亜弥
山の民には不思議な力があった。
それは、人ならざる
その力は神代から脈々と受け継がれ、その血を色濃く受け継ぐ者達にしか発現せぬ不思議な力だ。
千里先を見通す目を持つ者。
霊峰の頂上までひとっ飛びで登れる程、健脚な者。
他者に獣の姿形を取らせる事すら出来る者。
……そして、長い年月を生きる者。
その者達は人ならざる力を持ち、人から迫害される事を恐れ、人と交わる事を否定した一族であった。
山の民、彼等はひっそりとこの磐境山地にて暮らして来たのだ。
そんな彼等のたった一つの例外が嵯峨党である。
一体どんな交渉をしたものか、往時の嵯峨党当主・遼河は、山の民と嵯峨党との交渉を得たのは、既知の通りである。
だが、そこには一つの約定が存在した。
すなわち、嵯峨党内に山の民の血が強く現れた者が産まれた場合はある程度……子を成せる年齢に達するまでには山の民が引き取るという物。
例外は
嵯峨党はそれを承諾し、山の民は彼等の一族をより強固に守ると約定した。
それがここ
つまりだ、亜梨沙こそがその約定を体現した存在であった。
「…………」
それが意味する事はただ一つ……亜梨沙はやがてこの郷を離れ山の民の礎となるのだ。
「……」
それが清弥には酷くやるせない。
何故なら亜梨沙は亜弥の言った通りの己が半身。すなわち血を分けた実の妹なのだから。
「清弥よ」
そんな思いを胸に秘めた清弥に亜弥は声を掛ける。
「祭りの最後に亜梨沙は郷を去ることになろう。その前に自身が兄であると、そう亜梨沙に告げなくてよいのか?」
その問いに、清弥は無言で頷く。
その強すぎる血から、亜梨沙を嵯峨本家の者として、自身の妹として接せられぬ事を清弥が理解してから、ずっと今日の事を覚悟してきた。
例え、半身を引き裂かれるような思いをしたとしても、郷の平穏を脅かす事は出来ないのだ。
「そうか……ならばよい」
亜弥はそんな清弥の心中を察してそれ以上追及する事はしなかった。
「……して、そこまで覚悟を決めたお主に一つ問わねばならん事がある」
だが、そう続けた亜弥の言葉にはどこか不穏な響きがあった。
思わず身構える清弥に、亜弥はゆっくりと言葉をかける。
「……近く、この郷に人が訪れる」
「人?」
怪訝な表情でそう問い返す清弥に、亜弥はゆっくりと頷いた。
「うむ……詳しくは儂にも分からん。
ただ一つ、その者はこの郷に大きな流れを運んでくる。だが、それを形作るのは清弥。お主じゃ」
だが、と亜弥は続ける。
「それは……良き物なのでしょうか?」
その問いかけは清弥の心の深い所を突き刺す。だが、亜弥は何も答えない。
ただじっと、静かに清弥を見詰めるのみ。
……やがて、亜弥はゆっくりと口を開くとこう答えたのだ。
「お主次第じゃ」と。
青雲、ひとひら〜皇国群雄興亡記・抄録〜 ほらほら @HORAHORA
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