第5話
彼の書いた小説は恋愛物だった。
過去に心に傷を負い、誰も信じられなくなった女の子が孤独に耐えきれなくなって一人の男の子に声を掛ける。その出会いからトラウマを克服しつつお互いに惹かれ合っていく。やがて想いを伝え合い恋人になる。ざっくり言うと、そんなお話だった。
素人が書いたものなので、お世辞にも文章が上手いとは言えない。でも、描写された心情は私の心に刺さるものがあった。
読み終わる頃には、私はヒロインの女の子に嫉妬していた。
記憶のない私には心の傷なんてものはないけれど、孤独という点では同じで。
私にもそんな人がいたら──。
そう思いかけて、ハッとした。
──いや、いるじゃないか。しかもすぐ横に。
でも私は彼にしか見えない、よくわからない存在なわけで。恋愛なんてしようもない。
ただ自分の心の声にしっかりと耳を傾けてみれば、彼は私の拠り所になっているのを理解してしまった。
そして、惹かれているって気付いた。
そう思ったら、涙が溢れてきた。
なぜ私は普通の人間ではないのかと悔しくなった。普通に生きていたのなら彼との接点が生まれることもなかったはずだけど、でも今の私には彼しかいないのだ。
いくら涙を流しても、その雫は机に触れると幻のように消えていった。その光景を見ると余計に悔しくて、更に涙の勢いは増していく。
気が付くと、私は彼に頭を撫でられていた。
「なんで泣いてるのかはわからないけどさ、今ので確信したよ。やっぱり君は幽霊だったんだね」
あぁ、ついにバレてしまった。彼の前では気付かれないようにしていたつもりなのに、跡の残らない涙のせいで。
私が何も答えられずにいると、彼は更に続けた。
「友達に言われたんだ。俺が幽霊と話をしてるって」
彼と話をしているところを誰かに見られていたらしい。他の人から見たら、彼が一人で喋っている姿はさぞ奇妙な光景にうつっただろう。
やっぱりこの気持ちはなかったものにしなければ───。
「でもさ、俺はそれでも別にいいかって思ったんだ。君は幽霊かもしれないけど、悪いものには見えないしね」
そう言ってくれるのはとても嬉しい。でも、何も伝えずに隣に居座ったのは事実。更に自分では触れることもできない本を読むのを手伝わせて。
「私はあなたを騙してました……。このまま取り憑いて、そのうち悪さをするかもしれませんよ」
このままでは周りから彼が頭のおかしな人だと思われてしまうかもしれない。そうなる前に彼を解放しなければ。
私は元に戻るだけ。誰にも気付かれず、図書室のすみっこでまた一人寂しくいればいい。
そう思ったのに、彼はそれを許してくれないらしい。
「君はそんなことしないよ。するならとっくにしてるでしょ。それにね、それでも構わないんだよ」
「なんで、ですか……?」
「君のことを好きになっちゃったから。幽霊だっていいじゃないか。君に隣りにいてほしい」
その言葉を聞いた途端、ないはずの心臓がドクンと強く脈打った気がした。
「私、図書室から出られないんです。どうやって隣にいればいいんですか……」
「会いにくるよ。休みの日も、卒業してからも」
「そんなことできるわけ──」
「どうにかするさ」
彼の目は真剣だった。この人は本当にどうかしてる……。
この人になら、すがりついてもいいのかな……?
でも、どうせなら生きていたかった。彼をここに縛り付けたくない。生きて、彼の行く先に私がついていきたかった。
そう強く思った瞬間、私の意識が暗闇に沈み始めた。
沈んでいく意識の中で、彼の告白に何も返事ができなかったことだけが心残りだった。
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