第五章 神曲


1


暗雲垂れ込める死の空を、再びクロの姿へと変じた私が、ライアンとクリスティーナを背に飛んで行く。

もう、急ぐ旅じゃ無い。特に結界も張らず、死の空の風を受けながら、悠々と空を泳ぐ。

意識してみれば、ちゃんと空気もあるし風も吹く。さすがに、その風の中に精霊はいないけどね。

それじゃあ、風の精霊の力を借りる新型フライは使えないのかと言うと、招喚により風の精霊を喚び出す事になるから、問題無く飛べる。

見た目こそ荒涼として正に死者の国だけど、環境はほぼ物質界と変わらない。

死者たちの楽園として、創造神が創り出しただけはある。

でも、これから向かう先は訳が違う。創世の経緯からして違う。

力の象徴ドラゴンと、原初の精霊たちに追いやられ、どうにか逃げ出した先がアストラル界。

だけど、純粋で強過ぎるエネルギーの奔流に、悪魔たちだって耐えられない。

アストラル界で何とか生き残る為に生み出した世界、それが真なる魔界。

元闇の神々であり、中には堕天した元光の神々もいて、その中の創造神の後を継ぎ創世を行った何柱かの悪魔が創り上げた世界であり、つまりは創造神が創り出した他の世界とは出自からして違う訳。

真なる魔界がどんな世界か、こればかりは行ってみないと判らない。

私の神気で何とかなるとは思うけど、ライアンとクリスティーナには危険な世界となる。

もしもの時は、ふたりを死者の国へと帰還させる必要があるけど、取り敢えずは私の結界で魔界の瘴気を防いで、様子を見てみるわ。


曇天とは言え快適な空の旅を数時間過ごすと、私は静かに大地へと降り立って、その場所へと辿り着いた。

見た目には、荒野が続くだけの荒涼とした大地。

「……本当に……この先に魔界があるの?」

信じられない様子で、クリスティーナが訊ねて来る。

「えぇ、間違い無いわ。すぐ目の前、もう数歩足を踏み出した距離から、死者の国の気配が途切れてる。そこが結界。」

ふたりは、その言葉を聞いてもその場から動かない。いいえ、動けない。

「えっと……、これ、どう言う事?体、前に進まないんだけど。」

私は、ふたりを尻目に数歩歩き出し、目には見えない結界に触れてみる。

「……、……、……なるほど。この結界、こちら側には人払い、と言うか魂払い?の効果のみね。魂は、何と無く近付いてはいけない気持ちになるの。」

「それじゃあ、僕たちは何と無く近寄れないのか。何か、変な感じだね。」

「でも、どうしてルージュちゃんは……って、そうだった。ルージュちゃんは、まだ死んでいないんだもんね。」

「そうね。ちょっと待って。」

私は、体を半分結界内に入り込ませて、結界を内部からも解析してみる。

「この結界、信じられないくらい清浄よ。それから、魔界側からは侵入出来無くしてある。悪魔はこの結界に近付けないし、近付けても通り抜けられないわね。」

私は、ふたりの許まで戻り「取り敢えず、結界の中はまだ死者の国みたいだし、聖域に等しいから入っても大丈夫そうよ。」と語り掛けながら、不自然に強張って棒立ちになってたふたりの背中をドンと押した。

「うわっ。」「きゃっ。」と、たたらを踏んで、ふたりは荒野を数歩、先へと進む。そこはもう、結界の中。

私も後を追い、「ね、気持ちが足を踏み出せなくしてただけだから、不可抗力なら簡単に通り抜けられる。」

「あぁ、本当に変な気分だね。しかし……とても清浄な空気だ。」

「本当~、死者の国なんて嘘みたい。私は行った事無いけど、アーデルヴァイト・エルムスもこんな感じなのかしら。」

「そうね。エルムス全体はそうでも無いけど、オルヴァドルの宮殿内はこんな感じね。」

神々、つまりは光の神々の神気は聖なる波動を持ち、それが神聖なる力、浄化の力へと繋がる。

反対に、闇の神々の神気は暗黒の波動を持ち、それが呪詛や暗黒魔法の力となる。

成れの果てである悪魔は、その暗黒の神気が変質した瘴気を纏い、垂れ流す。

この結界の持つ聖なる波動は、魔界の瘴気をも浄化するでしょう。

……第四の神である私の神気は、元となったのが闇の神であるにもかかわらず、どちらかと言えば光の神の神気に近い。

でも、聖なる波動は弱いわ。多分だけど、地球の神々の加護によりアーデルヴァイトの神々の加護を受けられず、高位の神聖魔法が使えないまま神域に到達したからだと思う。

聖なる波動は弱いけど、間違っても瘴気なんて漏れないから、私の神気が他者を蝕む事は無い……はず(^^;

「この先も、ずっと荒野が続いているね。」

ライアンが言う通り、結界の向こうもこちらも、景色に差は見られなかった。

「結界は抜けたから、真なる魔界は近いはずよ。もう少し、進んでみましょう。」

私たち3人は、そこからしばらく、徒歩で進む事にした。


相も変わらぬ荒涼とした大地。

そこを小一時間歩いたところで、まず空気が変化した。

まだ死者の国側だけど、かなり結界から離れた事で清浄なる空気は薄まり、少し濁り始めて来た。

クリスティーナは、例のビキニアーマーだからほぼ生身……の魂。

そもそも戦士系特化だったので、魔法的な加護は装備で得るか、仲間に付与して貰うか。

もちろん生前は、シロがそれを担当してた。今はそうも行かないので、一応私が……と言いたいところだけど、神聖系魔法に限ればライアンの方が上。

私たちは地球人だから、ふたりとも高位の神聖魔法は反応してくれないけど、曲がりなりにも大司教まで務めたライアンの方が、信仰心が高いから。

まぁ、ライアンも神族の正体を知ってる分、他の神職のように高い信仰心を誇る訳では無いんだけど、本当に神がいた事も知ったし、神事に関わって来た経験から、能力値としての信仰心は私の比じゃ無い。

今は、単なる魔法的な加護では無く聖なる加護が求められるから、ライアン大司教の加護をクリスティーナに付与してる。

片や、そのライアン。私が招喚した装備に身を包んでるけど、残念ながらエッデルコの最高傑作であるライアン装備一式では無い。

あれは、国宝と認定され、宮殿にて一般公開、と言うか、参拝出来るようになってる(^^;

ライアン専用だからもう誰にも使えないし、大切に扱ってくれるのだから管理はお任せしたので、今もオルヴァ宮殿で信仰の対象として拝まれてる。

特にマーキングはしてないけど、招喚しようと思えば出来無い事は無い……けど、ねぇ。

ライアンも望まないので、代わりにオルヴァ拠点に遺されたエッデルコの装備から、プレートメイルとラージシールド、ロングソードを招喚した。

最高傑作のライアン装備一式には劣るけど、多くはライアン用、私用に合わせて作られた装備だけに、これらの装備もかなりの逸品。

ライアンに至っては、攻撃力だけで無く、防御力も格段に強化されたわ。

その上で、いざとなったら私が神の結界でふたりを守る。

ライアン大司教による神の奇蹟だけでも、まだまだ事足りるけどね。

だから、この空気の濁りは全然問題無い。

そのままさらに10分ほど進んだ頃、より大きな変化が現れた。

私たちの前に現れたのは、大地を斬り裂く大きな裂け目だった。

荒野がふっつり途切れ、暗黒が広がってる。底を覗き込んでみても、見えるのは暗黒だけ。

その暗黒の幅は100mほどだけど、瘴気で濁った空気の中では、100m先も霞んで見える。

そう。この裂け目、谷底から瘴気が吹き上げ、辺りの空気を汚染していた。

瘴気の濃度は然程では無く、私の結界を必要とするレベルじゃ無いんだけど、吹き上げる瘴気の濃度は濃く、まともに浴びては危険だと思えた。

「……これ、瘴気の吹き上げをまともに喰らえば、多分レッサーやグレーター程度じゃ、悪魔ですら滅び兼ねない濃さだわ。」

もちろん、私の神の結界であれば、それほどの瘴気にすら侵されない。

またクロにでも変身して、結界を張って空を飛べば、簡単に越えられそうね。


2


簡単に越えられそう、なんだけど……、ふと疑問が湧いた。

何故、死者の国と真なる魔界は繋がっているのか。

死者の国は、死者の魂が輪廻を廻る為に、創造神がアストラル界に創った世界。

生命の本質を魂として定義付け、神々に倣いアストラル体の核として生命の形を定め、物質界に生きる生命が身を守る為に物質体を纏う事も決めた。

この時、魂に相当する核を持つアストラル生命体であった神も、物質体を持つに至った。

原初の精霊たちは、魂に相当する核を持つアストラル生命体と言う点で神と同等だったけど、神ほど明確な意思を持たぬエネルギー生命体だった。

神と言う外界からの刺激によって、意思が生まれ精神生命体へと進化した。

まだ三界の壁が曖昧だった段階で、物資界の生命、精霊界の生命が亡くなった時、その核たる魂はアストラル界へ戻り、次の生命へ輪廻するとした。

アストラル界そのままでは魂すら危ういので、死者の国を創世。ここまでは、神の知識として知ってる。

この時点では、アストラル界に世界はひとつ。

真なる魔界は、神々の戦争末期、闇の神々が悪魔へと変質した後。光の神々であった神に勝利した後、最初に神から分かたれた力の象徴ドラゴンと、原初の精霊、そして精霊女王の協力によって、悪魔がアストラル界へ追放されてから生まれる。

悪魔だってアストラル界でそのまま生きられる訳が無いから、どうにかする必要に迫られた。

この時、悪魔は物質体を喪い、真なる魔界が生まれ、真なる魔界は死者の国へ接続しようとした……んでしょうね。

この渓谷は、その時接岸に失敗した跡なのか、後に死者の国側から接続を断たれた跡なのか。

でも、悪魔は死者の国へ繋がる必要があった、と言う事よね。

その理由は何かしら。悪魔は輪廻の輪に含まれていないはずだから、死んだ悪魔の魂が死者の国から魔界へ還る為の道が必要だった、と言う事は無いはずだし……。

「どうするの?ルージュちゃん。またクロちゃんになって、飛んで渡る?」

「そうね……。」と、生返事で答えながら周囲を空間感知で調べていると、もう少し左手へ進んだところに、瘴気が途切れてる場所があった。

何故か、そこだけ吹き出す瘴気も避けてる。

「もう少し進んでみましょう。こっちに瘴気が途切れてる場所があるから。」

私はそう言って、その瘴気が途切れた方へと歩き出した。


数分歩いたその場所には、一本の吊り橋が架かってた。

どうやら、この吊り橋の周りだけ、瘴気に呑まれていない。

見た目には、今にも落ちそうな木とロープで出来たぼろぼろの吊り橋なんだけど、ここは物質界じゃ無いから、見た目通りいきなり落ちたりはしないと思う。

「……ここを渡れ、って事かしら。」

「と言うより、ここなら渡れる、と言う事だと思うわ。」

「どう言う事?」

「どんな理由かは判らないけど、わざわざ悪魔は魔界を死者の国へ繋げたのよ。それなら、この谷を渡って、死者の国へ行くルートがあるはず。」

そして、ここは死者の国なのだから、あくまで見た目が吊り橋なだけ。そう見えているだけ、だと思う。

「それじぁあ、ここを渡るのかい?」

「う~ん、確かに瘴気が避けてるけど、何か不安よねぇ。」

「大丈夫よ。私が結界を張るから、並んで渡りましょ。」

「え?!3人一遍に渡るの?……この橋、落ちたりしないわよね。」

「大丈夫よ……多分。」

「多分って。」

「もしもの時は、結界ごと浮くから大丈夫。」

そうして、私たち3人は、並んで吊り橋を渡る事にした。

ぎしぎし軋む吊り橋は、確かに心臓に悪い(^^;

ロープも頑丈そうには見えないし、幅も狭く、瘴気こそ来ないけど吹き抜ける風が吊り橋を揺する。

こう言う時「きゃー、きゃー」騒げるところが、生粋の女性であるクリスティーナと、元男である私の違いかしら(^ω^;

