最終章 旅立ち
1
どわぁぁぁぁーーー、と言う喧騒が、眼下に広がってる。
私たち3人が帰還した後、程無くしてビジランテたちの攻勢が強まったわ。
戦闘用ビジランテを2体も失えば、さすがに異常に気付くわよね。
どうやら、エヌマラグナはビジランテたちを死者の国側へ集結させて、レジスタンスに対する鎮圧作戦を開始した模様。私の帰還後すぐ、ボワーノからそう報告を受けたわ。
それって、死者の監視、指導、モンスターの捕獲など、通常業務が疎かになってる、と言う事でしょ。
本末転倒よ、エヌマラグナ。それじゃあ、輪廻を正しく管理出来ていないじゃない。
悪いけど、貴方に死者の国は任せられないわ。
本意じゃ無いんだけど、私が介入させて貰うわよ。
眼下の戦いは、ライアンが指揮を執り、クリスティーナが先陣を切って、神族魔族、古代竜の死者たちから選別した、精鋭100人ほどで迎え撃ってる。
エヌマラグナ軍の方は、戦闘用ビジランテ10体を投入し、総勢1000人ほどしかいないはずのビジランテたち、1500人ほどが動員されてる。
この短期間の内に、又候増員を図って、戦力を増強したみたいね。
それはつまり、死刑に処された魂たちが、少なくとも500人以上いる、と言う事に他ならないわ。
とは言え、そこは急造戦力。Lv.12程度の一般ビジランテばかりで、所詮は烏合の衆。
そこに精鋭を当てるのは、彼らが単なる敵兵では無いからよ。
彼らは本来、死者の魂。救えるものなら救いたい。
だから私は、こちらの最大戦力を当てて防戦に徹して貰い、その間に本丸を落とす事にした。
私は、死者の国を攻め滅ぼそうとしてる訳じゃ無いからね。
元の正しい姿に戻す……ついでに、少し私好みに模様替えしようと思ってるだけ(^^;
その為には、ビジランテたちも必要な子供たち。無為に殺す事は出来無いわ。
ちなみに、死者の国の結界は、魔界側から死者の国側へ侵入出来無い仕様だから、もちろんライアンもクリスティーナも通り抜け出来無いの。
帰りは私が一緒だったから素通りだったけど、それは私が、ジェレヴァンナの手解きも受けた結界のスペシャリストだからよ。
この重要な結界を壊す事無く、その波長に同期して何事も無く擦り抜ける。
そんな芸当、多少魔法を齧った程度じゃ真似出来無いから、きっと私以外、誰にも出来無いでしょ。
だから、気軽に魔界に赴いて、ヨモツヒラサカで毎日シロとお話しする、なんて事、クリスティーナにもさせてあげられない。
その事はふたりも重々承知してて、次の再会は死者の国で、と約束してた。
長命種である古代竜とは言え、最古の古代竜だったドルドガヴォイドですら、1万年でその命を終えようとしてた。
今の古代竜たちは、多分永くてもその半分も生きるかどうか。
アスタレイやガイドリッド、ヴェールメルのような特別な個体を除けば、アーデルヴァイトの長命種たちもその寿命は数千年。
時間の流れが特殊な死者の国なら、再会の刻はそう遠くないでしょう……それが良いかどうかは別にして。
私は、不可視の足場から短距離空間転移で地上へ戻ると、ひとり私を待つヤクシと合流する。
「お待たせ。こっちは大丈夫そうね。数は向こうの方が多くても、質が違い過ぎるわ。間違ってもライアンたちが後れを取る事は無いし、例え誰かが傷付いたとしても、ライアン大司教の回復魔法で瞬く間に元通り。きっと、何日だって何週間だって……何年だって、防ぎ続ける事が出来るわよ。」
「でも……そんなに時間は掛けられません。」
思い詰めた顔で、ヤクシは答える。
「そうね。今回は、助けてあげなくちゃいけない子が多過ぎるもの。急ぎましょう。案内、お願いね。」
そう言いつつ、私は再びクロの姿へと変身した。
「はい。……それが私の、せめてもの務めですから。」
今度は、慣れた様子で私の背中に飛び乗って、ヤクシは決意を口にした。
そして私は、大きく翼を羽ばたかせ、曇天へと舞い上がる。
いざ!エヌマラグナの城へ……
……では無く、まずは西王母システムへ。
今はエヌマラグナに良いように利用されてるけど、元々は創造神が死者の国の管理用に作った代物。
それならば、こちらの手に戻してしまえば良い。
エヌマラグナの都合に合わせて改竄された部分を、元に戻してしまえば良い。
そうすれば、戦闘用ビジランテなんておぞましい兵器が作られる事は無くなるし、ビジランテたちの扱いも変えられる。
ヤクシの説明を聞く限り、当初のビジランテたちには記憶もあった訳だから、ビジランテ化のプロセスを書き換えれば、記憶を失わなくなるはずよ。
……まぁ、実は目的地は同じなんだけどね。
西王母システムの在り処、それは、エヌマラグナの居城の地下に当たる。
城側から侵入する事も出来るけど、台地の方にも西王母システムに行き着ける洞窟があるそうよ。
エヌマラグナ自身は、あの孤独な居城で守るべき物がふたつあるわ。
ひとつは西王母システムだから、自ら赴けなくとも、何かしら防備を固めてるかも知れない。
でも、もうひとつの方が遥かに重要。それは、エヌマラグナのアイデンティティに関わるから。
転生の門。これを明け渡したなら、もう死者の国の管理者、支配者などとは言えないもの。
だから、孤軍であるエヌマラグナは、自ら転生の門を守らざるを得ないはずよ。
もしも、私の予想が外れて西王母システムで待ち構えてたら……あっさり倒して手間が省ける(^^;
はっきり言って、力だけで言うなら、エヌマラグナなんて敵じゃ無い。
私が西王母システムを優先するのは、囚われた魂、ビジランテたちを一刻も早く救ってあげたいから。
これから先、私とライアンがいちゃいちゃ過ごす予定の新生死者の国では、彼らは一緒に暮らす仲間になるんだもの。
まず手を打って、それからお灸よ。
もう少し待ってなさい、エヌマラグナ。
貴方だけは、残念だけど許さないんだから。
2
一応、ステルス結界で台地へと近付き、ヤクシの案内で目的の洞窟へと到達。
台地の絶壁中腹にあるその洞窟は、下から見上げたのでは見付からないようになってて、特に結界などで封じられてはいなかった。
私の推測では、エヌマラグナは小さくとも4m級の巨人だと思うんだけど、それを裏付けるかのように、この洞窟もかなりの広さだわ。
空から遠く眺めただけだから良く判らなかったけど、居城の方もサイズは大きめなのかも知れないわね。
西王母システムで創られた、戦闘用ビジランテが出て行けるくらい広くなくちゃ、寸法合わないものね。
とは言え、この洞窟には、人の手が入った様子が見受けられないわ。
天然の洞窟を、そのまま放置してあるだけかしら。
ビジランテたちは、一部を除けば空を飛べないから、この洞窟は出入りに使われてる訳じゃ無さそうね。
ちなみに、何故一部を除くかと言うと、空を飛べるモンスターを相手にするビジランテの中には、当然空を飛べる奴もいるでしょう、と思ったから。別に、確認はしてないけど。
さて、西王母システムは居城の地下と言う話だから、台地の中央まで少し歩く事になる。
その間、無言で歩き続けるヤクシ。
ある意味、今の死者の国の有り様に責任ある立場だから、思い詰めるのも判るけど、それは仕方の無い事よ。
実際に、そう行動してるのはエヌマラグナ。
貴女に、どうにか出来る状況じゃ無いんだもの。
そう言って慰めてやっても良いんでしょうけど、その必要は無いと思う。
もうじき、全ては終わるのだから。
だけどね、ヤクシ。私は貴女との付き合いを、ここで終わりにするつもりは無いわよ。
「着きました。……ここが、
そうヤクシが口を開いたのは、広大な空間に辿り着いた時だった。
4m級の巨人はおろか、闇孔雀が背伸びをしても手が届かないほど、この空間の天井は高い。
さらに、広さもかなりのもの。
薄っすら何かの明かりで照らされてるけど、その明かりだけでは空間の暗闇を消し去れていない。
私は、暗闇も見通せるから隅々まで見えるけど、もし普通の視力だったなら、果ての無いどこまでも続く虚無の世界のように感じるんじゃないかしら。
でも、変ね。何か違和感を覚えるわ。
「……どうかしましたか?」
「うーん……何が、とは言えないんだけど、何か違和感を覚えるのよ、ここ。」
「……多分、あれではないでしょうか。」
そう言って、ヤクシはこの広大な空間を支える、林立する太い柱を指差した。……あぁ、なるほど。そう言う事ね。
「これってつまり、ここは創造神が創った場所、って事ね。」
「さすがに、察しが良いですね。そうです。この広大な空間は、創造神がお創りになられた、死者の国の城の基底部に当たります。」
「それじゃあ、もしかして、エヌマラグナの城が土壁だったのって。」
「はい。創造神が死者の国をお創りになった頃、まだ文明と呼べるようなものは誕生していませんでしたから、このお城は建築された物ではありません。この場所に山を築き、城の形を削り出し、中に空間を切り出して行って、この場所もお創りになられました。」
言ってみれば、建築じゃ無くて創世、国造りと同じ方法で、城も築いた訳ね。
