第11話 求婚させてもらえない

「……子供のことを抜きにして、いつから俺のことをそう思ってくださるようになったんですか。全然気づかなかったです。なにかきっかけとかはあったんでしょうか」


「そうだな、おそらくお前を見つけたときだな」

「最初の最初じゃないですか! どういうことです!?」


 そもそも彼女が王城の図書館通いを自由に出来るのは、魔術武具を初めて開発したエヴァレット家を王家が囲うために物理的に近くへ置いたことから始まるそうだ。


 技術の流出は抑えたい。粗悪品は流通させたくない。その枷を嵌める代わりに立地の良い場所を提供する。


 エヴァレット家は加工や販売に一番利便性の良い場所を得られる。技術の流出はこちらとしても望まない。利害の一致で実家の邸はあの場所にあるのだという。その副産物なのだと彼女は言った。


 その副産物を享受していた彼女は王城の図書館通い中に俺を見つけた。なぜ魔術の才のありそうな者があんなところにいるのかと、彼女は大いに気になった。


 王城とその土地は広い。歩いても歩いてもまだ着かない。移動時間は最小限に抑えたい。いつもは早足で真っ直ぐ向かうところだが、あいつがどうしても気になる。俺の自主練を眺め続けて、日が傾き切って引き返したことが何度もあるそうだ。


 俺のことが気になって。それってアレですか。あんなチビ助だったのに。期待してもいいやつですか。


「魔力というのは、自分と似ても似つかぬ遠い型を持つ者を求めるものではないかと一部で言われている。それをどうやって判別しているかはまだ不明だが、まだ話してすらいないのに、特別な理由もなく好ましく思うようになる現象がそれではないかと仮説が立てられている。私が得意な魔術は光のほうだから、おそらく──」


 俺の甘やかな気持ちからは遠く離れた学術的アカデミックな話が始まってしまった。しかし俺は四年間、勉強だけはしっかりやってきた。だから前はわからなかった内容が少しはわかるようになった喜びを覚え、微笑んで楽しそうに話す彼女の姿を食い入るように見つめていた。


 以前、見合いの相手が逃げていくのだと言っていた。単純に、こういうところについて行けないと思って相手は逃げたのだろう。賢く物知りな女性を好きな男はいたはずだ。ぶっきらぼうな話し方が嫌だったのだろうか。


 いや案外、研究のことばかりで自分のことを見てくれないと拗ねただけかもしれないな。男はみんなどこか子供っぽいからな。


「わかったか。そういうことだ」

「わかりました。俺に一目惚れしてくれたってことですね」


「わかってないじゃないか。そうじゃないだろ」

「そうですよ。総合的にまとめて言うとそういうことです」


『そうか……?』と言いながら彼女はドレス姿に似合わない、腕を組んだ格好で考え始めてしまった。曲線は少ないが、その分華奢で身体に沿うような直線の多いドレスがとても似合っている。平民に近い質素な服もかっこよかったが、こっちも最高に似合っている。


 学生時代も合わせると、苦節約五年を通した片思い。辛かったが、彼女のおかげで人生が変わった。中々筋肉のつかなかったこの身体でも、持てる力を最大限引き上げることができた。


 入学当初もそうだったが、免許を取得できたと報告したら両親はまた嬉し泣きをしてくれた。兄弟からも親戚からも、盛大に祝われた。この慶事は全て彼女がもたらしたものだ。


 さっきの話の返事をしよう。ここは俺から行くべきだ。


「キャロルさん。お慕いして──」

「グレイ。お前は私との子供が欲しいと言っていたな」


「子供!? あっ、はい、欲しいです、ですからその前に──」

「お前に婚約者はいないんだよな? じゃあするか。結婚」


 衣装は変われど中身は変わらず。有無をいわさず手を掴まれて、実家の研究小屋に連れて行かれたときのことを思い出す。


「私との研究は面白いぞ。常に最新の魔術武具で試し斬りできる。兵士になるのが夢だったんだろう。加えて魔術の出力鍛錬にもなるぞ。庭は狭いが子供が遊ぶには充分だ。魔術武具が売れればお前に贅沢をさせてやれるし、子供に教育費をかけられて、なんでもさせてやれるだろうからやりがいがある。使用人がいるから下働きは要らないし、立地がいいから交通の便もいい。で、子供は何人欲しいんだ? できるだけ産んでやるぞ」

「凄いですキャロルさん。俺が言いたかったことの全部ですそれは」


 衣装が変われど完璧人スパダリである。そりゃそうだ。衣装が変われば中身も変わるのは演劇の世界の中だけだ。


 相手は男の子だからと思い込み、散々頭の中をとっ散らかしていたあの頃がとても懐かしい。


「キャロルさん、俺と──」

「でもなあ、庭はもっと広い方がいいだろうか。最初は夫婦二人と使用人とで暮らしたほうが研究も子育てもゆっくりできていいかもしれない。お父様は夢中になると人の話を聞かないし、話の途中で茶々を入れてくるからな。子供にも悪影響だろうな。だとすると場所はどうしよう。国王辺りに相談するか」


 キャロルさん。あなたって人は。お父様そっくりじゃないですか。どうしよう。一生求婚できない気がしてきたぞ。


 まあいいか。時間はある。あるはずだ。多分。


 美しい蝶々はなかなか捕まらないものなのだ。だからあなたは面白い。必ずいつか、自分の手で捕まえてみせる。淡々と数式を読み上げるように人生計画を組み立て言葉に紡いでゆく、彼女の姿を見ながら密かに固く誓った。


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