第6話

 僕は君の、その生き方が大好きだ!!


 僕は咄嗟に、手のひらでナイフを受け止めた。


「ーー!!!!!」


 アルツォーネが目を大きく見開く。急に僕が飛び出したのだから、驚くのは当然だ。

 僕の手のひらから雫が落ちる。試しに僕は血を一滴、アルツォーネの足にかけてみた。

 それでもアルツォーネの足は尾鰭にならない。


「僕じゃあ、君の王子様にはなれないね」


 アルツォーネは首を横に振る。そして僕に縋りつこうとするのを振り払い、僕は天幕を開いた。


「!!!!」


 声にならない声で、アルツォーネが叫ぶ。

 ーー僕は王子様になれない。けれど。


 そこからはあっという間だった。

 僕は思い切り、両手で短剣を掴んで振りかぶり、王子の胸に突き立てた。何度も、何度も。

 王子の断末魔。隣で泣き叫ぶ花嫁。

 アルツォーネが髪を振り乱して声にならない声をあげる。


「アルツォーネ、海に行くんだ!!!」


 窓の外がどんどん明るくなっていく。朝が来てしまう。

 僕は問答無用でアルツォーネの軽い体を抱き上げて甲板へと躍り出た。


 水平線から登る朝日が、僕たちを眩しく橙に染める。ドレスから覗いたアルツォーネの足はあっという間に、半分ほど鱗に覆われ始めていた。

 人魚とばれる前に、彼女を逃さなければ。


 もうすでに船中から近衛兵が迫っていて、もう1秒も時間はない。

 僕は最後の力を振り絞って、アルツォーネを甲板から海に放り投げた。


「さよなら、アルツォーネ!!!!!」


 ばしゃん。

 人魚姫が海に還った喜びの飛沫か。それとも僕の体から吹き出した血潮の音か。

 気がつけば僕は、甲板の血の海に転がっていた。

 何も見えない。叫ぶ声も出ない。

 おそらく全身を槍で突かれたのだろう。痛みに身悶えることも、絶叫することもできない、不思議な絶望だった。


「ジャック!!!!!!!!!!」


 遠くなっていく意識の中、風に乗って女の悲痛な叫びが聞こえた。

 僕の名前なんて覚えてる人、船には乗っていないはずなのに。


 ーーああ、そうか。

 アルツォーネは僕の名前を覚えていてくれていたんだ。


 泡にはなれない僕はそのまま、彼女の最後の言葉だけを胸に、甲板で冷たく土色になっていった。


 僕は王子様にはなれないし、君を幸せにする恋人にもなれない。

 僕にあるのは、報われるべきじゃない、エゴの恋だけ。


 だから強く美しい君に尾鰭をあげる。

 君がいつか立ち直って、今度こそ幸福な未来に泳いでいけますように。

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僕は王子様にはなれないけれど、 まえばる蒔乃 @sankawan

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