どう言う事かと言うと、さっき通って来た洞窟は、確かに天然の洞窟で人の手は入ってなかったの。
この空間も、同じように天然の洞窟みたいなんだけど、何かが違って見えた。
ヤクシが示した柱を見てピンと来たわ。だってその柱は、鍾乳石の柱だったんだもの。
永い時間を掛けて自然が創り上げる芸術品のような鍾乳石が、まるで人工の建築物のように規則正しく並んでる。
壁や床も、人工物のようにちゃんと直線と垂直で出来てる。普通、あり得ないわよね。
だけど、ここは天然素材をそのまま使った人工物だった訳よ。
自然そのものを粘土をこねるように弄れる、創世の力による人工物。いやまぁ、人じゃ無いから神工物?(^^;
だから、一切加工されていない天然の状態でありながら、規則正しくこの広大な空間を支える柱として、立派な鍾乳石が林立してるのよ。
天然の洞窟のように、床や壁が凸凹していないのよ。
そんな芸当、普通は出来っこ無い。でも、世界すら創世した創造神なら。
「そして、あれが……。」と、ヤクシが指差す方向に、それはあった。
身長は、10mを超す程度。半人半獣……半蟲?の姿をしてて、
天井から吊り下げられた鎖に両腕を固定され、両足も鎖の枷によって広げた格好で動けなくされてる。
ざんばらながら人のような長髪を持ち、しかしその顔はのっぺっぽう。
胸は大きく、その腹も膨れていて、その特徴は妊婦のそれ。
開かれた両足の間で、だらしなく口を開く膣口は、人間くらいの大きさの生き物が、這い出して来るのに丁度良い大きさ。
だけど、
人間で言えば、帝王切開のようなものだと思う。意味合いは全然違うけど。
その胎に身籠った2m程度の人形なら、膣口から難無く出産出来るでしょう。
でも、それが4m級の巨人サイズとなると、産道を通らない。
無理矢理創り出した規格外の鬼子を、取り出す為に斬り裂かれた傷痕。それがまだ塞がり切っていないのよ。
急ごしらえの、戦闘用ビジランテ10体。それを無理矢理ひり出した痕……でしょうね。
尻尾の先にも、膣口のような出口があり、こちらからも産み落とす形みたい。
女は子供を産む機械、なんて失言をした政治家がいたけど、目の前の
「……まぁ、聞くまでも無いんだけど……これが西王母システム、なのね。」
「はい……その胎内で、死者の魂をビジランテと言う別の存在へと生まれ変わらせ産み落とす、生体装置です。」
「生体装置……つまり、
「はい、あくまでも装置なので。人の、神の形をした生きた肉の塊で、完全な不死であり、どんなに傷付いても壊れる事無く、永遠にビジランテを産み続けます。西王母自体は、創造神が死者の国の管理用に創り出した、理を超えた存在ですから。」
……生きてる、拘束して自由を奪い、永遠に出産させ続ける、と聞くと、とても非道い扱いのように思えるけど、西王母は、意味合い的には生き物では無く道具なのよね。
つい感情移入しちゃいそうになる姿をしてるだけで、魂が無いから自我も感情も持ってない。
例えば、IPS細胞で作った代替臓器は、生体として生きてると言えるけど、生き物では無いでしょ。
臓器と言う形なら、生き物に対する同情なんて覚えたりしないわ。所詮、人間的なセンチメンタルに過ぎないのよ。
……頭では判ってても、実際目の前にすると、気分悪いけどね。
3
そんな事を話していると、西王母が小刻みに震え出した。昆虫胎の方が蠢動しており、その先端から少し白濁した透明な体液を撒き散らし始める。
がちゃがちゃと音を奏でながら、手枷、足枷の鎖が自由を縛り、苦しみ身を捩る母体を拘束する。
自我、感情が無いとは言え、生体故に痛みや苦しみは感じてる。あくまで生体としての反射を示してるだけなんだけど、やっぱり苦しみ悶える人形と言うのは、思わず目を背けたくなる光景ね。
……まぁ、善意の協力者相手に、散々見た光景だけども(^^;
これはつまり、破水から出産の流れ。昆虫胎の方から、何かが産まれて来るみたい。
「通常のビジランテの場合、魂が膣口から子宮へと宿り、そこでアストラル体の核として転生されて、そのまま膣口より出産されます。そこに、特殊な加工を施す場合、例えばモンスター捕獲用に調整される場合など、もうひとつの子宮を通って処置が施されて、向こうの膣口から産み落とされるんです。さすがに、卵で生まれる訳では無いので、昆虫みたいな外見ですが産卵管では無く、産道は膣になっています。」
そうヤクシが説明する間に、昆虫胎の方から1体のビジランテが産み落とされた。
私の安定Lv.1の鑑定では詳細は判らないけど、アストラル感知で感じる気配は通常のビジランテより多少強く、多分Lv.20弱。
容姿に大差は無いけど、身に付けた鎧のデザインが若干違って見えるわね。
そのビジランテは、産まれ落ちてすぐよろふらと立ち上がり、汚れた体を気にする風も無く、何処かへと歩き去った。
「どうやらあの子は、モンスター捕獲用に調整を受けた子みたいですね。多分、現在の西王母の設定は、帰還後同種のビジランテへと再生し直すようになっているはずです。エヌマの都合とは関係無く、どこかでモンスターにやられてしまって、また同じ形で産み落とされたんでしょう。」
「設定、か。……ねぇ、西王母って、どうやって改竄してるの?」
「はい。本来、死者の国の為に、創造神が最適な設定にしてくれていたと思うので、正式な操り方、使用方法などは聞かされていません。ただ、前にお話ししたように、あの子たちを自警団員から受刑者に変える必要が出来て、どうにか弄れないかと色々試しました。」
ヤクシが済まなそうな顔で見詰める西王母は、出産を終え一段落した事で、一応落ち着きを取り戻してた。
その腹の傷は、再生途中だからまだ痛むはずだけど、斬られた傷より出産の方が何倍も苦しいのかも知れないわね。
……今となっては、ライアンの子供を産まなかったのは正解……と言うとあれだけど、やっぱり私には、耐えられそうも無いわ。
「あの通り、西王母は生体、且つ不死ですから、それを利用する事になりました。」
「と言うと?」
「……
「同一化……傷口同士をくっ付ければ、不死なる肉塊は癒着しながら再生を遂げる、かな?」
「……はい。
もちろんヤクシも、再生が可能なんでしょうね。だからこそ出来る、痛みを伴う荒業ね。
「エヌマも、そうして改竄をして、戦闘用ビジランテのようなものを創ったんだと思います。ただ、これは相当危険で、イメージもそこまで詳細に上書き出来ませんから、どうしても必要な部分以外、弄っていないはずです。だから、先程のモンスター捕獲用の子みたいに、レジスタンスへの反抗戦力に組み込まれていない、それ以前の通常業務に当たっている子たちも多いのでしょう。」
「ふ~ん……。」と生返事をしながら、私は納得していなかった。
あ、いえ、ヤクシの話が嘘とか言う話じゃ無くて、創造神が正式な西王母の使い方?を用意していないと言う事にね。
これから先、永遠とも思える永い時間、死者の国の管理を担う装置な訳よね。
仕様変更に対応していないなんて、ちょっと仕事が杜撰過ぎるでしょう。
私には、創造神がそんな浅い考えの持ち主だとは思えない。
そして、わざわざ西王母を生体装置として創造した事に、意味が無いとも思えない。
生命だけじゃ無く、大地のような自然すら創造出来る力の持ち主よ。
無機物の出産装置にだって、出来るんじゃないかしら。つまり……。
「良し。それじゃあ、試してみますか。」
「え?試す、ですか?……何をです?」
「決まってるでしょ。西王母システムを、私が使うのよ。」
「使う……使うって、ルージュさんがですか?でも……。」
一度、ぎゅ、と目を瞑り、意を決してヤクシ。
「いえ、私がやります。これはとても危険な行為です。いくらルージュさんが強くても、やらせる訳には行きません。」
ヤクシは、真摯な眼差しでこちらを射貫く。うん、まぁ、貴女の認識ではそうなるわよね。
「それで、ヤクシ。貴女はどうやって、西王母を使うつもりなの?いつもと勝手が違うでしょ。」
私は、
「あ、すみません。そのぅ……この子、どうやって脱ぎましょうか。」
「まぁ、それもあるけど、貴女の認識では、自分の体を傷付けて同化するんでしょ。だから、私も同じようにすると思った訳よね。」
「え、えぇ、その通りですけど……違うんですか?」
「えぇ、違うわよ。試す、って言ったでしょ。思い当たる事があるのよ。創造神が用意した、正規の西王母の使い方に。」
「そ……そんなものがあるんですか?」
私は、人間の頃良くそうしていたように、その場に腰を下ろし、少しはしたないけど、ミニスカで胡坐を掻いて上半身を前に倒してから、するりとアストラル体で物質体を抜け出した。
「貴女たちにとっては、アストラル体が本体だから肉体的なイメージが強く固着してるみたいだけど、良く考えてみて。西王母は生体、つまり物質体よ。魂の入っていない物質体なら、アストラル体で憑り付く事が出来るでしょ。」
「あ?!……え?本当に?」と、吃驚顔のヤクシ。
