第9話 モテ出したグレイと免許取得試験

 迷路のような学園内をみんなで彷徨いながら授業を受け、膨大な量の呪文の暗記はキャロルさんとの勉強法が生きた。単語の覚え方。文章での応用。横で指導してくれる彼をチラリと見ると大体机に目を向けていて、頬に睫毛の影が落ちていたことを思い出す。


 暑いときは半袖で、腕の白さがとても眩しく、伸びた髪を耳にかける仕草が色っぽかった。髪を切ってしまうとその仕草はしばらく見られなくはなったが、うなじの露出が増えてそれはそれでドキドキした。


 寒いときは柔らかそうで、暖かそうな服を着ていた。彼は手首になにかあるのが嫌なのか、いつも捲って細い手首を露出させていた。


 袖が下りてくるたびに捲る仕草についつい目が行ってしまう。装飾品の類をすべて苦手としているのか、その辺はいつも質素だった。彼自身が宝飾品だから、美貌が際立って見えてこれはこれで、と思っていた。


 そう、俺は諦めはしたのだが、恋をやめることが出来なかった。だから詰め込むだけ詰め込み、休みはしっかり取らせるという学園での教育方針が有り難かった。


 しっかり学んでしっかり予習復習できるから。俺は休日も勉強していたのだ。だって何もしてないと、すぐに思い出しちゃうから。思い出したら、辛いから。




 ──────




「せっかくですがごめんなさい、好きな人がいるんです。だから──」

「存じております。片思いですか? どんなご身分の方でしょう? まだ婚約の打診もされていらっしゃらないのでしょうか」


「お……、いや私は、その、平民なので、その……」

「想いを伝えられないお立場の方なんですね? 私は身分を気にしません! 親もそういう方針です、ですから──」


「……すみません」

「一度会ってくださればわかります! あなたを下に見たりしない親です。本当です。今すぐお付き合いしてくれなんて言いませんから、今度の休日に──」


「ごめんなさい、すみません! 本当にごめんなさい!!」


 俺に告白や婚約の打診をしてくれる子。これで何人目だろうか。 かつて才能がないと診断され、ほったらかしにされていた過去との落差は酔いが回りそうなほどすごい。


 実家では日々の暮らしを維持するのに必死で、休日なんかろくになかった俺からすると、みんなが街へ遊びに出たりのんびりお茶会なんかを開いている中に入る気にはならなかった。


 失恋の痛手を忘れるための学習に燃えたおかげで成績は常に上の方。頑張るのはもし退学になったら費用は全額返金だから、という理由もある。うちにそんなお金はない。返すアテもない平民には気軽に借金ができるわけもない。


 そして成績の伸びと共に、あんなに伸びなかった身長までもが伸び始めた。遅れてきた成長期とそれを支える栄養満点な学食様のお陰である。夜中に骨が軋んで痛くなり、よく目を覚ましてしまうのは辛かったが。


 そしたら徐々に周りからの扱いが変わってきたのだ。同級生いわく『有望株』。身分は底辺だし、そもそもまだ働いてないから使い物になるかどうかもわからないのに。




「はー? 嫌味でしょうかー? 使い物になるどころか英雄にだってなれるでしょうよ」

「ないない。そんな保障はないよ。ていうか英雄になれたとしても、憧れの人は手に入んないし……」


「入るさ。お前成績いいし、魔力量はたっぷりあるし、見た目も結構いいじゃねーか。王宮お抱え魔術師さんになれるだろ」

「身分だけは高くなれたとしても。あっちが俺に興味ないんだよ。いやなくはないけど、実験台としてしか見られてない」


 実験台とはなんだ、と尋ねる友達にはボカして伝えた。詳細は言えない。『お前が困ることになる』と以前キャロルさんに言われたからだ。俺自身は困ったって構わないが、巡り巡って家族が貴人に目を付けられると非常に困る。迷惑は絶対にかけたくない。




 ──────




 魔術師免許取得試験。みんな顔を青くして試験対策に追われていたが、実際緊張しながら受けてみると思ったより簡単だった。


 暗記ものがほとんどのこの試験は、勉強すれば受かるのだ。例えば風の魔術の出題。『風の魔術の基本呪文を答えよ』『出力を絞る場合の呪文の組み合わせは次の四つのうちどれか』『先述の条件で風を起こす場合、出力と呪文の組み合わせは次のうちのどれか』。筆記での回答は基本呪文のことしかなく、あとは番号を選んで回答する方式だ。


 もちろん少々難しい問題もある。『光の魔術を使用し火を起こす場合、出力と呪文の組み合わせはどれか。なお、季節は夏。室外で五フィスカイトの条件下とする』。


 湿度が高く、結構風が吹いている中で火を起こすときはどうするかという問題だ。光の魔術だけでゴリ押そうとすると無駄に出力が必要になる。風の魔術との組み合わせかつ、魔力を最小限に抑えられる選択肢を選ばないとならないのだ。


 合格率は八割程度。余程サボっていなければ受かるこの試験だが、元々わりといい家の子息令嬢が多いということは、基本的に入学前からしっかりした教育を受けている者が多い。それでも二割は落ちてしまう。実技試験があるというのも理由のひとつだが、自学自習で試験に受かろうとするのは余程の天才でない限り、かなりの難関になるだろう。




「ほらなー。楽々受かると思ったよ。オレ多分ギリだったわ」

「いいじゃんギリでも受かったんだから。埋められないとこはなかったけどさ、堂々と間違ってる可能性はあるよ。点数開示されないんだもん」


「ないよー。ないない。それに早速魔道具の先生に呼ばれてんじゃんか、しかも試験前に。絶対受かると思われてたな」

「もー、そもそも八割は受かるんだよ。俺以外にもそういう人はいるじゃん」


 秋に試験を受け、冬の始めに発表される試験結果は合格だった。ここからは授業はなくなるが、就職先からの勧誘を受けたり蹴ったり、推薦をお願いしたり、進路決定のために時間を使うことになる。


 パーティーが好き、というか社交場として大いにパーティーを利用している貴族社会のやり方で、合格発表のあとは慰労会という名の合同面接会が何度か行われる。そういう世界に憧れがなかった俺は辞退しようかと思ったが、魔道具専門の先生に絶対出るよう念を押されてしまった。


 着るものがない、と断ろうとすると用意するから、と過分なご配慮をいただいてしまい、ますます断り辛くなり今に至る。


 ああ、どこでどんな顔をして、何を話せばいいものなんだろう。ぜひご一緒に、と同級生の子たちに何度も誘われたが、断っておいて良かった。勉強と実技の練習ばかりだった俺にはエスコートの仕方なんてものはわからない。


 美しい演奏が優雅に流れ、あちこちから宝飾品やドレス、お酒のグラスやボトルが照明の光をキラキラと反射させている中、魔道具の先生がこちらに向かって手を上げた。


 彼の横には見事な金髪を結い上げた美女がいる。彼の娘さんだろうか、また婚約をほのめかした湾曲な表現をもって紹介されることになるのか。なんて言って断れば角が立たないだろうか、むやみに傷つけたいわけじゃないんだけどな、と考えながら近づいた。


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