終末どうでしょう

@tamaking0616

食事

パチパチ、ジュー、という音。木が燃えているときの、あの独特の臭いに混ざる肉の焼ける臭い。暗闇と奇抜な髪型の、奇抜な格好をした虚ろな目の、半裸の男を照らす暖かいオレンジ。

静寂が男と焚き火を包み込んでいる。男は赤茶色に錆びた鉄瓶の蓋を開け、一口。ぐいっと煽る。

「ふぅ…」男は一息つき、そして…

「ヒャッハー!!!」鉄瓶の中身を焚き火にぶちまけた。それまで、ゆっくりと燃えていた焚き火は突如して激しく火柱をあげ、ごおっという音をあげる。「うるせえ!!」と叫ぶとさらに焚き火を蹴飛ばした。暴挙である。焚き火と焼いていた肉はばらばらと散らばり、火は消えてしまった。「バカが!たかだか熱いごときでこの人狩りジャック様の機嫌を損ねていいわけねえだろうがよぉーっ!ギャハハハ!」「ハハハ…」静寂と暗闇が男を包み込む。「…」男はその場に座り込んだ。グスッと鼻をすする。「ママ…パパ…」ぼそりと呟き、項垂れてしまった。自分の後ろの影には気づかないまま。瞬間、男の耳は再びヒュッという音を聞き取ったが、自分の頭が半分になる音までは聞き取れなかった。影が勢いよくその手に持った斧を引き抜きぬくと、死体はばたりと前に倒れ血溜まりを作った。「うるせえのはお前だよ」影は吐き捨て、死体が身につけている衣服をナイフで手際よく切り裂き、背負っていたパンパンのリュックの中に無造作に突っ込み、さらに四肢を切り分けていく。数分後、先までヒャッハーしていた男は達磨のような姿になってしまった。影は切り取った四肢を、これまた無造作にリュックに詰め込み、死体に踵を返して去っていた。暗い、暗い闇の中。血の匂いを嗅ぎつけた、胴体だけでも肘から手先ほどあるネズミ達が死体の周りに群がる。死んだ男の顔から、潤んだ瞳から一粒の水が冷たくなった頬を滴り、きらりと光る。夜空に瞬く、澄んだ星のように。

 荒廃した住宅街。剥がれたアスファルトや潰れた家屋を、初夏を感じさせる、少し強いが気に障るほどではない日差しが照らしている中、その日差しをそのまんまお天道様に返している人間が一人いた。「ふんっ」マル禿頭の男が崩れた木造家屋の、倒れた柱に斧を振り下ろしていた。テキパキと柱を細かくしていき、最終的に焚き火の薪として細い薪と太い薪に加工すた。火を起こす上での、最も時間と労力がかかる作業だ。だが、幸いに薪にした柱は乾いていて特に虫に食われた様子もないため、マル禿頭の男は安堵の息をついた。

「〜♪」マル禿頭の男は薪とリュックの傍らで鼻歌を歌いながら、肉、正確には人の太ももを剥がれていないアスファルトの上に置き、斧の背中側で叩いていた。もちろん皮膚は処理済みで血も抜いてある。が、チリのように小さい虫がぶんぶんと肉の周りを飛び回っていた。もちろん、そんなことは気にしてなどいない。食事。すなわち美味い飯を食うことは、この荒廃した世界での数少ない娯楽のうちの一つなのだ。だからそんな小さなことは気にしないし、下処理もしっかりするのだ。特に筋肉質の、普段から自分と同じような、肉を食らっているような男の太ももは硬くて筋っぽいので、叩いて柔らかくするのである。そうすることで、ただ焼いただけのときの何倍も上手くなることを、マル禿頭の男は知っている。もちろん、腕は疲れるし、時間もかかる。しかし、その後に待っている、うまい飯を思えば、むしろその苦さえも楽しめてしまうのだ。だからマル禿頭の男は一心不乱に肉を叩き続ける。

