頼光四天王の一人の半生から描く、新たな酒呑童子の物語

『酒呑童子』という鬼の名を聞いたことのある人も多いでしょう。
酒呑童子は、源頼光と配下の武士たちによって倒されたことが通説となっています。
が、この戦いに至るまでの話を、頼光四天王の中の『ト部季武』をモチーフとする人物の視点で描いた物語は、他になかったのではないでしょうか。

本作の主人公・松尾は、特別な力を何も持たない少年です。
それゆえに、彼の辿ることになる過酷な半生を、深い共感を以って追うことができます。
これがね、凄まじくしんどいです。しんどすぎて、あまりに苦しくて、何度も涙が出ます。
大切な人との別れ、無力な自分の不甲斐なさ、死よりも苦しい後悔——
ここに並べただけではとてもお伝えし切れないしんどさが、寄せては返す波のように間断なく押し寄せてくるのです。最終的にはどでかい津波となって飲み込んできます。

酒呑童子の物語でお馴染みの人々も、みな血肉を持った登場人物として命を吹き込まれています。
中でも松尾とバディのような関係になる坂田金時(金太郎)が、ものすごく魅力的です。

平安期の日本の情景を見事に描き出す、迷いのない筆致。
息もつかせぬ戦いの描写や、繊細な機微を的確に紡ぎ出す表現。
何よりも起伏に富んだストーリーラインで、非常に没入感の高い作品に仕上げられています。

松尾の幼少期から綴られる物語が、なぜ『異説 酒呑童子』と銘打たれているのか。十分すぎるほどの説得力を持ったオリジナリティが、本作にはあります。
彼が抱え続けた想いとともに、ぜひラストを見届けてください。