そんな風に騒がしく進んでいると、丁度橋の真ん中辺りまで来た時、橋の向こう側にいる存在に気付いた。

あぁ、別に問題がある訳じゃ無いわ。ただ、とても懐かしい相手だから、少し吃驚しただけ。

「ライアン、クリスティーナ、多分敵じゃ無いから、警戒しなくて良いわ。」

「え!?」と、私に言われて、初めて橋向こうに誰かがいる事に気付いたクリスティーナが声を上げた。

「君の知り合い、と言う事かい?」と、ライアン。

「えぇ、逢ったのは一度切りだけど、その時も敵対はしなかったから、大丈夫のはずよ。」

きしきしと、踏み板とロープを軋ませながら、私たちは橋を渡り切り、その存在の前まで辿り着いた。

「お久しぶりね。と言っても、この姿で逢うのは初めてだと思うんだけど、良く判ったわね。」

その美しい悪魔は、薄く笑った。

「面白そうだったから、シヅだけじゃ無くて、お前も見ていたんだよ、ノワール。いや、今はルージュか。しばらく見失ったかと思えば、よもやこんな場所までやって来るとは、つくづく面白いよ、お前は。」

体のところどころに硬質化した突起が模様のように並び、その黒い肌にも紋様のようなものが刻まれた、全裸のエルフ女性のような姿。

長い金髪をなびかせたこの悪魔は、いつかニホンで出逢ったNamed、アギラだ。

「見失ってた?」

「あぁ……お前、神になったのだろ?おかしな転移も使うから、常にその姿を捉え続ける事は難しかった。しかし今度は、アーデルヴァイト中を捜しても見付からない。お前が死ぬとも思えぬから、もしや精霊界にでも迷い込んだのかと思っていれば。急に、魔界の端にお前の気配が現れた。まさかと思うが……精霊界を抜けて死者の国まで来たのか?生身のままで?」

「……正解だけど……、止めてよ。ずっと見てたの?まぁ、魔界は退屈だって言ってたから、それなりに面白かったのかも知れないけどさ。」

「ふん、無理な話だ。シヅや他の人間たちもそれなりに面白かったが、お前は別格だ。私の遠見は世界の壁すら超える代わりに、発動に条件がある。直にこの眼で“見る”事だ。あの時お前と出逢えたのは幸運だった。」

ふ~ん、なるほど。と言う事は、元々アギラは、頻繁に招喚に割り込んで、アーデルヴァイトで色々な人間を“見て”いた訳だ。

「あれ?でも、シヅとは招喚の時に会ったのが初めてなんだから、事情を見たように語れたのは変じゃない?」

「人間は、寿命が短いからな。私が“見た”人間の数代先までは、効果が継続する。祖父であるナオミチを“見て”いたから、タツマ家の者たちを観賞していたんだ。」

「観賞、ねぇ。あれ?貴女の力は世界の壁を超える、って言ったけど、精霊界や死者の国にいる私の事は見えなかったの?」

「ん?あぁ、言葉が悪かったな。あくまでも、魔界からでもアーデルヴァイトが見える、と言う意味だ。残念ながら、私の力では精霊界に干渉出来無いし、死者の国との境には忌々しい結界があるからな。死者の国も覗けない。と言うより、死者は見えなくなるから、アーデルヴァイト以外を遠見で覗いた事は無かった。精霊界や死者の国にいる人間が見えない、なんて事、私も今知ったよ。」

そりゃ、そうか。生きたまま精霊界、死者の国へ行く人間なんて、私以外にいないもんね(^^;

「それで、あのぅ~、ルージュちゃん。こちらは、どちら様?」

「あぁ、ごめんなさい、ふたりとも。彼女はアギラ。見た通り、Namedよ。昔、まだ私がノワールだった頃知り合った、昔馴染み。それで、こっちのふたりは……。」

「判るよ。お前の夫ライアンと、盟友である勇者クリス。間接的にだが、お前たちにも楽しませて貰った。出来れば、生前に“見た”かったよ。」

死者の魂である今のライアンとクリスティーナには、遠見も効果が無い訳ね。

「それで、どんなつもりでこんなところへ来たんだ。神であるお前ひとりならともかく、死者の魂など引き連れて。」

「……そうね、丁度良いかも知れない。」

「何が、丁度良いんだ?」

「当然、アギラは魔界に詳しいわよね。もちろん、私たちは不案内。良かったら案内して貰えないかしら。ついでに、少し聞きたい事もあるの。」


3


「ふむ……案内は構わない。案内を頼むと言う事は、例の場所だな?お前の事は見ていたから判るし……あそこは今、少し特別な場所になっているからな。」

「特別な場所?」

「まぁ、行けば判るさ。歩きながら話そう。質問にも答えよう。私で判る事ならな。」

そう言って、アギラは振り返って歩き始めた。

私は、ライアン、クリスティーナと見交わした後、アギラの横に並んだ。

ライアンとクリスティーナは、私たちの後に付いて来る。

「それで、何が聞きたい。お前は本当に、知的好奇心旺盛だな。」

「む~、何だかそっちばっかり私の事知ってて、嫌な感じね。まぁ、その通りなんだけど。」

今の私は、当時と違って女性体だから、アギラの方が少し見上げるほど背が高い。

裏アーデルヴァイトの魔族なんかと違って、巨人サイズでは無いけれど、人間よりはひと回り大きいのね。

「それでね、聞きたいのは大まかにふたつ。ひとつは……と、その前に、貴女Namedだけど、誰かの配下って感じじゃ無いわよね。もしかして、魔界が出来てから生まれた若い悪魔じゃ無くて、元闇の神、神代の時代から生きてる悪魔なの?」

「……何故、そう思う。」

「ん~、確かに、体の大きさから言うと、元神、って感じじゃ無いんだけど、多分アヴァドラスや闇孔雀が特別なんじゃないかしら。あのふたり、堕天した元光の神でしょ。だから、悪魔に変節した闇の神々より、神の血を色濃く遺してそう。そして、アギラ貴女、あの時は仮初めの体だったから当然弱かったんでしょうけど、今の貴女はちゃんと壁を越えた超越者のそれ。誰の庇護下にも入らず、若くしてそれだけの力を得るなんて、いくら悪魔でも難しい。と言うか、仮に若い悪魔だとして、元は何なの?レッサー、グレーターなんてあり得ないし、アークデーモン、デーモンロード級が名を得るなら、誰かの庇護下に入るのが普通でしょ。だったら、ただのNamed、と言う時点で、正体は知れるってものよ。」

アギラは、こちらも見ず、表情も変えず「やっぱり、面白いな、お前。良く悪魔の事を知っている。答えはYESだ。」と言ってから、ひとつ溜息を吐いた。

「どうしたの?」

「言っておくが、本当は不本意なんだよ。闇の巨人たちは特別だから仕方無いが、同じように魔界へ墜とされながら、私には肩書きが無い。簡単な話さ。アギラなどと言う立派な名を持ってはいても、私は弱い悪魔なのさ。神代の戦争に生き残れたのも、偶然に過ぎない。コンプレックス、と言うのだろう?人間観察ばかりして来たから、私も人間的になってしまったようだ。」

「ふ~ん……まぁ、確かに強さや序列なら他の悪魔に敵わないんでしょうけど……貴女、悪魔にしてはかなり綺麗よ。今は仕舞ってるけど、翼も美しかった。充分、特別な悪魔だと思うけどね。」

私の言葉を聞いて、今度はまじまじと私の顔を覗き込むアギラ。

「な、何よ。」

「いや……本当に面白い人間……、いや神だな、お前。それで、聞きたい事は何だ。」

「あぁ、そうそう。まずひとつ目は、魔界がどうして、死者の国と繋がってるかよ。こうして歩いて来られたんだから結果的にはありがたいけど、結界があって貴女たち悪魔は死者の国と自由に行き来出来無い訳でしょ。もちろん、死者の国側から魔界に繋がりたい訳無いし。どうしてわざわざ、悪魔は魔界を死者の国へ繋げたの?」

正直、どうでも良いと言えばどうでも良い(^^;

これは、単なる私の知的好奇心。

「それは簡単な話だ。創世とは正に神の奇蹟なのだよ。おいそれと真似出来るものでは無かったと言う事さ。私は創世を司ってはいないから、具体的な事は判らないけどな。とにかく、悪魔だけで創り出した魔界では、私たちが生きて行くのも難しかった。そこで、創造神が創り出した死者の国と繋ぎ、参考にしたそうだ。」

「なるほど。アヴァドラスだって、あくまで創造神が創り上げた世界に大地を産んだだけで、0から、原初の世界そのままのアストラル界から、生きて行けるだけの世界は創り出せなかったのね。」

「まず私たちは、物質体を捨てた。原初の魔界の環境に馴染めず、むしろ重荷になったからだ。だが、アストラル体だけで生きるにも限界がある。弱い悪魔が何柱もこの時滅んだ。思えば、あれを生き延びたのだから、私は運が良い。」

それなりに特別だった、と思い至ったのか、少しアギラの声は明るかった。

「無理矢理、死者の国へと接岸した事で、魔界の環境は一変した。参考にする以前に、死者の国と地続きになっただけで、魔界は悪魔が住める土地となった。参考にしたのは、その後だな。」

「あ、あのぅ~。」と、クリスティーナが恐る恐る言葉を挟む。

「参考にするだけですか?いっそ、死者の国を奪おうとか、悪魔だったら思ったりしそう……なんて、ごめんなさい。」

……あぁ、そうか。アギラはまるでその気配、力を抑えていないから、って、悪魔は魔界で暮らしてるんだから当然だけど、その所為で未だ本来の力を取り戻せていないライアンやクリスティーナよりも、かなり強い気配を発してる。

私の知り合いだとは言っても、これほど強い悪魔を目の前にしたら、緊張して当たり前か。

「それは無いわ。……って、もしかして、そう言う事考える馬鹿、少しはいた?」

「はは、あぁ、いたぞ。死者の国を蹂躙なぞして、私たちに何の得がある。いや、少し頭の働く悪魔なら、それが自分たちの首を絞める事くらい気付く。だから、あぁして断崖で遮って、瘴気の壁で死者の国へ行けないようにした。」

「え!?でも、吊り橋……。それに、どう言う事ですか?」

「丁度良いわ、アギラ。もうひとつ聞きたかったのは、魔界についてよ。推測は出来ても、はっきりとは知らない事も多い。神の知識があっても、魔界は神代の戦争の後創られたんだから、知りようが無い。だから、貴女が知る限りで良いから、魔界について聞かせて頂戴。」

「ふむ、そうだな。これから旅する場所だ。知っておいた方が良いだろう。」


そうして話しながら歩く内、段々風景に変化が訪れてた。

ただ荒涼とした荒野だったものが、植物が生い茂る大地へと姿を変える。

……が、その植物は物質界のそれとは違い、悪魔たちの瘴気により歪に変化を遂げた禍々しき植物たち。

緑、と植物を表現する事があるけど、魔界の植物たちは緑色をしていない。

まぁ、太陽の光が届く訳では無いのだから、葉緑素も必要無いのかも知れない。

「魔界は本来、もっと綺麗な世界だった。死者の国を参考にして、物質界を模したからな。最初の魔界は、アーデルヴァイトの大地そのものだった。」

私は、周りを見回して「随分……変わってしまったようね。」

「あぁ、悪魔に変節した私たちは、内面に秘めた妬み、嫉み、僻みと言った悪感情から生まれた瘴気を抑え切れなくなり、その瘴気が大地を汚染して行った。その成れの果てが、ここ魔界だ。本来、物質界の鏡写しであった世界は、森が変質し、山肌が露出し、水が濁り、空を瘴気が覆う、地獄と化している。だからこそ、私たちは焦がれるのさ。私たちが失った、美しいアーデルヴァイトを。」

「……それで、同じように妬み、嫉み、僻みから悪魔の力を借りたいと願った人間の呼び声に応え、一時とは言えアーデルヴァイトへ顔を出すようにもなった、と。」

「そうだな。最初に行われた招喚がどの様なものであったか、私は知らぬ。しかし、人間たちの招喚に応えれば、アーデルヴァイトへ行けるのだと、瞬く間に知れ渡った。その余りの無秩序ぶりに、魔王によって招喚におけるルールが定められた。今人間の魔導士が使う招喚術や招喚儀式は、こちらで認めたものに過ぎぬ。こちらがこちらで決めたルールに則っているだけだ。」

