第6話
気付けば私は真っ白な世界にいた。
成仏して天国にでもきてしまったのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていると、周りが騒がしくなってきた。
ザワザワバタバタと近くで誰かが動く音や話し声が聞こえる。
そちらを見ようとしても身体が鉛のように重くて、思うように動けない。さっきまでは幽霊らしくフワフワと軽かったはずなのに。
でも、しだいに私の目は周りの景色をはっきりと捉えられるようになってきた。
真っ白な世界だと思っていたのは、見覚えのない白い天井で、そこには蛍光灯が明るく灯っていた。
その光を遮るように、女の人が私の顔を覗き込んできた。ぐしゃぐしゃな泣き顔なのに、どこか懐かしくて安心する。
──この人は誰だっけ……?
そう思った瞬間、ズキッと頭に痛みが走り、記憶が蘇ってきた。
あぁ、そうだ。お母さんだ。
お母さんは私の手を握って、泣き続けている。
「冬華……。良かった……。あなた、二年も眠ってたのよ……」
冬華……、私の名前。今まで思い出せなかったのが不思議なくらいすっと思い出せた。
少しだけ動けるようになってきて、横を見れば私の腕には点滴のチューブが取り付けられている。
つまり、ここは病院で、私は生きているってことだ。
嬉しかった。でも、あの時間が夢だったんじゃないかって不安だった。
そこからは慌ただしく、たくさんの検査を受けさせられた。その結果は全て正常。安堵する両親に申し訳なくなる。
私が眠り続けていた理由も聞かされた。図書室でふざけていた男子が本棚にぶつかって、固定していた留め具が経年劣化のせいで破損、そして本棚が転倒。反対側にいた私は頭を強く打ち下敷きとなり意識不明、ということだった。
そこからようやく目覚めたものの、二年もの間眠っていたそうなので身体は弱っている。
辛いリハビリが始まった。思うように動かない身体、すぐに尽きる体力。心が折れそうだった。
そんな中で私は両親にお願いをした。高校に復学したいと。当時二年生だった私の同級生はとっくに卒業している。でも、確かめたかった。
あの時間が夢だったのかどうかを。
両親はこんなこともあろうかと、休学扱いにしてくれていたらしい。戻れるかどうかは私しだいだと言われた。
それからはリハビリにもやる気が出た。ご飯をたくさん食べて体力を戻して、復学のために勉強も頑張った。
焦る心とは裏腹に、これにはかなりの時間を要した。
結局登校の許可が出たのは夏休みの終盤。私は二学期初日から登校することになった。
私は緊張しながら校門をくぐった。なにせ二つも年下の人達と同じクラスになるのだから。卒業する頃には私は二十歳だ。うまくやっていけるのか心配だった。
でも、今の私を突き動かす衝動の源は別のところにある。どんなに不安でも足はすくまなかった。
最初に職員室へ行き、担任と対面。それから教室へと向かう。
私は教室の外で担任がクラスへ説明するのを待つ。
入るように言われて教室へと足を踏み入れた。ほとんどの生徒が私を興味深そうに見つめてくるのに、一人だけぼんやりと窓の外を眺めている男の子がいた。その視線の先には向かいの校舎の図書室がある。
──っ! 見つけた……!
まさか同じクラスだとは。こんな偶然があるだろうか。ただ、彼は私のことを視界にも入れていない。これでは確かめようもなくて。
まずは自己紹介をさせられた。
「紹介された通り、皆さんよりも歳上ですけど、あまり気にせず接してくれると嬉しいです」
前日まで考えに考えた言葉。クラスに受け入れられるかどうかは最初が肝心だから。
でも今は、皆に向けて話したように見せて、その本心はただ一人にだけ向けられている。
そこでようやく彼が私の方を見た。
私も彼を、彼だけを見ていた。
目が合うと、彼の目は大きく見開かれた。
私達だけ世界から隔絶されたように見つめ合って。
よかった、これで確定だ。夢じゃなかった。目頭が熱くなり、視界がぼやける。
やっとあの返事ができることが嬉しくて、私は涙をぐっとこらえて、彼に向けてニッコリと微笑んだ。
まずは彼の名前を聞かなくちゃ。
止まっていた私の時間がこの時ようやく動き出した。
fin
図書室の幽霊さん あすれい @resty
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます