第4話 観光案内 下

 飛空艇から発せられる魔力によって、空中回廊や都市の各所に掲げられた旗、聖女を歓迎する為の飾りが大きく揺れる。

 ……魔導機関の出力を絞り、衝撃緩和の結界を発生していてもこれか。

 師匠が以前、


『斬りにくい物五選☆』


 に挙げていただけのことはある。。

 そんなこと思いながら都市上空をゆっくりと進む飛空艇に目を細めていると、倒れこんだままだったリエルがクルリと回転した。


「レオさん、レオさん! あの空飛ぶお船は何処に降りるんですか?」

「ん? ああ、都市の最南端にある発着場だな。城壁内に入って来ない決まりだって聞いているんだが……」


 耐風結界を強めながら何気なく答え、俺ははたと気付く。

 もしかしたら、あの飛空艇には自由都市の貴賓が――有り体に言えば、精霊教の聖女が乗船しているんじゃないか?

 飛空艇が建造されたのは、星全体にあまねく神の力が届いていた数百年前。

 その性能は凄まじく、単艦で魔物達の王にして、前時代の覇者である龍にすら抗し得ると聞く。

 五重城壁、七大尖塔、自由都市の誇る精鋭部隊『蒼燕そうえん隊』と並び、他国に対する謂わば『切り札』をわざわざ航行させているからには、それなりの理由がある筈――気配も、音もなく、栗茶髪の少女が空中回廊へ降り立った。

 片手に紙袋を抱えているが、その双眸はさながら極北の氷原の如く。とてもとても、とても冷たい。


「……レオ。私を買い物へ行かせている間に……何を、していたの……?」

「! ミ、ミア!?」「あ、ミアさ~ん。おかえりなさーい」


 震える俺に対し、もたれかかったままのリエルは左手をブンブンと振った。怖いもの知らずなのか!?

 進空していく飛空艇を一瞥し、


「――……まったく、ちょっと目を離すとこれだから」

「っと!」「ひゃん!」


 ミアの姿が掻き消える。

 瞬間、俺はリエルを両手で抱きかかえ、その場で高く跳躍。

 視界が一気に広がり、発着場を捉えた。

 微かに魔力光が揺らめいている。

 ……あの光、大戦中に幾度か見たような。

 答えを導き出す前に、真下から英雄様の舌打ち。


「……ちっ。浮気者を殺し損ねた。次は外さない。今晩襲って……」


 怖い。本気で怖い。

 同じ七英雄同士とはいえ、こと膂力りょりょくと身体強化魔法において、ミアに勝っていると断言出来るのは、星震わせの馬鹿しかいないのだ。

 拘束されたら俺になす術はない。

 ……師匠もそうだったけれど、俺が女の子に関わると、機嫌に振れ幅が大きくなるのはいったい何故なのか。

 頭痛を覚えながら、俺はむくれている栗茶髪少女の傍へと着地。

 紙袋を興味深そうに見つめているリエルも降ろし、恐る恐る話しかける。


「あー……ミア。きっと何か誤解があると思うんだが」

「被告に裁判権は認められていない。ただ、刑に粛々と服することのみが認められている。……私ですらまだ経験していないお姫様抱っこを目の前で、しかも! ぽっと出の胸の大きな女に……たとえまだまだ子供とはいえするのは許し難い。大罪に処すべき、と私の内なる裁判官が獅子吼している」

「せ、せめて弁護人を! 星震わせ……は駄目だな。事態を悪化させる。ここは、後が怖くても七枚羽か、天鷹に!!」

「却下。バカはともかく、あんな詐欺師擬き共に神聖な裁判の場を汚させたりはしない。猫も『そうだ、そうだ、有罪だ』と言っているし?」


 ポケットから顔を出した子猫が同意するかのように鳴いた。

 くっ! お前も俺の味方をしてくれないのかよっ!?

 ニヤニヤ顔のミアから紙袋を受け取り、全面降伏する。


「……分かった、分かった。夕食は俺が奢るって。買い物、ありがとな」

「――……レオは分かっていないけど、今更だからもういい。食べ終わったら、そこの金髪を宿へ」

「レオさん、ミアさん! これ、どうやって食べたり、飲んだりするんですか? フォークやナイフ、カップが見当たりませんっ!!」


 腕組みをしたミアの言葉は、紙袋を覗き込んだリエルの興奮した声で中断された。

 どうやってって……。

 ミアが買ってきたのは、肉や野菜が挟んであるパンや木製の水筒だ。まさか、今まで生きてきて見たこともないのか? 箱入り娘にも程があるだろう。

 若干呆れつつも、俺は説明しようとし――


「「!」」「?」


 強大な魔力が都市全体を震わせた。

 こいつは……大戦中に幾度となく苦しめられた!?

 直後、発着場から真っすぐ太い光線が空中を駆け抜け、


「「「っ!」」」


 直陸しようと高度を落としつつあった飛空艇に直撃した。

 十数枚の強大な魔力障壁を次々と貫通し、遂には船体から紅蓮の炎が噴き出す。

 おいおい……今の魔法、人が放ったものじゃないぞ。


「レオ、先に行く。遅れないで」

「ミア!」


 止まる間もなく栗茶髪の英雄は、躊躇なく空中回廊から身を躍らせ消えた。

 二射目の光線が形を変容し、今度はまるで流星雨かのように飛空艇へと降り注ぐ。

 ――間違いない。あの場にいるのは。

 左袖を金髪の少女が引っ張ってきた。


「レ、レオさん……い、いったい何が起きているんですか?」  

「リエル。あのな」


 俺は何かしら答えようとし――ツンざめく怒りの咆哮が自由都市全体に轟いた。

 桁違いの魔力が放出され、建物の窓硝子が次々と飛散。道路にも罅が走っていく。

 眼下に見える人々も足を止め、不安気に空を見上げている。

 直後、風魔法により、女性の悲鳴じみた警報が耳朶を叩いた。


『緊急! 緊急!! 飛空艇発着場に――龍の出現を確認!!! これは演習ではありません。繰り返します。これは演習ではありませんっ!!!!!』 

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