「……あのぅ~、それって、その気になれば、もっと自由勝手に悪魔はアーデルヴァイトへ行ける、と言う事ですか?」

「……少し違うが、受肉や帰還に関してはこちらの自主規制だからな。世界を渡る為に喚び出して貰う必要はあるが、確かにアーデルヴァイトへ留まろうと思えば留まれぬ事も無い。」

「ちょっとぉ~、それって一大事じゃない!」思わず素に戻るクリスティーナ(^^;

「だけど実際には、悪魔はアーデルヴァイトに留まったりしない。下手に留まれば人間やアスタレイたちに倒される、と言う事もあるだろうけど、それは下位の悪魔の話だよね。」

「そう言う事。理由はさっき、アギラが言ってたわよ。」

「え?」

「この魔界の現状を考えてみて。もし高位の悪魔がアーデルヴァイトに留まり続けたら、どうなると思う?」

「……魔界と同じように、瘴気に汚染されちゃうわ。それを悪魔が気にしてるって言うの?」

「そうだよ、勇者クリス。物質界まで魔界と同じになってしまっては、私たちは愛でるべき世界を全て失ってしまう。たまに訪れるだけであっても、アーデルヴァイトには美しい世界のままであって欲しい。」

知性ある、分別のある悪魔ならばそう考える。

大地を産んだアヴァドラスだけで無く、あの闇孔雀だって、自分たちの瘴気が大地を穢す事を知るからこそ、アーデルヴァイトへの降臨を望まない。

アーデルヴァイトは、触れれば枯れる花なのだった。

「だけど、悪魔がアーデルヴァイトに渡るのは、アーデルヴァイトが恋しいからだけじゃ無いわよね。」

「え?どう言う事?」

「……推測は出来るけど、確認しておきたいの。悪魔は輪廻の輪から外れてる。でも、悪魔にとっても魂は生命そのものであり、存続する為には必要不可欠な存在。」

「対価か。悪魔は願いを叶える対価として、魂を要求すると聞く。」

「そうね。悪魔は人間たちの魂を奪って行く。でも、何故かしら。一体何に使うのだと思う?」

「……そう言えばそうね。魂なんか奪って、どうするのよ。」

「転生だよ。悪魔も転生する時に、魂を核として使う。」

「え?!でも、輪廻の輪からは外れてるって。」

「その通り。私たち悪魔は、いいや、そもそも神と言う存在が、創造神の同胞はらからであり、この世界の住人では無かったからな。ドラゴンや精霊は、望んで創造神の理の中に潜り込んだのさ。転生の為にな。だが、私たち悪魔はそうしなかった。故に、輪廻の輪には属さない。」

「そう言う事ね。」

「え?どう言う事よ、ルージュちゃん。」

「つまりね、力を失った古代竜と精霊たちは、進んでこの世界の住人となったのよ。そうすれば、本来不死であった神から身をやつした子孫たちが、輪廻転生による仮初めの不死を得られるから。そうしなければ、残った個体たちが死んでしまうと、種が絶滅しちゃうでしょ。神は殺そうとしても厳密には死ねなかった訳だけど、真なる古代竜では無くなった古代竜たち、原初の精霊では無くなった精霊たちは、他の種族よりは強くても、不死では無いし寿命も得た。いつかは死ぬ普通の生命になった。でも今、古代竜や精霊は転生に組み込まれている。彼らの父祖が、そう望んだ結果なのよ。」

「……え~と?」

「そんな彼らと違って、創造神の理に属さなかった悪魔は、輪廻の輪から外れているから、そのままでは絶滅してしまうと言う事だよ。」

「なるほど……悪魔が絶滅?とてもそんな風には思えないんだけど。」

「そこで、悪魔には人間たちの魂が必要になった訳。でしょ。」

「あぁ、その通りだ。とは言え、名を持つような力ある悪魔は、そう簡単には死なない。魔界が今のように定着する前にアストラル界で果てた悪魔は、死んだと言うより取り込まれて違うモノになった、と言った方が正しいが、すでに悪魔としては死んだも同じ。しかし、基本的には、アークデーモン、デーモンロード以下の下位悪魔くらいしか、そうそう死ぬような事は無い。とは言え、そんな下位の悪魔が種としての悪魔を構成する大事な存在ではある。こいつらは、魔界で死ねば問題無い。魔界には、死んだ悪魔の魂を縛り付ける力がある。死者の国へ導かれたりはしない。」

「でも、死ぬのが魔界とは限らない。」

「そう、下位の悪魔どもは、招喚された先で死ぬ事もある。だから、招喚魔法、招喚儀式の術式には、招喚時と死亡時にアストラル体ごと魂が世界を渡る術式が組み込まれている。」

「そう言えば、そう言う文言が必ず含まれてたわね。」

「その条件に適った術式にだけ、応えるようにして来たからな。結果的に、今人間が使える招喚魔法、招喚儀式は、全てその条件を満たした魔術だけになった訳だ。」

過去の偉大な招喚術師たちは、自らの研究が実を結んだと喜んだ事と思うけど、要は悪魔側の審査に受かっただけの話だったのね。

やっぱり人間なんて、悪魔の気分に左右される、ちっぽけな存在なのね。

「だが、人間たちも然る者。時に、レッサーのような弱い個体は、魂ごと消滅させられる事もある。浄化の力を持つ者もいるし、敵は人間の他にもいる。魔族や神族に出遭ってしまった個体は、グレーターはおろかロードたちですら消されてしまいかねん。」

「そうなると、魂そのものが消滅しちゃったり、浄化された時は死者の国へ送られたりして、数を減らしちゃう訳だ。」

「そこで、人間との取引で魂を集め、新しくレッサーなどの下位悪魔に転生させるのさ。これで、お手製の輪廻の輪の出来上がりだ。」

「納得行ったわ。思ってたのよ、闇孔雀復活の時、かなりの数のレッサー、グレーターを滅ぼしたはずだけど、それで悪魔は数を減らしたんだろうか、ってね。もちろん、高位の悪魔たちが滅びる事なんて期待してなかったけど、世の悪魔被害は減るのかな?って。」

「残念だったな。私たちも生きている。出来れば、滅びたくは無いのでね。……変節してしまった今、何の為に生きるのかは疑問だがな。」

変節する前……闇の神々であれば、試練を与える厳しい態度ではあっても、アーデルヴァイトに生きる子供たちを導く使命もあった。

今の悪魔には、そんな志は無い。

それでも、生まれてしまったからには、生きたいのが生命よ。

私はそう思う。


4


「あ、そうだ。それで、何で吊り橋が架かっていて、悪魔は死者の国を襲わないの?」

「そう言えば、その話だったわね。」

アギラは、歩きながら振り返り、直接クリスティーナに答える。

「簡単な話だよ。魔界が今の環境になったのは、死者の国と繋がったからだと言っただろう。馬鹿を封じ込める為に断崖を築いたが、完全に繋がりを断っては魔界の環境が元に戻ってしまう懸念があった。そこで、あの吊り橋一本だけでも、ふたつの世界を繋げたままにしたのさ。」

そう言う事ね。魔界の環境が悪魔が住める状態へと改善したのは、魔界が死者の国へと接岸したからだと言ってた。

創造神の理としては、繋がった魔界と死者の国は、同じ世界と扱われたのかも知れない。

そうであった場合、繋がりを断った途端、魔界は創造神の理からも断絶される恐れがある。

言ってみれば、軒先を借りているからこそ、魔界は魔界足り得ているのかも知れない。

そして悪魔は、母屋を乗っ取るつもりも無い。

「吊り橋だけが唯一の繋がりだから、監視も簡単だ。これで馬鹿を封じられたし、その後死者の国側で結界を張ったから、今では下位の悪魔どもは近付く事すら叶わない。だから、今は吊り橋に監視はいなかっただろう?」

「そ、それで、その結界が張られる前に、死者の国へ行ってそれこそ魂狩りでもしようなんて悪魔は、いなかったんですか?」

顔を合わせて話す事になり、また言葉が丁寧になるクリスティーナ(^^;

「いないよ。知性ある悪魔の中には、だけどね。考えて御覧、勇者クリス。死者の国が崩壊したら、アーデルヴァイトはどうなるか。輪廻の輪には、人間、亜人、精霊、神族、魔族、古代竜だけで無く、モンスターや動物たちも含まれている。その廻りが滞れば、アーデルヴァイトから生命が絶滅してしまう。望まないのだよ、私たちも。アーデルヴァイトの滅亡など。死者の国は、創造神が創り上げた、世界が悠久に存続する為に不可欠なシステムの一部だ。壊したらお終いなんだよ。」

悪魔は、もう闇の神々では無いから、別にアーデルヴァイトに生きる子供たちを愛してる訳じゃ無い。

だけど、アーデルヴァイトそのものは、悪魔にとっても大切な場所で、そこに生きる生命がいなくなれば、世界も荒廃を辿る事になるでしょう。

アーデルヴァイトをアーデルヴァイトたらしめるには、神々が産んだ子供たちの存続も不可欠、と言う事。


そうして話しながら歩いていると、「さて、そろそろ着くぞ。」とアギラ。

「え?随分早いわね。」思わずそう声を上げたけど、体感ではまだ2~3時間しか歩いていない。

景色としては、おかしな植物たちが繁る原野を過ぎ、丘陵地帯に入った事で先の見通しが悪くなってた。

丘の向こうには、もう少し高い山がいくつか連なって見える。

「その丘陵沿いの細い道を抜ければ、すぐそこだ。……そろそろ感じて来るんじゃないか。お前にとって、懐かしい瘴気だろう?」

そう言われて感覚を研ぎ澄ましてみれば、確かに覚えのある瘴気が漂って来るようだった。

当然だわ。あそこには、あれ・・がいる。それは判っていた事だもの。

「とは言え、こんなに近かったとはね。まだ吊り橋から、数時間しか歩いていないじゃない。」

そこで思い出した。そう言えば、鏡越しに話した時、死者の国から近いのか聞いたんだったわ。

え~と確か、「ここは魔界の僻地。簡単に死者の国へ行ける訳じゃ無いけど、距離で言うとすぐ近く。」とか言ってた。

位置的には間違い無く僻地だし、断崖も結界もあって簡単に行ける訳じゃ無い。でも数時間歩けば着くほど近い。悪魔の癖に、ちゃんと本当の事言ってた訳ね(^^;

ま、実際のところを知らずに聞かされたんじゃ、本当か嘘か判断も付かないんだから、本当の事を言っても嘘を吐いても一緒って事ね。

私は振り返って、ライアンとクリスティーナに結界を張った。

「ルージュ?」

「結界を張ったわ。まぁ、神の気で、瘴気を通さないようにしただけだけど。……これから遭う事になるのは、規格外な大悪魔よ。アギラもね、今のふたりから見れば、充分に強い悪魔だと思うわ。ただ悪いけど、文字通り桁違いなの。何しろ、魔界の7大悪魔のひと柱なんだから。」

「もしかして……。」

「私もな、これでも瘴気は抑えている。普段必要無いから、そんなに上手く抑えられてはいないが、お前たちはルージュの連れだからな。一応、気を遣っているのさ。だから、私の瘴気は問題無いが、あれの瘴気には気を付けなければならない……と言いたいところだが、あれと私では格が違う。結界を過信するなよ。気だけは強く持っておけ。」

