第四章 数千年ぶりに逢ったあの人としたいたったひとつのこと


1


私は、クリスティーナの世界を出て行く為の足として、クロの姿を借りる事にした。

さっきは電車に乗って他の世界に繋がっちゃったから、今度は空からの突破を試みようと思って。

コピークリエイトとは違って、変身であれば詳細なデータは必要無く、別れの日の姿を思い浮かべれば、成竜として立派に成長した今のクロの姿にもなれる。

空は私自身の力で飛べるから、今必要なのはクリスティーナとヤクシを乗せる広い背中だからね。

ただ、下町のアーケードで変身したら迷惑なので、私たちは今、山の麓まで移動中。

「それにしても、クリスティーナ。思い切った格好ね。似合ってるし、とっても可愛いけど。」

彼女の紅のビキニアーマーは、ほぼビキニの水着に肩当て、肘当て、リストバンド、腰の左右だけ覆う腰当て、膝当て、ブーツを、コスプレのように別途装着したような格好。

いくら金属鎧のような重装を嫌い、軽装であった方が動きやすいとは言え、少々露出が過ぎる。可愛らしいけど。

「へへ、可愛いでしょ。折角こんな美女になれたんだから、うんとおめかししなきゃ勿体無いじゃない。それに、女戦士と言ったら、レダ、アテナ、ドラクエの女戦士。ビキニアーマーが鉄板よ。」

……うん、まぁ、同好の志として気持ちは判るけど、ビキニアーマーも身に付けるのは一応ちゃんとした装甲なのよ、普通……アテナはまんま水着だったけど(^^;

ただ、魂だけの今のクリスティーナの防御力は、何を着ていようと変わらない。さすがに私、ビキニアーマーなんてエッデルコやチュチュに作って貰わなかったから、拠点には無いし(^ω^;

ま、そもそも、武器は大きさなんてそこまで気にしなくても扱えるけど、防具はちゃんとフィッティングする必要もあるから、簡単に用意出来無いのよね。

拾った防具や他人の防具がそのまま着れちゃうのは、ゲームくらいだもの。

「それに、体が男から女になった事で感覚も変化してるから、下手に防具を着て動くのは嫌なのよ。これなら動きやすくて、今の体に丁度合ってるの。」

「……そうね。私も初めて殺された時、いきなりゴリマッチョから少女になって、どうなる事かと思ったわ。手足が短くなってて、思いっ切り走っても足が遅くて吃驚したわ。幸い、私は逃げ隠れしながら魔法で攻撃出来るから、そこまで困らなかったけど。クリスティーナは、戦闘系スキル特化型として成長したんだもんね。今の肉体感覚に技術を適応させるのは、大変そうね。」

まぁ、決してさぼらず鍛錬は行ってたみたいだから、もう動きの方は充分馴染んでるみたいだけどね。

後は、得物を使った力の使い方、そっちの方が課題ね。……と言っても、それほどの力を必要とする相手なんて、死者の国にはいないはずだけど……多分。


程無くして、麓に到着した私たち。私は早速、クロの姿へと変身を遂げる。

遠い過日、闇孔雀相手に敢然と立ち向かった時のような、成竜状態の立派な姿からさらに成長し、今では風格すら漂う偉大な漆黒の古代竜。

既に体長は、20mに迫るほど。この姿なら、闇孔雀と目線が合いそうね。

「クリスティーナ、ヤクシ、背中に乗って。鞍は無いから、落ちないよう気を付けてね。」

そう声を掛け、私は前足を地面に着け、背中に乗りやすいよう伏せる。

「……え?!ルージュさん……ですよね。……え、え?これ、どう言う事です?」

困惑するヤクシを尻目に、ひょいひょいと背中に飛び乗るクリスティーナ。

「凄いわね、ルージュちゃん。クロちゃんに変身しちゃうなんて。てっきり、馬とかグリフォンとか招喚するんだと思ってたわ。」

そっか。クリスティーナと轡を並べた事なんてほとんど無いし、変身自体使う機会は少なかったから、私の能力としてクリスティーナに伝わってなかったのね。

と言うか、そう言えばクリスティーナは、魔法が苦手だったんだわ。私のクリエイトも、招喚魔法だと思ってるのね。

「安心して、ヤクシちゃん。変身したからって、ルージュちゃんは噛み付かないわよ。早くいらっしゃい。」

って、別に私が化けたドラゴンを怖がってる訳じゃ無いでしょ(^^;

それでも、恐る恐る尻尾と背中の突起を掴みながら、背中の上まで登るヤクシ。

ローファーに履き替えたとは言え、ガングロミニスカギャルはヤクシ本来の姿じゃ無いから、普段通りに動けないのかな?

本当は、ヤクシからは壁を越えた者の気配を感じるんだから、もっと軽快に動けても良いはずなんだけどね。

元々、体を動かすのは、苦手なタイプなのかも。

「さて、それじゃあ飛んでみるわよ。翼が動くから、気を付けてね。」

言って、私はばっさぁー、と翼をはためかせ、ふわり宙に浮く。

「うわわわわわわぁ~~~。」

慌てふためきながら、それでもしっかり背中にしがみ付くヤクシ。どうやらヤクシも、落ちずに済みそう。

私は再度、大きく翼をはためかせて高度を上げる……ま、こんな大きな体、この翼で飛んでる訳じゃ無いんだけどね。

本当は翼なんて、一切動かさなくても飛べる。これはあくまで、気分よ、気分(^^;

そのままぐんぐん高度を上げ雲を突っ切るも、クリスティーナの世界を抜ける様子は無い。

上昇するだけでは上手く抜けられそうも無いので、私はそこから水平飛行に移行し、何と無くセヴンたちの山の上空を一度旋回してから、感覚的に北へと進路を向けた。

今更、東北に向かう意味も無い気はするけど、他に当てがあるで無し。

このまま空を行き死者の国へ出られるなら、もう方向はどうでも良いような気もする。


小一時間ほど飛んだ頃、厚い雲に突入した。

その雲は延々続き、その途中で感覚的にクリスティーナの世界を抜けた事が判った。

しかし、すぐに雲が切れる事は無く、さらに数十分雲の中を飛び続けると、ようやく雲を突き抜け蒼穹が目に飛び込んで来た。

すぐさま眼下を見下ろすも、そこには見慣れた近代的な建物の屋根の群れ。

……どうやら、また死者の国へは出られなかったみたい。って、ちょっと待って!?

クリスティーナが暮らした東京の下町じゃ無いのは確かだけど、眼下に広がるのが地球の光景って事は、ここも異世界人の世界って事よね。

透かさずアストラル感知を展開するも、この世界には魂の気配無し。

この世界の主はすでにこの世界を出て行ったのか、それとも転生した後なのか。

私は念話で、「ねぇ、ヤクシ。魂が転生した後、その魂の世界はどうなるの?」と尋ねてみる。

「……あぁ、なるほど。この世界、魂がいませんね。この世界の魂は、きっと死者の国へ出て行ったんだと思います。転生した場合、もう死者の国に留め置く必要はありませんから、魂の世界も消えますよ。」

転生すれば消えるはずの世界が、主も無しにこうして残ってる。

つまり、この世界の主は、まだ死者の国に存在してる事になる訳ね。

そして……この世界の主は異世界人、いいえ、地球人。もしかしたら……。

そんな事を考えてると、正面から高速でNPCが突っ込んで来た。そして、一瞬で擦れ違う。

ここは上空。ある程度の高さがあるから、当然人間なんているはずが無い。

ただし、ここが地球であるなら、空にも人間は存在する。そう、飛行機。

程無くして、旋回して戻って来たその飛行機が追い付いて来たけど、う~ん……私、軍事関係には詳しく無かったから、機種の違いなんて良く判らないわね。

ぱっと見で判るのなんて、F-14トムキャットくらいだもの。トップガンとかマクロスとか、ミリオタじゃ無くても縁がある機体だから(^∀^;

