life.59 魔王の権利

「明日、ですの?」

「あくまで早ければ、だけどね」


 レベーリアの言葉に、マオは平然と言った。


「実際には相応の準備も必要だろうし多少の時間は必要だと思う。けれども、繰り返すように連中はイリーガルでアウトローな組織だ。警戒しても警戒し過ぎることはないさ」


 マオは、「そもそも狙いがボクとも限らない」と続ける。


「狙いはボクの首級だ、なんて偉そうに言ったけどね。自慢じゃないけれどボクは最強の魔王だ。そこらのチンピラが束になっても勝てるような相手ではない、なんてことは本人達もよく分かってる筈さ。だから恐らくボク以外の──キミやユーくんを人質に狙うんじゃないかな」

「お言葉ですが、私とて黄金階級の冒険者の端くれですわよ? マオさんが言うようなチンピラ風情に負けるつもりは毛頭ございません」


 レベーリアは、やや不機嫌そうに言った。

 普段は魔王の名声と威光に隠れているだけで、彼女とて最年少で黄金階級に到達した才女であり、二年前の魔物大量発生スタンピードをはじめとして数多の鉄火場を潜り抜けてきたベテランだ。それが人質にされると言われれば、機嫌を損ねるのも無理はない。


 とはいえ、所詮は対人戦闘の経験に欠ける冒険者だ。


 その生体や生息区域など魔物の知識・対処法に関しては豊富であったとしても、同じ魔人を相手にするとなれば話が異なる。魔物がそうではないと断言することはできないが、魔人の脅威は知性を有している点だ。

 力任せではなく、理屈と策に乗っ取った攻撃を可能とする点で、魔物と同列に語るべきではない。一番末端のチンピラでさえも、挟み撃ちや待ち伏せ程度のことは考えるだろう。


 集団で襲われれば、もしくは人質を取られれば。

 さしものレベーリアも相当に苦しい戦いを強いられる筈だ。


「まあ、チンピラで済めばいいけど」


 マオは懸念を口にする。


「″ツェニート″本隊が出てくる可能性もある。そうなれば手こずりそうだ」

「本隊、ですか」


 魔王の疑いを逸らすという建前で、レベーリアがミコラ達との連絡回数を減らすようになって長い。ここ最近になって急成長を遂げたこともあり、彼女自身は″ツェニート″の詳細を知らなかった。


「マオさんから殿下に確かめてくださいまし。台頭しつつあるとはいえ、実権は今でも殿下が握っている筈ですわ。組織の実態やメンバーについても把握しているかと」

「安心したまえ。既に確認済みさ」


 それを先に言えよ、と言いたげな視線が飛んできたが、マオは敢えて無視して進める。


「組織のトップはゼニスゼウス=Zゼノン=ゼロス。元々は戦闘院せんとういんの配下だった女だよ」


 戦闘院は″プロビデンス″の幹部であり、関西弁に糸目と胡散臭い雰囲気を醸し出している青年だ。そんな彼の配下だったと聞いて、「やっぱり」とレベーリアは納得したように頷く。

 そんなゼニスゼウスの上司からの評価は高く、早期にその才覚を認められ、独自に組織を率いることを許されるまでに出世した。これが″ツェニート″の前身だが、結成当初は単なる小規模なグループに過ぎなかったようだ。


 飛躍した最大の理由は、彼女本人のカリスマ性と努力にある。


 上からの指示でアレマタオールを訪れたゼニスゼウスは、指令をこなす傍らに現地の犯罪者ギルドの一つを壊滅させ、これを吸収した。勢力拡大に一度成功してしまえば、残る二つの犯罪者ギルドを狩ることなど造作もなかった。


 傘下組織同士の共食いだ。


「という訳で三つの犯罪者ギルドを吸収した″ツェニート″は雪だるま式に頭角を現し、やがてナローシュ国内を取り仕切るまでに成長したとさ」

「殿下は何故、下部組織の抗争を止めなかったのでしょう。そしてマオさんも……前々から警戒していたのなら釘を刺すことはできた筈ですわ」


「これは手厳しいな」マオは肩を竦めた。「最近は表の活動が忙しくてね」


 ″IPO″が創設されてからというもの、マオ達は常に激務に追われてきた。ミコラと連絡する暇を見付けられなかったとしても不思議ではない。


「少しばかり目を離した隙にこれだよ」


 爽やかに笑ってこそいるが、マオは自分が物事をコントロールしていないと気が済まない性分だ。その眼差しには多分の苛立ちが垣間見えた。


「だから間引くのでしょう?」

「当然さ。不穏な枝葉は切っておいた方が安全だからね」

「とはいえ、即座に潰してしまうのも些か短慮なのではありませんか? 育てていけば、勇者育成計画の実現にまた一歩近付くと思いますわ」

「あり得ないね」


 マオは断言した。


「このボクの最も嫌いなものは、自分の思い通りにならないことだ。魔王の意に反した時点で万死に値する大罪と思いたまえよ」


 傲慢極まりない理論に思わず絶句するレベーリアを他所に、「これは当然の権利だよ」と彼女は主張する。


「だってそうだろう? ボクは出現した瞬間から魔王という名の鎖に繋がれて、世のため人のためとカス共から求められるままに戦ってきた。そんなのは不公平だと思わないかい?」

「ですが、それがマオさんに与えられた使命ではありませんか」

「誰がそうしてくれと頼んだ! 誰が魔王になりたいと願った! そもそも魔王なんて称号は存在しちゃいけないんだよ!」


 マオは、珍しく荒い口調で言い返した。


「魔王とは使命に縛られた奴隷に過ぎない」


 だから今度はボクが思い通りにするのさ、とマオは言い切った。

 レベーリアは言葉を失ったまま、何も言わない。呆れたとかそういうのではなく、マオが感情のままに晒し出した沼の深さにただ驚いているのだ。


 ふと、二人の耳に足音が聞こえた。


 ゆっくりとリビングに顔を見せたのは、寝ぼけ眼を擦るユーマだ。


「なんだよ、まだ起きてたのか。いくら明日は休みとはいえ、いい加減に寝ないと健康に悪いぞ」

「……そうだね。歯も磨いたし、今宵はもう寝るとしよう。レベはまだ起きているかい?」

「いえ、私も眠りますわ」


 レベーリアはマオの喜怒哀楽の激しさに肩を竦めたが、大人しくなるのならいいだろう、と口には出さなかった。

 そしてユーマに引っ付いて寝室へと消えていく彼女の背を眺めながら、マオの見せた闇について考察する。


「あの口振り、もしやマオさんは──」


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