この道は未知に満ちている

浅川さん

この道は未知に満ちている

 僕は変な言葉を考えるのが好きだ。

「サスティナブルゴリラ」

「バイリンガルポテト」

「チャイニーズ中華」

「フィジカルファンタジー」

「マッチョディスペンサー」

 一見正反対だったり無関係の単語や形容詞、動詞をつなげて変な言葉を作る。

 ありそうだが、存在しない言葉たち。

 生み出された単語にもその行為にも意味はない。

 だが、しいて言えば、それは未知への探求と言えるのではないだろうか。


 僕は未知が好きだ。

 未知を知るということは人生の拡張であり成長だ。だから僕は未知を求めて未知な単語を製造したりしていた。


 そんなある日だった。仕事帰りに未知ワードの研究をしつつ、自宅までの道のりを歩いていると、ふと違和感を感じて立ち止まった。


 だが、何が違和感の理由なのかすぐにはわからなかった。周囲を見渡してみる。特に変わったところはなさそう……………


「いや、こんなところに道なんてあったか………?」


 この辺りは住宅街で周囲は家が立ち並んでいる。むしろ家しかないという具合なのだが、同じような住宅と住宅の隙間に真新しく舗装されたように見える未知の道を発見した。


「うわあ、未知の道が見つかるなんて!」


 昨日までこんな道あったかなぁと首をひねるが思い出せない。


「まあ、いいか!」


 未知の探求者に必要なのは決断力と好奇心である。

 僕は未知の道を歩き始めた。この道はどの道に繋がるのだろう。しばらく歩くとあることに気がついた。この道は街灯がない。両脇は背の高い壁になっており、街の明かりが全くといっても良いほど差し込まないのだ。


 うーん、ワクワクするなぁ。

 僕はポケットからスマホを取り出し、カメラ撮影用のライトを起動する。ライトは非常に明るいがあまり広範囲は照らせない。せいぜい足元を照らすのが限界だ。

 僕は足元をスマホで照らしながらあるく。


 かれこれ5分は歩いただろうか。

 何かが落ちているのが見えた。

 一向に景色は変わらないが、狭い路地に道を塞ぐように何かが落ちている。


「なんだこれ?」


 近づいて確認してみる。

 それは白くてブヨ付いた何かだった。大きさはバスケットボールぐらいだろうか。


「……本当に何だこれ?」


 白くて、ぱっと見ははんぺんのようだが、ツルッとした表面は豆腐のようでもある。

 ライトを近づけてみたが、さっぱり分からなかった。未知の物体だ。

 軽く蹴ってみるが妙に弾力がある。豆腐というよりは生肉か?

 生肉?生肉がどうしてここに?

 周囲を見渡してみる。しかし誰もいないし特に物もない。

 誰かが買い物帰りに落としたのだろうか。

 しかし、何の肉なのかわからない。白っぽくてぷにぷにしている。


「これが本当の謎肉か………」


 少し考えてみたが、特に何も浮かばなかったので、僕は謎肉を放置してとりあえず先に進むことにした。


 もう少し先に進むと、今度は少し開けた場所に出た。L字型の敷地で中央に鉄棒が一つだけ佇んでいる。最初柵か何かかと思ったが赤いポール部分も、手で握る部分のつくりも鉄棒そのものだ。

 ということは、ここは公園だろうか?しかし、ほかに遊具もベンチも水道もトイレもない。

 普通の公園とは違う。未知の公園だ。


 公園は通り抜けできるような作りになっており、その先にはまた道が続いている。しかし先ほどまでの細い路地ではなく、車が通れるほどの広い道だった。相変わらず両脇は同じような住宅が続いている。


 そこで再び僕は違和感を覚えた。この光景、何かがおかしい。少し考えて気づく。


 


 全ての家がモデルルーム……な訳ないし、寝静まるにはまだ少し早い。

 あと、音が全くしない。車すら走っていないのだ。生物の気配が感じられない。

 僕は怖くなった。流石に未知がすぎる。この辺りに住み始めてしばらく経つが、こんなところがあるなんて僕は知らない。僕はゆっくりと後ずさった。

 暗闇が深い。道の向こうから見えない何かが迫ってくるような気がした。


 僕は踵を返し、元来た道を引き返した。

 公園を抜けて路地を進む。少し進むと謎肉が落ちているところまで戻ってきた。振り返るが、通路は曲がりくねっているので、先は見えない。だが気配は感じられなかった。


「ふー……」


 一息ついて振り返る。

 そこには謎肉が2つ落ちていた。

 あれ?2つ?疑問に感じるのもつかの間。びちゃっと背後で物が落ちるような音がした。


「わあ!」


 慌てて振り向くと、そこには3つ目の謎肉が転がっていた。

 落ちてきたのか?上を見上げる。だが、真っ暗で何も見えない。


 だが、ちょうどその時、左側の壁を越えて空に謎肉が闇に浮かび上がるのが見えた。それは重力に従って落下し、僕の目の前に落ちた。


 びちゃ


 思わず叫びそうになるが、すんでのところで堪える。

 誰かが捨ててる?どうしてここに?

 わからない。わからない。わからない。

 ここには未知しかない。


 僕は謎肉を飛び越え走った。

 だが、その先の道は足の踏み場がないほどの謎肉で覆いつくされていた。


 て お く れ


 その四文字が脳裏にちらつく。

 僕は頭上を見上げた。ひと際巨大な肉塊が眼前に迫っていた。



 みちみちみちみちみちみちみちみちみちみちみちみちみちみちみちみちみちみち



 重みで体が悲鳴を上げている。

 生まれて初めて感じる押しつぶされる痛みと恐怖の中で、僕は一つ納得した。

 ああ、なるほど。これが未知を知るってことなんだ。






 ぐちゃ




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