でも、確実に戦闘機ね。となると……あ、いけない。

じっくり観察してる間に、向こうは何かしら警告を発し、戦闘状態に移行してたみたいで、いきなりミサイルを発射して来た。

そりゃそうよね。だってこっちは、地球にはいないはずのドラゴンだもの(^^;

と言うか、これだけ早く攻撃に移行出来るって事は、日本じゃ無いわね。

「ちょっと、ルージュちゃん。ミサイル撃って来たわよ。」と、然程慌てずクリスティーナが警告を発する。

あくまでこの世界の主の記憶から再現された兵器って事になるけど、威力はどんなもんなんだろ。

クリスティーナのグレートソードも本来の威力を発揮してなかったし、多分大した威力じゃ無いとは思うけど。

私は、迫って来たミサイルを軽く躱すと、手を翳して亜空間の入り口を開き、そのミサイルを呑み込んだ。

この戦闘機の照準システムなんて判らないけど、対生物にホーミングって利くものなのかな?今は、ホーミングしてなかったと思うけど。

今の私に現代兵器なんて脅威にもならないけど、このまま攻撃され続けるのも邪魔臭いので、私は結界を張りステルスを発動。

結界で私たちの気配を消し、その結界をステルスで消す。

今の私の結界は、ジェレヴァンナの手解きを受けた上、神の気を纏わせる事も出来るから、私自身を消すようにパーフェクトステルス状態に出来る。

これなら同行者がいても、ステルス移動が可能と言う訳。

私はそのままその場へ留まると、戦闘機は高速でどこかへ飛び去って行った。

問題は、あの戦闘機じゃ無い。いきなり撃って来たと言う事は、ここがアメリカの可能性もあると言う事。

そして、ここがアメリカであれば、この世界の主がライアンの可能性もあると言う事。

そこで私は、さらに詳細に、この世界の気配を探ってみる。

……、……、……ライアン。ここ、やっぱりライアンの世界だ。

あぁ、もう誰もいないんだから、もちろんライアンもいないわよ。

ただ、微かにライアンの気配の残滓を感じ取れた。もう随分前に、この世界を出て行ったんでしょう。

そうよ。だってライアンは、私と約束したんだもん。ヨモツヒラサカで待ってて、って。

ライアンとクリスティーナが亡くなった時期はかなり違うけど、数千年の年月からすれば同時期と言っても良い。

同じオルヴァの勇者同士だし、世界自体はすぐ近くにあったんだわ。

「ねぇ、ルージュちゃん。さっきの戦闘機……もしかして、ここって。」

「えぇ、そうみたい。ここ、ライアンの世界よ。微かな気配を感知したわ。」

「そっか。……ライアンちゃんは、ちゃんと約束通り旅立ってたのね。」

「うん……さぁ、そうと判れば、先へ進みましょう。ここにライアンはいないわ。もう用は無い。」

私は改めて、この世界を抜け出す為に羽ばたいた。

愛しいあの人は、ここにいた。後は、その気配を辿って、彼の後を追うだけよ。


2


やっぱり、私とセヴン、及びクリスティーナ、そしてライアンと、所縁があるからこそ死者の国へ出るより優先されて、世界が繋がったんだと思う。

あの後突っ込んだ雲の中でライアンの世界は脱し、その雲を抜けた先は、今度こそ死者の国だった。

死者の国の姿は、その名に相応しい荒涼たる姿をしていた。

植物と言えば枯れ木しか見えず、常に暗雲が垂れ込め、それがどこまでも変わらず続く死の世界。

「……随分と……らしい世界ね、死者の国って。」

見た光景に対し、素直な感想を独り言ちた。

「……死者たちの想念が混じり合った、総和の世界。と言われています。死者たちの心の在り様で、その姿を変えるとも。以前は……以前はもう少し、緑豊かな時期もあったんですけど……。」

ヤクシも、独り言つようにそう応えた。

彼女の言う通りなら、今の死者の国の姿は、それだけ死者たちの心が荒んでいると言う事の現れ。

私は確信を持って、エヌマラグナの治世は間違ってる、と思ったけど、それを世界が証明しているかのよう。

そんな死者の国の在り様を、望んでいるのか不本意なのか、その真意は測りかねるけど、それを成してる者の居城が眼下に迫って来た。

ライアンの世界を抜けてから、私は微かに残るライアンの気配の残滓を追って飛んでる訳だけど、その方向は感覚的に北西。その航路の途中に、その城はあった。

どこから上がるのか、周囲が断崖絶壁な台地の上に、土壁で作られた城のような建物がある。

その姿は蟻塚のようで、西洋的な、東洋的な、一般的な意味での城とはかなり違って見える。

華美な装飾は一切無く、しかし台地の上、城の周りだけ、色取り取りの花々が咲き誇ってる。何ともちぐはぐで、アンバランスな光景。

そんな異様でありながら威容を感じさせる不思議な城塞内には、巨大な気配がひとつ切り。

この荒涼とした世界の中で、暖かな土の中に籠り切り、自らの周りだけ花々で飾り立てたひとり切りの王、地獄の支配者閻魔大王ことエヌマラグナ。で、間違い無いでしょうね。

圧倒的なその気配は、明らかに壁を越えた超越者のそれであり、ヤクシと違いそこからは戦闘的な力強さも感じられる。

この死者の国では間違い無く最強……まぁ、あくまで、この死者の国では、だけど。

「あ、あの、ルージュさん。その……こんなに近くを飛んだりしたら、見付かってしまうんじゃ……。」

「……エヌマラグナも、気配は感知出来る、って事ね。」

「え、えぇ、そうです。私なんかよりも、ずっと強く……。」

「でも、私やクリスティーナの事は知らないでしょ。多少強い死者なんて、少しはいるんでしょう?私は今、力を抑えてるから、そこまで目立たないと思うけど……。」

もちろん、これは嘘。理由は判ると思うけど、解説は後ね。

「……わ、私が見付かってしまいます。私は、そのぅ……エヌマとも面識がありますし……。」

ふむ、まだ素直に話しはしない、か。

「……大丈夫よ。実はさっきから、ずっと結界張ってあるのよ。ほら、ライアンの世界で戦闘機に攻撃されたでしょ。あの時から、姿を隠してるの。気配も外に漏れてないし、結界自体察知されないようにしてあるわ。だから、大丈夫。」

「そ、そうなんですね。本当に、凄いですね、ルージュさん。」

素直に感心するヤクシ。

う~ん、ここまで素直だと、鎌を掛けた私が馬鹿みたい(-ω-)

わざわざ結界の事を伏せて、私とクリスティーナだけは見付からない、としたのは、もちろん貴女は不味いでしょ、と言う鎌掛け。

少なくとも、あそこにいるのがエヌマラグナだとは認めたし、面識があるとも言った。

だけど、未だその正体を、自ら明かそうとはしない。

……迷ってるんでしょうね。ヤクシの正体にも目的にも目星は付くし、協力するにやぶさかで無い。

でも、まだヤクシ自身が決めかねてる。だから私からは、何も言わない。

「取り敢えず、今はエヌマラグナに用は無いわ。私の感知範囲内に、まだライアンの気配は感じられない。このまま進むわよ。」

言って、私は速度を上げた。

そう、エヌマラグナなんかどうでも良いのよ。

今の私にとっての最優先事項、それはライアンだけだもの。


実際問題、死者の国ってどれくらい広いの?

