紡がれるもの
「ほんに大きゅうなった……。
以前会うたのはお主がまだ五つかそこらの頃か。
同じ館の内にとはいえ、中々に顔を見る事も出来ぬ故、心配はしていたのじゃが……」
「申し訳ございません。
お恥ずかしい話ですが父上がおばば様とお会いする事に良い顔をせず……」
「ふむ……それは致し方あるまい。
お主の父、清孝もあやつなりに心を配らなければならない事があるのだろうよ。含むところは何もない」
「……ありがとうございます」
そう清弥が礼を述べ終わると、二人の会話はスッと途切れる。
清弥は何を話せば良いのか分からないし、
暫し、二人の間に何とも気まずい沈黙が流れる。
(こういう所も亜梨沙の時と同じか……)
彼女と話す時も、自分は何故かとても申し訳ない気分になるのだ。その感情は、清弥や亜梨沙にとっていかんともしがたい出来事から発していると理解していても、どうにもならない。
本来ならば、自分は怒りをぶつけても良い筈なのだ。この女性、いや……この郷自体にに。
(なんで俺は亜梨沙を連れて逃げないんだろうな。今、この時まで……)
そんな現実逃避じみた事を考えつつも何か話のとっかかりがないものかと清弥が首を捻った時だった。
「それで……」
涼やかな声が不意に清弥の耳に届いた。
「用向きは聞いているか?」
「い、いえ。特に何も」
その言葉に清弥は静かにそう答える。
そう、突然呼び出されたのだ。何も聞かされてはいない。
だが、想像は付く。
諦観とも悲壮ともつかぬ心持ち、それでいてある種の決心を込めた口調で清弥は続ける。
「ただ、覚悟はしております」
「ほう?」
美しい碧眼がすっと細められる。その目は何もかもを見通すかの様で、清弥はただひたすらに恐ろしい。
そんな少女を真っ向から見つめ返しつつ、清弥はゆっくりと口を開いた。
「俺は……いや、
「……」
その言葉に少女は瞑目し押し黙るのみ。
だが、その沈黙こそが何よりも雄弁な肯定である事は明白だった。再び沈黙が二人の間に流れる。
どれほど時が流れただろうか。
やがて、少女はその長いまつげをゆっくりと開いて清弥に向き直る。
「その通りだ、清弥よ。
お主等は己の役目を果たすのだ」
「はい……」
そうして続いた少女の言葉に、清弥はゆっくりと居住まいを正す。
「一つ問うぞ?」
「……何なりと」
短くそう答えた清弥に少女はゆっくりと問う。
「この郷はお主にとって価値ある物か?
……己が半身を差し出す程に」
清弥はそれに静かに頷く。
怒りはない。あるのは不甲斐ない己を詰る思いのみ。
「……十分に。――
その声は、まるで他者の物のように清弥には思えたのだった。
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