番外 ワルプルギス

 はるか北に存在する島、ノースティア。


 そこに存在した二つの国は炎に包まれ、歴史から消えた。


 その結末に至る数ヶ月ほど前の話。


 霊峰フロストピーク。このノースティアを囲む山々においても最も高いその霊峰の頂上近くに、開けた巨大な台地がある。地元民たちに天の杯と呼ばれているその場所へ、辿り着いた人間はいない。


 そんな、激しく雪が吹き荒れる台地を一人、黒い魔女が歩いていた。向かう先には古代の神殿が建っていて、その巨大な扉の前に魔女が立つと、ひとりでに扉が開いた。


 建物の中は完全なる暗闇であるが、魔女はまるで意に介さず進んでいき、やがて大広間に辿り着いた。


 魔女がうっすらと銀色に発光し、その姿を浮かび上がらせる。


 傲慢の魔女、グリシフィアだった。

 無言のまま、つまらなそうに部屋の中を見渡した。


 彼女には、その暗闇の部屋に集った同胞たちの姿がはっきりと見えている。


「ああ、グリシフィア様」

 色欲の魔女が頬を染めた。


「グリシフィアめ!」

 嫉妬の魔女が歯噛みする音が響いた。


「グリシフィアか」

 強欲の魔女が挑戦的に笑った。


「……」

 怠惰の魔女は眠りについている


「グリシフィアぁ」

 暴食の魔女が舌なめずりをする


 そして一番奥に座っている憤怒の魔女。


 首から下げた水晶に炎が灯り、姿が浮かびあがった。


 黄金の髪に赤い瞳、真紅の男装を身につけた女騎士だった。


 彼女は、7人の魔女の統括者にして、憤怒の魔女。


 名を、リーヴェルシアという。


 彼女は表情を変えずに言った。


「グリシフィア、待っていました」


「わざわざこんなところまで来てやったのよ。感謝するといいわ」


 グリシフィアの尊大な態度を気にも止めず、リーヴェルシアは言葉を続けた。


「400年ぶりに、パルシルシフの奇蹟が発動されました。その反動でパルシルシフは眠りについています。また400年は起きないでしょう。奇跡の内容は、彼に証言してもらいます」


 リーヴェルシアが指を向けると、寝ている怠惰の魔女の周囲に小さい鬼火が生まれ、彼女を照らした。その足元から出てきたキツネが、緊張した面持ちでテーブルの上に立ち、おずおずと話し始めた。


「それでは語らせていただきます。怠惰の魔女パルシルシフ様が行った奇跡は、ランスという一人の人間に、100万回の生を与えられました。自らの代わりに魔女の滅ぼす方法を探させようと試みております」


「100万回だあぁ?」


 魔女の一人が暗闇から笑った。


「いくらなんでも多すぎだろうがよお? 怠惰のやつ、適当に決めたんだろうなあ」


 キツネが黙った。全くもってその通り。キツネの主人はやることなすこと、適当で気まぐれなのだ。しかし選ばれた人間は気まぐれではすまされない。


「人間の脆弱な精神が100万回の転生などに耐えられるかは分かりません。しかし…」


 リーヴェルシアが語る。


「興味深くはあります。諸君らと共に魔女の滅びを探して久しいですが、私たちの力だけではそれは求められないのではないかと、考えています」


「私たちは不死不変の存在だからね」


 暗闇から、魔女の一人が言う。


「私たち自身は変化することがない完成された存在だ。そんな私たちでは新しい方法が生まれようがない」


「つまり……人間の協力が……必要だってこと?」


 別の魔女が躊躇ためらいがちに言った。


「だったら早く……見つけて……欲しいな。永遠に生きるだなんて、寂しくて、たまらないもの」


「話を続けましょう」


 リーヴェルシアの紅い眼がグリシフィアを見据えて言った。


「あなたはその人間、ランスに会っていますね?」


「どうだったかしら」


「彼に期待できると考えますか?」


「私は誰にも期待なんてしないわ」


 グリシフィアのその返事に、リーヴェルシアは誰にも聞こえないほどの嘆息をした。


「私自らが彼を見に行くしかありませんね」


 その様子を目ざとく見つけ、嬉しそうにグリシフィアが言った。


「ご苦労なことね、リーヴェルシア。けど、お遊びは嫌いじゃないわ。私は私で、やらせてもらうわね」


 グリシフィアが魔女たちに背を向けると、部屋を出ていってしまった。


「おいおい、グリシフィア」


「構いません。話を続けましょう。ランスには魔女を滅ぼす方法を探してもらうとして。しかし、人間の思いや記憶など、うつろいやすいものです。ですので、永遠の時においても、決して忘れられない記憶を刻む必要があります」


 リーヴェルシアの瞳の奥からちらちらと、炎が湧き起こった。


「そちらに関しては、私に任せてください」


 憤怒の魔女、リーヴェルシアが虚空を見つめた。


 彼女の魔法は全てを焼き尽くす炎。


 それはまさしく、彼女の憤怒の体現だった。


「さて、100万回繰り返される魔女狩りウィッチハントの始まりが近づいています。彼に素晴らしい旅立ちを」

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100万回死んだランスと死なない魔女グリシフィア 〜ウィッチハント・サーガ -100万回の生の果て、世界の根源たる不死の魔女を殺すことができるか- 皐月一語 @ichigo_0515

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