第12話 誠の恋をするものは、みな一目で恋をする

「お父様。また私の話も聞かずに勝手なことをしましたね。庭の広い家にするとはっきり言ったじゃないですか!」

「充分広いようちの庭は! キャロルちゃんが実験に使おうとするから狭く感じるだけだって! 見てよこの木! こんなにズタズタにされて可哀想!」

「キャロルさん……お父様……俺はどっちでも大丈夫なんで……寝起き出来ればいいんでホント……」


「他の家にするつもりだったんですよ。思いっきり実家の敷地内じゃないですか! ここの線から入ったらダメですよ。若い夫婦の邪魔をしないでください!」

「冷たい! 我が娘が冷たい! そんなんじゃ子供も冷たい子になっちゃうよ! じいじとの触れ合いも大事だよ!」

「あの、キャロルさん……お腹の子に障るんで、もうやめましょう、ね? また気持ち悪くなっちゃいますよ、ね?」


 婿というのは立場が弱い。古今東西そういうものだ。


 人の話を聞かない同士であるこの親子は、魔術武具の研究開発の話になるとこちらが感嘆するほどの阿吽の呼吸を見せてくるが、他の話になるとそうはいかない。見てわかる通り、絶賛親子喧嘩中である。


 キャロルさんはなるべく王都内で、庭の広い家に住むつもりだった。ちなみに俺の意見はないものとしている。まあ正直うちの実家じゃ出資なんか夢のまた夢な話なので、彼女の意向ひとつで話を進めてもらっても何の不満もない。そもそも一緒に暮らせるだけで天国だ。


 しかし彼女のお父様は違っていた。広い敷地があるからいいじゃん、とさっさと家を建て始めてしまったのだ。彼女に黙って。結婚式を挙げる前に。


 俺は当然婿に入ることにされていたのでその事前準備と、エヴァレット家の生業について学んだりで忙しく、彼女は同じく結婚の準備と学園の設備を使った開発を進めるのに忙しく。気がついた時には今更中止できないくらいに進んでしまった施工具合の立派な家がそこにあった。


 それが発覚した途端、言っただろ、でもでもだって、の親子間での決戦の火蓋がバッサリ切って落とされたのである。


「グレイ。気持ち悪い……」

「あー、ほら言ったじゃないですか。屋敷に戻りましょう。薬湯を煎じないと。早く横になりましょうね」

「ごめんねグレイくん。うちの娘が世話になるね」


「もう娘じゃないです。私は嫁に行ったので!」

「娘はいつまでも娘なんだよお! 冷たいよお!」

「ほらほら、大声は身体に良くないです。お父様も最近血圧が高いでしょう? 一緒に魔術薬煎じますから、戻りましょう! ね!」


 世話の焼ける親子である。お母様からは『もうグレイくんがいないと無理』と言われてしまった。お母様は似た者同士の二人の相手がもう面倒臭いらしい。まあその面倒を引き受けることで、すんなり受け入れられているのだ。有り難い仕事をいただけたと言えよう。




 ──────




 キャロルさんを寝かせて、さて薬湯を煎じなければと作業場併設のキッチンへ向かおうとすると、腕を取られ引き寄せられて唇をパクっと奪われた。甘いやり取りではあるが、甘えているわけではない。


「ぐっ…………、ちょっとキャロルさん、ひとこと言ってくださいよ、心の準備が」

「生娘みたいなことを言うな。ちょっと楽になったぞ。ありがとう。さあ薬湯をくれ」


 挑戦的な笑みを向けられ、少々いけないことをしたくはなったが、相手は妊婦であらせられる。落ち着け俺。落ち着くんだ。


 彼女は悪阻が重かった。もしやお母様もそうだったのではと尋ねると、『魔力の質が母親と違うとこうなると書かれた文献があった。子供はお前に似たのかもしれない。ちょっと魔力を寄越してみろ』と口で口を塞がれた。


 彼女は俺の魔力を強奪したあと『なんか楽になったぞ。なるほど、子供の父親の魔力を吸えばいいのか。同じ文献がないか調べて、なかったら発表せねば』と、止める俺を無視していそいそと机に向かい、またしばらくした後気持ち悪いと伏せっていた。だから言ったのに。


