第50話 脱出スタート

「あれ?服着替えたの?」

「ええ、アンタが出てったら直ぐに渡されたわ」

「そっか。んじゃ早速、コレの使い方教えてくれるか?」


 手に持っていた袋から奴隷契約に使う書物の判子らしき魔具を取り出す。


「そんなに難しい事は無いわ。先ずその奴隷の簡易契約書を開いて1番上の魔法陣の上にその小さい魔具を置いて、そしたら主人署名の前にある小さい印の部分に魔力を流して、印に反応があったら署名された名前をなぞる様に署名の後ろ側にある印まで指を持って行く。この段階で簡易主人の書き換えが可能になる」


 言われた通りにすると署名されていた名前がふわりと消えて行く。


「あれ?このまま名前を書き込まなかったらお前、自由なんじゃね?」

「そう、上手くは行かないのよ。次の主人の登録が済まない限りは、前の主人の制約が消える事は無いの。この誓約書じゃ、縛りを移す事しか出来ない。ほら、前の契約者の名前が消えたら指に魔力を流しながら名前を新たに書いて」


 タッチペンでも使っているかの様に紙に文字が刻まれて行く。


「汚い文字ね」

「うっせ、文字を使う様な環境にいなかったんだ。こうゆう事も含めて1から学ぶ為にルバンガイセクイの学園都市に行くんだよ」

「そう。名前を書き終わったら署名の前の印に魔力をもう一度流すと契約書が完全に切り替わって最初に置いた魔具に主人変更の印が刻まれる。後はソレを私に押し付ければ簡易奴隷の主人の切り替え終了って痛っ!!」