物理的な距離感とは物差しが違うと思うけど、物質界においては数千km離れててもアストラル感知で気配くらいは感じられた。

もちろん、正確な情報を得られるのは空間感知の10km圏内に限られるけど、何と無く向こうから気配を感じる、程度なら、相手の気配が大きければ大きいほど距離が離れてても察知出来た。

今のライアンはまだ壁の向こうまで到達し直せていないだろうけど、微かな気配くらい感じられても良さそうなのに。

気配の残滓を追えるだけ良いけど……と思った矢先、雲に入った途端気配の残滓も消える。

あぁ、そう言う事ね。つまり、死者の国の其処彼処に、魂たちの世界が点在してて、その世界は隔絶されてる訳だから、その世界たちが見通しを悪くさせてたと。

今突入した世界にライアンの気配の残滓が無いと言う事は、ライアンはここへは立ち寄ってないと言う事。

地上を行けば、もしかしてこの世界には入らないで済んだのかしら。

アストラル感知で周囲を探ってみると、いたいた、どうやらここ、モンスターの巣窟みたい。

この気配は、飛竜ワイバーン。亜竜だから知能は決して高く無く、飼い慣らされていない自然に棲息するワイバーンたちは、完全に獣並み。

本能に従って、生前の暮らしを続けてるだけみたいね。

「ねぇ、ヤクシ。知能が低いモンスターは自分たちの世界から出ないみたいだけど、転生させずにずっと放置なの?」

感知出来た個体数は100匹前後。多いと言えば多いけど、数千年で100匹しかワイバーンは死んでない、なんて事は無いわよね。

「いえ、むしろ、モンスターは頻繁に転生させます。放っておいても、より良い魂へと昇華するような営みはありませんから。転生の法則は判りかねますが、それでも徳の高い魂の方が、より良い存在へと転生すると考えられています。その意味において、モンスターたちには期待出来無いので、適当に転生させてしまう訳です。モンスターたちには悪いけど、ビジランテたちが定期的に捉えてエヌマラグナの許へ送り届けます。」

「そうなんだ。でも、モンスターたちは本能的な存在だから、魂だけでもそこそこ強いでしょ。ビジランテたちでどうにかなるの?」

「あの子たちの中には、特別な役割を持つ子もいて、魂だけのモンスターを捉えるスキルを持った子もいるんです。知能が高い特別なモンスターが相手で無ければ、あの子たちでも大丈夫です。」

なるほど。死者の国では、生前の姿が維持されるから、モンスターだけじゃ無くて精霊も、亜人種、魔族、神族など、様々な力を持った魂になる事が事前に判ってる。

その中でも厄介な者たちに絞ったスキル持ちビジランテを用意して、上手く対処してるのね。

モンスターとは話が通じないから、説得して転生を促す事は出来無い。

反対に、話が通じる相手なら、力で対処しなくても、進んで転生を望む魂だっているはず。

Lv.15程度でもビジランテは死者の国仕様の戦士だし、そこに特定の相手に有効なスキルを与えてやれば、充分と言う訳ね。

……手に余る場合は、エヌマラグナが何とかするんでしょうし。

それはそうと、ワイバーンの棲み処は高山にある事が多いから、空を飛んでて彼らの世界に突っ込んじゃったみたいね。

そうと判れば、さっさと突っ切っちゃいましょ。ワイバーンたちは、私たちに気付いてないしね。


再び雲に突っ込み、死者の国へ戻って来ると、エヌマラグナの居城からはすでに離れてた。

あの辺り一帯の空は、ワイバーンたちの縄張りだったのかな。

競合するモンスターの世界が近くに無い為か、かなりの距離に亘って続いてたみたい。

どれ、それじゃあもう一度、アストラル感知で……、……、……うっ。

思いっ切り、唇を噛み締める。

微かに、遠く微かに、確かに感じるこの気配。

間違い無い、間違えるはずが無い、この私が、ライアンの気配を間違える訳無い!

「……いた。」

「え?」

「いたわ、ライアンよ!まだ遠いけど、間違い無い!見付けた!ライアン見付けた!」

私は歓喜の叫びを上げながら、一気に加速した。

「ちょっとぉー、速過ぎ速過ぎぃ~!」「うわぁ~~~~~、お、落ちる、落ちちゃいますよー!」

ふたりの叫びが掻き消えるほど速く、私は一陣の風となって暗雲を吹き散らした。


3


実際の距離は判らないけど、まだまだライアンの気配は遠い。

一刻も、愚図愚図してられない。

そこで私は、速度を増す為に結界の形状を変え、体をぎりぎり覆える程度の流線形にした上で、空気を遮断した。

これで、背中のふたりが風に巻かれる事は無い。

あ、ちなみに、私は神、クリスティーナは死者、ヤクシは……まぁ置いといて、多分酸素が無くても平気だと思う。

マナは遮断して無いから、結界内でマナが空気に変換されるのかも知れないし……と言うか、気にしてなかったけど、死者の国って空気あるのかしら?

私は神だけど、一応物質体のままだし、きっと環境的には物質界と大差無いと思う。

エネルギーが渦巻くばかりのアストラル界を、創造神が死者の為に創世したのだし、死んだばかりの魂が戸惑わぬよう、物質界を模した可能性は充分あり得そう。

と、そんな事はどうでも良いのよ。

ふたりが落ちる心配を排除して、私はさらに速度を上げた。

多分、これが物質界だったら数時間掛かるでしょうけど、そんなに待ってられないわ。

私は、音速を超えた爆音を後方に置き去りにして、静かな空をかっ飛んで行った。


数時間掛かるところを数十分に縮めて、一気にライアンへと近付いて行くと、徐々にその状況が詳しく感知出来るようになって来た。

どうやら今、ライアンは戦闘中。

ライアンの周囲には、数十人の死者と、100人ほどのビジランテ、そして同じくビジランテなんだけど、かなり強い気配がふたつ。

そのビジランテは、永遠に変わらぬ私の鑑定Lv.1相当では正確な数値は判らないけど、Lv.40は超えてる。

先のクリスティーナ同様、攻撃力には苦労してるはずの今のライアンでは、倒し切れないほど強い。でも……。

「ねぇ、ヤクシ。貴女も、もう感知出来るわよね。あれって……混じってるのは、10人……かな。」

「……やっぱり、ルージュさんには判りますか。はい……あの子たちは、強制的にひとまとめにされたビジランテです。」

「ひとまとめにされた?それって、どう言う事?ヤクシちゃん。」

「戦闘用ビジランテと呼んでいます。比較的最近創られるようになった存在で、エヌマラグナが西王母システムを改竄して創り出した私兵です。ただ反抗的なだけの死者なら普通の子たちで抑えられますが、高位モンスターだった魂や超越種の魂、そして英雄、勇者の類いの魂が死者の国へ出て来たら、普通の子たちでは相手になりません。数を頼みにする他ありません。そこで、戦力の補強として、普通の子たち10人分の魂を使って、エヌマラグナが無理矢理創り出しました。」

「……改竄、無理矢理……。それで、あの子たちは大丈夫なの?暴走してるようには見えないけど、普通他の魂と混ぜられたりしたら、自我が持たない気がするんだけど。」

「……疑似人格を上書きする事で、新たな個体として安定しています。素材に使われた子たちの人格はもう……。壊れたり、寿命が来た場合、元通りに戻せるとは思えないので、廃棄されているはずです。」

「非道い……。いくら敵とは言え、少し可哀想ね。」

そうクリスティーナは言うけど、事態はもっと深刻だと思うわ。

私の考えが正しければ、ビジランテたちは元々……。やっぱり、エヌマラグナは放って置けないわね。

でも今は、そんな事よりライアンよ。

私は速度を絞り、戦場上空へ至ったところで滞空し、眼下の様子を詳細に確認する。

ライアンは、生前と同じく聖騎士スタイルで、戦闘用ビジランテの矢面に立ち、仲間を守護してる。

仲間を鼓舞し、心配も掛けないよう、たまに振り返っては、相変わらずトム似の爽やかな笑顔を振りまいてる……う~~~、我慢我慢。

相手側は、Lv.15程度のビジランテが100人くらいと、戦闘用ビジランテが2体。ちなみに、戦闘用ビジランテは10人分のビジランテを合成した影響か、4m級の巨人の姿。