 相手は妊婦とはいえど、変な気分になるのは急に止められない。俺はついつい慣れた薬湯作りをしながら、初めての夜のことを思い出してしまった。


 凄かったなあ。あれは強烈だった。何でもかんでも知りたがりな彼女は俺以上に事を調べてその知識を披露してくれたのだ。


『この魔術薬を使うと、魔力の境が曖昧になって抵抗が弱くなる。そうなると物理的な摩擦も減って快感が』とか、『いいか、人間は元々みんな女性なんだ。だから女性のここにある器官は男性と同じく触れるとこうなり』とか。


 もともと甘くていい匂いを発している彼女が、湯上がりで更にいい匂いを拡散させながらそういうことを口にするのだ。しかも温まって血色が乗った柔らかそうな唇を滑らかに動かして。しっとりと水気を含んだ髪は薄暗い照明の中では妖艶に映り、伸ばしているのでキラキラ輝く毛先は桃色がかった白い胸元へと自然なかたちで流れつき。


 もう眠るだけなので薄着であるし、若いメイドさんが選んだ夜着は明らかに肌が透けていた。透けていたのである。しかも露骨な透け方なんかじゃない。身体の線はハッキリわかるが、あとは布で作られた装飾がさり気なく配置され、それが邪魔になって肝心なところが一切見えない絶妙な意匠であった。想像力を掻き立てまくって膨らんだ頭を破裂させられる勢いだ。


 俺はもう、限界だった。理性なんか保てるわけがなかった。


 好きだ、愛してる、と何度も言いながらわりと強引に事を進めてしまった。質の良い魔術薬があるとはいえ、やり過ぎていた気もしている。


『とんでもない獣を拾ってしまった』と、ぐったりとした様子で俺に流し目をくれながら彼女はそう呟いた。そして早々に妊娠が判明。嬉しさ半分、禁欲決定による落胆半分である。『流石だな』と俺の肩を強く叩いて褒めてくれた彼女と、『赤ちゃんのもの買わなきゃ!! どこの商人さん呼ぼうか!?』と小躍りしているお父様にはそんなこと、口が裂けても言えやしないが。




 魔術武具の開発は試験段階だ。悪阻と戦いながらも意欲は落ちない彼女が、なんとか完成させた回路図を俺が職人さんと形にし、試験に挑む。試験場は王城の訓練所を使わせてもらっている。木に傷をつけたらまたお父様が嘆くから。


 たまに会う兄ちゃんに『グレイはもう人妻かー。もう嫁には来てくれないのかあ』と気持ち悪いことを言われながらも近況を報告し合い、試験を終えて家路につく。今回は出来が良かった。狙った通りの出力が出た。




 ──────




「んっ…………、なんか今日は長くないです… ? あっ、ちょ、こらこら、キャロルさん、ダメですって」

「なんでだ。お前も我慢の限界だろう。可哀想に、こんなになって」


「もう、刺激するからですよ。最近楽になってきたからって油断できませんよ」

「大丈夫だろう。子種は魔力の濃縮液だろ? だから私の──……なぜ口を塞ぐ」


「大事にしなきゃって何度も言ってるでしょう。自分の身体で実験するのはやめてくださ、ちょっとちょっと! イヤー! 脱がさないで!!」

「いいじゃないか。夫婦なんだから。遠慮はいらん」


 思いついたら即実行。キャロルさんは相変わらずキャロルさんである。


 この薄い手のひらで俺の手を掴み、引っ張って行ったときから変わらない。俺だって男であるからして、主導リードしたいときだってある。でもおそらく一生、この関係性は変わらないだろう。


 俺の実家に挨拶に行ったとき、事前に報告したにも関わらず腰を抜かさんばかりに驚いた母さんには後でこっそりと『あんたはあの子の下僕になりな。その方が絶対にうまくいくから』とのありがたい助言をいただいた。下僕はちょっと、と思っていたが、親の言うことは大体当たるのだ。


 俺の運命はあのとき、彼女の手に握られた。たまに理性が飛びそうになって辛いが。それもまた、人生における愉しさのひとつである。





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普段はBLっていうニッチ性癖小説ばかり書いてます。履歴見てショック受けないでくださいねお嬢さん。私言いましたからね。

でもねー私もなんで書いてるのかわかんないんですよね(解っとけよ)。


また来てね!待ってるよ!




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研究狂い令嬢と貧乏見習い兵士 清田いい鳥 @kiyotaiitori

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