめる術はない。まさか本人に訊ねる訳にもいかないだろう。
とはいえ、ユーマの雰囲気の変化から、ウルケルは確信を抱いていた。
「これはオフレコなんですけどー」
予め釘を刺してから、ウルケルはそう思った理由について口を開く。
彼女曰く、支部を訪れたばかりの頃のユーマはどこか頼りなく、他にマシな男もいるだろうに、と疑問に感じずにはいられなかったという。
「それが最近は前よりも男らしくなったというか、自信に満ちているというか、良い意味でギラギラしてるんですよねー。アレってやっぱマオさんが自信をつけさせたってことじゃないんですかー?」
他に誰もいないとあってか、普段よりも随分と明け透けな意見に、膳所は肩を竦める。
「あくまでもオフレコですからねー。誰にも言わないでくださいよー? 二人だけの秘密ってことで」
「ふふ、心配せんでも言いふらすことはしません」
そう言って、膳所は笑みを浮かべる。同性でさえも虜にしてしまえるような妖艶さに、ウルケルは思わず赤面した。気分はアイドルであっても、彼女はまだ年相応のあどけなさを残しているようだった。
それが証拠に、ウルケルは後輩の笑みが貼りつけられた仮面であることに気付かない。
付け加えるなら、あの冒険者の青年が犯罪者ギルドの一員であることも、彼女は遂に見抜けなかった。
▼life.60 侵食者▼
ギルドを後にした青年は、右手に嵌めた指輪型の通信用魔道具に魔力を流し込み、起動させる。残る指にはまだ二つの指輪が嵌められていた。銀色に瞬くそれはファッションのように思えるが、いずれも内部に強力な術式が組み込まれた大量破壊兵器である。
「調査は完了しました」
指輪の宝石部分に向かって、青年は囁いた。
「いつでも実行できますよ」
青年の声音は淡々とした事務的なものであり、支部で見せた初々しさは微塵もない。
やがて、指輪の点滅に応じて声が聞こえた。
「この
「畏まりました」魔道具越しにも拘わらず、青年は恭しく一礼した。「必ずやご期待に答えてみせます」
指輪の先で、ゼニスゼウスは獰猛に笑った。
彼らはスローライフができない ミスター超合金 @MRT555
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