そんな軽口を叩くアギラだけど、その顔色は悪い。大袈裟では無く、神格が桁違いだから、あれの瘴気は同じ悪魔であるアギラにとっても、毒なのだった。

いいえ、そんな毒気に晒されながら、耐えられるだけアギラは凄い、と言う事ね。

私は私で、最低限だけど神の気だけは開放した。私の神気は浄化の力こそ弱いけど、神と悪魔、相反する神気と瘴気が反発し合う事で、瘴気に侵される事は防げるから。

「さて、行きましょうか。直接あのデカい顔と遭うのは、古代竜の島以来ね。」


瘴気が吹き渡る細道を進むと、谷間の一画が少し開けた場所に出た。

その中央付近の宙空には、一部分だけ違う景色が広がってる。

そう。その向こうは、アーデルヴァイト・エルムス。オルヴァドルの居室から至る、ヨモツヒラサカの光景だった。

何か鏡のような物体があるのでは無く、その宙空の一部だけ空間ごと切り取られ、他の世界と繋がってるよう。実際には、そこから行き来は出来無いけれど。

私たちは、ようやく辿り着いた。目的の地へ。

「……ここが、ヨモツヒラサカ?……誰もいないみたいだけど……。」

「いるわよ、クリスティーナ。良ぉ~く見て。地面の色、おかしいでしょ。」

そうして目配せした地面は、そこだけ暗黒の池のように、綺麗に闇色に染まってる。

何度も見た、アヴァドラスが潜む闇の鏡面だ。

「これだけ瘴気を撒き散らしておいて、隠れられる訳無いじゃない。そのデカい顔を見せなさいな、闇の巨人様。」

辺り一帯アヴァドラスの瘴気が渦巻いており、なるほど、ここはすでにアヴァドラスの根城と言って良い。

これだけ瘴気が濃ければ、他の悪魔はほとんど近寄れないわね。

さっきアギラが言ってたように、すっかり特別な場所になってるみたい。

ここは、7大悪魔闇の巨人アヴァドラスの縄張り。

……ヨモツヒラサカで出遭った時、オルヴァドルの様子を毎日見てたって言ってたけど、もう毎日様子を見に来るどころか、ここに張り付いちゃったのね。

闇の巨人の縄張りとなれば、仮に肩書き持ちの悪魔であっても勝手は出来無い。

今更この繋がりを断とうとする者もいないとは思うけど、アヴァドラスなりにヨモツヒラサカを守る為に……もちろん、自分の愉しみの為だけど、根城にしちゃったのかも知れないわ。

「……別に、隠れていた訳じゃ無い。寝てたのさ。今日はまだ、お前の息子は来ていないぞ、ルージュ。」

そう言いながら、鏡面から静かに巨大な顔が現れた。その顔は、人間族の禿げたおっさんにしか見えないけど、顔だけで4m級の神族魔族と同じくらいあり、吹き上がる瘴気と巨大過ぎる存在感、気配によって、見る者の魂すら凍て付かせる凶貌と言えた。

瘴気そのものは私の結界が防いでるけど、ライアンもクリスティーナも表情を歪め、額からは汗が吹き出してる。

「ちょっと、アヴァドラス。ウチの人もクリスティーナも、怖がってるじゃない。もう少し愛想良く出来無いの?」

「ん?……こうか?」と、にこやかに嗤う巨顔。……うん、余計怖い(^Д^;

「はぁ、もう良いわよ。私が悪かったわ。でも、その瘴気は少し抑えてくれない?でなきゃ、私がここら一帯、祓うわよ。」

「……むぅ、自分の棲み処で我慢を強いられるか。とは言え、この場所を清浄な場所にされても敵わん。良いだろう。少し抑えてみよう。」

アヴァドラスは言った通り、溢れ出す瘴気を抑えて行った。

そもそも、ヨモツヒラサカとの接点だって、行き来が出来無いけど多少瘴気は漏れてた。

これじゃあ、オルヴァドルにだって悪影響よ。

私は、ヨモツヒラサカとの接点の周りに、神の結界を張った。

「お、おい、それでは約束が違うだろ。お前は、悪魔との約束を破る気か?」

「別に約束なんてしてないし、あくまでオルヴァドルを貴方の瘴気から守る為に、接点にだけ結界張っただけよ。辺りを祓った訳じゃ無いでしょ。」

「ぐむむぅ……お前、悪魔より性質悪いな。」

言うに事欠いて、何て事を(^^;

「とにかく、今日は一緒に、オルヴァドルを待たせて貰うわ。そのつもりで来たのよ。まぁ、ついでに貴方とも再会を果たした訳だけど、待つ間、何か話しましょうか?」

「……ふむ、そうだな。私に遭いに来た訳では無くとも、客人には違い無い。持て成そうじゃないか。」


ここ、ヨモツヒラサカの魔界側は、大体体育館くらいの大きさの広場になってて、中央宙空に鏡(のような空間)、入って来た細道以外は山で閉ざされた格好。

そこまで険峻な訳では無いけど、アヴァドラスの瘴気は方々へ漏れ伝ってるから、わざわざ山側を登って来る者はいないでしょう。

鏡には今、暗い洞窟が映るばかり。未だ、オルヴァドルやクロ、シロの姿は見えない。

そして今、この広場には4mほどのデカい顔と、私とライアン、クリスティーナがいるだけ。

「折角だから、自己紹介しましょうか。私も、貴方とちゃんと顔を合わせるのは初めてだしね。まずは私、今の名前はご存知の通りルージュ。異世界地球の日本からやって来た元オルヴァの勇者で、今は第四の神クワトロ・ルージュを名乗ってる。そして、こちらが。」

と、ライアンへバトンを渡す。

「初めまして、闇の巨人殿。僕はライアン。ルージュの夫で、同じく元オルヴァの勇者。出身は、日本では無くアメリカだけどね。」

「そして、こっちが。」と、今度はクリスティーナに挨拶を促す。

「あ、初めまして。その、私はクリスティーナ。ライアンと同じ元アメリカ人のオルヴァの勇者で、あ、でもルージュと同じ、日本で暮らしてたの。よ、よろしく。」

ライアンは落ち着いてるけど、クリスティーナはまだ硬さが取れない感じね。

相手を思えば、ライアンの方がおかしいのかも知れないけど……魂まんまと鎧を着てる差かしら。

「とは言え、今更こっちの自己紹介なんて、あんまり意味無いのよね。そっちはこっちの事、良く知ってるんでしょ。」

つい、と目を細めるアヴァドラス。

「確かに、古代竜の島での戦いは見ていたし、お前の息子から色々聞いているから、ある程度知っているとは言えるかな。だが、あくまで伝聞だ。そこに隠れている小物と違って、私は直接アーデルヴァイトを覗き見出来無いのでな。」

そう言えば、アギラはここまで付いて来ていない。細道に身を潜め、こちらの様子を窺ってた。

「……やっぱり気付いていたか、闇の巨人。あぁ、確かに私は小物だよ。お前の瘴気は、少しキツい。」

そう言いながら、観念したようにアギラが顔を出す。

「おいおい、体臭がキツいみたいな言い方はやめろ。瘴気は漏れ出るもの。悪魔であれば仕方無かろう。」

「あぁ、そうだ。だから今までも、こそこそ身を潜めながら覗き見していたんだよ。私だけじゃ無い。皆、興味はあるのさ。そこの鏡には。」

やっぱり、アヴァドラスが居座ってる事で、他の悪魔たちはヨモツヒラサカに近寄りたくても近寄れないでいるみたいね。

もちろんそれは、アヴァドラスの思惑通り。

「何を言う。お前は自由に、アーデルヴァイトを覗けるのだろう?その手の力を持った悪魔は何柱か存在する。それはそれで、こちらから見れば羨ましい話だぞ。」

「残念だがね、巨人よ。自由に、とは行かないのだよ。私は直接、一度“見る”必要があってね。鏡越しに“見た”だけの主神様は、“見る”事が出来無いようだ。」

へぇ、直接、と言うのが絶対条件なんだ。ここの鏡は、ほんの少しだけ瘴気や気配だけ三界の壁すら通すけど、それだけじゃ条件を満たす事にはならないのね。

「だから私は、頻繁に招喚に応じて、アーデルヴァイトを“見に”行っているのさ。ルージュを“見る”事が出来たのは、本当に幸運だったよ。」

「ふむ……それは私も同感だな。偶然この“男”に招喚されていたから、その後もこの“男”の気配を感じ取る事が出来た。良い暇潰しを得られて、幸運だった。」

「本っ当ぉ~に、迷惑な話。悪魔の暇潰しにされるなんてね。それで、次はアヴァドラス、貴方の番よ。私は貴方に興味があるの。貴方の自己紹介を聞きたいわ。」

アヴァドラスは嫌々そうな顔をしながら、「……仕方あるまい。もてなす、と言ってしまったしな。」と言って、一度鏡面へと潜って姿を消した。

すぐに鏡面が広がって、そこから10mほどの巨人が姿を現した。

「私こそ、魔界の7大悪魔、などと呼ばれているひと柱、闇の巨人アヴァドラスだ。私は体の大きさを、ある程度自由に変えられる。大体、最大で100mくらい、反対におおよそ4mより小さくはなれん。100mほどの巨人など、神にも悪魔にも他にいないのでな。世界一の巨人故、古くは光の巨人、今は闇の巨人と呼ばれている訳だ。」

私も変身で巨大化は出来るけど、あんまりにもサイズが大き過ぎれば存在が希薄になり、実体を維持出来無くなる。

100mの巨人になろうとすれば、良くて虚像が成立するだけで、それすらもしかしたら100mには届かないかも。

闇孔雀や成長したクロだって20m弱だし、完全な実体を伴ったまま100mもの巨人になれるなんて、正に闇の巨人の名に相応しい。

……とは言え、その姿は、人間族の禿げたおっさんが、全裸で突っ立ってるようにしか見えない(^^;

筋肉質でがっちりしてるから、おっさんと言ってもだらしない体型のおっさんでは無いけど、顔はお世辞にもイケメンとは言えない(-∀-)

頭は剥げてるのに、体毛はどちらかと言うと濃いのも、おっさんらしさを醸し出してる(爆)

「……凄い……けど……。」と、素直な感想が思わず口から出掛けた時。

「ママっ!」と、懐かしい声が聞こえた。


5


その宙空に浮かんだ鏡の中には、大写しとなったオルヴァドルの顔があった。

「ママっ!やっぱりママだ!ついに、辿り着いたんだね!」

「おい!本当か、オルヴァドル!えぇい、見えんぞ。お前だけのママじゃ無ぇんだぞ!」

背後からは、クロの声も聞こえた。

やれやれ、ふたりとももう立派な大人なのに、いつまでもママ、ママ言ってちゃ駄目でしょうに……少し嬉しいけど。

「オルヴァドル、久しぶりね。でも、私は死んでここに来た訳じゃ無いんだから、そんなに騒がないで。クロにも言ったけど、私がその気になったら、いつでもそっちには帰れるんだから。」

もちろん、クロと別れる時も思ったけど、その気になる事は無いけどね。

「う、うん。ごめんね、ママ。今日はぼくだけじゃないから、おとなしくするよ。」

そうしてオルヴァドルが少し下がると、そこには人間サイズのクロともうひとり……シロもいた。

「……久しぶり、シロ。元気にしてた?貴方には何も言わずに来ちゃったけど、心配はしてなかったでしょ。」

声を掛けると、シロは少しだけ歩を進め、「そんな事は無いよ。何せ死者の国だからね。何も知らない未知の世界だ。君にだって、何があるか判らないだろう。」

「相変わらず冷静ね。クロも大人になったけど、シロほど落ち着き無いものねぇ。」

「あ?!何だと、ルージュ!折角逢いに来てやったのに、随分冷てぇ事言うじゃねぇか。……元気そうで、何よりだけどよ。」

そう言って、少し恥じらいながら、鼻の頭を掻く。昔と違って、ちゃんとデレるようになったわね(^^;

