第4話

 翌朝、登校すると夏希が寄ってきた。



「春人、今日も図書室行くの?」


「うん、いつも通りだよ」


「ねぇ、図書室行くのやめたほうがいいと思うんだけど……」



 夏希らしくない、歯切れの悪い言葉。



「なんで?」


「私、聞いちゃったんだ。図書室にね、出るって……」


「何がだよ?」



 ますます夏希らしくない。いつものこいつならスパッと本題を言うはずなのに。



「幽霊……」



 あぁ、なるほど。夏希は昔から怖がりだからな。



「俺、毎日行ってるけど見たことないぞ」



 夏希を安心させよう、そう思って言ったのだが。



「じゃあ、春人は誰と話してたの?」


「は?」



 誰って、名前は知らないけど、あの一年生の女の子に決まって──。



「隣のクラスの友達が言ってたんだよ。春人がずっと一人で喋ってたの見たって。幽霊のことはその前から噂になってて、私も最初は冗談だって流してたんだけど。そんな話聞いちゃったから、心配で……」


「俺が、一人で……?」



いや、そんなはずないだろ。俺の隣りにはあの子がいたんだ。


 姿だって見えるし、触れることだってできる。確かに手は人のものとは思えないほど冷たく──。



「っ!」


「心当たりがあるみたいだね」


「いや、でも……」


「だからね、悪いことは言わないからさ、今日からは私達と一緒に帰ろ?」



 夏希が本気で心配してくれているのはわかる。冗談でこんなこと言わないってことも。


 でも、俺はまだ信じきれていなかった。ぶつかって転んだのも事実だし、一緒に過ごした時間だって。それに……。


 意識し始めた、なんて言葉で誤魔化すのはやめよう。彼女のことが好きになってきている。


 本を読み終わった後の満足そうな顔、触れる肩の柔らかさ、それは確かに俺の記憶に焼付いている。



「夏希、やっぱり今日も図書室には行くよ。約束があるんだ」



 約束を交わした時の、期待に満ちた顔が忘れられないから。



「春人!」


「ごめん、この話はもう終わりにしよう」



 一方的に話を打ち切ると、夏希は渋々自分の席へ戻っていった。



「どうなっても知らないから……」



 そう言い残して。



 放課後、図書室に向かおうとしても、夏希はもう何も言ってこなかった。どうやら諦めてくれたらしい。



 相変わらず、彼女はいつもの場所に座り込んでいた。



「やあ」



 そう声をかければ彼女はパァッと明るい顔をしてくれる。こんな顔を見せられたら好きにもなろうというものだ。幽霊でも構わないとさえ思いそうになる。



「こんにちは! 待ってました!」


「約束だからね。でもおかしくても笑ったりしないでよ?」


「私、人が真剣にやってるものを笑ったりしませんよ?」


「ん、なら読ませてあげるよ」



 いつも通り隣同士で座る。



「ほら、一話開いてるから」



 スマホを差し出すと彼女は俯く。



「あの、また読ませてほしいんですけど……」



 頑なに手を伸ばそうとしない。


 疑問ではあったんだ。自分では本に触れないことが。


 今まで気にしないようにしていたことが、夏希の言葉によって気になるようになってしまった。


 触らないのじゃなくて、触れないのではないか、と。でも、俺には触れることができる。とりあえず今は置いておくことにする。まだ疑念でしかないから。



「しょうがないなぁ……」



 自分の小説を自分で読ませるなんて恥ずかしいことをする日がくるとは予想すらしてなかった。


 でもスマホの画面を向ければワクワクとした顔をしてくれる。


 それだけで気分が良くなって、俺は彼女が読むのに合わせて画面をスクロールしていった。





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