ただ、憑り付くのも言ってみれば死霊なんかの固有スキルみたいなものだから、誰にでも出来る訳じゃ無いけどね。
「まぁ、見てて。試してみるから。」
そうして、私はアストラル体で宙を舞い、西王母のそののっぺっぽうな顔に突っ込む。
思わず、心の中で「フェードイーン!」と叫びながら、顔の前で反転して背中から同化(^^;
すんなり体内に入り込み、目を開けると、すでに私は西王母になってた。
瞬間、ずきっ、とお腹が痛む。斬り裂かれたお腹は、まだ傷口が開いたままだもんね。
でも、下手に神の気を開放して瞬間再生なんてしちゃうと、西王母自体に変化を及ぼしかねない。
あくまで、今の私は、西王母でいなくちゃいけないのよ。
「ル……ルージュさん。ルージュさん……ですよね。」
そうヤクシが声を掛けて来るから、「そうよ。上手く行ったみたいね。」と念話で返した。
安堵の息を吐くヤクシ。
「良かった。ルージュさんが入った途端、西王母の顔がルージュさんの顔になったんですよ。なるほど。確かに、これが正しい使い方みたいですね。創造神は、ちゃんと後の事も考えてくれていたんですね。」
まぁ、そう言う事なんでしょうけど、それならそれで、ちゃんと使い方をレクチャーしてあげれば良いのに(-ω-)
創った本人としては、見りゃ判るだろ、と思っちゃうのかも知れないけど(^^;
さて、今の私は自分の意識として西王母の持つ記憶……記録?を認識出来るから、思考加速でざっと斜め読みしちゃいましょうか。
……、……、……なるほど。更新履歴は、大体聞いてた通りね。戦闘用ビジランテの無理矢理な改竄を除けば、概ね問題無い範疇だわ。
記憶消去じゃ無くて記憶の上書きなのも説明通りだったから、早期に仕様変更を行えば、記憶を取り戻せるビジランテもいるでしょう。……何回も繰り返してるような子たちは、もう無理だけど。
それから、どうでも良いんだけど、おかしな記録を見付けたわ。
たまさか私が捕まえた、497番。知り合い、とは言わないけど、関係者だった。完全に偶然だけどね。
遠い過日、私がモーサント近くの森で射殺した、エルフゲリラのひとりだったわ(^^;
モーサント拠点を作る為に、森から追い払ったあのエルフゲリラ。
名前はおろか、超長距離狙撃で射殺したから、顔すら見知らぬ関係者。
それに、彼自身は497番と言う良いとこ中堅で、単なる一兵卒くらいの感覚でいたけど、もう数千年もビジランテを繰り返してるベテランだわ。
エヌマラグナの所為で転生の機会を失ったのか、素行が悪くていつまでも転生させて貰えなかったのか、それは判らないけどね。
ビジランテとして転生し直される度に、記憶は白紙に戻される。だから、497番としての記憶しか持っていないから、自分が何千年もビジランテを繰り返してる事なんて知る由も無い。
……残念だけど、200年程度の寿命しか持たない森エルフの彼が、数千年転生を繰り返した以上、もう記憶は戻らないわね。
とは言え、これも何かの縁。事態が落ち着いたら、優先的に転生の門へ送ってあげましょう。
魂にとっては、囚人として延々ビジランテ生活を繰り返すよりも、転生する方が幸せなはずだもの。
取り敢えず、戦闘用ビジランテの追加生産だけ差し止めて、私は西王母を抜け出し体へ戻った。
これからのビジランテの扱いや、その人数、仕様、そう言った細々とした事は、死者の国運営の実態をもう少し把握してから、皆と相談して決めたいからね。
プランはあるけど、私ひとりで勝手をするつもりは無いの。
「あの……大丈夫ですか、ルージュさん。」
私は立ち上がり、スカートの裾を直しながら、「えぇ、大丈夫。この方法なら、そこまで弊害は無いはずよ。……お腹痛かったけどね(笑)」
「お腹……ゔ……非道い傷……同一化すると、傷も痛むんですね。」
どうやら、お腹の傷には気付いてなかったみたい。まぁ、ぱっと見、ただの縦筋。西王母自体は見慣れてるから、お腹の傷に注視しなかったと言う事かしら。
「取り敢えず、戦闘用ビジランテの追加生産は止めておいたわ。細かく弄るのは、事態が解決した後で良いでしょ。」
「それじゃあ……。」
「えぇ、向かいましょう、エヌマラグナの下へ。いよいよ、諸悪の根源とご対面ね。」
そう言って視線を向けた先には何も無く、「あ、ルージュさん。階段はこっちです。」と、ヤクシが反対の方を指差した。
いや、だって、気配は真上だから、どこから上がれば良いかなんて知らないわよ(^Д^;
もう、締まらないわね。
4
自然の山を創世の力でくり抜いた城内は、それと知らなければ剥き出しの土壁ながら、見事な職人の業による建築のように見えるわ。
元は、エヌマラグナひとり切りだった訳では無いから、ひと通りお城の内装に相応しい装飾品も見受けられるし。
サイズの方は、思った通り4m級の巨人サイズだけどね。
この大きさって、神々の一般的な身長なのよ。
闇孔雀は、力の増大に伴い大きくなったみたいだし、アヴァドラスも100mを超す巨人ながら、最小サイズになれば4mほど。
私の中のストナスが遺した記憶によれば、創造神も同じくらいの大きさだったそうよ。ちなみに、ストナスは創造神との面識は無し。だから、私にもその姿は判らない。
ヤクシは私と変わらぬ人間サイズだから、この城は大き過ぎる。
そこで、私が変身で4mほどとなり、ヤクシを抱えての移動となった。
とは言え、この城の構造は、上へ行くほど先細る蟻塚のような形なので、何十階か登った頃には、少し歩くだけで次の階への階段に辿り着くようになったわ。
隠そうともしないエヌマラグナの気配は、もうすぐそこ。最上階まで、後少し。
辿り着いた最上階には、今までの階とは違って、一切の装飾品も家具も見当たらなかった。
あるのは、豪奢な作りの机と大きな椅子。その背後にそびえる、4m超の両開きの扉。
なるほど。構造的に、あの扉の先に城は無いわ。壁を突っ切って、もう外に出てしまう。
もちろん、扉を開けたら真っ逆様、なんて古典的なオチじゃ無いわよ。
あの扉の向こうに転生の門があり、そこは亜空間とは違うけど、特別な空間へと繋がっているんでしょう。
この最上階は、謁見室や執務室と言うよりも、転生の門の監視所なのね。
そして、この部屋の、いいえ、この城の……この死者の国の主は、転生の門の方を向いて、つまりこちらに背を向けて、椅子の横に立ってた。
椅子に座って踏ん反り返るのでは無く、私たちが来るのを感じながら、何を想ってその扉を見詰めているのかしらね。
私は一応、ヤクシを下ろした後、元のサイズへ戻って、「背中でお出迎えなんて、一国の……この世界の主として、相応しい振る舞いには思えないわね。」と声を掛けた。
すると、「……勝手に人の城に足を踏み入れる、狼藉者の言葉とも思えぬな。まぁ、良い。連れが、一緒のようだしな。」と振り返る。
その姿は、正に閻魔大王……と言うのを想像してたんだけど、大分違ったわ。
古い時代の裁判官が着るような服を着て、手に笏を持った、鬼のような形相、と言うのが閻魔大王だけど、同じなのは鬼のような形相だけ。
闇孔雀や魔王サトナスと同じように、その装束は明王を思わせるような鎧姿だけど、若干露出が激しい格好で、肥大した筋肉が其処此処の隙間から覗いてるわ。
腰に帯剣してて、他の武器や盾などは見当たらない。
髪の毛はざんばらで、顔中皺が刻み込まれた、文字通り鬼の面貌をしており、ビジランテたちの顔立ちをさらに兇悪にした感じね。
裁判官、監督官、管理者……などと言った感じより、戦士か処刑人と言った出で立ちだわ。
「
「エヌマ……これが最後よ。心を入れ替えて、今すぐ死者の国を元に戻して。」
それぞれひと言ずつ交わした後、エヌマと
……ヤーマ。本来ひと柱だった同一尊がふたつに分かれ、その一方が閻魔であり、もう一方を夜摩天と呼んだ。なんて話が、確か地球の宗教にあったのよ。そこまで詳しい訳じゃ無いけど、宗教や神話って、サブカルとは縁の深いネタだから、雑学として知ってた。
閻魔と来てヤ……何とか、って事だったから、何と無くヤクシの正体は夜摩なんじゃないかと思ってたわ。
「……仕方無い。お前には、もう一度獄に繋がれて貰おうか。お前にも、そこの生者にも、邪魔はさせぬ。」
その言葉の後、エヌマラグナは「ルグゥオゥォォォーーーー!」と雄叫びを上げた。
でもそれは、ただの雄叫びでは無く、強烈な闘気と魔力を込めた、言ってみれば音波攻撃。
私にとっては涼やかなそよ風だけど、戦闘力を持たないヤクシには、とても耐えられないような衝撃波となって、その身を襲った。
咄嗟に顔を覆って耐えようと身構えたヤクシだったけど、後方に激しく吹き飛ばされた……ガングロギャルの体だけ。
結果的に、エヌマラグナによって、ヤクシのガングロギャルが剥がされた格好ね。
すると、側であるガングロギャルが吹き飛ばされた事で、その場にはヤクシの本体が残ってた。
その姿は、神話によれば元は同一尊だったはずの閻魔と夜摩だけど、エヌマラグナとは似ても似つかないものだったわ。