肉が叩く前の2倍くらい薄くなってきたところでこのハゲはようやく満足し、腰に下げていた、先の丸くなった鉄串を取り出し、ぐりぐりと肉の中に、骨に沿って押し込む。「…ん」串が肉を貫通したのを確認したハゲは、それを露出した地面に突き刺し、赤黒く染まったリュックの口を開いた。すると、ひどい鉄の匂いが外へと放たれる。が、まあ普段から背負って慣れているので特に顔を顰めることなく、手を突っ込んでゴソゴソと漁る。これか?と思うものを掴んだので手を引き抜くと、中指だった。しかも、カピカピの。もちろん目的のものではない。ハゲは手に掴んだものをリュックに戻すことなく、ポイと投げ捨て、またリュックの中へと手を突っ込んだ。数分後、ようやくそれらしきものを掴み、今度こそはと手を引き抜く。手に握られていたものはライターだった。ようやく目的の物を探し出したハゲは、さらにいくらかの布切れを取り出した。取り出した布切れをぐるぐると丸め、その上に細い薪を組み、さらにその上に太い薪を縦に組んだ。倒れる様子のないことを確認すると、リュックの横にかけてある畳まれた細い鉄の棒を取り出し、組んだ焚き木の上に素早く組み立て、肉の刺さった鉄串を乗せる。これでようやく、肉を焼く準備ができた。ハゲは丸めらた布切れにライターで火をつける。布切れは勢いよく燃え始めた。この火が薪に燃えうつれば火起こし成功である。緊張の瞬間。ハゲは幾度となく迎えた、しかしいまだに慣れないこの言い知れぬ感覚に思わず固唾を飲む。しかし、ハゲの心配とは裏腹に、すぐ火は薪に燃えうつった。パチパチと音が聞こえ始める。ハゲはふうっと息をつき空を見上げた。青い空を、一つの小さな雲がゆったりと流れていく。殺したあのうるさいやつも、同じ空を見上げていたのだろうか。ハゲはそんなことを考える。あいつにも親がいて、自分の人生があって。「…ふっ」ハゲは鼻で笑った。

ジューと肉の焼ける音が聞こえる。ハゲはじっと焼かれている肉を見つめていた。ハゲはこの時間が好きだった。この肉はどんな味がするのだろうか、たくさん叩いたからきっとこの前食べた肉よりもきっとうまいだろう。今日はどこで寝ようか。そういやこの前やったあいつは面白いやつだったな。そんなことに思い馳せるのである。が、今日はいつもと少し違った。いや、正確にはこれまで何度か経験したことはあるのだが、やはりいい気分にはならないのでいつもとは少し違うのである。微かに聞こえてくる足音。後ろを振り返る。「よお、にいちゃん。うまそうなもん焼いてるな。俺にも食わしくれよ」ハゲは激怒した。

ハゲは激怒した。数少ない娯楽を邪魔する者が現れたのだ。昨日殺した人間と似たような、半裸に奇抜な髪型をした男が、赤茶色に錆びた刀身のマチェットを器用にくるくると回しながらニヤニヤとこっちを見ていた。ハゲはゆっくりと立ち上がり、斧を手に取る。「おいおい、随分物騒な挨拶だな。初めましてなんだからもっとやわらかーいコミュニケーションしたいぜ俺はよぉ…」と肩をすくめながら笑う。ハゲはくたばれと言おうとし、口を開いた。刹那、「肉が一丁前に人間様に口聞こうとすんじゃねえ!」と男が絶叫し男はマチェットをハゲの首目掛けて横に振り抜く。ハゲは間一髪で後ろに一歩下がることで回避した。それを見た男はヒューと口笛を吹く。「なんだ、拾った肉じゃなかったのかよ。こわいねぇ、え?」「お前もすぐに焼いて食ってやるよ馬鹿がぁ!」ハゲも男に続いて叫び、斧を片手で振り下ろす。しかし、パシっと斧の柄の部分を握られ、あっけなく止められてしまった。男ははんっと鼻で笑ったが、次の瞬間には顔に苦悶の表情を浮かべた。ハゲは空いたもう片方の手に握ったナイフを素早く二回、さらにもう一回、今度は思いっきり脇腹に突き刺し、さらに片足を持ち上げ、後ろに押し出すように男を蹴飛ばした。ナイフが勢いよく腹から抜け血が飛び出る。「ほうぉ!」男は思わずマチェットを放り投げ、後ろにのけぞった。が、足がもつれたのか、バランスを崩し、思いきり、盛大に後ろにすっ転び頭を強打した。

「おら、なにこんくらいでびびってんだよ。お前はでかいネズミなのか?」と今度はハゲがニヤニヤしながら問いかけたが、一向に返事がない。不審に思い、近くに駆け寄って顔を覗き込む。「…ええ?」男は泡を吹いて白目を剥いていた。「…こいつ、もしかして拾った肉食って育ったのか?」あまりのあっけなさにハゲは呆れてたが、すぐに倒れた男のズボンでナイフについた血を拭いて、腰にしまい、今度は両手でしっかりと斧を握り、下段に構える。「馬鹿がよぉ…」そう呟き、倒れた男の首めがけ、下から掬うように斧を振り上げた。