「ふふ、ありがと。……でもシロ、そんな貴方でも、冷静でいられるかしら。私、ちゃんと再会したわよ。愛しのあの人は当然として、もうひとりの大切な友達ともね。」

そう言って、私はクリスティーナを押し出した。

「ちょ、ちょっと、まだ心の準備が……。」

そう言って、今更恥ずかしがって体を隠しながら、クリスティーナが鏡の前に立つ。

「あ、あのね、シロちゃん……判る?私、こんな姿になっちゃって……。」

少し俯き加減にそう言って、視線を泳がせていたクリスティーナだけど、シロからの返事が無くて顔を上げた。

「ちょっと、久しぶりに逢ったんだし、何か言ってよ……。」

鏡の中のシロは、膝を突いて泣き崩れていた。

顔を覆って、嗚咽を噛み殺して、ただただ、まるであの頃の小竜のように、小さく体を震わせて。

「シ、シロちゃん……私……私……。」

そこでクリスティーナのダムは決壊し、それに合わせてシロの方も決壊した。

私は初めて、クリスティーナとシロの、そんな姿を見たのだった。


考えてみれば、生きとし生ける者全てにとって、死後の事など判らないのよ。

魂となって、死者の国に召される。地球と違って、それが確約されてるだけマシかも知れないけど、その実態は死んでみなくちゃ判らない事に変わり無いわ。

そしてそれは、超越種である古代竜とて同じ。

本当に、死者の国で再会など出来るのか。それは、私だけじゃ無い。シロにとっても不確かで不安な事だったのよね。

5分ほどして泣き止んだふたりは、すっかり鏡を独占して積もる話に花を咲かせてた。

私たちはそれを邪魔する事無く、しばらくその様子を眺めてたけど、私は次の行動に移る事にした。

「さて、それじゃあ私は、魔界の主にご挨拶して来るわ。」

「え?!」「何?!」「……?!」

「驚く事は無いでしょ。勝手にお邪魔して挨拶無しじゃ、その方が失礼じゃない。ライアン、ここでしばらく、クリスティーナと待ってて頂戴。」

「え?僕はここで待機なのかい?だけど……。」

「仕方無いじゃない。貴方もクリスティーナも、まだ本調子じゃ無い。何かあったら心配だもの。そう言う事だから、ふたりの事はよろしくね、アギラ。」

「何?!私なのか?」

「えぇ、そうよ。アヴァドラスには、魔王様に引き合わせて貰わないといけないから、ここに残って貰う訳には行かないし……それに、少し心配でしょ、アヴァドラスじゃ。」

「……別に、取って喰やしないが……魔王へ引き合わせろだと?一体、何を考えてる。」

「それは道々話してあげるわ。と言う事だから、後はよろしくね、アギラ。そもそもアヴァドラスの瘴気で他の悪魔は近寄らないし、鏡の周りは私の結界があるし、ライアンとクリスティーナにも結界は張ってある。問題は無いはずよ。本調子じゃ無いけど、ふたりも充分強いしね。」

「……仕方あるまい。私に魔王様へ引き合わせろと言われるより、よっぽどマシだしな。こんな僻地に来るような小物は、私の事だって恐れるような奴らばかりさ。心配は要らない。」

「ルージュ……。」と声を掛けながら、私の腰を抱くライアン。

「大丈夫、別に魔王様に喧嘩売りに行く訳じゃ無いんだから。……私と貴方の第二の人生はこれからよ。ちゃんと無事に帰って来るわ。」

「……あぁ、心配はするけど、疑ってはいない。君は大丈夫。どちらかと言えば、僕らの方が問題だからね。」

そう言ってライアンは、いつもの素敵な笑みを浮かべた。……いや、駄目。今そんな顔しないで。また我慢出来無くなっちゃうから(^Д^;

私は真っ赤になった顔を隠すように、ライアンの手から逃れてアヴァドラスの方を向く。

「それじゃあお願い、アヴァドラス。勝手に進入した非礼を詫びて、話を通さなくちゃ。」

じとー、とした目付きで私を見据えた後、一度鏡面に沈み、再び現れたアヴァドラスは4m程度の巨人になっていた。

「まぁ、良い。どんなつもりかは知らんが、付いて来るが良い。縮地を使うから、そう時間は掛からん。」

そう言って、大股で歩き出す闇の巨人。

「それじゃあ、行って来るわね。」と、私はその後を追った。


「どう言うつもりだ。」

私の倍ほどの身長となったアヴァドラスと並んで歩いていると、彼はそう切り出した。

「魔王に遭いたいなどと、悪魔に関わりたがらなかったお前が、どんな心境の変化だ?」

アヴァドラスの能力により縮地が発動してるから、周りの景色がぐんぐん流れて行く。

魔界の中心まではかなりの距離なんでしょうけど、きっとすぐにも着いちゃうわね。

「一応、答え合わせをしたかったのよ。」

「答え合わせ?」

「真なる魔界の真なる魔王は、本当に闇孔雀なのか。強さの序列で言えば、間違い無く闇孔雀が一番だと思うけど、少し釈然としない部分もある。」

「と言うと。」

「特に根拠がある訳じゃ無いけど、強い奴が一番偉い、とは限らないからね。組織の長が、何も一番優秀である必要は無い。優秀な部下を上手く扱えればそれで良いし、それに……。」

「それに?」

「……いいえ、良いわ。遭ってみれば、まぁ、本当はもう二度と遭いたくないけど、遭ってみれば判る事だし、それに、私は愛しいあの人と再会したのよ。これからは、死者の国で過ごす事になるわ。だから、お隣さんにご挨拶しておきたい、と言うのは本当。出来ればね、毎日いちゃいちゃして平和に過ごしたいから、魔界と揉めたく無いもの。」

「ふむ、なるほど……私の方も、ひとつ聞きたい事があった。」

「聞きたい事?ふ~ん、それであっさり、案内を引き受けてくれたの?」

「まぁな。で、だ。さっきの話だ。」

「さっきの話?」

「お前、その気になればいつでも帰れると言っていたな。悪魔でも無いお前が、どうやって三界の壁を越えてアーデルヴァイトへ帰れると言うのだ。いくら神とて、そう簡単な話ではあるまい。」

そっか。悪魔はどんなに望んでも、招喚されない限りアーデルヴァイトへ行けない。

悪魔と神は同格の存在だから、本来であれば、神だからって気軽に魔界からアーデルヴァイトへ行けるはずも無し。

「確かにね。招喚の時だって、精霊界の中を通るでしょ。精霊界は精霊たちの縄張りだし、世界の理も違うから、無理矢理押し通ろうとしても彷徨ってお終い。三界の壁も然る事ながら、理の違う精霊界が間に挟まってるのがネックよね。」

「あぁ、だから私たち悪魔は、決まった手順で決まったルートのみしか通れない。特に、私たちをアストラル界に封じたのは、他ならぬ精霊女王なのだ。招喚と言う抜け道すら、苦々しく思っている事だろう。」

なるほど。そう言えば、そうだった。悪魔を喚び出したい人間とアーデルヴァイトへ還りたい悪魔の利害が一致してしまい、不本意ながら行き来を許してるのが現状なのね。

「今の私は、ありがたい事に神気さえ開放すれば精霊界でも迷わずに済みそう。だから、問題は三界の壁だけ。その壁を越える力を、私は偶然手に入れたのよ。」

「三界の壁を越える……だと?!」

「えぇ、物質界、精霊界、アストラル界と言う創造神が創り出した三界とは別の空間。亜空間への出入りを可能とする力よ。」

亜空間自体は、三界が創られた時の端材みたいなもので、其処此処に存在する。

大きさは様々で、それでも人間が出入りするには充分な広さがある。

そんな亜空間は三界のどこにでも存在し、アストラル界と繋がった亜空間から物質界と繋がった亜空間へ、亜空間同士を渡るなら直接三界の壁を越えるよりずっと簡単。

亜空間を利用して拠点から物資を招喚するのは簡単だったし、亜空間から亜空間へ渡って行けば、私自身が物質界へ戻る事も可能なはずよ。

「亜空間を利用すれば、多分帰れる、と言う話。理屈の上で言えばね。今のところ、その気は無いんだけど。」

「亜空間……そうか、そう言う事か。」

アヴァドラスは、何か思い当たったみたい。

「お前に押し付けられた、あの塵屑ごみくずが話しておったな。」

あ!そう言えば、私、百目鬼の事を、アヴァドラスに丸投げしてたんだっけ(^^;

「そう言えば、百目鬼、あの後どうしたの?」

「うん?あいつはな、自分は特別な悪魔なんだ、お前らとは違うんだと、魔界に馴染もうとしなかった。どうやら、亜空間を使って魔界を抜け出そうと考えていたようだが、お前と違って上手く行かなかったようだな。」

神格の問題なのか、それとも百目鬼はあくまで特定の亜空間にアクセス出来ただけで、魔界と繋がってる亜空間には上手く繋がらなかったのか、魔界の亜空間から他の亜空間へは渡れなかったのか。

と言うか、百目鬼自身は自由に亜空間を操れる訳では無い、とか言ってたっけ。……ん?

「ねぇ、今私、あの塵屑を百目鬼って呼んだけど、貴方に通じたわよね。百目鬼って、その姿から私が勝手にそう呼んでただけなのに。」

「おぉ、通じるぞ。あいつが自分で、そう名乗ったからな。どうやら、永い年月によって、自分の名も忘れてしまったようだ。お前に百目鬼と呼ばれたから、自分は百目鬼なのだと。確かに、その姿に合った名だしな。」

あぁ、確かに、私あの時、ついあいつの事を百目鬼って呼んだ気がするわ。

「ふ~ん。自分は創世の神のひと柱とか言ってたから、てっきりちゃんと記憶はあるのかと思ってたけど……って、貴方も創世神のひと柱よね。覚えてないの?」

「う~ん?……知らんな、あんな奴。創世の神と言ってもな、私は大地を産んだ神のひと柱だが、私だけで産んだ訳では無い。他の創造物にしても、何柱もの神が携わっている。それに、創世の頃私はまだ光の神だったからな。あいつが堕天した闇の神で無いなら、顔見知りで無くともおかしく無いだろう。」

……神様って、結構数がいるみたいね。ドラゴン、光、闇と分かれて戦争するくらいだから、当然か。

「で、その百目鬼は、今どうしてるの?」

「おう、そうだったな。魔界に馴染もうとせず、周りに溶け込めず、亜空間、亜空間と五月蠅かったから、あいつに預けた。」

「あいつ?」

「あぁ、あいつ・・・だ。癪に障るが、私より瘴気も濃い。百目鬼の奴、目の前に連れ出しただけで大人しくなりよった。そのまま預けて帰って来たからな。今どうしてるのか、私は知らんな。」

はは……、私よりも神格が低い百目鬼が闇孔雀に出遭ったら、そりゃ大人しくもなるわね。

と言うより、アヴァドラスの前では駄々捏ねられたんだ(^^;

それはそれで、結構百目鬼も頑張ったわね。

あ……ふと、ある物が視界に入り、思わず意識が向いてしまった。

今、アヴァドラスは、4m級の巨人サイズ。この状態で一緒に歩くと、丁度ぶらぶら視界に入るのよ……立派な一物が(^Д^;

アヴァドラスの姿形は、完全に全裸の人間族と同じ。

ダビデ像よりも逞しい体付きだけど、昔の西洋のように短小包茎が尊ばれてる訳でも無いし、アヴァドラスのは現代日本で立派……デカ過ぎると畏敬されるレベル(^^;

それが顔の横をぶらぶらしてるんだから、気にならない方が嘘よ。

あぁ、別に、試してみたいとか、そう言う意味じゃ無くてね(*^ω^*)

元男だから見慣れて……いえ、私のは日本人らしい慎ましやかな息子だったけど、それでも見たからってどうもこうも無いし、夫のもここまでじゃ無いけどアーデルヴァイト人の体は西洋人風だから、充分立派。

愛がプラスされてるから、充分満たされてる。他の物が欲しくなったりしないわ。

ただただ、ぶらぶらしてるから気になるだけ。

「ねぇ……、いえ、その……貴方は武装したりしないの?」

「あん?私がか?……必要に思うか?」

「いいえ、全然。」

「では、何故聞く。」

「あ~、え~とぉ……。別に良いんだけどね。ほら、貴方の姿って、ほぼ人間族と変わらないじゃない。裸なのが気になっちゃって……と言うか、それ・・が気になっちゃって。」

そう言って、一物を目で示した。

「ん~?……お前、ライアンと一緒にいたんだ。発情は抑えられるのだろ。」

「しないわよ、発情なんて!あ、いや、しない訳じゃ無いけど、別に貴方に欲情しないわよ。ただ、ぶらぶら顔の横で揺れてるから、それが気になっちゃうだけ。まぁ、全裸の悪魔なんて他にいくらでもいるけど、貴方は人間族に似過ぎてるから、全裸が不自然に見えちゃうのよ。」