ガングロギャルにも馴染んでたから、多分女性なんだと思ってたけど、実際鬼の面貌でどこからどう見ても漢に見えるエヌマラグナと違い、優しい顔立ちは菩薩のようで、女性を思わせた。
顔には化粧が施されており、その化粧は女性が顔立ちを綺麗に見せる為の化粧とは違い、どこかの部族や宗教団体が何かの儀式用に施す化粧を連想させる。
体のラインが判らないくらいゆったりとした白い服と、羽衣のようなものを纏ってるのも、明王のようなエヌマラグナと違い、まるで天女のよう。
その身長も、ほぼガングロギャルと変わらない人間サイズ。
剛のラオウ様と静のトキ、じゃ無いけど、まるで正反対の性質を感じるわ(^^;
……吹き飛ばされたガングロギャルの方は、エヌマラグナの攻撃でずたぼろにされてて、がくっ、と力尽きた後、マナへと還元されて行った。
私の記憶から再現された世紀末の渋谷において、周囲に満ちるマナを素材に、そこにいそうなNPCとして創られただけのガングロミニスカギャルだから、もちろんそこに魂は無いわ。
でもね、やっぱり気分が悪い。
「くっ……何と言う事を。エヌマ!罪の無いガングロさんを殺すなんて……。」
うん、まぁ、気持ちは判らなくも無いけど、やっぱりヤクシは少し天然ね(^∀^;
「ふん、たかが容れ物ひとつ壊して、それがどうした。儂の許で大人しくしていると誓うなら、そっちの連れは見逃してやっても良いぞ。」
「くっ……卑怯よ、エヌマ。こんな事せず、ちゃんと話し合えば……。」
「はいはい、そこまで。」と、私はヤクシの前に進み出る。
「ヤクシ、天然なのは良いけど、何言ってんのよ。もう事ここに至って、話し合いなんてあり得ないわ。私は、エヌマラグナを許さないもの。……こいつの都合で転生されたり、ビジランテにされたり……消された魂たちはもう戻らない。その中には、もしかしたら私の家族や知人の魂もいたかも知れないのよ。エヌマラグナには、消えて貰うわ。」
「ほう、随分デカい口を叩くな。この儂が誰か、知らずにここまで来た訳でもあるまいに。」
「そ、そうです、ルージュさん。いくらルージュさんだって……いくら……ルージュさん……あれ?……もしかして……。」
私はヤクシを振り返り、「やっと判った?何が卑怯よ。ヤクシ、貴女この場の空気に呑まれて、大切な事忘れてるわよ。」
すらん、と腰の得物を抜き放ったエヌマラグナは、「ほう、其奴が一体何を忘れておると?」と、おもむろにこちらへ向かって歩き出した。
私は、エヌマラグナへ向き直り、「貴方より、私の方が強いって事を、よ。」
私のその言葉を受けて、疾風の如き早業で、袈裟に斬り付けて来るエヌマラグナ。
その軌道すら見えぬほどの素晴らしい斬り込みは、見事、私の首筋を捉えた。
……本当に素晴らしい腕前ね。私へ打ち込んだ蛮刀が跳ね返される事も無く、バランスを崩してたたらを踏むで無く、刀身は首筋へ吸い付いたまま。
だけど、その刃は私の薄皮いち枚傷付ける事は出来ず……いいえ。そもそも、ほんの0コンマ数mm、体に届いていないのよね。
先程の雄叫び同様、蛮刀にも強い闘気と魔力を纏わせてあり、本来触れる者全てを斬り裂く必殺の一撃なのでしょう。
ただ、相手が悪かったわね。私とエヌマラグナとでは神格が違い過ぎて、その攻撃は薄く纏っただけの私の神気を通らない。
鍛えてるとは言え、女の細首ひとつ刎ねられない、非力な一撃と化してしまうのよ。
「ぐ……ぎぎぎ……これは一体、どうした事だ?!」
エヌマラグナは全身に力を籠め、私から蛮刀を引き離そうとしてるけど、それすら1mmも動かない。
私の神気に触れた蛮刀を、今私が支配してるから、勝手に動かす事も出来無いのよ。
ぴく、と私が少し動くと、エヌマラグナは蛮刀を棄て、後ろに飛び退って距離を取った。
「あら、賢明な判断ね。危険を察知して得物を棄てて逃れるなんて、並みの判断力と胆力じゃ出来無い行動だわ。」
ま、今のはわざと少し動いて見せただけで、実は何もするつもりは無かったんだけどね(^^;
「ゴゥワァァァーーー!!!」と、先程と同じように雄叫びを上げ、私に咆哮による衝撃波を撃ち込むエヌマラグナ。
距離を取ったら即次の攻撃に移る。なるほど。ふたつに分かたれた閻魔の方は、完全な攻撃タイプな訳ね。
能力だけじゃ無くて、戦闘センスも素晴らしい。
「相手が私じゃ無ければ、ね。」と言いつつ、左右から飛び来た見えない刃を、私は敢えて掴んでみせた。喰らったって、さっきと同じ、効きやしないのだけど。
正面から咆哮で攻撃しておいて、左右からブーメランのように弧を描いて飛び来る、見えない刃を投げ付ける。
普通なら、咆哮を嫌えばその刃に斬り裂かれ、仮に投擲に気付いても、咆哮をまともに喰らえばただでは済まない。充分、効果的な戦術だと思うわよ。
私は、指で挟んだ刃をそのまま落とし、「まだ、これで終わりじゃ無いでしょ。さぁ、どんどん攻撃してらっしゃい。」と煽る。
全身を真っ赤に染め、切れそうなほど血管を浮き上がらせて、全力全開で闘気を発散したエヌマラグナが、無数の火球を撃ち込みながら、拳を握り締めて同時に打ち掛かって来た。
私はそれを全て、涼しい顔で受け続け、一切反撃を繰り出さなかった。
5
全身全霊を籠めた攻撃が、ただ一撃すらまともに効いていないと知っても、エヌマラグナは決して諦める事無く、体感10時間ほど私を殴り続けた。
私の方は、途中から神気すら抑え込み、生身でまともに殴らせながら、それでもかすり傷ひとつ付かない事を見せ付けた。
あぁ、ちなみに、私の防御力をエヌマラグナの攻撃力が上回れない、例えダメージが少しでも入っても、私の再生力をダメージが上回れない、と言う事もあるんだけど、私は微動だにせず、それでもちゃんと防御してる。
硬気功と言って、攻撃された瞬間攻撃された部位に闘気を集中して、瞬時に身体を硬化させる、中国拳法由来の能力よ。マクロスの、ピンポイント・バリアみたいなものかしら。
いいえ、実際には、もっと凶悪。現実世界とは違い、闘気と言う力が確かに存在するこの世界では、防御部位で練り上げた闘気を爆発させる事、それは発勁による攻撃と同義。
いつかのクロとの稽古みたいに、私は攻撃して来るエヌマラグナの拳を、硬気功で反撃してるに等しいのよ。
だから、エヌマラグナは攻撃が通らない無力感を覚えるのみならず、殴れば殴るほど拳が痛んで行く。
何故そんな事をするかと言えば、傲岸不遜なエヌマラグナの、心を折る為よ。ただ……10時間も諦めないなんて、本当に強情な漢ね。これはこれで、素直に凄いと思うわよ。
そして今、エヌマラグナは全ての力を使い果たし、体を支える余力も失い、床に大の字で横たわってる。
その呼吸も荒く、いくら物質体を持たない精神生命体とは言っても、魂の疲労は如何ともし難く、体を自由に動かす事も叶わない。
私とヤクシは、エヌマラグナの呼吸が落ち着くまで、ひと言も発さずただ待ち続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……何故……はぁ、何故傷ひとつ付けられぬ。」
「私の方が、貴方より強いから。」
「はぁ、はぁ、はぁ……何故……何故、まるで反撃せぬ。」
「その必要も無いから。」私は一切動かず攻撃させ続けたから、エヌマラグナは反撃されたとは思ってない(-ω-)
「はぁ、はぁ……何故、儂を殺さぬ。」
「……多分、貴方を殺すと、ヤクシも死ぬでしょ。」
「はぁ……ふっ、良く判ったな。」
わざわざ邪魔者であるヤクシを始末せず幽閉するなんて、当然そうする理由が何かあるからよ。
それに、我が日本国が誇る傑作漫画の中に、己の中の悪を追い出して神に成り、追い出した悪が大魔王となったキャラがいたのよね。
確かその神様も、お互い相手が死んだら死んじゃうって話だった気がする。
だから、ふたつに分かたれたエヌマラグナとヤクシは、同じように命を共有してるんじゃないかと思った訳。
「そ……そうだったの?」
うん、ヤクシの方は気付いてなかったか(^^;
優しさや愛情、純粋な心を追い出した結果のヤクシだとすれば、人を疑う気持ちも薄いのかしらね。
「ヤクシから聞いた話を踏まえると、まだひとつの存在だった頃の貴方たちは、当時の死者の国や魂たちに不満があった。ビジランテをただの自警団員から受刑者に変え、分け隔て無く転生させて物質界へ送り出す事にも疑問を覚え、魂たちを導こうとしたり、魂たちの世界に押し込めておこうとしたり。」
「……。」「……。」
「だけど、根は真面目なんでしょうね。そこには葛藤があった。でも、葛藤の末手心を加えていたんじゃ、事態は全く改善しないわね。より厳しい行動を取る為には、自分の良心が邪魔で仕方無かった。ここまでは判るわ。少しでも徳を秘めた為政者なら、どんな王でも大統領でも総理大臣でも、その葛藤とは戦ってるはずだもの。」
「……手心を加えていたら、改善しない……。優しく接するだけじゃ、必ずしも相手の為にはならない、と言う事ですか?」