装束自体は、普通のビジランテとほとんど変わらないけど、両手に段平を握った二刀流。その段平も、もちろん巨人サイズ。

対するこちら側は、人間族はライアンだけで、他にはエルフにドワーフ、ホビット、グラスランダーまでいて、他に神族魔族と、裏アーデルヴァイトの魔族もいる。

つまり、人間サイズの魔族と4m級の魔族がいるのよ(^^;

さすがに神族は、表か裏か見た目だけじゃ判らないわね。

そう。考えてみれば、大陸は表と裏に分かれてるけど、死者の国はひとつだから、どちらの死者もここへ来るのよね。

残念ながら、古代竜や生前壁を越えていた猛者はいないみたいで、亜人種たちはビジランテに及ばず、神族魔族もLv.20を超える程度。

どう見ても、こちら側はライアン頼み……あ゙~~~~~、もう駄目、我慢出来無いっ!私の子宮が限界っ(爆)

永い間、愛しい相手が傍にいなかったから、たまに思い出して自分で慰める事はあっても、他の男に抱かれたいなんて思いもしなかった。

しかし今、その愛しい人が目の前に。さらに、私はまだ死んでない。つまり、体があると言う事。肉欲が沸々と湧き上がる。

こんな気持ち、数千年ぶりだもの、堪えが利かないわ。

私は、思いっ切りライアンと戦闘用ビジランテの間に飛び込み、土煙が上がった。

土煙が晴れたそこには、すでに変身を解いた私とクリスティーナ、尻餅を搗いたヤクシの姿。

透かさず私は、戦闘用ビジランテをミラーリング。

そう言えば、ミラーリングについて詳しく話した事無かったわね。

ミラーリングとは、対象を詳細に分析する魔法よ。

ミラーリングで得た情報を基に、別途クリエイトの魔法でコピーを創造してる。

ミラーリングはあくまで分析するだけの魔法で、それによって得た情報を開示する能力も無いわ。

つまり、鑑定の代わりにはならないので、私の鑑定はミラーリングがあろうともLv.1相当を維持(^^;

それから、ミラ-リングには制限もあって、同格以上のものには通じないの。成功率0%。

自分より格上相手には効果が無いから、奥の手にはならないのよね。

あくまで、格下相手用。決して、アヴァドラスや闇孔雀を、ミラーリングするなんて不可能よ。

クリエイト自体は、ミラーリングの情報を再現するだけなので、コピー対象の能力に縛られないから、仮に情報が取得出来たなら闇孔雀すらコピー出来るけど、ま、無意味な話ね。

ミラーリングは便利だけど、私くらいしか使い手のいない魔法のひとつ。

理由としては、まず習得が難しい。

スキルとして習得しようと思えば、鑑定や感知系の魔法系統をかなり前提条件として習得しなければならない。

ミラーリング自体のスキルポイントも高く、ミラーリングまで獲得するには相当のスキルポイントが必要。

そこまで苦労して習得しても、格下相手に情報を読み取れるだけだから、コストに能力が見合ってない。

ただ、クリエイトと合わせるととても便利なので、決して無駄な魔法では無いわ。

私自身より弱くても、クロのコピーゾンビを数体クリエイトする事は、とても脅威的。

ただ、一介の魔導士がミラーリング可能な存在のコピーが、どの程度有用かは疑問(^^;

私の場合、あくまで手動発動出来るように魔術として覚えたから、コストは関係無し。

魔法を粗方魔術として覚えてる魔導士なんて私くらいしかいないので、結局ミラーリング→クリエイトの使い手は私くらい。

そんな、私だからこそのミラーリング・クリエイトで、戦闘用ビジランテコピーを5体創造。

神となって数千年も経つのに、未だにコピーの同時クリエイト数は5が限界。この魔法も、充分難易度の高い魔法よね。

「お前たち、目の前の戦闘用ビジランテを足止めしなさい。あくまで足止め、殺しちゃ駄目よ。ABは右、CDEは左、それから、クリスティーナの指示には絶対服従。そして、目の前の戦闘用ビジランテ2体が倒れたら、自壊しなさい。」

私は素早く命令を下すと、クリスティーナを振り返り「と言う事だから、後はよろしく。止めは貴女が刺して。魂だけは残すようにね。」

と捲し立てると、返事も聞かずに「ライアーン!」と愛する人の胸に飛び込んだ。

逞しいライアンだけど、さすがに事態の急展開に呆気に取られていたようで、私が飛び込む勢いのままふたりして大地に倒れた。

「ユ……ルージュ。まさか……本当に……。」

私は、下に組み敷いたライアンの鎧を乱暴に脱がしながら「大丈夫。結界張ったわ。外からは見えないし、音も聞こえない。言って!呼んで!私の名前を呼んで、ライアンっ!」

「……ユウ……ユウっ!」がばっ、と体を起こし、今度は私を下に組み敷いて、乱暴に服を脱がせながら優しいキスをしてくれる。

ふたりは文字通り激しく、愛を確かめ合い始めたのだった。


4


そして数時間後、私はようやく治まった。

ピロートークもそこそこに、私たちは延々激しく互いを求め合い、だから数時間で済んだ。

私は肉体を持つけど、神の身だから底無しだし、ライアンは魂だから、精神力さえ持てばいくらでも出せる(^^;

そうして、私の肉欲が満たされるまでライアンは突き合ってくれて……付き合ってくれて、多分5~6時間で治まった。

ゆっくり半日でも1日中でも抱き合っていたいとも思うけど、今は余裕が無くて、そんな優しさに包まれるような営みじゃ止められないほど、暴走しちゃった。

それに……完全に忘れてたけど、周りにはクリスティーナたちがいて、多分もう戦闘を終えて待ってるわよね、私たちを(*^ω^*)

激しさ余って多少抉れた地面を土魔法で少し整地して、体液で汚れた体は火と水の魔法を駆使して洗い流し(笑)、乱暴に脱がしてもほつれひとつ無いチュチュのワンピースを着付け、ライアンは再び装備一式を創造して、私たちは何事も無かったかのように、結界を解いて外へ出た。

そこにはクリスティーナと、少し照れたようなヤクシ、気まずそうにしてる死者たちがいた。

「いや~、ごめんね、クリスティーナ。数千年ぶりの再会だから、どうしても我慢出来無くて……。」

「……仕方無いわよ。それにしても、かなり激しかったわね。貴女たちって、いつもそうなの?確か、ライアンが倒れる直前まで、毎日欠かしていなかったのよね。」

「え、うん……でも、さすがに回数は減ってたわよ。最後の方は1回だけ愛し合ってそのまま……って、かなり激しかった・・・・・・・・!?」

「えぇ、あの子たちが近くで戦ってたから最初は聞こえなかったけど、疾っくに戦闘終わってるもの。しかし、数千年ぶりとは言え、何時間も激しく愛し合えるなんて、貴女たち本当にタフねぇ。」

「え……、だって……結界……。」

「ん?あぁ、貴女の結界は完璧よ。ちゃんと中は見えなくなってるし、防音もされてる。でもぉ~。」

と、クリスティーナは地面を指差し「慌ててて、普通の結界張ったでしょ。地面を通して聞こえて来たわ。それほど激しかった、と言う訳ね。」

……確かに、ドーム状の普通の結界しか張らなかったけど……地面の振動で外まで丸聞こえって、我ながらどんなセックスよorz

そろりそろりと周りを見回すと、ヤクシは目が合うと顔を真っ赤にして手で覆ってしまい、他の死者たちは私と目を合わせないようにしながら、赤面して気まずそうにしてる。

ボッ!と、顔が真っ赤になったのが判った。

急いでライアンの背後に隠れ、さらにパーフェクトステルスを発動。

これはさすがに恥ずかしーーーーー(*^Д^*;