「……今まで何も思った事は無かったが、お前にそう言われると、私が恥ずかしい格好をしているんじゃないかと思えて来るな。お前は、言霊も使うのか?」

言霊?確かに、声に神気を込めれば多少強制力を持ちそうだけど、あんたに効果ある訳無いでしょ(^^;

「あ~、貴方は悪く無いわよ。神が自らを模して神族を創り、その神族が神を真似て人間族を創った。似てるのは貴方の方じゃ無くて、人間族の方が貴方にそっくりなんだから……あ。」

そこで私は思い当たって、4m級の巨人に変身した。そして、アヴァドラスと肩を並べて歩く。

「そうよ、大きさが違うから、丁度顔の高さになっちゃうのがいけないのよ。これなら、覗き込まない限り、見なくて済むわ。」

「見なくて済むぅ?……まぁ、良い。私も、この方が話しやすいしな。」

「ふふ、こうして同じ大きさになってみると、不思議と親近感湧くわね。瘴気は相変わらず濃いのに、心なしか快適になった気もするわ。」

「それは良かった……どれ、もうすぐ着くな。そうだ、あいつ・・・なら、百目鬼の本当の名前も知っているかも知れん。聞いてみるか。」

「え?!あいつ・・・って……。」

縮地が切れて、周りの風景が元に戻る。

そこには、威容を誇る城塞が立ち塞がってた。

その城門の大きさから言って、中にいるのは4mサイズの悪魔って事になるけど……それにこの気配。

「さぁ、行こうか。魔界の主である、あいつ・・・に引き合わせよう。」


6


その城塞は、サイズこそ4m級の悪魔サイズだけど、物質界にある一般的な城と変わらない、至って普通のお城だった。

四方を高い城壁に囲まれ、有事には防衛線となる庭を挟んで、堀を回らせた城郭がそびえてる。

外から見た限り、城館は三階層、四隅に尖塔を構えた作り。

瘴気の影響もあっておどろおどろしい雰囲気だけど、城自体に魔界特有の特徴らしきものは見当たらない。

とは言え、ここは魔王城。しかも、アストラル界の中にある真なる魔界の魔王城。誰が攻めて来る訳でも無いでしょ。

その威容は、あくまで魔王の居城としてのものに過ぎないわ。

それに、特筆すべきは、その外観では無いの。住人たちの方。

ざっと感知したところ、城には数十柱の悪魔たちが住んでる。

その必要は無いのかも知れないけど、ちゃんと城壁などには歩哨もいて、だけどそんな下っ端ですら、決してレッサーやグレーターなどでは無い。

あの日島で出遭った、Namedのアークデーモン。最低でも、その程度の力を感じるわ。

アギラ並みのNamedたちの気配もいっぱいあって、5柱に至っては、アヴァドラスには及ばないものの、かなり高位の悪魔ね。

後で確認するけど、多分この内の4柱は、7大悪魔の内の4柱だと思う。

4つの尖塔それぞれに陣取り、その配下らしき悪魔が十柱ほど。

城館にいる残りの悪魔たちは、魔王直属の配下、と言う事かしら。

魔王城にいる全員・・が、私やアヴァドラスに劣るけど、それでもそれぞれが、物質界に顕現したなら世界を滅ぼせるほどの悪魔たち。

真なる魔界の真なる魔王が住む真の魔王城。正に、その名に相応しき禍々しいお城ね。

……ただ、私は入城する前に、答え合わせが出来てしまった。

「……結局、私の最初の勘は外れた訳ね。あいつ・・・こいつ・・・は別人、いえ別悪魔。」

「ははは、だが私は、ひと言もあいつ・・・が魔王だなどとは言わなかったろ。言っても信じなかったのだしな。」

「え~え~、私の勝手な勇み足よ。でもさ、仕方無いじゃない。普通に考えれば、最強の悪魔が魔王だって思うじゃない。……釈然とはしなかったけど。」

「おう、それよ。さっきそんな事を言っていたが、何が気になった。」

「……貴方も闇孔雀も、堕天した元光の神だって事。元闇の神の成れの果てである悪魔たちが、いくら強いからって、すんなり魔王として認めるかしら。そこが疑問だったの。」

「ふむ。……まぁ、それが理由では無いが、確かにそれを気にする器の小さい悪魔は結構いるな。」

「あら、また間違った?」

「いや、もし私やあいつ・・・が魔王の座を求めていたら、元光の神を理由に認められなかっただろう。それは、その通りだと思うぞ。」

「それじゃあ、本当の理由は?」

「ふん、簡単な話だ。興味が無いのさ。魔王なんてものにはな。」

あ、そう言う事か。私だってそうだけど、権威とか人の上に立つ事に、興味が無い人種、悪魔種?もいるわよね(^^;

「7大悪魔なんてのも、周りが勝手にそう呼ぶのを黙認しているだけだ。自分で名乗った訳では無いぞ。強い方から順に8柱、その下の9柱目との力の差が大きかったから、8柱だけ特別な肩書きが付いたのさ。」

「8柱?ひと柱は魔王だとして、それじゃあ、もしかして。」

「あぁ、あいつ・・・は7大悪魔筆頭、7大悪魔最強、そう呼ばれる存在だ。忌々しいが、力だけで言うなら、6大悪魔に魔王、その上にあいつ・・・を据える方が自然だがな。全悪魔の最上位に元光の神、と言う訳にも行かんだろう。だからあいつ・・・は、魔王の下である7大悪魔に押し込められている。私もあいつ・・・も、序列など気にしないからな。それで揉めた事も無い。」

闇孔雀は魔王じゃ無い。だから、ここにはいない。よって、魔王城内に百目鬼の気配も無い。

「ところで、城館にいるのが魔王様だとして、塔にいる4柱って、残りの7大悪魔の4柱なの?」

「あぁ、そうだ。人呼んで六枚羽のエルメティア、紅き獣王ガンダレイバ、剣導師メルテシアムス、闇渦ゴーティ=ハーディ=ブルヴァルゴスの4柱だ。まぁ、どいつも一癖も二癖もある曲者だが、然程強くは無い。」

いやまぁ、貴方や闇孔雀と比べれば、であって、4柱皆、エヌマラグナよりよっぽど強いけどね。

「あれ?え~と……そうそう、猿の皇帝だっけ?マルギリファルスはいないんだ。」

「あん?猿帝マルギリファルスか?どうして、その名を知っている。……いやまぁ、そもそもお前は元人間の癖に、私たちの事を知り過ぎているがな。」

「あぁ、貴方とか闇孔雀は、古い魔導書に名前がある程度には有名だから、それで知ってたんだけど、マルギリファルスなんて知らなかったわ。ちょっとした縁があって、昔その眷属を名乗る悪魔と遭った事があるのよ。」

「お前……悪魔とは関わらないとか言っておいて、悪魔の知り合い多くないか?」

ゔ……確かに。アギラと言いガリギルヴァドルと言い、結果的には悪魔との接点少なくないわね(-ω-)

「まぁ良い。今更だしな。猿帝の野郎は、7大悪魔の中では私に次ぐ力の持ち主でな。私とあいつ・・・、そして猿帝は、魔王よりも強い。だから、魔王の下に付いておらん。魔王城にいる4柱は、若干とは言え魔王に劣るからな。形式上、魔王に仕える立場を取っている。だから、魔王城に居をを構えておるのだ。」

なるほど。だから、魔王城の外に、闇孔雀とアヴァドラス、マルギリファルスは、根城を持つ訳ね。

「何だったら、その4柱にも引き合わせてやっても良いが、まずは魔王の下へ行こうか。それが、お前の目的だったのだろ?」

「えぇ、そうね。行きましょう、魔王様に遭いに。」

そうして私たちふたりは、魔王城の正門から堂々と中へ入って行った。


魔王城の中も、サイズこそ4m合わせだけど、極一般的なお城のそれだったわ。

装飾品は上等で、悪魔の中にも腕の良い職人がいる事を窺わせるけど、その色彩は艶やかさに欠け、物質界と違い植物の類は飾られていない。

そして、私たちが入城しても、誰もやって来なかった。

出迎えが無いのは良いとして、衛兵すら顔を出さない。

敵が攻め入って来る事など無い訳だけど、それでも形式的に兵が出迎えるくらいはあっても良さそうなところ、誰ひとり顔を出さないの。

それは仕方無い事だわ。真なる魔界の魔王城に立ち込める魔王の瘴気に慣らされた悪魔たちでさえ、アヴァドラスの瘴気には蝕まれてしまうのだと思う。

まるで近付く気配が無いのでは無く、近付けないでいる気配を感じるわ。

アヴァドラスは今、わざとらしいほど周囲に瘴気を撒き散らしてるから、魔王城の悪魔たちでさえ耐え難いんでしょう。

アギラだって、アヴァドラスの瘴気を嫌がってたもの。

魔王城には、アギラより強いNamedもいれば、弱いNamedもいる。

アギラ並みでも近付きたがらないんだから、わざわざ寄って来る悪魔はそうそういないわね。

あら?……今、魔王城の瘴気の中に、私に干渉してくる何かを感じたわ。

気になって手を翳してみると……これは鱗粉かしら。

魔王城の瘴気は、当然魔王様の瘴気なんでしょうけど、その中に、鱗粉が舞ってる。

そして、その鱗粉ひとつひつとが、私に触れる度、精神干渉、状態異常などを引き起こそうとして来る。

多分これは、魔王様の能力のひとつなんでしょうね。

瘴気に乗せた鱗粉に触れた者を、洗脳状態にしたり状態異常を引き起こして弱体化させて、そうして相手の戦力を戦う前から、戦っている最中も削り続ける。

と言うか、魔王城の中に当たり前のように舞ってると言う事は、魔王城の配下たちは、能力で洗脳されてる悪魔なのかも知れないわね。

さすがにNamedほどの力があれば、最初はともかく直に慣れて、効果を受けなくなるだろうから、支配されているのはNamedはNamedでもアークデーモンやデーモンロードのような下っ端だけかも知れないけど。

あぁ、私には効かないわよ。今は神の気も力も抑えてるけど、それでもこの程度なら抵抗するまでも無く無効化される。

慣れもあってか、アヴァドラスの瘴気だって今は涼風のようなもの。

神格で言えば私たちと魔王様は同格に当たるみたいだけど、同格の中でも差はあるもの。

魔王様の瘴気や鱗粉に中てられるほど、私たちは弱くない。

「さあ、着いたぞ。いよいよ、魔王様とご対面だな。」

言われて前方に目をやれば、大きくて立派な謁見の間の扉が、音も無く静かに開いて行くところだった。

謁見の間は広くて豪奢な作りで、物質界の大きな国の、王城の謁見の間と同じように見えるわ。

鱗粉を伴う魔王様の瘴気の所為で、多少見通しは悪いけど。

その謁見の間には、魔王様ただひとり。今はアヴァドラスの瘴気を嫌って遠巻きにしてる悪魔たちだけど、平時から魔王様は周りに誰も侍らせていないのかもね。

いくらアヴァドラスの瘴気が濃くたって、親衛隊なんかが周りを固めているなら、我慢して控えてるはずだもの。

「よう、久しいな、魔王様。」

そう気軽に声を掛けながら、アヴァドラスはずかずかと謁見の間を進んで行く。

「……何用だ、巨人。貴様が俺の城に顔を出すなど、もう何千年も無かった事だ。」

そう応えた主は、華美な装飾を施された玉座に、どっかと座ったひとりの悪魔。その姿は、蛾を思わせた。

額から生えた触覚も、背中で羽ばたく翅も、蝶とは呼べぬ毒々しさを醸し出してる。

身に纏った鎧は、闇孔雀に似て仏教や密教の明王を思わせる。

額に第三の眼が開いてて、顔はしゅっとしたイケメンだけど、その表情はつまらなそうで、足を組み頬杖を突いた格好で、翅だけは忙しなく動かし、鱗粉を撒き散らし続けてる。腕は、頬杖を突いた一対だけしか見えない。

