第6話 龍 下

『ふっ――そんなのは児戯。私を誰だと思っているの?』

『頼んだ、相棒』


 短く返し、俺はリエルを抱きかかえ、路地へと着地した。

 ポケットから子猫を取り出し、金髪の少女へ手渡す。


「じゃあ、俺は行くから。お前にも色々と事情があるんだろうが……ま、そこら辺の話は後で聞く」

「――え? レ、レオさん。それって」

「大通りに出て、避難所へ進め。発着場には近寄るなよ?」


 キョトンとしたリエルと子猫の額を指で軽く押し、密かに守護魔法を俺は付与。知り合ったのも何かの縁だ。

 ミアの声が耳朶を打つ。


『レオ、始める』

『了解だ』


 直後、漆黒の刃が空中を駆けた。

 龍が怒りの咆哮を発する中、自由都市を覆ってた光片が霧散し、消えていく。

 ミアが根本から魔法式を『殺した』のだ。

 ――流石は絶ち手!


「レオさん!」

「また後でな」


 俺は不安そうなリエルにそう告げると、跳躍し壁を駆け上った


※※※


 光欠が散る中、私――絶ち手のミアは近くの教会へと着地。

 すぐさま怒れる光龍の様子を確認した。

 ずらっと鋭い牙の並ぶ巨大な口を顎まで開き、空中で怪物が咆哮する。


『オノレッ!!!!! 小癪ナ人間如キガァァァァァ!!!!! 栄エアル白龍ザ一族ニ列ナル我ノ魔法を断ツトハ、不遜デアルッ!!!!!! 必ズ、殺シテヤロウッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

「…………五月蠅い」

  

 これだから図体の大きい龍は嫌いだ。

 声は大きいし、無駄に強いし、とにかくしぶといし、小山よりも大きいくせして俊敏だし、魔力量は桁違いだし……何より、大半の魔物よりも頭が回る。

 今も表面上怒って、次々と攻撃と身体強化を静謐発動させ、空間には不可視の罠をばら撒いている。

 明らかに、対人戦闘の経験を持つ歴戦。

 ……けど。


『各個に撃てっ!!!!!』『これ以上、化け物の好きにさせるなっ!』『ここで止めなければ、都市全体が蹂躙されるっ』『武功の稼ぎ時だぞ』『金貨にしてくれっ』


 奇襲を受け、今まで混乱していた自由都市の守備隊と傭兵達が、ようやく秩序だった反撃を開始。

 各属性魔法が放たれ、その中のを剣士、槍士、斧士、格闘家が突撃していく。

 対して白龍は憤怒の呻きを漏らし、次々と魔法を発動。

 無数の光閃が驟雨となって発着場近辺に降り注ぐも、数百名の魔法士達が力を結集した魔法障壁によって相殺されていく。

 龍は確かに強大だ。

 怪物の王、と称されるのも理解出来る。

 でも――目の前で激闘を繰り広げている光龍一頭だけじゃ、人口数百万を誇る自由都市はどう足掻いても落とせない。

 貴重な飛空艇と最精鋭の『蒼燕隊』を奇襲で叩き、この場の連中は制圧出来ても、何れは数の力に屈する。

 だからこそ分からない。理解出来ない。

 これじゃあ、犬死にだ。

 ――しかも。


「ザ氏族。ここ数百年はずっと穏健派で、大戦にも中立を貫き通していたのに……どうして今頃こんな事を……?」


 私が独白を零す中、光龍は建物を破壊しながら着地し、大きく口を開けた。

 前衛陣が一斉に散ろうとし――立ち止まって、武器を構え直した。後衛陣も次々と魔法障壁を張り巡らしていく。

 後方には自由都市の大通り。躱せない位置へ誘い込まれたのだ。


『矮小ナル人族ガッ! 我ガ光ニ消エヨッ!!!!!』


 凄まじい閃光が走り――大衝撃が大気を震わせた。

 地面を抉り、兵士と傭兵達を吹き飛ばし、百を優に超す魔法障壁で守られた大通り近くの建物すらも破損する。

 流石は歴戦の龍。

 たとえ劣勢であっても、その戦意と戦術眼に一点の曇りはない。

 傷ついた身体も恒常発動している上級治癒魔法により、あっと言う間に癒えていく。厄介だ。

 前脚で瓦礫を踏み潰し、光龍が白き七眼で私を睨みつける。


『小賢シイ連中ハ消シタ。次ハ貴様ダ。人族ノ英雄ヨ』

「……面倒ね。でも、丁度良い」


 先程の光閃は指揮官を狙い撃ちしたらしく、土煙の中に紛れ、守備隊や傭兵達が後退させていく。戦線を立て直すつもりなのだろう。

 外套の埃を手で払う。

 可憐でか弱い私はともかく……レオの攻撃は少し派手過ぎる。

 私達の目的はあくまでも『聖女』を見極めることであり、現時点で自由都市首脳部に、存在をアピールすることじゃない。

 認識阻害魔法を応用すれば、兵達に存在を秘匿しながらの戦闘も――光龍が羽を羽ばたかせ、巨体に似合わぬ速さで突っ込んできた。


『死ヌガイイッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

「…………本当に五月蠅い」


 左手を掲げ迎撃しようとした、正にその時だった。


『!?!!!』


 巨大な羽が斬り飛ばされ、炎に包まれる。

 次いで浮力を喪った光龍が蹴り飛ばされて、地面に叩きつけられ、土埃を天高く巻き上げた。


「すまん、待たせた」


 紅髪を靡かせ、烈火のレオが私の前へ降り立つ。

 数十の魔法障壁を砕き、羽を切断したにも拘わらず腰の騎士剣すら抜いていない。相変わらず出鱈目だと思う。

 私は少しだけ頬を膨らませ、わざとらしく嘆息した。


「……遅い。か弱くて可憐な女の子を待たせるなんて、後でお説教が必要、と賛成多数で可決された。因みにレオが一票。私は五票」

「いや、それは流石に酷いんじゃないか? ――何か新しい情報は?」


 肩を竦め――烈火は目を細めた。

 不覚にも、カッコいい、と思ってしまう。普段は子供っぽい所もあるのに。

 光龍は羽を再生させようとするも、炎に阻害され果たせない。

 レオの師である『剣聖』は大陸でも屈指の『屠龍士』だった。殺し方は弟子に受け継がれている。

 私は左手を握り締め、告げる。


「相手はザ氏族に列なる龍。目的は分からない」

「……なるほど。じゃあ、手短かに聞き出すとしようか」 

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聖女抹殺指令―烈火の剣士と迷える少女 七野りく @yukinagi

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