……、……、……あ~、いつまで隠れてても、話が進まないわね。

私は、クリスティーナたちの背後でステルスを解除し「コピーたちもいないみたいだし、戦闘は無事終了したみたいね。」と、話を進める事にした(^^;

「えぇ、戦闘はすぐに終了したわよ。戦闘用ビジランテをコピーが抑え込み、私が止めを刺す、と言う形で簡単に決着。ただ、問題が残ったわ。」

「問題?」

「例によって例の如く、完全に魂を消滅させないよう手加減したのは良いけれど、解放されて西王母の許へ飛び去るはずの魂が、塊のまま残ってるの。ほら、あれ。」

そうしてクリスティーナが目顔で指すまでも無く、私の目の前には見慣れぬ物体がふたつほど鎮座してた。

戦闘用ビジランテは、ビジランテ10人分の魂を使った強制変異体。

混じり合ってしまった魂が、解けずそのまま塊として残ってしまったようね。

「……このままでは、西王母の許で再生される事も無いのね。とは言え、ここまで混ざってしまうと分離も難しい、か。」

「はい……私には、どうしてやる事も出来ず……。」

そうヤクシが、悔しそうに呟く。

混ざりものを解くのは難しい。それは、例えば一度混ぜたカフェ・オ・レを、珈琲と牛乳に戻せないのと同じ事。

そんな事、神でも無ければ不可能よ。で・も、私ぁ神様だよ。

と、その前に、一応浄化を試みてみる。

魂の塊に鎮魂を唱えると、周囲の空気が清浄なものへと変質した。

「……あぁ、とっても気持ち良い。本当の意味で、魂が洗われる気分。さすが、神の奇蹟よねぇ。」

「うむ、しかし、浄化はされても魂が解けるには至らないな。あくまで、浄化の力だからね。」

「そうね。あくまで試してみただけだけど、まぁ、手術前の消毒代わりみたいなものよ。」

「え!?」

私はおもむろに、その魂の塊に右手を挿し入れると、静かにゆっくり掻き混ぜ始める。

「ちょ、ちょっと、ルージュちゃん。何やってんの!?ただでさえ混ざっちゃった魂を、さらに掻き混ぜてどうするのよ。……って言うか、魂って掻き混ぜられるのね。」

変なところに感心するクリスティーナ(^^;

「良いから見てて。多分、行けると思う。」

私は、この魂の塊が10人分だと感知出来る。それはつまり、10人の見分けが付くと言う事。

もちろん、ここまで混ざっちゃえば誰が誰だか、どれが誰だか滅茶苦茶だけど、10人一遍では無く、特定個人を標的に定め、その子の魂の欠片だけ集めるならどうかしら。

私は10人の中の1人に絞り、その魂の波長を持つ欠片、残滓を掌に吸着させて行く。

聖なる力が魂を救う事は間違い無いので、私は右手に神の気を纏わせる。

その神の手で魂を掬い上げながら、取り零しが無いよう満遍無く塊中を掻き混ぜる。

……、……、……良し、これで全部。

そぉっ、と右手を抜き出すと、その掌の上には光るおたまじゃくし、正しく魂の形があった。

その魂は、数秒ぷるぷる震えた後、その尻尾側を上空へと向け浮き上がり、私たちの頭上を一度旋回した後、何処かへ……きっと西王母の許へと飛び去った。

「ふぅ、何とかなったわね。」と、私は額の汗を拭った。

呆然と魂を見送っていたクリスティーナが「良かった。これでまたあの魂は、再びビジランテへと生まれ変わるのね……、……それって良い事なのかしら?」

「さぁ、次行くわよ。」

私は再び魂の塊に手を突っ込むと、静かにゆっくり掻き混ぜながら、特定個人の魂をひとつに集積して行く、と言う過程を飛ばし、すぐに手を引き抜いた。

掌の上には、結果であるひとつの魂が乗ってて、今度はすぐさま飛び上がり、西王母の許へと飛び去る。

「良し。」と、神の力の発動を確認した私は、さらに手を入れ引き抜き、手を入れ引き抜き、それを繰り返して魂たちを元の姿へと戻して行く。

9回目の作業が終わると、そこには元に戻った魂と、すでに塊では無くなった最後のひとりの魂が浮き上がっており、すぐにふたつ仲良く飛び去って行った。

「……ふぅ、やっぱり神の力を発動すると疲れるわね。さて、後は……。」

私が視線を移した先には、まだもうひとつ、戦闘用ビジランテの成れの果てが鎮座してる。

「大丈夫かい、ルージュ?」

「えぇ、心配は要らないわ。……さっきの方が疲れたくらいよ。」

「そうよねぇ。あれだけ激しく愛し合ったら、相当疲れるわよねぇ。」

自分で振っておいて何だけど、藪蛇だったわね(^^;

また、顔が真っ赤になっちゃった(*-ω-*)

そそくさともうひとつの魂の塊まで近付いて、「さぁ、一気に行くわよ!」と、勢い良く手を突っ込む。

今度は、魂を集めて引き抜く工程10回分を飛ばして、その結果だけを一気に発現。

10個に分裂した魂たちが群れ飛びながら、虚空の彼方へ飛んで行った。

「ぶはぁ、ぶはぁ、ぶはぁ、ぶはぁ……。」

私は荒い息を吐き、珠のような汗を大量に吹き出し、四つん這いになって疲労で倒れそうな体を支えた。

そんな私にライアンが駆け寄って「ルージュ。何もそこまで無理をしなくても……。」と、優しく肩に手を添えてくれる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……んぐ、はぁ、はぁ、はぁ、で、でもね……はぁ、生命の本質たる……ふぅ、魂が他人と混じり合うなんて……ふぅ、どれほど苦しいか、判らないじゃない……はぁ。」

