第3話 観光案内 上

「わぁわぁわぁ~♪ レオさん、レオさん! あの大きな石像は何ですか? 大きな蛇の口から水が出てますよっ!」

「蛇って……あれは自由都市の基礎を築いた老冒険者と、彼に協力したという白龍だ。『老騎士コールと龍』の御伽噺、有名だろ?」

「えっへんっ! 初めて聞きました。じゃあじゃあ――次は向こうに見えている高い塔のことを教えてください!!」


 自由都市名物の、城壁近くに張り巡らされた木製の空中回廊を歩きながら、リエルは偉そうに胸を張り、すぐさま俺の左袖を引っ張った。

 建造物がギシギシと不穏な音を立てても金髪少女は気にした様子を一切見せず、綺麗な瞳は好奇心で爛々と輝いている。

 ……いや、普通は足が竦むんだが?

 身体強化魔法を使えたとしても、この高さは落ちたらまず助からないし、五重城壁の弊害で魔力の効きもかなり鈍い。

 有名な割に殆ど人も来ない理由だ。

 リエルの歳は俺の見立て通り、十五らしいが……ミアに抱きかかえられて退避する際、高速で屋根から屋根へ飛び移っても、怖がるどころか『すごい! すごい!!』と歓声をあげていた。

 魔法が使える様子も一切ないし、何より余りにも物を知らな過ぎて、俺達が不安になるくらいだ。


 良く言えば、天真爛漫で純粋無垢。

 悪く言えば、世間知らずの箱入り娘。


 道中、事情を聴き出した所――


『自由都市に到着した後、宿泊場所をこっそり抜け出したんですっ! みんな、私は興味ないですし、当分はバレないと――え? 宿の場所ですか??  

 …………えへぇ♪ 何処なんでしょうか?? こうやって外へ出たの、数年ぶりなので。場所を書いておいたメモ紙も途中で落としちゃったみたいです』


 と、言い出した時は、ミアと一緒に深い溜め息を吐いてしまった。

 まさか……『聖女の抹殺』なんていう無理難題の前に、厄介そうな事情を持つ迷子の箱入り娘と行動を共にするなんて任務が発生するとは。

 まぁ、人見知りの激しいミアが早くも打ち解けているし、そのミアが食料や飲み物の調達に行ってる間、何故か俺もこうして見える範囲での観光案内をする羽目に陥ってもいる。

 奇縁ではあるものの、悪縁ではないだろう。……後で宿の場所を特定して、送ってやらないと。幾ら自由都市の治安が他国から良くても、この容姿だ。変な事件に巻き込まれる危険性は相当高い。

 同意するように鳴いた懐の子猫を俺は撫でる。

 てっきり少女の飼い猫かと思いきや、偶々路地で出会っただけらしく、その時点で母猫の姿はなかったとのこと。こいつも、馴染み過ぎだな。

 紅髪を搔き、説明を再開する。


「あれは、この都市を護っている大尖塔だな。知ってると思うが――」

「知りませんっ! 全部教えてくださいっ!!」


 飛び跳ねるように数歩前へ出ると、再び金髪少女は豊かな胸を張った。

 さも当然のように主張。


「あと――『リエル』です。友人になったら名前で呼び合う。書物で読みました。私、詳しいんです!」

「……いや、俺とあんたはさっき知り合ったばかりで」「レ・オ・さぁん♪」

「あ~分かった、分かった」


 俺は軽く両手を挙げた。

 亡き師匠曰く――『いい男になりたいなら、女の子と子供には優しくしないとダメよ?』。仕方ない。

 木製の欄干近くまで歩を進め、手招き。

 

「説明するからこっちへ――リエル」

「! はーい♪」


 元気よく左手を挙げるや、笑顔の少女は俺の隣へ。

 袖を握り締め、キラキラとした視線を向けて来る。自分の容姿にここまで自覚がないのもある種の才能だ。

 俺は五重城壁の間に天高くそびえる、大尖塔を指差す。


「自由都市は大陸でも有数の規模なんだが……空中から俯瞰すると七角形をしているんだ。そして、それぞれの頂点部分にあるのが、あの尖塔ってわけだ。有事には戦略結界の起点になる。築かれてからの数百年、一度たりとも使われたことはないらしいけどな」

「へぇ~」


 リエルは感嘆を漏らし、欄干に手をつけた。

 強風が吹き、少女の長い金髪と外套を靡かせる。一枚の画だ。

 ……黙っていればとんでもない美少女なんだが。

 そんな失礼なことを考えていると、リエルがずいっと身体を寄せてきた。


「レオさん! 私、空中から七角形を見てみたいです」

「……無理言わないでくれ。今の時代、人の身でそんなことが出来るとしたら」

「出来るとしたら?」


 さっきまでの美少女は、ワクワクしながら俺の言葉を待っている。

 う~ん……幼児の瞳。

 腰に提げた剣の鞘に触れ、俺は雲の多い空を見上げた。


「第一に飛翔魔法を使う。が……大陸でも使い手は数える程しかいないし、基本的にみんな性格が悪い。とても悪い。莫大な対価も要求される」

「むむ……」

「第二に飛竜やグリフォンといった、翼持つ魔獣を乗りこなす。ただし、使役術は喪われて久しいし、各国が研究しているとも時折耳にするが、眉唾もんだ」

「ムムム~」

「第三に――」

「レオさん?」


 リエルはキョトンとし、瞳を瞬かせる。

 ――突然、陽が陰り、空中回廊が大きく揺れた。


「! ふえっ!?」「大丈夫だ。上を見ろ」


 少女の左手を掴んだ俺は耐風結界を発動し、頭上を指差す。

 城壁はおろか、大尖塔よりも遥か上空を巨大な船――かつては無数に飛翔していたと伝わるも、今の時代においては世界全体で僅か十数隻しか残されていない、飛空艇が、ゆっくりと進んで行く。

 リエルは頬を紅潮させて俺へ倒れ込み、感嘆を漏らす。


「ふわぁぁぁ…………」

「あれに乗れるなら、自由都市を俯瞰出来るだろうさ。ま、乗る権利を持つこと自体が、困難極まるけどな」

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