 判子のような魔具をウヨジィの額にガツンと軽く叩きつける様に押し付けた。


「コレで良いのか?」

「コレで良いわよ!ってか痛いわ!別に肌に触れればどこでも良いし、そんなに強く当てなくてもいいのよ!」

「あっやっぱり。いやーなんか、むかついちゃって。だけどコレで前の主人の命令は無くなったんだろ?どうだ、出れるか?」

「感覚的にはよく分かんない。ま、試してみるしか無いわ」


 ウヨジィが警戒しながら牢の扉に手をかけるとアッサリと外に出た。


「問題無いみたい…」

「よし、主人交代は上手く行ったみたいだな」


 改めて簡易奴隷の契約書と印鑑魔具を袋にしまう。


「それじゃ。ここからが本番だ。クッフさん、それじゃこの後どうするか教えて下さい」


 ウヨジィがクッフ船長の顔をまじまじと見て表情が険しく変わっていった。


「クッフ…クッフって【北洋の狂人】の【クッフ=クタクチ】なの!」

「流石、元ヤクア煌爵家の令嬢様だ。オレらの事もご存じとはね」

「そりゃ、知ってるわよ。私が組み入ろうと思った組織の1つだもの。元『北帝海賊団船長』クッフ=クタクチさん」

「そうかい。ま、今はしがない冒険者だ。今回はお前らをルバンガイセクイの学園都市まで護衛する任務を受けている」

「頼もしいじゃない。確かにアンタらならウチの連中ともやり合える。で、コレからどうする気?」

「先ずは囮を4人ギルドに戻す。その隙にオレ等は港に直行する」

「囮って誰を?私達以外はそこのギルドの男しかいないじゃない」

「いや、そこにいるよ」


 俺が隠れている4人がいる場所を指差す。普通なら多分気付けない。

 俺が指差した先には人が隠れるスペースなどどこにも無い部屋の角側だ。


「マジかよ。どうして気付けた?」

「え?カンですが…」

「カンねぇ…」

「え?どうこと?」


 ギルドからこっそり他に4人がついてきてる事は分かっていた。

 エルフの潜伏兵と同じように認識を阻害しているか同様の効果を持つ何かで姿を消している。

 だが、俺の“クズの臭いを嗅ぎ分ける能力”は何故か“認識阻害を突き抜ける”。認識出来ないのだが臭いは分かる。臭うと言う事はそこには『人』が居ると言う事だ。

 フサっと音が聞こえると目の前に4人の男女が現れた。


「認識阻害と識別阻害の多重術式の編み込まれた隠密魔具で中々の上物なんだがなぁ。よく気付いたな。専用の魔具がなけりゃ見抜けない筈なんだが…」

「う〜ん。それはカンとしか」


 実際は「クズの臭い」を嗅ぎ分けてる訳だが、ライセンスにすら載らない『能力』をこの世界で説明するのは難しい。


「ま、いい。そこの4人をオレらの代わりにギルドに向かわせる。その間にオレらが、この魔具をが使用して身を隠して港に直行する」

「凄い…。こんな高性能な隠密魔具は私の実家でも用意出来ない。確かにこれならアイツらに気付かれずに行動できそう」

「でも俺達は姿を隠せるからバレないってのは分かるけど、こっちの人達は偽物って直ぐバレるじゃ?」

「その点はコレで解決だ」


 本物のクッフを名乗っていた男が自身の顔をベリっと剥がした。すると全く違う顔が現れる。それどころか体付きすら変わった。


「嘘!まさか『印象操作』の魔具?」

「ああ、コレも中々の上物でな。こっちの方は勘破出来なかったな」


 一回り以上デカくなったクッフは傷だらけの顔で、さっきまで冴えない印象の人物と同一人物とは思えなかった。

 さっき剥がした顔はいつの間にか目の部分に穴が空いてるだけの白い仮面に変わっていた。


「コイツを被れば登録されてる人物にしか見えなくなる。コレにお前たちを映して化けて戻らせる」

「成る程、なら大丈夫ですね」

「んじゃ、お前らを映し取るから顔面をコレに擦り付けろ」


 グイッと顔面に無理矢理に白い仮面を擦り付けられた。

 ウヨジィにもグイグイ擦り付けられられているのはちょっと面白い。


「コレでコイツにお前らの姿が刷り込まれた筈だ。おいっ後は手筈通りで頼むぞ」

「あいあい!船長」

「お前たちは、コレを纏え。ただし纏ったらお互いもどこに居るか分かんなくなるからよ。各自で港に向かう事になる。港で“赤い旗”を掲げてる船が目的地になる。港までの道筋は分かるか?」

「私は大丈夫。アンタは?」

「一応、通りを真っ直ぐで行き着くのは連れてこられたから分かってる。ってかその道しか知らない」

「それだけ分かってれば大丈夫だろ。魔具を使えば姿は見えなくなる問題なければ真っ直ぐ走るだけだ。だが、お互い見えないから気づかないでぶつかる可能性がある。コイツは扱いが難しい、魔具通しがぶつかるとなんだか知らんが、すぐ壊れて姿が丸見えになっちまう。だからオレとコイツは裏路地から別々に回る。2人は真っ直ぐ港に迎え、お前のカンが正しければぶつからずに行けると思うがどうだ?」

「うん、それならぶつからずには行けると思う」

「まあ、私も裏路地から行く事も出来るけど…」

「いや、速さ重視で行きたいからお子様2人は最短距離でお願いしたい。ちなみに魔法等を使うと魔具が反応してぶっ壊れる可能性あるから基本無しな。身体強化系でも反動に魔具が耐えられないかもしれんから無し。ってもまだ身体強化魔法が使える歳でもねーか?」


 あっやっぱり、こんな“人の道”から外れた生き方してきてそうな人から見ても、成人前の身体が出きってない子供が身体強化魔法を使える筈がないって言うのを一般常識として考えてるんだな。


「結構、繊細な魔具なんですね」

「ああ、使い方はこの輪っかを頭に乗っける感じで被れば良い。後は輪っかが勝手に頭にハマって纏った体が周りから見えなくなる」


 渡された透明化魔具はデカい布の真ん中に輪っかが張り付いているだけのシンプルな造形だった。

 ただ、「覗き穴」的なものが無いが被った後は周りは見えるのだろうか?


「凄い魔具ですね。こんな簡単に“姿が消せる”なんて」

「おおよ。高けーんだぜコレ。ま、買った時の資金は奪ったもんだったからぁ。懐はそんなにいたまなかったがな」

「そう。その辺はあんまり興味無いわ。でもこの性能の魔具が買えるってところには興味があるわ。後で詳しく教えていただきたいものね」

「嬢ちゃん。その情報は高くつくゼェ」

「その辺は私のご主人様がどうにかするわ」

「へ?えぁあぁぁ…。うん!俺も興味あるからその辺は努力しましょう」

「は!マジでガキっぽくねーなぁ、2人ともよ」

「船長。そろそろ…」

「ああ、んじゃ行くぞ。この透明魔具こいつを被ればもう何処に誰が居るかは分からなっちまう。おい、そこのギルドの、囮役が出たら声に出して30まで数えてから扉を閉めろ。オレらは魔具を被ったら、オレ、お前、嬢ちゃん、小僧の順番でアイツが5つ数える毎に外に出る。後はさっき言った通りだ。分かったか?」

「あいあい」

「ええ、分かったわ」

「了解」

「んじゃ。船で会おうぜ」


 4人が透明魔具を一斉に被ると姿が完全に消える。

 俺には臭いで大体の居場所は分かるが、他の人には全く分からないだろう。とんでもない性能の魔具だ。こんなん何処にでも入れる万能な隠れ蓑だ。

 更に囮の4人が白い仮面を被ると全体像がボヤけたように見えた瞬間に姿形が俺たち4人に変わっていた。

 顔や体格が全く違かった筈なのにそこにはまるで透明魔具をつける前の4人と全く同じ4人が立っていた。

 完全に成り代わっている。こちらもとんでもない性能の魔具で違いない。

 囮の4人が外に出て行くとギルドの男が数を数えだす。5つ数える毎に1人ずつ出て行く。流石に間違えてぶつかる事はなさそうだ。

 20数えられた段階で俺も外に出ると港を目指して歩きだす。だがここで問題が発生している事に気づく。港に着くまでにンサヤイバリと合流したいのだが、姿が消えている現状でどうしたら良いのか?