「ルージュ……さん……。」ヤクシが、非道く辛そうな顔で声を上げる。

「ふぅ、だからね、少しでも早く解放してあげたかったの。……ふぅ、私には、その力があるのだから。」

「本当、ルージュちゃんは優し過ぎるわよ。確かに苦しんでるのかも知れないけど、一応敵なのよ。そこまでする事無いのに。」

「はぁ……はぁ……ふぅ……。敵……ねぇ。」

私は汗を払って、静かに立ち上がる。

「ふぅ……とにかく、これでひとまず落ち着いたわね。ライアン、詳しい話を聞かせてくれる?」

ライアンが私の腰を抱き、軽く頬に口付けをした後「判った。だけど、場所を移そうか。僕らのアジトまで行こう。」と提案。

私たちは、その場を後にする事にした。


5


ライアンたちのアジトは、戦場から徒歩で3時間ほどの場所にあって、岩畳が続く岩地に点在する洞窟のひとつだったわ。

似たような場所が何か所かあって、そのいくつかに分かれて潜伏、抵抗を続けてるそう。

このアジトの中には、人間族が数百人ほど隠れてた。

自分の世界を抜け出して来る者は、必ずしも強者ばかりじゃ無い。

まぁ、幸福な幻を振り切れる者は精神的な強者と言えなくも無いけど、幻は幸福なものばかりじゃ無いでしょ。

自虐とは言え苦しみに耐え兼ねて逃げ出した者も多く、そんな彼らは望んで外へ出て来た訳じゃ無い。

精神的な弱さは魂自身の弱さであり、そう言った者の戦闘力が高いとは思えない。

何より、裏よりマシだけど表であっても人間族は最弱種族。

しかも、戦闘職に就いてた人間ばかりじゃ無いから、ほとんどの人間族がビジランテと戦えるほど強くない。

ライアンたちは、非戦闘員や弱い死者たちを、ビジランテから守ってる訳。

そんな人間族の集団の中から「マスター!もしや、ルージュ様ではありませんか?!」と声を上げ、駆け寄って来た者たちがいた。

「マイマスター。よもや、こうして再び見える栄誉に与れるとは、思ってもみませんでした。」

そう言って片膝を突き、畏まって控えたのは、昔懐かしいコマンダーたち、ボワーノとミシェルだった。

「……久しぶり。良かった、ちゃんと死者の国へ辿り着いてたのね。」

「はっ。マスターが死と言う属性を消して成仏させて下さったのですから、当然です。こうしてその結果をお伝え出来る機会を得て、嬉しい限りで御座います。」

「しかし、まさかマスターまでお亡くなりになられたのですか?とても信じられませぬが……。」

「ふふ、まだ私、生きてるわよ。」

「ルージュ、彼らだけじゃ無いよ。」と、私の横へ並んだライアンが「他のアジトには、サンダースにテムジン、テルミットもいるよ。守備隊を任せているんだ。」

「我々はゾンビであった期間も長く、魂のみでもすぐ力を取り戻せました。ライアン様と合流した後、マスターに仕えるつもりで務めて参りました。」

「僕は未だに、本来の力を取り戻し切れていないからね。彼らには助けられているよ。」

やっぱりライアンも、魂だけの状態には苦労してたみたい。

それと比べれば、アンデッドモンスターであるゾンビとしての経験は、死者の国では有利に働いたようね。

「それから、もうひとり、ここには君の知り合いがいるよ。お~い、ベルメルコ。こっちへ来てくれ。」

ベルメルコって、あのベルメルコ?そう思って見ていると、人間族たちの集団の後ろから、のっそり巨人が立ち上がる。

「あ~ん、五月蠅ぇなぁ。何の用ですかねぇ、ライアン様。……あれ?おう、ルージュ、久しぶり。何だ、ついにお前もおっ死んじまったのか?がはははは。」と、下品な笑い声を上げる。

……う~ん、確かにあんた、生前私に最後までそんな態度だったけど、ライアンには様付けって、どう言う事よ(-ω-)

「はぁ、あんたは相変わらずみたいね。元気そうで何よりよ。だけど、ウォーリーは一緒じゃ無いの?」

「ん?あいつか。あのインテリ、死者の国では少しでも早く転生するのが正解だ、とか言いやがって、早々にひとりで転生しちまいやがった。俺はふたりで、もっと暴れたかったのによ。」

「そう……、確かに、ウォーリーは貴方と違って、頭の回転速かったもんね。」

「そうそう、あいつはいつも勝手にひとりで理解して、勝手に行動決めちまうんだ。あいつがいれば、俺は楽出来たのによ。」

あんたは頭の回転が遅い、と言われた事には気付かない、と言うより気にしない。

ある意味愚鈍で、ある意味豪気な漢(^^;

「それで、ベルメルコ。貴方はここで、何してるの?」

「あん?何も。俺ぁ、もうウォーリーもいねぇし、代わりにライアン様に守って貰ってんだよ。」

「はぁ?だって貴方、神族でしょ。辺境とは言え、監督官任せられるほど強かったじゃない。ここで皆を守ってるんでしょ?」

「お前なぁ……、思い出してみろよ。俺もウォーリーも、所詮御山の大将だぜ。そりゃ部下たちよりゃ強ぇが、他の兄弟姉妹たちには遠く及ばねぇ。野心も持たず辺境の監督官で満足してた俺たちが、ここで強者になれる訳無ぇじゃねぇか。」

……胸を張って言う事か(^Д^;

とは言え、確かに神族としては決して強くない、か。

「はぁ……それでも、さすがにここにいるただの人間たちより、よっぽど強いじゃない。普通のビジランテが相手なら、貴方だって充分戦力だわ。」

「でもよぉ……。」

「ベルメルコには、ミシェルと一緒にここを守って貰っているんだ。だから安心して、僕たちは戦いに赴けるんだよ。」

「ライアン様……。かぁ~、本当、良く出来たお人だよ。俺みたいな落ちこぼれにまで気を遣ってくれてよぉ。ルージュ、お前も少しは、亭主様を見習えよ。」

……思わず拳を握り締めたけど……ふぅ、ま、こいつはこう言う奴だったわね(-ω-)

私の力を思い知っても、決して掌返して態度を変えなかった。むしろ、気持ちの良い漢と言えるのかも。

「ミシェルと一緒に、って言ったわね。それじゃあやっぱり、ボワーノは偵察とかそっちのお仕事?」

私は、ベルメルコは放っておく事にして、再びボワーノへと話し掛けた。

「はい。さすがに少し苦労しましたが、何とか隠密の力も取り戻しました。ビジランテへの警戒も任務ですが、主に方々を回って死者の国に出て来た死者たちの発見に努めております。」

そうか。自分の世界を出たは良いけど、死者の国と言う荒野でどうすれば良いのか、魂たちは迷っちゃうわよね。

そこをビジランテに見付かったら、自分の世界に連れ戻されちゃう……だけならマシ、か。

「その過程で、他にも色々調べて貰ったよ。詳しく話して貰うから、奥の部屋へ行こうか。」

そうライアンに促されて、私たちは場所を移す事にした。


あんまり他の死者に聞かれたくない話もする、と言うつもりもあるんでしょう。

ライアンはライアンなりに、ヤクシをそう判断したんだと思う。

食堂のような公共の場所では無く、もっとアジトの奥、作戦会議でも開くような大きな部屋まで移動した。

そこで、飲み物と軽食が振舞われる。

「必要は無いんだけど、やっぱり落ち着くんだよ。良かったら、後で久しぶりに、ルージュの手料理を振舞って欲しい。」

そう言って、ライアン自身も給仕を手伝う。

普段は、非戦闘員の女性が担当するのかも知れないけど、今は人払いの意味もある。

ライアン、ボワーノ、ミシェルが給仕を行い、ベルメルコは部屋の隅でそれを眺めてる(^^;

私たちは、さすがに勝手が判らないから、ライアンたちにお任せ。

まぁ、元々ライアンも私も貴族生活が性に合わなくて、可能な限り自分たちでやれる事はやってたから、手際も良いんだけどね。

すぐにお膳立ては整い、私とライアンが奥の上座、部屋の入り口がその正面に当たるから、私たちの左側に客人であるクリスティーナとヤクシ、右側にボワーノ、ミシェルが座る。

4m級の巨人たちも利用するから、部屋の天井も高い。ベルメルコは、私から見て右側、ミシェルのさらに奥の方に、別卓を用意してひとりでさっさと酒を呷ってる(-ω-)

「ルージュ、僕は直接逢えなかったけど、僕がここへ来る前は、ヴァイスイートがリーダーを務めていたんだ。彼は島だけじゃ無くて、ここでも他の皆を守るために戦っていたんだね。」

香茶をひと口啜った後、ライアンはそう話し始めた。

「ヴァイスイート……彼はクロにも匹敵する、古代竜の英雄だったもんね。魂だけになっても、ちゃんと強かったんだ。」

「はい。私は、とてもお世話になりました。そのヴァイスイート様からお聞きした事なのですが、ドルドガヴォイド様は死者の国へ来てすぐ転生なさった……いいえ、転生させられたとの事です。」と、ボワーノが後を引き継ぐ。

「転生……させられた?」

「はい。真なる古代竜に近い魂となれば、転生するに値する、と言う名目で、ヴァイスイート様が発見するよりも早く転生されたと。」

「……もちろん、それは建前に過ぎない、か。」

「はい。魂だけでも強い力を発揮する者は、脅威となる前に早め早めに転生させてしまう。と言う事だと思います。特に古代竜、神族、魔族は、優先的に転生している事を確認しました。死者の国に留まっている者の数が、極端に少ないのです。ヴァイスイート様も、戦闘用ビジランテに連れ去られて戻らず、きっと……。」

「ちなみに、俺たちにそのお誘いは無かったぜ。ウォーリーの奴は、自分からエヌマに会いに行ったんだ。あくまで、エヌマの野郎が厄介払いしたいのは、強い魂だけ。俺みたいのには、用は無ぇんだ。」