配下を信じ切れず洗脳する為鱗粉を絶やさず、常にひとりで近習も置かず、せっせと翅を羽ばたかせるその姿には、神経質な肝の小さい小物と言う印象を受けてしまうわね。

その圧倒的な力と濃密な瘴気を纏ってなければ、とても魔王とは思えない……と、私は思ってしまった……んだけど、それも仕方無いのかもね。

魔王として魔界に君臨してても、自分より明らかに強い、目の上の瘤が3柱もいるんだもの。そのせせこましさは、劣等感の現れかな。

「今日は、私の用じゃ無い。魔王様に、お引き合わせしたい者がおりましてな。」

ぴく、と魔王様の額の血管が脈打った。

「ふざけるな、何だその口振りは。また何か、良からぬ事を考えているのか、巨人っ!」

「まぁ、そう怒るな、サトナスよ。別に、お前をからかいに来た訳では無い。連れに合わせて話したまでだ。本当にお前は、短気な男よな。」

「誰の所為で……連れだと?そんな奴、どこに……。」

私は、謁見の間に入る時、変身を解き死者の気配を装い、その上でステルスを発動しておいた。

とは言え、パーフェクトステルスじゃ無いわ。スキルとして覚える事が出来る、一般的なステルスと同等のステルス。

感知に優れた者ならば、その気配くらい感じられる。今はアヴァドラスの瘴気が目立つから、その分見付けづらいと思うけどね。

「む……確かに、誰かおるな。……死者?……馬鹿な!?そんな者が、貴様の瘴気の傍にいて、無事なものか。」

その言葉を受けて、私は巨人の背中から出て、横に並んだ。そして、スカートの裾を摘まみ、ちょっと上げる仕草をしながら、右足を引き、軽く会釈する。

「初めまして、魔王陛下。此度お隣りに越して参りましたので、ご挨拶に伺いましたわ。」

魔王様は、額の眼を一杯に見開き、私を凝視する。

「……人間?……いや、微かだがこれは……おい、巨人!何だ、これは?悪魔?眷属に、こんな奴はいなかったはずだ。」

「あん?お前でも、見抜けんのか。……おい、確かにそれでは、お前の本質が隠れ過ぎているだろ。ご挨拶するんだろ。ならば、ちゃんと挨拶したらどうだ。」

そう言って、上からアヴァドラスが笑い掛ける。

ま、そうよね。これから永い付き合いになるんだし、ちゃんと自己紹介しましょうか。

私は前段階として、まず謁見の間を結界で封じた。結果、魔王城の一角からいきなり魔王と闇の巨人の瘴気が消失、魔王城内の悪魔たちが色めき立つ。急がないと、面倒そうね。

力と神の気を開放し、私は全開状態となった。その一瞬で、結界内の魔王の瘴気と鱗粉は消滅し、アヴァドラスの瘴気は結界まで追いやられる……うん、私は浄化の力が弱い訳だけど、魔王様の瘴気は消えて、アヴァドラスの瘴気は残ってる。

これが、魔王と巨人の差、なのね(^^;

私の神気は、瘴気を吹き散らす突風のように暴れ狂い、魔王様は腕と翅で顔と体を覆い隠し、アヴァドラスは一歩、たたらを踏んだ。

「改めまして、魔王様。私は、元人間の冒険者で、ルージュと申します。以後、お見知り置きを。」

私は再度、スカートに手を添えて、会釈しながら挨拶をする。

そして、すぐに頭を上げると、力と神の気を元通りに抑え、結界も解除。

色めき立ってた周囲の悪魔たちも、その動きを止めた。

何事か起こってる、とは感じたでしょうけど、件の4柱含め、謁見の間へ駆け付ける者はいない。

多分だけど、今ここに闇の巨人がいると判ってるから、これもアヴァドラスの何か悪ふざけだとでも思ったんじゃないかしら。

アヴァドラスを畏れて、Named程度の者たちは、近付きたくても近付けないでしょうし。

「……面白くないな。お前、本当に私と同格じゃないか。さすがに、面白くない。」

そう言いながら、アヴァドラスの顔は恐ろしい形相で嗤ってる。

ばさぁ、と音がしてそちらを見やれば、魔王様はその手にいつの間にか剣を握っており、こちらに身構えて叫んでいた。

「アヴァドラぁース!貴様、本気で俺を殺しに来たかぁ!」


7


鬼気を孕んだその剣幕に、謁見の間の様子を気にしてるであろう悪魔たちは色めき立つけど、4柱の大悪魔たちに動きは無い。

それはきっと、相手であるアヴァドラスの方に、特に変化が無いからだと思うわ。

私もアヴァドラスも、魔王様の敵意剥き出しの瘴気を、そのまま軽く受け流す。

「本当に短気な男だ。私には……そしてあいつ・・・にも、お前を弑するつもりは無い。」

「ふざけるなっ!何だ、それは!何者だっ!お前と同等、あのマルギリファルスにも勝るような化け物を連れて来ておいて、俺を殺すつもりは無いだと?!」

今気付いたけど、魔王様は背中からもう一対の腕を生やし、そちらにはそれぞれ独鈷のようなを武器を握ってた。

ふむ、やっぱり孔雀王に登場した、魔王サタンに似てるわね。……外見だけじゃ無く、その小物っぷりも(^^;

「落ち着いて、魔王様。彼は、弑するつもりは無い、と言ったのよ。殺す、では無くね。少なくとも、貴方を魔王だと認めた上での発言よ。蔑ろにする気なんて無いわ。」

「ふむ……嫌な言われようだが、その通りだ。私たちは、お前を魔王と認めている。それは、お前も承知している事だろう。」

「ぐぬぅ……しかしだな……。」

「面倒な男だ。このアヴァドラス、闇の巨人として約束しても良いぞ。お前を殺したりはせぬ、とな。それこそ、本当にそんな事は本意では無いのだ。私とあいつ・・・は、お前が魔王であり続けてくれた方が都合が良い。」

「……どう言う意味だ。」

そこで魔王様は、一応矛を収めた。まだ警戒心は消えていないけど、鬼気も敵意も治まったわ。

「魔界が乱れて、その影響が物質界に及ぶのは困るのよ。彼はアーデルヴァイトを愛してるし、闇孔雀も世界を滅ぼそうなんて思ってない。魔王の座にも興味無いし、このふたりは面倒事嫌いでしょうから、むしろ貴方に魔王を押し付けたようなものだもの。こう言っては何だけど、そんな魔王になれと言われても嫌なのに、わざわざ貴方を殺して取って代わろうなんて、絶対思わないと思うわよ。」

私は、掻い摘んでアヴァドラスの思いを代弁してみた。巨人の静寂が、それを肯定してる。

「……ところどころ気になるが、まぁ、そうなのだろうな。……糞、俺は魔王なのだぞ。それなのに……。」

落ち着きを取り戻した魔王様は、再び玉座に座り直した。

「それで、貴様は何者なのだ。元人間なぞと抜かしていたが、お前からは同族の気配を感じる。その癖、さっきのあれは間違い無く神気だろう。無茶苦茶だ。」

「ぶわっはっはっはっは、そうだよなぁ。おかしいよなぁ。こいつは、そう言う化け物だ。」

「非道ぉ~い。こんな可愛い女を捕まえて、化け物は無いでしょ、化け物は。」

「……おぉ、本当だ。お前、まだ体内にあいつが残っているのか。やはり、神と言うのはしぶといものだな。」

「あら?貴方は知ってたの?私の中の彼の事。」

「あぁ、一度話した事がある。そうか、お前はあの時、ライアンを喪った事でほとんど消え掛けていたな。1万年戦い続けた闇の神。今やわずかな残滓を残すのみ、か。」

う~ん、さすがに記憶に無いわね。あの時は本当、私の中の彼のお陰で、何とか消えずに済んでただけだもの。

私自身の意識は、ライアンだけでぎりぎり繋ぎ止められてたような状態。

闇の神が自分の身を捧げて行って、少しずつ私の意識は目覚めて行った。

「闇の神の残滓?……なるほど、言われてみれば確かに、もうほとんど消え掛けてるな。」

魔王様は、両の眼を閉じ、第三の眼に集中して私の中を覗き見てた。

「……こいつは多分、ストナスコナーだ。」

「何?!知っているのか、雷電……じゃなくって、知ってるの?魔王様。」

「あぁ、まだ闇の神だった頃、懇意にしていたひと柱だ。俺と同じ智慧の神に属し、創世にも参加していた。ふむ、思い返せばストナスの奴、いつしか姿が見えなくなってたな。てっきり、戦争でやられちまったもんだと思ってたぜ。」

「へぇ~、私の恩人、ストナスコナーって言うんだ。彼、自分でも名前、忘れちゃってたからね。良かったわ、恩人が誰か判って。」

彼はアーデルヴァイトを、その身を捧げて守ろうとしたくらい、世界を愛してた。創世神のひと柱だったのなら、その想いにも納得が行くわ。

「おぅ、そうだ、思い出した。あいつの事も聞こうと思ったんだった。なぁ、サトナス。もしかしたらお前、あいつの事も知っているんじゃないか?」

「あいつ?誰の事だ。」

「あいつだ、あいつ。亜空間、亜空間五月蠅かったから、闇孔雀の野郎に預けたあいつだ。お前にも、報告はしただろう。」

「……事後報告だがな。まぁ、あいつが誰かは判るぞ。まさかあいつも、自分の事忘れてるのか?」

「えぇ、そうみたい。神代の戦後、運良くドラゴンと精霊の追手を躱して亜空間に転がり込んだけど、それこそ魔界よりも何も無い退屈な空間だったからね。1万年独りぼっちで、色々希薄になっちゃったんでしょ。」

「ほぅ、そんな事になってたのか。……そう言う詳しい話は聞いてないぞ、巨人。」

「あぁ、言ってない。私も知らなかったからな。」

「糞、いい加減な野郎だ。良いか、あいつはな、少し見た目は変わってたが、シケンナスノゥに間違いない。俺やストナスと同じ、智慧の神属だった奴だ。魔界で見掛けなかったから、追放される時にやられちまったんだと思ってたが、亜空間とやらで生きてた訳だな。全く、ストナスにしろシケンナスにしろ、アーデルヴァイトにしがみ付いてた奴は、碌な人生送ってねぇな。魔界に堕とされた俺たちの方が、よっぽどマシじゃねぇか。」

「ふん、ここも充分糞だが、そうかも知れんな。」

1万年、光の神と戦い続けて苦しんだストナスコナー。1万年、亜空間で独りぼっちだったシケンナスノゥ。

瘴気に塗れたこんな魔界でも、周りには仲間もいるんだし、住めば都かも知れないし、少なくとも、ふたりよりはマシなんでしょうね。

「……と、話が逸れたぜ。それで、闇の神をその身に宿す貴様は、一体何者なんだ。」

「え?だからぁ~、私は冒険者のルージュよ。元オルヴァの勇者で、元を辿れば異世界人よ。」

「ほう、つまり、ただの人間族じゃ無ぇ、って事だな。だがな、それだけで納得行く訳無ぇだろ。今のお前は、人間族なんかじゃあるまい。」

「そうね。恩人の名前も教えて貰ったし、もう少し説明しましょうか。私は縁あって、光の神と戦い続けてたストナスコナーの成れの果てを手に入れたわ。相手の光の神は海の底と同化仕掛けてたし、ストナスの方は鏃みたいな、穂先みたいな姿になってた。その状態で、海底で1万年間、ふたりは戦い続けてたのね。」

「さっきの話じゃ無いが、サトナスの言うように、そう聞くと私たちの方が遥かにマシだな。今のお前になら判ると思うが、神同士で戦う事ほど、辛い戦いも無いからな。それを1万年……私でもぞっとしないな。」

「そうね。ふたりとも、その戦いの中で己すら忘却の彼方。光の神はただただ苦しみ続け、多分ストナスの方はしがみ続ける事に力の全てを注ぎ続けた。私は、光の神の体からストナスの欠片を抜き取り、ようやく1万年の戦いが終わった訳ね。ストナスも、かなり疲れて衰弱してたんでしょう。私が装飾品のようにそれを身に付けても、私を乗っ取ろうなんてしなかったわ。」

「……あいつは、そんな事はしないだろうな。律義で生真面目、そんな奴だった。素直に、お前に感謝してたのかもな。で、それを身に付け続けて、神になったと?」

私は、今でも大切に保管してある、欠片が入ったロケットを手で弄びながら、「結果的には、そうね。私ね……夫を喪った際、かなり憔悴して弱っちゃったのよ。でも、ストナスが、私が消えないように守ってくれたみたい。暫くの間、体の支配権が完全に逆転して、私はほぼ彼だった。その間に、体はもちろん、魂すらもストナスに引っ張られて、神に成って行ったんでしょうね。」