「まぁ、そうね。特に、集団の数が増えればより一層。皆が皆、同じものを求める訳じゃ無いから、皆が納得する解決策なんて、存在しないのよ。」
「だから、時に苦しい決断も必要になる。……厳しさすら、優しさの裏返しなんですね。」
「清濁併せ持つのが人間なのよ。だけどね、それはあくまで、両方持ってる場合の話。なまじ死者の国の管理者と言う特別な存在だったから、変な力まで備わってたのかしら。元の貴女は、要らないと考えた感情を体外へ棄ててしまった。だから、今のエヌマラグナには、厳しさだけで優しさは無い。それでは片手落ちなのよ。」
本来、それが死者の国の為、魂たちの為と思って行うはずの厳しい行動が、ただ厳しいだけの行動になってしまい、さらに苛烈を極めて行ったんでしょう。正に、本末転倒。
ふたりが分かたれてしまった事は、エヌマラグナにとってもヤクシにとっても、さらには死者の国にとっても、悲劇にしかなってないわ。
「それで……どうするつもりだ。先程貴様は、儂を消すと申したではないか。だが、殺さぬとも言う。今度は儂を、どこぞに幽閉でもするか。」
「そうね。ある意味、そう言う事になるのかも知れないわ。」
「あの……どう言う事ですか?」
「簡単に言うと、ふたりには元に戻って貰うつもり。」
「元に……エヌマと体を合一させると言う事ですかね?」
「えぇ、二身合体って奴ね。正確には、元に戻るのでは無くて、新しい何かになるのだけれど。」
「新しい何か……。」不安そうな表情を浮かべるヤクシ。
「あぁ、安心して。きっと、貴女は消えないわ、ヤクシ。まぁ、エヌマラグナが混じるのが気持ち悪いかも知れないけど(^^;」
「え?あ、いえ、それは別に。元々、ひとりだったのです。エヌマと元通りひとつになる事自体、嫌悪感はありません。」
「ふん、儂は嫌だがな。」とエヌマラグナ、皺だらけの眉間にさらに皺を寄せる。
「……安心なさい。言ったでしょ、貴方には消えて貰うと。」
「……どう言う意味だ。」
「簡単に躱せる攻撃を、何でわざわざ全部喰らってあげたと思ってるのよ。何をやっても無駄。そんな決定的な絶望感を味わわせて、貴方の心を折る為よ。まぁ、中々頑固で折れなかったけど、もう思い知ったはずよ。気持ちでは抗いたくても、体の芯に、心の奥底に刻み込まれたはず。私には勝てない。その拭い切れない敗北感がね。」
「……。」
「そうして弱らせた貴方を、ヤクシを主人格として統合するの。潜在意識の底の方に、ほんのひと欠片ほどは残るかも知れないけど、貴方が貴方たる自我は、消えてなくなる……はずよ。」
「そんな……。」「そうか……。」ふたりの反応も、正反対。
「それじゃあ、エヌマが……。」
「可哀想?ヤクシ、今の貴女もまた、エヌマラグナ同様偏ってるのよ。優しいだけでは、救えぬものもある。厳しさと優しさがせめぎ合う元の人格では無く、今度は優しさの裏に厳しさも併せ持つ、そんな人格になって欲しいわ。誰の為か判る?」
「……はい。死者の国の魂たちの為。」
「そうよ。力には責任が伴うもの。ヤクシ、そしてエヌマラグナ。貴方たちは、ただの存在じゃあ無いの。創造神がこの世界を、死者の国を託した存在なのよ。悪いけど、その責任を果たして貰うわ。」
「ルージュさん……判りました。今度こそはきっと、その重責を果たしてみせます。」
「……儂が失敗した事は認めよう。どのような扱いを受けようとも構わぬ。しかし、儂らがひとりに戻ったとて、再び同じ事を繰り返すのではないか?儂らでは、その重過ぎる責任を背負い切れぬのではないか?」
「エヌマ……。」
「それは安心なさい。私ぁ神様だよ。愛しい夫とともに、この地で末永く幸せに過ごすつもりなの。だからヤクシ、貴女には死者の国の管理者に徹して貰い、私たち夫婦が死者の国の王を務めるわ。」
「死者の国の……王様?」
「全てをひとりで背負い込もうとするから、その責任の重さに耐え切れなくもなるのよ。重き荷なら、皆で分け合って背負えば良い。ライアンが王、私が王妃、貴女が実務担当の管理者。これから先の死者の国は、そう言う形で治めて行くつもりだから。よろしくね、ヤクシ。」
「……ふん、結局は簒奪ではないか。神が聞いて呆れるわ。」
「そ、それは違うわよ、エヌマ!ルージュさんは、そんな事……。」
エヌマラグナの皺だらけの顔は、不思議と安堵した表情に見えた。
「……エヌマ?貴方……。」
エヌマラグナだって、エヌマラグナなりに死者の国の事を考えて、今のような治世を行ってた訳だからね。
暴走はしてても、その根っ子は死者の国の為と言う責任感。その重荷が、今肩から下りた。
「さぁ、それじゃあ始めましょうか。一応、私の中の神の知識、創世の知識を基にしてるけど、実際に行うのは初めてだから、上手く行くかどうか判らないわ。本当に、ヤクシが主人格となって、エヌマラグナは消えてしまうのか。それとも、力の強いエヌマラグナが主人格になってしまうのか。単に、元通りに戻るだけなのか。」
ヤクシは、横たわったままのエヌマラグナに、そっと寄り添った。
「覚悟は良いわね。」
「……はい、ルージュさん。よろしくお願いします。」
私は、ふたりに向け両手を翳し、神気によって包み込む。
やり方は簡単よ。ふたりは、元は死者の国の管理者として、創造神が神を模して創り出した、アストラル体とその核である魂を持つ構造の、精神生命体のようなもの。
この創り出す、と言う行為は、創造神、及び神々の、創世の力に相当するわ。
ほら、私の中にいたストナスコナーも、智慧の神のひと柱であり、創世にも携わってた。
その知識と経験は、不完全ながら、私の中にも記憶として遺ってるからね。
創り出す工程に、ヤクシとエヌマラグナと言うふたつの精神生命体を俎上して、改めてひとつの新しい精神生命体を創り出すの。
下ごしらえとして、エヌマラグナは叩いて柔らかくしておいたから(笑)、後はヤクシの方にエヌマラグナを加える形で創世し直すだけ。
私の神気のヴェールの中で、人間サイズのヤクシの中に、巨人サイズのエヌマラグナが重なって行く。
エヌマラグナの形が消えた後、今度はヤクシの影が大きくなって行き、サイズが巨人のそれとなる。
だけど、そのシルエットは変わらずヤクシのものであり、ヤクシにエヌマラグナが吸収されたと思わせた。
それを見届けた私は手を下ろすと、次第にヴェールが薄れて行って、そこに生まれた新たな生命の姿を露わにする。
4m級の巨人になったヤクシ、なのだけど、完全にそのままでは無いわね。
体型が判らぬようなゆったりした服だったものが、今は体に張り付くようになってて、スタイルが細身の女性のそれよりも、少しがっちりと変化してる。羽衣のような装束は、そのままだけど。
化粧にも変化は見えないけれど、顔立ちは少し中性的になり、菩薩と言うより某歌劇団の俳優みたい(^^;
イケメンとも言えるし、格好良いお姉様とも言えるような、そう、男装の麗人と言う言葉がしっくり来る。いえ、実際の性別は判らないけれども。
「どう?貴方はだ~れ?」と問い掛けてみる。
眼をしばたたかせ、自分の両手、そして体と目で追い確認しながら、「……ヤーマ、いいえ、ヤクシ……違いますね。エヌマの意識は遠くに感じますが、もう私はヤーマでもありません。」
「そう……それは良かった。」どうやら、大体思惑通りに行ったみたいね。
「ルージュ様……本当に、ありがとう御座いました。」
「ちょっと、止めてよ。」
「え?……何がでしょうか。」
「その、ルージュ
「しかし、これからは貴女に仕える事になるのですから。」
「私とライアンに、ね。それに、あくまで私たちは、象徴に過ぎないわ。実務を取り仕切るのは貴女なんだから、しっかり頼むわよ、ヤクシ。」
「は、はぁ……あのぅ……。」
「なぁに?」
「私は、ヤクシで良いのでしょうか。」
「……正確には違うけど、もうエヌマラグナでもヤーマラグナでも無いんだから、ヤクシで良いでしょ。私は、もう呼び慣れちゃったし。……それとも、他の名前にしたい?」
静かに首を振るヤクシ。
「いいえ。いいえ、とんでもありません。私はヤクシです。これからも、私はヤクシです、ルージュさ……ん。」
「えぇ、よろしく頼むわね、ヤクシ。」
こうして、死者の国を地獄へと変えたエヌマラグナの脅威は去り、私たちと一緒に死者の国を建て直す、新たな仲間が誕生したわ。
さて、この後は、ライアンたちと戦ってるビジランテたちに戦闘終了を告げ、戦闘用ビジランテたちを解放してやり、記憶が戻せるビジランテたちは元に戻してあげたり、ヤクシの力を借りてビジランテたちの仕様を変更、転生業務の再開、いくらでもやる事がある。
ここからが、本当の大掃除の始まりね。
6
それから数万年……。私たちは、死者の国を統治したわ。
新しい陣容は、死者の国の王をイザナギと号してライアンが就き、その妻イザナミに私。
新たな存在に生まれ変わったヤクシは、引き続き死者の国の管理者に任命。
そして、クリスティーナには、宰相として傍にいて貰ったの。ほら、彼女も待ち人がいるでしょう?