そうベルメルコが、誰に言うとも無しに愚痴った。

「他に、ディンギア殿もすでに転生致しました。それから、ジェレヴァンナ様、スニーティフ殿も。ディンギア殿とスニーティフ殿は、ご自分の世界からお出になる事は無く、千年ほどで通常の転生を迎えたそうです。ジェレヴァンナ様は、自ら転生に赴いたと言う事です。」

幸福に自分の世界で過ごすなら、ビジランテが手を出す事も無い。

そして、ジェレヴァンナは、生を全うした時点ですでに心残りが無かった。死者の国にも、留まる理由が無かったんだわ。

「……最後に、エルダ様、ベルデハイム様、エメラルダ様、ベルノートス様、プリムローズ様、ピクシィ様たち、マスターのご家族。多くのご家族の世界が繋がって、皆様お幸せに過ごされた後、すでに転生なさいました。メイフィリア様、ポーラスター様もすでに。」

「そう……、……、……わざわざ気に掛けてくれたのね。ありがとう、ボワーノ。」

「いえ……私では無く、ライアン様のご意向で御座います。」

……それもあるだろうけど、多分、自発的に相当探索したんじゃないかな。

ライアンは、そこまで私事に、ボワーノを付き合わせたりはしないと思う。

「……正直、私は疑問なんだ。こうして死者の国を出た魂をビジランテたちは襲って来るけど、それは何故だ?」

「?……どう言う事、ライアンちゃん。私は自分の世界から抜け出せなかったけど、魂たちには自分の世界にいて欲しい訳でしょ。だから勝手に出て来た魂を元の世界に戻そうとしてる。そうじゃ無いの?」

「……そうね。確かに、どこでどう過ごしてようと、関係無いんだわ。」

「ルージュちゃん?」

「魂たちは、食事も睡眠も必要無いでしょ。欲しければ、いくらでも創造出来るし。物質界みたいに、限られた食糧や資源を求めて、争う事は無い。国なんて必要無い。つまり、戦争も無い。全員が全員そうじゃ無いとは思うけど、多分ほとんどの魂は死者の国へ出て来ても大人しいと思うわ。一部の乱暴者や、間違って出て来てしまったモンスターなんかを、ビジランテが抑えれば済む話じゃない?」

「あぁ、なるほど。その方が、死者の国にいる魂全部を相手にして、自分の世界に送り返そうとするより、よっぽど効率的よね。」

「そもそも、僕たち抵抗勢力レジスタンスがビジランテと戦っているのは、彼らが襲って来るからだ。何故、放って置いてくれないんだろうね。」

そこで、ライアンの視線はヤクシを捉える。自然、他の者も皆、ヤクシに注目する。

その視線に気付きながらも、俯いて反応を示さないヤクシ。

私はそんなヤクシに、優しく声を掛けた。

「……ねぇ、ヤクシ。貴女はまだ迷ってるんでしょうけど、私は、今のエヌマラグナのやり方を放っては置けないわ。少なからず、貴女もそれを期待していたんでしょ。」

「ルージュさん……。」と、顔を上げるヤクシ。

「だから、まずはビジランテについて話して。これは、皆にとっても大切な事だから。」

私とヤクシは数瞬見詰め合い、一度深く溜息を吐いてから、「判りました。」と覚悟を決めた様子のヤクシ。

「私が知っている事をお話しましょう。このままで良いはずありませんから。」


6


居住まいを正したヤクシは、正面を向いたまま静かに語り出した。

「……ビジランテとは、その名の通り自警団です。つまり……その正体は、貴方たちと同じ、死者の魂。」

ヤクシは、核心から話し始めた。

ライアンたちは静かに聞き入り、クリスティーナは息を呑み、ベルメルコは良く判っていない(^^;

「彼らを産み出す西王母システムは、創造神が死者の国を創世した時より存在する、死者の国の管理用システムです。様々な用途に応じたアストラル体に、核として死者の魂を封じます。魂のみの存在では無く、与えられた物とは言えアストラル体を持つ事により、疑似的な精神生命体へと昇華されます。その為、普通の死者より素のままでも強くなります。ビジランテたちは、死者の魂の監視役として創られました。……今は、少しその役目が違っていますけど。」

ヤクシは、少し目を伏せた。

「初めは、有志が志願する、自発的な、正に自警団でしたが、死者の数が増し人員不足になると、違う側面が与えられる事となりました。それは刑罰。死者の国で乱暴狼藉を働く一部の魂たちを、強制的にビジランテとして働かせる事で、罰を与えながら人員不足を解消する事に成功しました。」

「なるほど。それで、今みたいに仕様変更されたのね。」

「仕様変更?」

「そ。今のビジランテたちは、生前の記憶を失ってるわ。ビジランテとしての記憶を上書きされてる。罪人を強制労働させるには、そのままと言う訳には行かなかったのね。」

「はい……有志の頃は記憶もそのままでしたけど、罪人たちはそのままではビジランテとしての役割を果たしません。そこで、今のあの子たちには、自分たちを西王母システムが産んだ監視用の道具だと思い込ませています。」

「話を聞いた497番も、そんな風に言ってたわね。ただね、私はおかしいと思ったのよ。だって、NPCたちと違って、ビジランテたちには魂が宿ってたから。」

「……魂を持つなら、それは僕たち死者と同じ。そう考えたんだね。」

「えぇ。だから、襲って来るからと言って、簡単に返り討ちにしちゃって良いものかどうか、ってね。」

「そうだったの……。それでルージュちゃんは、私にも手加減するよう言ったのね。」

「だけど……。」と、私はヤクシに問い掛ける。

「497番はビジランテにも寿命がある、そう言ってた。そしてヤクシ、貴女はクリスティーナが倒したビジランテの魂は、西王母システムへ戻り再びビジランテへ転生すると言ってた。それじゃあ、一度ビジランテになった魂は、ずっとビジランテのままなの?」

「え~と、基本的には、1000年単位で解放か継続か決められます。あの子たちの寿命はおよそ1000年で、長命種では無い魂ならば、充分過ぎるほどの時間経過ですから、刑期を終えたものと判断されます。解放とは、つまり通常の転生です。次の人生へと送り出されます。途中で壊れたり、1000年では短いと判断された長命種などは、再びビジランテへと転生されます。」

「……西王母システムへ戻れば、記憶はまたリセットされる訳よね。まぁ、それはビジランテとして活動させる為に仕方無いとして、刑期が明けて転生される時、元の記憶は蘇るの?」

再び、目を伏せるヤクシ。

「……いいえ。転生させてしまうのだから、元に戻す必要は無いと。人格まで消してしまっては、ビジランテとしても上手く機能しないので、消すのは記憶だけですけど、元に戻す事など考えず、ただ消してしまうようで……。」

「……一度ビジランテとなってしまえば、二度と元の人間には戻れない。刑とは言っても、それはもう死刑に等しいな。」

「いくら何でも、それじゃあ可哀想じゃない。」

記憶を消す、とは言っても、魂に刻まれた記憶は簡単には消せない。

何故なら、魂は創造神が定義付けただけで、原初の世界に既に存在した生命そのもの。

創造神の理でさえも、自由には出来無いほどの存在だから。

多分、技術的な話で言えば、アストラル体でビジランテとしての記憶を上書きした上で、本来の記憶を封印してるだけ。

でも、長命種では無い魂であれば、1000年もビジランテとして過ごせば、生前より長く生きた記憶の方が鮮明で、もう元の記憶は戻らないでしょうね。

寿命が数千年を誇る長命種の魂であれば、多少記憶が残るかも知れないけど、何度もビジランテとして転生させられ続けたら、それも消えて行く。

ビジランテと言う新たな生命として活動するに際し、人格部分は必要だから残されるので、ビジランテたちに個性は残る。

それでも、失った記憶は戻らないので、基本一度ビジランテにされた死者は、元通りにはならない。と言う事ね。

「まぁ、問題は、そうして作り上げたビジランテで……さらに、わざわざ10人分の魂を使い捨てまでして、戦闘用ビジランテなんてものを作って、何故エヌマラグナは死者と戦うのか。」

