6.人食い遺伝子


「そも、自然界において共食いはたびたび見られる。それが、人間にも通用すると言うだけの話だ」


「倫理とかどうなっているんですか」


「ヒトとて動物だ。生きていて、そして死ぬケモノでしかない」


「まあ、理屈はわかりますよ。理屈はね」


「そして、特定の条件をそろえれば、ニンゲンは簡単に同族食いを受け入れる」


 止まらない語りを吐き出す緋川 逆月。もともとは研究者でもあったらしい彼は、悍ましい本能について驚くほど詳しかった。


 ある特定の条件。面積に対する人口密度、太陽が昇り沈む間に負傷しなかった人数が一定である、そして、人間自体が決めた法や秩序に反する行為が許容量を超えたとき。同族食いの遺伝子「ザクロ遺伝子」は顕性となる。


「ザクロ遺伝子はね、味覚をおかしくさせるんだ。人肉を、最高の美味として認識する。しかし口にするまでは、それはわからない。自分にも、だよ」


「ならば、あなたは」


「食べたよ、両親をね」


 両親は経営者としては完璧なダメ人間だったよ、と緋川 逆月は吐き捨てる。多くは語られない彼の親族は、その実「本人が嫌っているから言いたくない」だけだったのだ。ただ、それだけ。


 それだけの話で、ヒトはヒトを殺し、あまつさえ喰らうことができるのだから悍ましい生物である。


「そんなロクデナシでも、愛して欲しかった。ただ褒めて欲しかった!いい子だと、ただそれだけ言ってくれればよかった!認められない欲求が、あいつらを殺した!初めて口にした実の両親は、ひどく甘くて、苦くて、くらくらと、それが、また」


「落ち着いてください」


「ほむらぎ、くん」


「あなたのことは信用していない、だけど、そんな顔されちゃ、寝覚めが悪いんですよ」


「あはは、そんなにひどい顔だったかい?」


「ええ、とても」


 焔木 業が指摘したように「ひどい顔」の緋川 逆月は、刹那の間顔を隠し、瞬きすらしないうちに元の身なりに戻る。テレビでよく見る、ミステリアスな社長の顔だ。


 その顔が、焔木 業の顔面に急接近する。端的に言って、キスされたのだ。甘くて、苦い、人食い特有の味覚を共有する口づけだった。


「信用ついでに、ボクのビジネスパートナーにでもなってくれないかな?嗚呼、従業員でもかまわないよ。しかし逃がしはしない。端的に言って、キミを気に入ってしまったからね!」


「くそっ……嘘泣きか」


「ははは、男も女も簡単に涙は見せない方がいいんだ。武器になるからね」


「……ペテン師め」


「嘘つきはニンゲンの特権だろう?利用できるものは何でも使うだけさ。そこにそのときの感情は不要だ」


 嗚呼なんてこと、緋川 逆月はひとのこころをもてあそぶオム・ファタールであったのだ。

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嗚呼、悪食の子らよ 大和田 虎徹 @dokusixyokiti

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