彼は飛び切りの長命種だから、しばらくこちらへはやって来ない。遊ばせておくのも勿体無いし、私たちの国造りを手伝って貰ったわ。
まず、戦闘用ビジランテのデータは消去。もう二度と、あれは創られない。
ビジランテたちの記憶は上書きとせず、あくまで必要な記憶を追加する形で、自警団員を務めて貰う事に。
数は1000人を基本として、多少増減あり。志願者と罪人の両方を採用。
以前は、記憶がそのままでは罰にならないと、受刑者の記憶は奪った訳だけど、今度はその必要が無い。その理由は、後で説明するわね。
ちなみに、497番を始めとした、永く転生を先送りにされてたビジランテたちは、優先的に転生させたわ。
残念だけど、もう記憶を戻して元の人格を取り戻す事は出来無いから、彼らも転生する事を拒まなかったわ。ようやく順番が来たと、喜んで転生して行った。
その転生。結局、法則のようなものは、一切判らなかった。
知的好奇心もあったし、転生に際しどんな魂がどんな存在に転生するのか判れば、魂たちをどう導き、どんな魂から転生させれば良いかの指針にもなると思ったんだけど、転生の門はともかく、その先は完全なブラックボックス。
創造神の理だから、ただの神に過ぎない私では、その真理を解き明かす事は難しかったの。
魂に目印付けて送り出しても、何に転生したか知る術も無し。実証実験も出来やしない(-ω-)
もうね、転生に関しては一切判らない事が判ったわ。
だから、転生は全て、創造神の思し召しにお任せする事にしたの。
転生の順番は、完全に死者の国へと召された順。
もちろん、いつまでも自分の世界に囚われたまま、幸せを、或いは自ら望む苦しみを享受し続けてる魂は、そのままにしてあげる。
そして、転生を望まぬ者には、死者の国に留まる事も許したわ。
だって、ライアンといちゃいちゃし続ける為に転生しない私たちが統治者だからね。
転生したくない他の魂を無理矢理転生させちゃ、エヌマラグナ以上の暴君よ(^Д^;
基本的には死んだ順に転生を許可して、自分の世界では無く死者の国で暮らす事も認めた。
私たちがいる以上、例えモンスターが暴れたって抑えられるから、モンスターだから、力ある超越種だから、と理由を付けて優先的に転生させる事も止めて、粛々と順番通りに転生させる事にしたわ。
もう、無用な争いは死者の国から消えた。
新生死者の国は、地獄では無く極楽と化したのよ。
受刑者たちも素直に従う。モンスターが暴れても問題無し。乱暴狼藉を働く輩が、例え超越種でも対応可能。
それはもちろん、私が強いから。力を取り戻したライアン、クリスティーナ、進化を遂げたヤクシが、エヌマラグナ以上の強さを得たから。と言うのも理由のひとつ。
だけど、死者の国は広くて、死者の魂は数多い。全てを私たちだけで面倒見切れないでしょ。
それでも、滞りなく統治が行き届くには、もうひとつの理由があるの。
それが、統治を助けて貰う、新たな仲間たちの存在よ。
ビジランテたちの上官として、現場で直接指揮を執る猛者たち。
それこそが、お隣、真なる魔界からスカウトして来た、Named悪魔たちよ。
その筆頭は、懇意にしてたアギラ。再会した時から考えてたの。折角の縁だし、アギラが睨みを利かせてくれたら、見た目も手伝ってとても効果的なんじゃないか、って。
もちろん、瘴気を抑える事を覚えて貰わなくちゃならないんだけどね。
それから、魔界と死者の国の間にある結界は清浄でも、死者の国自体は別に神聖な空間じゃ無いから、悪魔が入り込んでも問題は無いの。
だから、魔界と死者の国の間を私が行き来させさえすれば、悪魔だって死者の国で生きて行けるのよ。
ただ、いくらアギラが優れた悪魔でも、アギラだけではやっぱり数が足りないわ。
そこで、他の悪魔たちもスカウトしたんだけど、もうひと柱の顔見知りを勧誘する時が、結構大変だったのよね。
ガリギルヴァドル……彼を引き抜く為に、猿帝マルギリファルスと戦う事になったのよ(--;
ガリギルヴァドルの気配は覚えてたから、広い魔界の中でも比較的簡単に見付けられた。
最後に会った時同様、ステルスでこっそり近付いて背後から声を掛けてやったら、非道く吃驚してたわね(^^;
事情を説明して勧誘を試みたけど、「すまないね。私は、マルギリファルス様に忠誠を誓う身だ。何も、強制的に忠誠を誓わされてる訳じゃ無いのさ。心からお仕えしたいと思っての忠誠だよ。だから、その誘いには乗れないね。」と断られた。
ふ~ん、ガリギルヴァドルにそうまで言わしめる、猿帝マルギリファルスか。と興味が湧いた。
「それじゃあ、私をマルギリファルスに紹介して頂戴。貴方を引き抜きたいと、話してみるわ。マルギリファルスの意向なら、貴方だって死者の国へ出向するくらいは良いでしょ。」
「……私の気は変わらないよ。とは言え、我が主に引き合わせるのは構わない。……私はマルギリファルス様を信じているけど、ルージュ、お前が特別なのも良く判ってるつもりだ。会わせてみたい、とは思うからね。」
そうして私は、猿帝と面会する事になった。
彼らの領地は、魔界の森林地帯。その中ほどにある開けた草原に、雨露を凌ぐ程度の簡素なあばら屋がぱらぱらと建ってて、中央の集会場のような場所が、言ってみれば謁見の間の代わり。
豪奢で威容を誇った魔王城とはまるで違う、猿帝の拠点。
マルギリファルスは猿帝と言うだけあって、その容姿はゴリラを思わせたわ。
でも、他の猿のような俊敏さや器用さも持ち合わせてて、通常の一対の腕以外に、背中に三対の腕を持ち、足を手のように器用に使い、尻尾も自在に操ってた。
身長は、通常の悪魔たちより少し大きめで、7~8mくらいはありそうね。体を丸めてるから、少し小さく見えるけど。
最初、ガリギルヴァドルに紹介された時には、然して興味も示さずつまらなそうにしてたけど、私が力を抑えるのを止めて名乗りを上げた途端、その瞳の奥に炎が灯った。
そこからは、話が早かったわ。目的は判った。ならば俺と戦え。俺に勝ったなら、願いを聞き届けよう。この手の戦闘狂の反応は、いつも同じね。
まぁ、その反応は予想出来たし、確かにシンプルで判りやすい。猿帝の実力にも、興味あるしね。
私は結界を張り、結界内を亜空間と繋いで外界と隔絶した世界に変える事で、時間を加速させた。
加速と言っても、私たち自身の体感は変わらないわ。亜空間化した結界内の時間経過が周囲よりも遥かに早くなったけど、私たち自身はその世界に属する存在と見做されるから、あくまで結界外からは早くなったように見えるだけ。いえ、早過ぎて見えないけども(^^;
何故そんな事をするかと言えば、神と悪魔の戦いだもの。そう短期間で、決着なんか付かないからよ。
ただ、あくまでお互いの力を確かめ合う戦いであって、殺し合いじゃ無い。そこまで永引かない可能性もあったんだけど……その戦いは、結果的に100年続いた。
時間経過が全く異なるから、外では数分しか経ってないけどね。
私はショートソードで斬り付け、猿帝は殴る蹴るのド突き合いで、おおよそ100年。
こう言う手合いに実力を認めさせるには、搦め手じゃ無く正面からやり合う必要があるから。
でも、そんな真正面からの攻め合い全てで私が上を行くので、ジリ貧になった猿帝は、100年経った頃切り札を切って来たわ。
腕や足、尻尾を使った、立体的な攻撃、その真価を発揮する為、結界内に魔界の森を現出させる。
それに対し、正面からのド付き合いでは無いのならと、私も本来の戦い方にシフトする事にしたわ。
さっき、全てで私の方が上を行った、と言ったけど、その差はとても小さなもので、気を抜けば私が後れを取る可能性も充分あったの。つまり、手を抜く余裕なんて無い、って事。
とは言え、当初は正面から実力をぶつけ合う意図があったから、招喚やクリエイト、分身による私自身以外の戦力の使用は今回禁じ手と決めてたので、私も土魔法の亜種である植物を操る魔法を用い、蔓をホーミングさせて動きを縛ろうとしたり、そこらの巨大植物を操り(本来、敵の戦力だからこれは良し(^^;)種を飛ばせて弾幕を張ったりさせ、目くらましの最中にパーフェクトステルス発動。
