第8話 祝・ご入学
「その気持ちはありがたいです。俺も協力していただいた分、形にしてお返ししたい。でも俺が言っているのはそれじゃないんです。あなたのそばに一生居たいという意味です!!」
「おお、そうか。 ずっと私の研究開発に付き合ってくれるのか。歓迎するぞ?」
──ああ、小首を傾げる仕草が可愛い。じゃなくて。そうじゃなくて。
「おっ……俺とあなたの子供が欲しい、という意味です!!」
今は誰ともお付き合いがないみたいだけど、成人すればきっとあっという間に、攫われるように婚約者ができて結婚してしまうんだろう。その気がなくても高貴な人なんだから、同じく高貴な人と有無をいわさず結婚させられるかもしれない。
それに間もなく彼は学園に行く。俺は入れるかどうかわからない。入れても学園はきっと忙しいだろうから、もしそうなってしまった後じゃ気持ちを伝える機会もなくなってしまう。
いくら期待をかけてもらえていても、俺は所詮平民である。だってどうせ平民だし、その他大勢のひとりだし、なんて諦め考えることすら放棄していた只の人。
希望がないことに対してこんなに必死になったことはなかった。兵士になる夢だって、足がかりがあったから頑張ってこれたのだ。今はまるで、梯子がない断崖絶壁を命綱もなしに素手で登っているような気持ちだった。
俺の言葉を聞いた彼は、長い睫毛に囲まれた目をパッと見開いた。星が沢山浮かんでるみたいだと見惚れていたら、彼はすごいことを口にした。
「お前、私と寝たいのか」
「寝る!?」
「同衾したい?」
「どっ……違っ、……いやそうです、そうですけどね!! ちょっと明け透け過ぎません!?」
……これは零を一に出来たということなのだろうか。たっぷりと沈黙が続いた。もう何を言えばいいのかわからない。彼の顔が見られなくなり俯いて耐える中、先に口火を切ったのは彼の方だった。
「私の立場上、それはしたくても出来ないことだ。やってみようかと思ったことはあるんだ。でも面倒なことになるのは多分お前だ。この治療はお父様にも内緒にして行っている」
──やってみようと思ったことはある……? あるだと!?!?
「基本的に粘膜接触が効率的なんだ。魔力の源は下腹の辺りだからな。ほら、近いだろ単純に。距離が」
──あーやっぱり!! なんか理由があった!! 全然色気のないやつが!!
「でもまあ、それをせずとも繋がった。おめでとう。来週、すぐ検査に行こう。私も立ち会う」
「はい……お願いしまーす……いつもお世話になります……」
──────
俺は鍛錬と勉強に逃げた。魔術書はキャロルさんから貰っていたが、開く気にはならなかった。どうしても魔力に関することだと、思い出してしまうからだ。
楽しみにしていたキスの時間だって、もうおしまいだ。する理由がなにもないからだ。勉強には付き合ってくれるだろう。でも検査が終わればわからない。
それからの展開は早かった。高貴な人なら一年ほど前から家庭教師をつけてもらい、平民なら読み書き算術を教えてくれる町の学校を頼りつつ自習などであらかじめ勉強し、制服を作ったり学用品を調達したり、時間に余裕をもたせつつも先に備えて動くのだ。
しかし今からだと、あとギリギリ一ヶ月もないくらいだ。ひとまずお世話になった兵士長さんと兄ちゃんに検査結果と入学者向けの書類を手に報告をしに行って、激励を受けた。送別会では兄ちゃんに泣かれた。色んな意味で。
「グレイ、お前よかったな。お前の好きな魔術師さんも喜んでるだろ。で? あの後どうだったよ、いい感じになれたのか」
「うん、喜んでくれたけど……ダメだった。そもそも男として見られてなかった」
「そうか……お前年の割にチビだもんなあ。俺の仲間だったか……そうか……じゃあ、オレと婚約して」
「じゃあ、じゃないよ兄ちゃん。飲み過ぎだよ。正気に戻って?」
兄ちゃんみたいにお家が立派なとこの子が独身でいると、周りからはめちゃくちゃ言われて辛いらしい。しかし平民上がりだろうが何だろうが、結婚相手が魔術師様だと相当喜ばれるらしく、このあとしばらく粘られた。
兄ちゃん、まず意識してもらうところから始めろとか言ってたもんな。だから早速俺に向かって
『前に結婚してくれるって言ってたじゃん』と焦った顔で責められたけど、ちゃんと冗談だって言ったじゃん。それにやるならもっと上手くやって。『オレの父親は領主様なんだぞ!?』とか、親の権威に頼らないで。
兄ちゃんがモテない理由、俺わかった気がする。
──────
金なし平民は無料だという制服の採寸を受けには行ったが、教材代はさすがに自腹だろうからどうしようと思っていたら、採寸時に作って学園で貰った
ちなみに問題を起こして退学になったら全額返金しろよ、とも書いてあってまたビビり散らしたがそりゃそうだ。国庫は無限ではないのだ。
入寮し、学園長からの激励を受け、授業が始まる。俺は久しぶりの学校とはいえ勝手が違いすぎる学園内のことに翻弄されながらも、しょっちゅうキャロルさんのことを思い出していた。
失恋したとはいえ一目見たい。同じクラスになりたかったが学年が違う。だからこの際贅沢は言わない。遠くから見るだけでもいい。しかし学園内は広大だ。要塞としても使えるように造ってあるため、物理的に歩き慣れるまでには時間がかかる。
あそこを歩けば二年の教室。あそこを登ればテラスへ行ける。そんな自分専用の冒険地図を構築するのはなんとかかんとかできたのだが、いくら探してもキャロルさんがいないのだ。
慌ただしく過ぎる日々のなか、思いついて学生寮のおばちゃんに確認を取ってみたら『そんな子はいないねえ』と言われてショックを受けた。
思い切ってキャロルさんのご実家に手紙を出したら一週間後に返ってきて、『私が入学したのは王立第一だからお前と違うぞ』と超単文のお返事が美しい字で書かれていた。
俺が入ったのは王立第三の方である。実家から近いところを基本的に指定されるらしい。キャロルさんは近いからという理由でそこにしたらしい第一は、最難関であり特別枠だ。筆記での入学試験がある。そこで水準内の点を取らなければ入れない。
学園、とひとことで言っても格がある。さもありなん。失恋したけど同じ学園に通えるんだ、と期待していた俺はやはりアホだ。そこんとこの確認を怠るなんて。
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