 ンサヤイバリに呼びかける行為は、魔力のパスを利用した通信のようなもの。もしかしたら魔具と干渉して悪影響が出てしまうかもしれない。

 どうしようかと考えていたところで、ポコっと足に何かが当たる感触がした。

 何かと思い下を見たらンサヤイバリが足にくっ付きながら見上げていた。


「あれ?ンサヤイバリ!どうして分かった?」

『ん〜。何て言うのかのぉ。トヒイ自体は見えてなかったんけれどのぉ。何故がここら辺からトヒイの気配的な…雰囲気的な…何故かねぇ。分かったんよぉ』

「まぁ。会う方法を考える前に見つけてくれてありがとな。正直、どうやってンサヤイバリを見つけるか悩んでたんだ」

『そうか、そうか。そりゃよかったわぁ。それにの大変楽しかったんけどねぇ。分からん事も多かったんぇ。トヒイに聞きたい事も沢山あるよぉ』

「ああ、でも今は港に行かなきゃならんからもうちょい待ってな」

『ええよぉ。港って事はまた『船』ってのに乗るんかえ?』

「ああ、さっさと船にのって別天地にトンズラだぜ」


 なんだか“運良く”ンサヤイバリを回収できたのは良かった。

 後は見張りをすり抜けて港に向かうだけだ。

 隠密魔具を使用しててもしっかり匂いは嗅ぎ分けられた。ウヨジィの匂いも分かる。問題が起こらねば、ぶつからずに行き着ける筈だ。

 多分、ウヨジィを狙ってる連中は“そこらかしこ”にいるのだろうが、そいつらに俺らは見えていない。

 だが、俺らにもそいつらは見えていない。国の裏方を務めてる連中なんだろうが、性根の部分で『クズ』の成分が低いのだろう。臭いを殆ど感じない。一般人よりは濃いのだろうが嗅ぎ分けられる程には臭っていない。

 それこそ前を行っているウヨジィの方がクズの臭いが強いぐらいだ。

 改めてウヨジィの方に意識を向けて気がつく。ウヨジィの前からクズではあるが何か“違和感”のある臭いを出す者がいた。

 何かと思って直視で確認したら黒ずくめのフードを深々と被った人物が剣を振り上げていた。

 違和感のある臭いだが前世で嗅いだ事のある臭い。この手の臭いを放つ奴は非常に『危険なタイプ』が多かった事を思い出す。

 明らかに見えてない筈のウヨジィに剣を振り下ろそうとしている。ウヨジィも多分それに気付いて黒ずくめから離れようと動いているっぽいが、黒ずくめの動きは確実にウヨジィを追って斬ろうとしている。

 咄嗟に自身の魔具から腕だけだして杭を黒ずくめに向かって放り投げた。

 杭は黒ずくめに刺さる前にソレに気付いただろう黒ずくめの剣によって叩き落とされた。だがその一瞬を狙ってウヨジィが行動を起こす。

 実際は見えず匂いだけで感じてるから正確にどう動いているのかは分からないが、人混みを利用して黒ずくめから離れようとしていると思う。

 周りの人からすれば黒ずくめのフード野郎が突然剣を振り回してる様にしか見えてない筈。危ない奴には無闇に近づかずに遠巻きになる。

 コイツが遠巻きの一般人ごと斬りかかってくる様なイカれ野郎で無い限りはウヨジィはこのまま紛れて港まで行ける。

 問題は杭を投げて存在感を出してしまった俺の方だろう。何せ、黒ずくめはウヨジィを追うつもりは無い様子、明らかに俺に向けて歩み出している。

 見た感じ少なくとも黒ずくめに他の仲間は周りにはいない。そして多分、黒づくめはウヨジィを追ってるだろう連中とは別口。とんでもないイレギュラーだからこそ、別に俺も黒づくめに関わる必要性は無い。

 黒ずくめが剣を振りかぶって斬りかかってくるのをバックステップでかわす。

 黒ずくめには俺が臭いで感じてるだけで見えてないのと同様に“何か”を感じてはいるが“見えてるわけじゃ無さそう”だ。

 だから俺もこのまま人混みに紛れて黒づくめから逃げる。

 目の前まで来て黒づくめのフードの中の顔が見えた。

 それはこの世界では珍しいタイプの顔、だが俺には馴染みがある顔、【日本人】の顔つきだった。

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ハーフアス 〜半端野郎の異世界転生録〜 もみあげ @ponnkotu4

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