今の私なら、闇孔雀すら欺けると思ってるんだけど、思った通り猿帝は完全にこちらを見失った。その隙に背後へ回り、ひと太刀斬り付けて即短距離空間転移で離脱。そして、再び気配を断つ。
真正面から戦わない。それが私の、本来の戦い方だから(^∀^;
こうして、自分の領域のはずの森が徒となり、猿帝は一方的に斬り刻まれる事に。
しかも、わたしの一刀は、確実に猿帝の腕を斬り飛ばす。
斬り飛ばされた腕は、超速再生ですぐ元に戻ってしまうけど、決して無意味じゃ無いのよ。
超速再生って、とても強力な能力だけど、ノーコストじゃ無いからね。
例えば、魔力が65535あるとして、100くらいは魔力を消耗するわ。
まぁ、普通なら大した事無いわよね。
滅多に、腕を斬り飛ばされて、超速再生しなければならない事態になんて陥らないから。
でも今は、ひと太刀ごとに腕が飛び、足が飛び、尻尾が飛ぶ。
たった100の消費でも、10回再生すれば1000、100回再生すれば10000、神と悪魔の戦いが永遠にも及ぶならば、65535の魔力が尽きる事もあり得る話。
もちろん、実際にはそんな単純な話じゃ無いわ。
戦いが永引けば、戦いながら魔力も回復して行くし、力が拮抗していれば、一方的に削られ続ける事も無い。
でも、私と猿帝の戦いにおいては、それが拮抗しなかったのよ。
私の攻撃で傷付き、それを猿帝が再生、消耗。
魔王サトナスなら、魔力だけは私や闇孔雀よりも上だけど、私を65535とした場合、どちらかと言うと肉弾戦が得意な猿帝は30000弱。
だからこそ、たった100年で決着が付いた。
そう。神と悪魔の戦いにおいて、100年は決して永い時間じゃ無い。外では数分だしね。
魔力が尽き掛け、超速再生が機能せず、命に別状は無いけれど、かなり傷だらけとなった猿帝マルギリファルス。
彼の口から「参った」とは聞けなかったけど、これ以上の戦いは不要と結界を解いた事で、そんな彼の姿が配下たちに晒された。
すると、一斉に配下の悪魔たちが、私に平伏してマルギリファルスの助命を請うて来た。
ガリギルヴァドルなんか、「私とお前のよしみじゃないか。どうか、私の命でマルギリファルス様を見逃しておくれよ。」とまで言い出したわ。
「出過ぎた真似をするな。」そんな配下たちの態度に、膝を突き荒い息の元、そう強がる猿帝。
どうやら、何か勘違いしてるみたいだけど、元より私に猿帝を害するつもりなんか無い。
だけど、今のこの状況なら、優位に話を進められる。
そうして、ガリギルヴァドルを始め、猿帝配下のNamed悪魔数十柱の内、約半数を借り受ける事にしたの。
アギラだけでは足りないから、もう少し頭数が欲しかったからね。
役割りとしては、まずビジランテたちの直属の上官として、現場監督官。
実務はビジランテたちに任せて、手こずるレベルのモンスターや、超越種の乱暴者たちだけは、生粋の悪魔であるアギラたちが相手をする。
超越種の乱暴者たちは、後ろに控える悪魔たちの存在に気付けば、それだけで大人しくなるしね。
いくら生前超越種だったとしても、魂だけとなった今、とても元闇の神々だった悪魔なんかに敵わないもの。でも、その力の差を感じられる程度には強い。これ以上無い抑止力よ。
そして、もうひとつ。転生の門の監視役。
とは言え、転生の門は私が結界で封じて、私が許可した者だけが通れる形にしたから、例の監視部屋で待機するだけの簡単なお仕事よ(^^;
このふたつの役割を、ローテーションで務めて貰う。
待機だけじゃ退屈だし、ガリギルヴァドルたちは本当はマルギリファルスの傍に侍てたいの。
だから、アギラは監視役と監督官のローテーションだけだけど、ガリギルヴァドルたちはさらに魔界と死者の国勤務のローテーション。
完全にマルギリファルスから引き離すんじゃ無くて、一定期間死者の国務めを果たしたら魔界へ戻り、順番が回って来たら死者の国へ来て貰う、と言う形。
マルギリファルスに完勝した後だけに、この提案はすんなり受け入れられたわ。
まぁ、思惑通りなんだけど、本当に勝てて良かった。実は、言うほど楽な戦いじゃ無かったのよ。
アヴァドラスが自分より弱いと言ってたから、きっと私も勝てるとは踏んでたけど、真正面からのド突き合いとなると、私の苦手分野だからね。
でも、猿帝はそれが得意分野だから、一瞬でも気を緩めたら一気に持って行かれるかも知れない。
そう思って、これ以上無いくらい集中して戦ってたから、100年間本当に気が抜けなくて、精神が磨り減ったわ。
猿帝が戦い方を変えてくれて、私は助かったと思った。
あのままジリ貧でもド突き合いを続ける事を猿帝が選択してたら、さらに数百年戦い続ける内に、私の方が先にへばってたかも知れない。
もちろん、本来の戦い方さえすれば負けはしないけど、今回は実力を見せ付けて、有利に交渉を進めるのが目的だったから。
得意なはずのド突き合いで勝てぬなら、起死回生を賭けて勝負に出る。猿帝がそんな気持ちの良い漢で助かったわ。
7
そんな新体制で数万年を統治し、しかしその統治も今、終わりを迎えようとしてる。
生前とは違い、寿命に縛られず永遠を共に過ごし、私たちは充分満足した。
……先日、ライアンが転生を果たしたの。寂しくないと言えば嘘になるけど、それでも
ただ、ライアンのいない世界に、もう用は無い。だから、死者の国の統治もお終い。
ライアンより先に、クリスティーナとシロも転生して行った。
数万年だからね。たくさん近しい者たちを見送ったわ。
長命な古代竜とは言え、シロもクロも死者の国へと召された。再会は嬉しいけれど、生物として死んで召されるのが死者の国だから、素直に喜べないけどね(^ω^;
他に、1万年を生きたけど、1万年を生きたからこそ、その後寿命が尽きて、アスタレイもこちらへやって来た。ミザリィもディートハルトも、さすがに数万年ともなれば生きてはいない。
神族たちも代替わりして行くけど、やっぱり特別だったのね。オルヴァドルだけは、まだ存命よ。
ガイドリッドとヴェールメルはかなり永く生きたけど、それでももう亡くなって転生済み。
代わりに、私も一度だけ逢った事があるヴェールメルの娘、門番を務めてたモリーヌ。あの娘に、国を託して来たそうよ。
とても信頼してるみたいで、後顧の憂いは無いと、気持ち良く転生して行ったわ。
ちょっと確認の為に戻ってみたら、国名はガイドリッド=ヴェールメル王国のままだった。モリーヌも、ヴェールメルたちの事、愛してたのね。
私が畏敬の念を覚えるほどの愛を貫いた、究極のラブラブゾンビ、ボニーとクライドも、さすがに数万年は永かったようで、すでに転生済みよ。
今の私には判るけど、決して愛が冷めた訳じゃ無いの。それでも、生きる事に満足してしまう。数万年と言う刻の流れは、そう言うものなのね。
あ、そうそう。でも、マーマドールの方は健在なのよ。究極のアンデッドは伊達じゃ無いわね。
長命種を含めた定命の者で、他にまだ生存してる知り合いはいない。
他に存命なのは、物質界では、海底の名も無き光の神。まぁ、あれからずっと眠り続けてるけど(^^;
後は、表と裏の世界神樹と、原初の精霊が形を変えた、黄金樹の守護精霊オフィーリアだけね。
精霊界は特別だから、精霊女王も懇意の精霊王たちも、そして私の親友、花の精霊ヨーコも健在。こっそり物質界に戻る時に、ヨーコとは何度も逢ってるわ。
さらに、真なる魔界の住人たち。新たに産まれた下位の悪魔たちはともかく、元闇の神々だった悪魔たちは、神敵ならぬ悪魔敵である私が上位の神格を以て滅したりしない限り、いつまでも生き続けるでしょ(-ω-)
死者の国の管理者であるヤクシ共々、何も無ければ、この先も永遠を生きるのでしょうね。
ライアンを見送り、私もアーデルヴァイトを去るとなると、統治の在り方を変更する必要があるわ。
死者の国の王は廃し、死者の国の統治は管理者であるヤクシが引き継ぐ。
転生の門への結界は、ジェレヴァンナの手解きを受け、この数万年で闇孔雀にも劣らぬ神格を身に付けた今の私の神気すら纏ってるので、闇孔雀が本気でも出さない限りきっと破られる事は無い(結局、闇孔雀を