「この時、私は少し、ストナスと話した訳だ。律儀で生真面目。言われてみれば、確かにそんな感じだったな。」

「その後彼は、裏アーデルヴァイトの世界樹の減少によって、マナ濃度が低下し徐々に世界に悪影響が出ていた現状を打破すべく、世界神樹や世界樹たちに己を少しずつ分け与えて行って、活性化して行ったの。彼は、アーデルヴァイトの為に自らを捧げて、今は私の中にほんの少し残るのみ、よ。」

「裏アーデルヴァイト、か。あの時、あいつに言われたな。裏アーデルヴァイトの住人たちは悪魔を招喚したりしない。だから、私たち悪魔は裏アーデルヴァイトの事を見ていないと。」

「裏の大陸か。確かに、まるで気にした事が無かったな。よもや、世界に危機が訪れていて、それをストナスが救っていたなどと、今初めて知ったぞ。」

「ま、そう言う訳なのよ。私は彼の遺志を引き継ぎ、裏アーデルヴァイトのマナ濃度が元に戻るのを見届けてから、死者の国へ来たの。だからもう、アーデルヴァイトは大丈夫。……下手に悪魔が、顕現でもしない限りはね。」

「そこのところは大丈夫だ。私もあいつ・・・も、それを望んでおらん。サトナスも、その意向は汲み取っているだろう?」

「……私の管轄で、招喚の法則を無視する奴などおらん。アーデルヴァイトを穢す事を、望む悪魔はいないはずだ。いても、知性に乏しいカス共だ。何も出来んさ。」

「そう言う訳で、私はサトナスのお陰で、人間族から昇神した神様よ。力の象徴ドラゴン、光の神、闇の神に次ぐ第四の神、と言う意味で、クワトロ・ルージュと名乗ってる。でも、冒険者のルージュで良いわ。その方が、馴染みがあるから。」


これで、私の自己紹介は終わったから、次は魔王様のターンね。

「それはそうと、魔王様、凄いじゃない。何でそんなに、色々な事知ってるのよ。」

「おう、こいつは結構凄い奴なんだ。何しろ、智慧の神だから物知りだし、魔力に関しては魔界一だ。暗黒魔法を司る存在だしな。劣等感を抱く必要なんて、無いんだがなぁ。」

うん……そう言う、余裕のある上から目線が、イラッとするんだと思うわよ。生前の私は、凡庸なただの人間だったから、気持ちは判る(-ω-)

「ちっ、手前ぇのそう言うところが気に喰わねぇんだよ、巨人。……まぁ、良い。お前が何者かは判った。ならば、俺様も名乗りを返そうじゃねぇか。」

言って、魔王様は仁王立ちになり、踏ん反り返って叫ぶ。

「俺様こそが、この真なる魔界を統べる者、魔王サトナスサノウォである!俺は元々、智慧の神属最高位の闇の神で、堕天した巨人たちとは違う、生粋の大悪魔だ。魔法で俺に敵う悪魔はいない。俺こそが、間違い無く魔界最強なのだ!そこんところ、勘違いするんじゃ無ぇぞ、ルージュ。」

ひと息に捲し立て、どっかと玉座に座り直す、魔王サトナスサノウォ。

その様子を、やれやれと言った感じで、冷ややかに見詰める闇の巨人。

「まぁ、ストナスやシケンナスの事が判ったのは、よしみのある同胞だったからだが、基本的には魔界の事で俺に判らねぇ事は無ぇ。智慧で君臨する魔王だと思え。」

「さっき、暗黒魔法を司ってるって。」

「ん?あぁ、その通りだ。悪魔の力を他の種族にも使えるようにしてやったのが、俺たち智慧の神だ。俺はその筆頭だからな。今でも、暗黒魔法を発動する力の源は、俺様だよ。出自の判らねぇ怪しい力に頼る神聖魔法なんかより、よっぽど身元が確かな魔法だろ。」

確かに、私の知り合いに、神はいない。海底の神は、あくまで神の前身である光の神。

現在の悪魔の対となる光の神の成れの果ては、その姿を確認出来ていない。

死んだとも、形を変えたとも、他の世界へ逃げたのだとも言われてるけど、その真相は闇の中(光の神だけど(^^;)。

神の力の残滓とも言われるけど、それならいつか底を突くのかしら。

そう考えると、出自が怪しく不安定な力、正に奇蹟、って感じよね。

「そう言えば、高位の暗黒魔法の呪文には、魔王様に力を請う文言が良くあったわね。まぁ、本当に魔王様の力なんて借りられちゃったら、人間の魔導士なんかじゃ制御出来ずに自滅しちゃう。だから、魔王様のお力をほんの少しばかり、魔王様のお力の切れ端を、魔王様の小指の先ほどのお力を、なんて、必要以上にへりくだってお願いする呪文だったけど。私も、知らず知らずの内に、貴方の力を借りてた訳ね。」

ま、私はそんな回りくどい呪文じゃ効率悪いと思って、もっと使いやすいように改良しちゃってたけど(^^;

そもそも、詠唱自体必要無くなって久しいから、もう永い事詠唱なんてしてないけど、魔王よ力を貸せ、くらいぶっきら棒だった気がするわ(^Д^;

「あ、魔界の事で判らない事は無い、とか言ってたけど、魔界の外には不案内なの?少なくとも、裏アーデルヴァイトの事までは知らなかったみたいだし。」

「ふん、仕方あるまい。三界の壁は厚い。他の世界の事など、知らぬのが自然なのだ。それでも、俺は好んで招喚には応じるからな。魔王と言うのは通りが良いから、お声は良く掛かるのさ。」

「あぁ、そうよねぇ。闇孔雀は言うに及ばず、闇の巨人だって、あくまで研究熱心な魔導士でも無ければ知りもしないわ。サトナスサノウォ、と言う個別の悪魔は知らなくても、魔王なら多くの人間が知ってる。人間族の言う魔王は魔族の魔王の事だけど、それでも暗黒魔法を扱う魔導士なら、真なる魔界にも魔王がいる事くらい、想像出来るしね。」

「招喚なんてのは、俺たちが決めたルールに、人間の方が則ってるかどうかだ。魔王として有名な俺様は、喚び出し方もそれなりに有名だ。もちろん、悪魔たちのアーデルヴァイトへの手出しを制限する立場だからな。俺自身が、それを破るつもりは無ぇ。馬鹿な術師を弄んだら、さっさと還って来るけどな。馬鹿な術師とは色々遊ばせて貰ってるから、物質界の事はそれなりに知ってる。」

私だって、駆け出しの頃はたかがレッサーデーモン相手に非道い目に遭ったりしたくらい、悪魔招喚と言うのは危険だし難しい。

どんなつもりかは知らないけど……自分だったら魔王すら御せる、なんて慢心した馬鹿なんでしょうけど、よくも魔王なんて喚び出そうと思えるものね。

「俺様ほど強力な大悪魔は、受肉なんて出来無いけどな。生贄が足りな過ぎる。だから、アストラル体の一部を遣わすだけだが、生贄の娘の胎を使い、分身のような使い魔、眷属を産ませた事ならあるぜ。そいつらの目を通せば、俺もアーデルヴァイトを多少は愉しめるからな。それに、生贄の胎を突き破って魔が産まれ出る時、生贄の娘は愉悦の極みにある。どうせ死ぬにしても、最期は極上の幸せの中で果てるのさ。どうだ、ルージュ?お前も試してみるか?神の身であれば胎を破られても死なんだろうし、元人間なら孕まされて胎を喰い破られる快感は味わえるだろうよ。」

「うぇ~、何よそれぇ。ちょっと悪趣味過ぎない?遠慮しとくわよ。どうせ、無理矢理快楽漬けにしてるだけでしょ。私は、愛する人に抱かれる多幸感を知ってるから、お呼びじゃ無いわよ。」

「ふん、そうかよ。俺だって、別に人間の雌を好き好んで抱きたい訳じゃ無ぇんだ。悪魔には、良い女がいくらでもいるからな。」

「うむ、私は一番小さくなってもこのサイズだからな。人間を相手に出来んしな。ルージュは……さすがに、ごめんだな。」

「ちょっと、それ、どう言う意味よ。」

「自分と同じくらい強い女など、抱きたいとは思わん。それに、中々良い男だったぞ。お前の夫は。まだ本来の力を取り戻せてはいないようだが、魂に秘めた力は相当なものだ。オルヴァの勇者と言う奴は、やはり異世界人だけあって物が違うようだな。そんな漢から、妻を寝取る気にもならん。」

「それで?俺様を振った女神様は、結局何をしに来たんだ?」

「え?だから、魔王様にご挨拶を……。」

「そうじゃ無ぇ。俺たち悪魔は物質体を失った。神とは違って生きちゃいるが、ある意味死者のようなもんだろう。だがお前は、未だ生きている。言ってみれば、お前はこの世で唯一の生きている神だ。そんな死者でも無いお前が、死者の国で何をするんだ。」

「え~と……まず、死者の国へ来たのは、愛しい夫と再会する為よ。さっきも話題に出したけど、裏アーデルヴァイトはマナ濃度が低下してて、危機的状況だった。それをストナスが救い、私が見届けた。彼のいないアーデルヴァイトに居続ける必要が無くなったから、死者の国まで彼を捜しに来たのよ。」

ヨモツヒラサカは、今はアヴァドラスの縄張りでもあるし、私からサトナスに話すのは不味いわよね。

サトナスに報告済みなのか、許可を得てるのか、その辺は聞いてないから。

「愛夫とは再会出来たから、これから死者の国で一緒に過ごす事になるわ。そこで、旧知のアヴァドラスに挨拶したついでに、魔界の支配者にも挨拶しておいた方が良いと思って、引き合わせて貰ったの。それが今よ。」

「ふむ。それじゃあ、最初から言ってた事は、本当だって事か。俄かには信じられん、と言いたいところだが、判ったよ。俺だって、自分の力くらい弁えてる。お前らがさっきから言ってる事は本当だろう。もし偽りなら、巨人とルージュ、ふたり掛かりで俺には勝てるだろうからな。六枚羽や闇渦たちが加勢に駆け付けても、とても敵うまい。」

「その時は、多分あいつ・・・が仲裁に入るだろうがな。」

「ふん、それは重畳。どう転んでも、俺様の地位は安泰か?」

「いや、猿帝の奴にだけは、気を付けておけ。」

「あん?」

「あいつは、魔王に興味が無い訳じゃ無い。自分より強い私たちふた柱の方が、無視出来無いでいるだけだ。こう言っては何だが、サトナスは眼中に無いのさ。だが、もしサトナスを邪魔だと思えば、何をして来るか判らん。良いか。私もあいつ・・・も、最低限お前を認めているよ、サトナス。認めていないのがマルギリファルスだ。気だけは許すなよ。」

「……猿帝マルギリファルスか。俺もあいつは嫌いだ。肝に銘じておこう。」

魔王サトナスより強い大悪魔の内のひと柱、猿帝マルギリファルス。ガリギルヴァドルが仕えてる相手。魔界の中も、色々あるのね。

「それで、ルージュ。これで挨拶も済んだだろう。これからどうするんだ?あいつ・・・にも、遭って行くつもりか?」

と、アヴァドラスが、私に話を振る。

もう用は済んだし、話が長引けば、ヨモツヒラサカの事が話題に上るかも知れないから、さっさと切り上げたいのかしら?

「さすがに良いわ。出来れば、二度と遭いたく無いもの。後は死者の国に帰って、大掃除よ。」

「大掃除?死者の国のか?」

「えぇ、そう。死者の国の大掃除。それが終わったら、また挨拶に来ると思うわ。」

「?」「?」

ふたりの大悪魔がきょとんとする中、私は次の目的に思いを巡らせた。

エヌマラグナ。

待たせたわね。貴方は、放置出来無いわ。

これから私が、ライアンたちと暮らす終の住み処だもの。地獄のままに、しておかないわ。

さぁ、死者の国の整理整頓を始めましょうか。


つづく

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