いつかのボトルメール

祈Sui

いつかのボトルメール

 サボりがてら彷徨っていたら砂に埋まった瓶を見つけた。見つけた以上拾うしかない。何せ町内会主催、夏終わりの砂浜清掃活動の真っただ中だ。

 引き抜くと中に手紙が入っていた。ボトルメールというやつだ。未だこんな事をする物好きがいたのかと呆れながら栓を抜き、中身を取り出してみると下手な字が現れた。書いてあったのはいつか叶えたい夢の事。大切な親友の事。それから最後に名前と住所があって返事を求める言葉が添えられていた。読み終えたそれを握り潰そうとして、畳み直してポケットにしまった。

 落日の光の眩しさに目を細める。海鳥の鳴き声を聞いてキラキラと瞬く海の先に目を向けた。

 お前の夢は叶わない。あいつとは進学と同時に疎遠になるし、なにより一昨年死んだ。手紙には書かなかった今お前が想っているあの子は碌でもない男を好きになって、夜の街で働くようになる。それを助けられるなんて勘違いしたお前は彼女に会いに行って、そんなつもりはなかったとか言いながら結局手を出すし、全てが終わった後にやつれた彼女が浮かべた表情を見たお前は空っぽになって、手に入れた空虚さの代金を置いて、店を後にする事になる。そしてこんな筈じゃなかったと呟くのだ。

 時折浮かぶどうすれば良かったのか?という答えのない問いにいつものように息を吐くと、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。どうやら清掃活動ももう終わりらしい。俺は集まっている人達の輪に入って顔に貼り付けた笑顔を見せた。

「お疲れさま」

「お疲れ様です」

飛び交う定型文を同じ様に口にする。誰もが笑顔を浮かべているが本当の所どうなのかなんて本人にしか分からない。俺がまともな人間のふりをしている様に、今言葉を交した人だってそうなのかもしれない。確かなのは誰もが偶然まだこの世界に残されていると言う事だ。持っている瓶を回収してくれようとした親切な提案を丁寧に断って、俺は瓶を持ち帰った。

 夕食の後で手紙を書いた。受け取った手紙に対する返事とこの世界から抜け駆けしたあいつへの文句と、それから感謝をつづった手紙。それをあの瓶に詰め俺は家を出た。もう十年の相棒になる単車に跨って薄暗い街灯が照らす港へ。エンジンを切ってヘルメットを脱ぐ。波の音だけが響くようになった桟橋の先まで歩いてあの日と同じ場所に立つ。そして大きく振りかぶって瓶を投げた。

 波の音の間に一瞬響いた瓶が水面を叩く音を聞きながら、真っ暗な海を俺は見つめた。

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