だから、この先も結界は大丈夫だと思うので、その通行許可をヤクシのみが発効出来るようにして、他に自我を持たない魂のみ通過可能としておいた。
この自我を持たない魂と言うのは、有り体に言えば子供の事よ。
ほら、悪魔たちは浄化されたり対悪魔用魔法なんかで消滅させられちゃうから、人間と契約して魂を魔界へ持ち去り、その数を維持してるでしょ。
でも、輪廻の輪に属する魂だって、そうして悪魔に持ち去られたり、今から思えば、私大概な事をしてた訳だけど、ダークヒューマンの魂なんかは霧消して消えちゃったりするでしょ(^^;
そうして、悪魔や予期せぬアクシデント(笑)で輪廻の輪に属する魂も数を減らすんだから、そのままじゃ絶滅しちゃうわ。
だけど、実際には、減るだけじゃ無くて、増えるのよ、魂も。
死者の国では、魂たちが平穏に暮らす中で、パートナーを得て愛し合う事もあるわ。すると、ふたりの間に、子供が出来るのよ。
「まぁ、私は実際に、子供を産んだ事無いんだけどね。それでも、実際の妊娠、出産とは違うと思うの。何て言うのかな。子供としてちゃんと成長して出産するのと違って、受精卵が着床した段階で生まれちゃう感じ?まだ、人格の宿っていない、生命そのものみたいな。」
と言うのは、シロとの間に10人の魂を授かったクリスティーナの弁。
その後、生まれた魂は本能のまま、転生の門へ向かって飛んで行き、物質界、乃至精霊界で、初めて生命体となるわ。
まだ一度も人生を歩んでいないから、この魂には自我が無い。自我を持たない魂の通過を可能とするのは、その為よ。
この魂の出産?物質体を持つ生物の出産とは訳が違うから、雄と雌が交尾する必要は無いの。
死者の魂同士に強い結び付きが生まれると、そのふたりの間に授かる事が稀にあるのよ。
だから、種族や性別を問わないの。人間族のクリスティーナと古代竜のシロとの間にも、雄同士、雌同士の間にも、魂の子供は産まれて来るわ。
……私とライアンの間には、1人も産まれなかったけどね。
私が妊娠、出産を怖がってたから、じゃ無いわよ。理由は単純。私は、まだ生者だから。
さすがに、生者と死者の間には、魂は産まれないみたい。
理屈では解ってても、やっぱり少し悔しいわ。いくら永生きだからって、クリスティーナたちは10人も授かったのにね。
それから、アギラたちとの協力関係は、そのまま維持して貰うわ。
そこで問題になるのが、魔界と死者の国の往来ね。
あの結界、当時まだひとりだったエヌマラグナが張ったものだけど、性質的な相性もあって、アギラやガリギルヴァドルのようなNamedですら通れない。
無理して通り抜けられるのは、7大悪魔並みの神格を持つ悪魔くらい。
だから、結界は消してしまったの。
その代わり、吊り橋を渡ったところに、ひとつ要塞を建造。そこは今、六枚羽のエルメティアの拠点になってるわ。
六枚羽の通り名が示す通り、エルメティアは美しい六枚の羽を持つ鳥のような悪魔。
遠くまで見通す眼で、吊り橋を渡ろうとする者を逃しはしない。
もちろん、六枚羽の拠点と知った時点で、無理に押し通ろうとする高位の悪魔は皆無だけど、知性に乏しい下級悪魔はその限りでは無いでしょ。一応、監視の目は必要だわ。
こうして、清浄な結界が消えた事で、この先もガリギルヴァドルたちがローテーションで往来する事も可能になった。
私が去った後も、真なる魔界と死者の国は、アストラル界におけるただひとつの世界として、永遠に存続して行くはずよ。
まだ知り合いはいるけれど、ライアンがいない世界に用は無い。
それじゃあ、私もライアンたちを追って、転生の門へ?
……数万年を生き、神となった今でも、私には変わらないものがふたつあるの。
ひとつは、死への恐怖よ。
私は元人間だから、と言うのとは違うのでしょうね。
ライアンもクリスティーナも、同じ人間、同じ地球人だったのに、素直に死を受け入れ、転生さえ受け入れたわ。
招喚されてすぐ、私はこんなファンタジー世界なら叶うと思った。不老不死。永遠に生きる事。
その為にも魔法を勉強して、時間稼ぎの為の死霊術にも手を出し、大願成就まで死なずに済むよう、徹底的に逃げ隠れを鍛えたわ。
ライアンともクリスティーナとも、まるで違う道を辿った。
この死への恐怖は、私個人の強い想い。それは、未だに消えないの。
この場合の死とは、自我の喪失。
自我を喪い別の存在となって再び人生を生きるのは、私にとっては死と変わらない。私と言う自我の死。
だから、私が転生の門を、自らの意志で自ら潜る事はあり得ないの。
そして、もうひとつの変わらないもの。知的好奇心……知的探求心と言い換えても良いわ。
転生の門に関しては、創造神の理だから何も判らない。
だけど、死者の国では、創造神の痕跡は腐るほど見付かるの。
三界を創世し、永劫続く世界として形を整えるに際し、創造神はアストラル界、死者の国で様々な創世を行った。
輪廻の輪を構築するのに、特に重要な世界だったから。
そして、創世を完成させる事無く、他の神々が創世を引き継いだ後、忽然と姿を消した。
一体、どこへ行ったのか。それは判らない。だけど……どこへ消えたのか。それは突き止めた。
無数に存在する亜空間のひとつ。そこで、創造神の痕跡が途絶えてたわ。
亜空間に干渉出来る神々はいなかった。その所為で、神々は創造神を見失ったのね。
だからね、私、後を追ってみる事にしたのよ、創造神のね。
創造神とは、何者なのか。創造神は、何故創世の途中で姿を消したのか。創造神が向かった先は、どこなのか。
判らないから、直接本人に聞きに行く。
ただ、創造神が辿った道を行くとどうなるのか、それもまた判らない。
もし仮に、全てに飽いた創造神が、まるで成層圏のように神すら消滅させる空間に自ら飛び込んだなら……そう、神の自殺だったなら、後を追う私も死んでしまう。
決して、危険が伴わない訳じゃ無い。
それでもね、わくわくするじゃない。
創造神が進んだ先、そこに何が待つのか。
神々が元いた世界のような異世界があるのか、病院のベッドで意識を取り戻し全てはゲーム内の出来事だったと言うオチなのか、地球の誰かの胎児となって別の人間として生まれ変わるのか、原初の理により形作られた今の私では理解出来無い概念の世界へと至るのか……。
それは一切判らない。そこに、創造神がまだいるのかどうかも判らない。
踏み出してみなければ確かめようも無い、多分戻る事など許されぬ一方通行の未知の世界。
怖く無いと言えば嘘になる。
それでも、わくわくするでしょ。
だから、私は進むのよ。ライアンのいない世界に背を向けて。死者の国の統治を投げ出して。
さぁ、旅立ちましょう。
きっと、私の冒険は、まだまだこれからよ。
おわり それとも……?
あとがき
……おおよそ1年掛けて、何とか書き上げる事が出来ました。
反応も無く、手応えも無く、心が折れそうになりながらも、どうにか完結に至りました。
とても小さな作品ですが、私の生きた証がひとつ、形になった事は重畳です。
最後までお付き合い下さった数名の読者の皆様、本当にありがとう御座いました。
少ないとしても、私の拙い物語を読んでくれる方がいてくれた事が、とても支えになりました。
その数少ない読者様が、この物語を面白かったと思って頂けたなら、幸いです。
例え大勢に認められずとも、私はこの物語が大好きです。
それを書き上げ形に出来て、本当に良かった。
一応、次はもう考えているのですが、実際に再びこの苦しみを味わうかは判りません(^^;
書きながら本当にこれで面白いのかと悩み、更新しなければ読んで貰えないと常に心を急かされ、生意気にも生みの苦しみに苛まれ続けたこの1年。
物語を紡ぎたいと言う欲求もありますけど、同じくらいもう書きたくないとも思います(^Д^;
ですから、違う形でもう一度逢えるかは判りませんが、こう締め括らせて頂きます。
またいつかどこかで、再見ヽ(^∀^)ノ
2024年11月 千三屋きつね
異世界なんて救ってやらねぇ 千三屋きつね @fox1003
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます