第5話 龍 上

 直後、必死に回避行動を取っていた飛空艇から猛火が噴き出し、ヨロヨロと高度を落とし始めた。

 とてもじゃないが、反撃に転じられる様子じゃない。

 先行したミアが風魔法で早速情報を報せてくる。


『レオ、敵は光龍が一頭。何者かが地下水路内で大規模召喚を用いて、無理矢理呼び込んだと推察出来る。神の魔力を感知出来たから、世界樹を守護していたかなりの強者だと思う。自由都市の守備兵達が各位の判断で交戦を開始しているようだけど、最精鋭の蒼燕隊は飛空艇内にいるみたい。相当混乱中。術者の召喚士も確認出来ず。おそらく、もう逃走済み』

『……まずいな』


 天高く聳え、星を支えていた世界樹はその役目を終えて久しい。 

 最後の最後まで彼の地を守護していたと伝わる龍達も四散し、時折噂話で聴こえてくる程度だ。


 ――無論、悪名が。


 龍は対応を誤れば、単独で小国をも陥落させ得る怪物達の王。

 並大抵の者が相対すれば、容赦なく死ぬ。

 まして……数十の光柱が発着場近くに現れ、炸裂した。

 凄まじい噴煙が巻き起こり、自由都市内の大気を震わせ、掲げられた旗や飾りを破壊。光片が撒き散らされた。


「~~~っ!」


 リエルが怯え、俺にすがりついてくる。

 先程まで、繰り返し警報を発していた女性の声も途絶。

 都市全体に撒き散らした光片による大規模通信妨害か。


 この龍、対人戦に慣れている!


 最精鋭の『蒼燕隊』が初手で動きを封じられたのなら、自由都市内に対抗出来る戦力は。いやだけど、俺達の任務はあくまでも『聖女』を。

 師匠の言葉が蘇る。


『いい、レオ? 迷った時は自分の心に従いなさい。大丈夫! 貴方の決めたことなら。少なくとも私は味方になってあげるわ!!』


 ――……そうだな。

 俺は金髪少女へ銀貨の入った小袋を押し付け、目を合わせた。


「リエル、俺はミアを追いかける。暴れている化け物をどうにかしないといけないからな。だから――お前とはお別れだ。地面に降ろしてやるから、その後は指示に従って子猫と一緒に避難所へ向かえ。その金は返さなくていいから――」

「私も行きます」


 最後まで言わせてもらえず。

 リエルは背伸びをして、間近で俺を見つめた。

 双眸にあるのは不退転の意志。


「あの場所では、きっとたくさんの方が怪我をされている筈です。私、こう見えて治癒魔法だけは得意なんです。レオさん、私も連れていってくださいっ!」

「……お前、自分が何を言っているのか、分かってないだろ?」


 俺は苦虫を噛み潰し、紅髪を乱雑に搔き乱した。

 噴き上がった粉塵の中に巨大な影が見える。

 近場にいた戦える者達が反撃しているのだろう。

 時折閃光が走るものの、悉くが顕現した数十の魔法障壁によって消滅していく。

 龍相手に、生半可な攻撃は通じない。

 飛空艇の搭載している大型兵器なら通じるとは思うが……。

 情勢を確認すると、黒煙を吹き出す空飛ぶ巨船は交戦を諦めたのか、放たれる嵐のような光弾の中、全力で防御しながら都市郊外へ脱出を図ろうとしている。


『レオ』

『ミア、俺達以外の連中は来てないのか? この際、誰でもいい』


 大賢者や七枚羽が自由都市に到着しているのなら、龍を都市郊外へ転移させ、叩けばいい。住民の被害は最小限に出来る。

 だが……俺達だけとなれば。

 戦場では、とにかく冷静になる英雄が告げてくる。


『他の五人の魔力は感知出来ない。交戦中の守備隊じゃ止めるのは不可能。行動からして、あの龍は飛空艇の撃破後は都市中枢への進撃を企図している』

『――……了解』


 中枢の進撃だって? この都市に何人の人が住んでいると思っていやがるっ。軽く百万は超すんだぞ?

 俺はリエルを睨みつけた。


「……離れた場所で降ろす。負傷者が山程出ている筈だ。治癒魔法が使えるのなら、引く手数多だろう」

「分かりました。全部終わったら、レオさん達にどうやって連絡すればいいですか?」

「? いや、お前はその後、自分の宿へ――」


 今日最大の轟音。

 大尖塔の一つに光線が直撃し、ゆっくりと倒れていく。

 粉塵を引き裂き、ぬっと顔を出した六翼持つ小山程の蜥蜴――光龍が嗤っている。

 人を蹂躙するのを愉しんでいやがるのだ。


「……細かい話は後だ。跳ぶぞ」

「え? レオさん??」


 俺はリエルを抱きかかえ、空中回廊から一切の躊躇なく飛び降りた。

 少女と子猫が「「~~~!?」」声なき悲鳴を挙げているが気にせず、栗茶髪の小少女へ伝える。


『ミア、俺達で止めるぞ』

『了解。レオならきっとそう言うと思っていたから、良い物を途中で入手しておいた。きっと似合うと思うから』

『あ~……お面は被らないからな?』

『っ!?』


 仮にも七英雄の一角、絶ち手のミアが激しく動揺する。どうして、俺が被ると思っていたのか。

 風魔法と身体強化魔法を併用して、教会の屋根に着地。

 全力で戦場へと駆ける。

 大通りは勿論、路地にも人が溢れ、不安そうな面持ちで地下避難所へと進んでいる。大規模通信妨害によって、未だ指示も混乱中のようだ。


「…………」


 リエルが悲しそうに表情を歪めるのが分かる。

 少なくとも……この迷子の少女は、悪しき者ではない。

 俺は頼りになる英雄様へ問う。


『ミア、都市全体を覆っている光片――?』

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