「そう、それ。さっきも話題に出てたけど、放って置いても良い訳でしょ。乱暴者たちを刑に処してビジランテにするだけなら、大人しい死者は放って置けば良いじゃないの。」

俯いたまま、重苦しく話を続けるヤクシ。

「……本来は、正にその通りです。あのセヴンさんのような、素晴らしい魂を転生させる。それを第一に考えれば、死者たちがどこにいるかでは無く、どう過ごしているかを見届け、その暮らしぶりを認めた魂を、新たな人生へと送り出すだけで良い。それが、死者の国の管理者の、本来の役目。自分の世界で静かに暮らさず死者の国へ出て来てしまっても、死者の国からは出られない・・・・・のだから放置しておけば良いし、本来はそうでした。」

死者の国からは出られない・・・・・……死者の国の外は、純然たるエネルギーがたゆたうだけのアストラル界。魂さえも、生きては行けぬ世界。

だから創造神は、創世の際死者の国を厳重に閉じており、外へなど出られぬし、仮に外へ出られても滅びるだけ。

死者の国は、魂たちが転生を待つ間平和に過ごす楽園……のはずだった訳ね。

「でも……今のエヌマラグナは、反対に目を向けている。」

「反対?どう言う意味?」

「転生に相応しい魂じゃ無くて、転生に相応しく無い魂を見てる。相応しく無い魂を、転生させる訳には行かない。そもそも、転生するのに資格なんて無いのに、エヌマは魂を選別し出した。相応しく無い魂が大量に転生したら、物質界には下らない存在が溢れ、それが死んで再び死者の国へ戻って来ても、また下らない魂として送り出す事になる。だから……。」

ヤクシはそこで、ぐっ、と唇を噛み締め、悲痛な声で話を続ける。

「だからエヌマは、消去する事にした。相応しく無い、下らない魂を、自らの判断で断罪し出した。もうずっと、1000年務め上げて転生したビジランテはいません。罪人としてビジランテにした魂は、そのままビジランテとして使い続けるか、役に立たなくなれば廃棄処分する。死者の国へ出て来た一部の強者、例えば勇者、英雄や古代竜、神族、魔族と言った超越種、高Lv.モンスターなどは、普通の子たちの手に余ります。そんな者たちは制御が利かないから、エヌマは西王母システムを改竄して、ビジランテを増員すると共に、一部に強化を施して戦闘用ビジランテも産み出しました。そしてエヌマが相応しく無いと判断した魂たちを、転生させるのでは無く消去するのです。本来、魂は強い存在だから簡単に消す事など出来ませんが、エヌマには可能だし、戦闘用ビジランテでも弱い魂なら消し去れます。消してしまえば、完全に殺してしまえば、その魂が輪廻を廻り再び戻って来る事は無くなる。エヌマはそうして、エヌマの判断で魂を選別して、魂たちを殺しているんです。」

その内容にも、ヤクシの悲壮な思いにも気圧されて、誰も声も無い。

「ドルドガヴォイドのような強い魂をさっさと転生させるのは、どう考えても厄介払いよね。まぁ、ドルドガヴォイドやジェレヴァンナなら文句無しに素晴らしい魂だけど、あくまでエヌマラグナにとって不都合だから転生させた、と言うなら、エヌマラグナの判断は実に主観的且つ恣意的よ。しかも、厄介払いが優先されてセヴンのような相応しい魂が後回しじゃ、本末転倒。はっきり言うわ。今のエヌマラグナに、死者の国の管理者としての資格は無い。」

「ルージュ……さん。」

「そんなエヌマラグナは、放置出来無い!け・ど、悪いわね、ヤクシ。エヌマラグナは後回しよ。」

「……え!?」「え?」

ヤクシだけで無く、クリスティーナまで思わず声を上げた(^^;


「ちょ、ちょっとルージュちゃん。今の話の流れで、どうしてそうなるのよ。」

「そう、ね。言ったけど、放置するつもりは無いわよ。でも、ものには順序があるでしょ。」

「順序って……今の話、かなりヤバい話だったわよ。敵だと思ってたビジランテも殺す訳には行かなくなったし、かと言って放置したら、エヌマラグナの勝手で魂が殺され続けるじゃない。転生業務が疎かになってるのも問題あるかも知れないし、行動するなら早い方が良いと思うんだけど。」

他の皆も、口には出さないけど、想いはクリスティーナと一緒みたいね……ベルメルコは置いといて(^^;

「ふぅ、あのねぇ、いつも言ってるでしょ。私にとって、世界なんてどうでも良いのよ。一番大切なのは、身近な人たち。悪いけど、世界より私事が優先よ。」

「……どう言う事よ。」

「なるほど、そう言う事か。いや、すまない。そうだったね。正義なんか僕もどうでも良い、とまでは言えないけど、確かに、君との約束に勝るものは無いな。」

「……あぁ?!」と、そこでようやくクリスティーナも思い至ったみたい。

「ど、どう言う事ですか?」

「ヤクシ、貴女には悪いけど、ここで皆と一緒に待ってて頂戴。先に、私の用を済ませて来るから。」

「よ、用って、一体……。」

「私たち、行くところがあるのよ。ヨモツヒラサカ。判りやすく言うと……、真なる魔界よ。」

ぶふぉっ、と部屋の隅で酒を吹き出すベルメルコ。一応、ちゃんと話は聞いてたみたいね(^^;

「お、おま、馬鹿か!?死者の国でさえヤベぇのに、悪魔どもの巣窟へ行くってか?!」

「そうよ。それが私とライアンの約束だったんだもん。こうして先に再会したけど、ヨモツヒラサカへは行くわよ。そこで待ってる人もいるから。」

「魔界で待ってる奴ぅ~?そんな奴、いる訳無ぇだろ。」

ヨモツヒラサカの事を、ベルメルコに説明する必要は無いでしょ。

ヤクシとベルメルコを除けば、もう事情は理解してくれたみたいだし。

「しかしマスター、どのように魔界へと赴くのですか?先程のお話でも、死者の国からは出られない・・・・・とありましたし、私が死者の国を探索でぐるり巡った際も、外の世界へと繋がる場所などは御座いませんでした。」

「そうね。死者たちが間違って魔界へ足を踏み入れたりしないように、厳重に封印されてるはずよ。そうでしょ、ヤクシ。」

「え?……はい。魔界との境界域は、結界で封じて侵入出来無いようにしています。向こうからも入れないように。」

「感覚的に、もっと北の方。そこから先は、死者の国なのに死者の国の空気、と言うか雰囲気?それが途切れてるところがあるの。そこがそうじゃないかな、って目星は付けてたんだけど、合ってる?」

「え、えぇ。多分、合っています。でも……。」

「でもじゃ無いの。私たちは、魔界へ行って来るわ。貴女は、ここで待っててね。さすがに魔界は危ないから。」

「そ、そうです。魔界なんて行ったら危険です。あそこは、死者の国とは訳が違うんですよ。」

「判ってるわよ、良~く、ね。でも大丈夫。私は神様だから。」

ヤクシは納得行かないでしょうけど、悪いけど関係無いわ。

約束だし、何より、クリスティーナをシロと再会させてあげたい。

鏡越しだから、私とライアンみたいな再会は無理だけど(^^;

こうして、私はライアン、クリスティーナだけを伴って、真なる魔界を目指す事にした。

間違い無く、あの顔のデカい腐れ縁の巨人とは、直接顔を合わせる事になるんでしょうね。

出来れば、もうひとりの昔馴染みとは、遭わずに済むと良いんだけど……。


つづく

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