第10話 盛大な勘違いの回収

「グレイアムくん、こちらはキャロル・エヴァレット嬢。うちの親戚の娘さんだよ。エヴァレット家は王城のごく近くに邸宅と工場を持っていてね、武器と魔術武具全般を生業として──」

「やあ、グレイ。久しぶりだな。凄いな、男の子は。しばらく見ないうちに随分縦に伸びたじゃないか」

「って、あれえ!? キャロルちゃんの知り合いなの!? ちょっとちょっと、叔父さんに詳しく聞かせてくれない!?」


 俺は多分、全力で驚いている先生と同じ顔をしていたと思う。




 超絶美少女の御成りである。神様の手ずから仕上げた全王国限定一体希少プレミア品、落札価格文字数制限超過のため提示不可能って感じのド美しい少女が目の前に。


 飴細工で一本一本、丹念に作ったような見事な金髪。宝石を直にはめ込んだような紫の瞳。内側から発光しているような白い肌。なに一つとして変わっていない。


 大きく変わったところはある。その胸は一体どうしたんですか。ああ、襟元をそんなに開けたドレスで。変な目で見られたらどうするんですか。今俺が変な目で見てるんだ、他の男も絶対にそうだろう。


 髪、伸ばしたんですね。素敵ですがいけませんよ、そんなにうなじを出しちゃって。不埒な視線が直接突き刺さるじゃないですか。後ろでチラチラ見てる輩がいますよ。あなた、ちっとも気づいてないでしょう。


 僕が掴んだその腕は、そんなに細い肩についてたんですか。その腰は、コルセットに入るものだったんですか。そりゃ細いと思うはずですよ。強く抱きしめなんかした日には、振りほどけないはずですよ。


「この叔父がな。今年は有望な奴がいるから必ず来いとしつこくてな。お前のことじゃないかと思ったら、やっぱりお前だった。読みが当たった」

「お、お、女の人だったんですか……!? 俺、知らなくて、え、本当……!? 嘘でしょ……!?」

「ちょっと! 叔父さん無視しないで!  二人はお友達だったの!? ねえねえグレイアムくん、知らなかったってどういうこと!?」


 狼狽しきりな男二人を前にして、落ち着き払った彼、いや彼女はずっとにこやかに微笑んでいた。周りの男共の視線が集まってきたのを感じ、これはまずいと正気に戻った。


 ここでじゃあまたね、なんて引いてしまったらすぐ知らない輩が飛んできて、テラスに二人で行きませんかとか、お疲れでしょうからあのソファーに二人で掛けませんかとか、甘いものをお持ちしますよいかがですかとか、一曲だけでいいので踊っていただけませんか、とかが始まり出すに決まっている。


 俺は大いに焦った。こんなに焦ったのは学園に入る前のアレ以来だ。友達に習ったエスコートの仕方を必死で思い出し、手を差し伸べた。少し二人でお話しませんか。この一言を言うだけなのだが、ここ数年で一番緊張した。免許取得試験よりも。授業で初めて乗ったでかい魔獣を間近で見たときよりも。


「ああいいぞ。お前、そんなことが出来るようになったのか。男の子の成長は早いなあ」

「お、男の子って、俺はもう成人しましたよ。キャロルさんもそうでしょう。……もうどなたかと婚約はされたんでしょうか……」


「婚約? 特にはしていない。学業と研究開発に忙しかったからな。そんな暇があるものか。グレイ、お前は進路を決めたのか」

「いいえ、これからです。今日は就職先の方と引き合わされると思っていました。まさか、キャロルさんがいるなんて夢にも……」


 彼、じゃない彼女は、多分驚かせようと思ってこの姿で現れたわけじゃない。きっとそうだ。いや、確実にそうだ。この人は性別をまったく気にしていない。


 つまり密室で平民の男と二人きりになることに対して、なにも感じていなかったのだ。俺が意識されていないのはわかっていたが、それ以前の問題だ。なんて難攻不落な人を好きになってしまったのか。


 本当の意味でこの人の視界に入る日は来るのだろうか。案外あっさり余所のかっこいい男を気に入って、さっくり婚約を済ませてあっさり結婚してしまうかもしれない。悪い方へ悪い方へと勝手にそう考えて、目頭を熱くしていたその時だった。


「じゃあお前、うちに来い。うちはいいぞ、庭は狭いが立地がとてもいい。王城の真横にあるからな」

「あ、ありがとうございます……過分なお心遣いを……しっかり考えたいと思います」


「ん? なんだ、考えるほどか? お前は私と同衾したいんじゃなかったのか」




 その場に崩れ落ちなかったことを褒めて欲しい。


 繊細なレースの手袋で包まれた指先を唇にふわりと当て、小首を傾げる可愛い仕草で真っすぐ俺を見つめる彼女を、悪魔のようだと初めて思った。


 いつそう認識してくれていたのか。治療という名のキスを始めたときからか。まさか治療方針を立てたときからか。わからないがどっちもあり得る。都合の良い妄想かもしれない。でもあり得るのだ。零じゃない。


 突然閨の相手に選ばれて、何を聞いて何を話したかったのかを全てまっさらに飛ばした俺に、彼女は至極淡々と語り続けた。


「お前が以前、私との子供が欲しいという意味で私を好きだと言っただろう。私はそれまで欲しいと思ったことはなかった。でもお前がそう言ったことで、改めてまた考えたのだ。お前との子供をだ。なあ、こういうことは人間、考える前に感情で既に結論を出してしまっているとこがあるようだな。人間とはいえ所詮動物。それ以上でもそれ以下でもない」


 その後は理性で考えているというのは頭のどの辺を使っているのか、例えば歴史上のあの人物とはどういう性格だったのか、その人物が起こしたことについて当人の考えやそのときの感情はどうだったかなどの推論などに話がどんどん流れて行った。


 俺は、横に座るこの美しい人の話を聞き漏らすまいと集中していた。さっき言われたことは大いに気になるところだが、彼女は以前からこうなってしまうと止まらない。ただでさえ眩い瞳をもっと輝かせて、いかにも楽しそうに話すのだ。


 頭が違うから完全には理解し切れず、後でこういうことかと確認を取っても、その答えが間違っていても、また別角度からの解説が始まるだけで馬鹿にする態度を取られたことがない。


 だから俺は、彼女の話を聞くのが好きだった。かつての研究小屋でのように、永久に邪魔の入らない空間で、二人きりになれるから。ずっとずっと、俺だけを見て話し続けてくれるから。


「話が逸れたな。結論から言うと、私はお前の子供が欲しい。なるべく早くな」


 ──やっぱり聞き間違いではなかった。



 俺との話をどうでもいいことだと流されなかった安堵感と、そんな素振りはなかったのになぜだと問い詰めたくなる期待混じりの焦燥感をなんとか胸に抑え込み、話の続きを待っていた。


 すぐに外したいのであろう、首もとで光る高価そうなネックレスを弄りながら、彼女は会場に響く弦楽の音色に合わせて歌うかのように、言葉を紡ぎ続けてくれた。





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なんでキャロルちゃんがその気になったか気になるお嬢さんはエールとお気に入り登録お願いしまーす!


© 2023 清田いい鳥



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