ハゲが斧についた血を先ほどと同じように拭い取り、肉の様子を見る。肉は茶色になっており、滴った肉汁が焚き火に落ちて音を立てている。ちょうど焼けたようだ。ハゲは流行る気持ちを抑え。手を服の袖の中に引っ込め、鉄串を掴んで持ち上げ、ナイフで半分に切れ込みを入れる。すると肉は自らの重さに耐えきれず、ボトっと串からアスファルトの上に落ちた。ハゲは串を露出した地面に突き刺し、ナイフで切り分ける。じわっと溢れ出した肉汁がアスファルトの隙間に消えていった。ハゲは切り分けた一片をナイフで器用に突き刺し、フーッと息を吹きかけ、食べようとした。が、口に入れる一歩手前でピタッと動きを止めた。後ろに転がった死体に目をやる。あまり綺麗ではない断面の首からはまだ、少し血が出ていた。ハゲは思いつく。あれ、肉につけたらうまいんじゃね?思い立ったが吉日。善は急げ。ハゲは手に持ったナイフから肉が落ちないよう気をつけながら、しかし勢いよく立ち上がり、足早に死体に駆け寄り、ナイフに刺さった肉を首の断面にぐりくりと押し付けた。血がべったりとついた肉を見て固唾をのむ。そして、ワクワクしながら肉を口の中に放り込み、咀嚼した。血の特有の、あの鉄っぽい味とクセになる生臭さ、熱々の肉汁で口の中が満たされた。そして…。

ありえんぐらい微妙な噛みごたえの、例えるなら外はべちゃべちゃ中はゴム、そんな不愉快な感覚に思わず顔を顰めた。頭の中が「?」で埋め尽くされる。信じられない。ハゲは肉のところまで戻り、今度はなにもつけずに食べてみる。しかし、変わらない。なんなら今度は血の味がしないため先ほどよりさらに肉の感触に意識が持っていかれる。ぺっと吐き出し、考える。焼きすぎたか?叩きすぎか?そもそも肉が硬すぎたのか?様々な可能性を想像するが、あまりの不快さに考えはまとまらない。食べた場所が外れだったかもしれない。そう思い、さらに一切れ口の中にいれ咀嚼するが、すぐにぺっと吐き出た。そしてそもそも太ももに部位もクソもないことに気づいた。失敗だ。ハゲは項垂れる。前食べた時は筋っぽかったが、ここまでひどいものではなかった。別に美味しく食べられるものだったと覚えている。それが、こんなひどいものを自分は…。ナンセンスだった。挑戦なんてするんじゃなかった。こんなことになるならめんどくさがらずに内臓を持ってこればよかった。俺のしたことは全て無駄だったのか。この世界はあまりにも残酷すぎる。ありとあらゆるマイナス感情に足が生えて脳味噌を走り回る。ちらっと後ろを見た。落ちた首と目が合った。自分の調理の『過程』を邪魔した、クソ野郎の顔が、そこにあった。こいつのせいだ。直感的にそう感じたハゲは右手で肉を鷲掴んで、頭の方はズカズカと歩き、その奇抜な髪の毛を引っ張り上げた。。重力に負けて、口ががくりと力なく開く。「お前のせいでこうなったんだからよぉ…。お前が食うべきだよなぁ!」そう叫び、ハゲは手に掴んでいた肉を生首の口へ突っ込んで、そのまま千切れんばかりの勢いで振り回し、思いきり放り投げた。飛んで行った生首は近くに立っていた家屋にあたり、ぼとりと落ちた。無理に詰め込まれた口から肉が溢れてきた。「…はあ、この調子だと昨日のやつはもう食わん方がいいな」ハゲは悪態をつき、死体をみる。「まあ、いいか」そう呟いて死体の方へを歩き始める。内臓の切り分けは手が血塗れになるのであまり気は進まない上に他と比べて腐敗が早く進むため保存もできない。だが、その分内臓はうまいのだ。特に、心臓は焼くだけでも他とは比べ物にならないほどのご馳走になる。あの特有の噛みごたえとクセになる血の臭さ、鉄の味。ハゲはついさっきまで失意のどん底にいたことも忘れ、手際よく腹を裂き始めていた。パチパチと木が燃える音が響くが、あたりは血の匂いが充満し、この世のものとは思えないほどにグロテスクな光景が広がっていた。初夏の日差しが焚き火とその周辺を優しく照らす。その光を反射して男の頭は美しく輝いていた。

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